大空の戦士ウィンディアス   作:hirosnow

25 / 32
Suspicious――それぞれの疑惑

 昼休み。職員室の窓から校庭を見下ろしながら、美織はふと視線を止めた。遥斗が、生徒たちに混じってフットボールをしている。

 カケルたち男子に囲まれ、笑いながらボールを追いかけていた。

 初日だというのに、もうすっかり輪の中に溶け込んでいる。

 

(馴染むの、早すぎでしょ……)

 率直な感想だった。

 

 教師として距離を測っている様子はない。

 かといって無理に合わせているわけでもない。

 ただ自然に、その場にいる。

 義務感でも、職責でもない。

 あれは――単純に楽しんでいる顔だ。

 

 美織は小さく息をついた。

(なんなの、あの人……)

 大人が子どもに合わせている、という感じではなかった。

 

 どちらかといえば――大きな子どもが、一人増えたような。

 そんな、妙にしっくりくる感覚があった。

 

 美織は、意を決して校長の岡本に尋ねることにした。

「校長先生。お伺いしたいことがあります」

「何かしら?」

 

 教育委員会に提出する書類に目を落としていた岡本は、ゆっくりと顔を上げた。

 逆光を受け、眼鏡の奥の視線が鋭く光る。

「あの、小鳥遊先生ですが、なぜ採用に至ったのですか?」

 “女帝”の機嫌を損ねないよう、言葉を選ぶ。慎重に、慎重に。

 

「その質問は、彼が副担任として、あるいは教師として不適格だと言いたいのかしら?」

「あ、いえ、そういう意味では……」

 視線だけで圧され、美織は言葉を詰まらせた。

 

「ただ、その……面談を途中で抜けたと聞いています。事情があったとはいえ、通常であれば……」

 

 そこまで言って、口をつぐむ。

 自分でも分かっている。これは“普通なら不採用になる案件”だ。

 岡本はしばし無言で美織を見つめたあと、静かに口を開いた。

「あなたの指摘はもっともです」

 

 一度、肯定してから。

「そのうえで、私が採用を決めた理由は単純です」

 書類を閉じ、はっきりと言い切る。

「小鳥遊先生は、生徒を優先した。あの場で、自分の評価よりも子どもを選んだ。その判断ができる人間は、教師として価値があると私は考えました」

 淡々としているが、揺るがない声音だった。

「子どもたちに資する人材かどうか。それが私の基準です」

 その言葉に、美織は何も返せなかった。

 

 採用を巡って、反対意見があったであろうことは、想像に難くない。それでもなお、この人は押し通したのだ。

 

 「高梨先生。あなたはどうですか?彼は、いい先生だと思えますか?」

「上手くやっていけると思います」

 当たり障りのない言葉を選ぶ。

 

「教師同士の相性ではなく、子どもたちにとってどうか、という意味で聞いています」

 岡本は、念を押すように言った。

 

「……私は、いい先生だと思います」

 今度は、迷いなく答えた。

 それは、取り繕いのない本音だった。

 

「それは何より」

 岡本は満足げに微笑むと、再び資料へ視線を落とした。

 会話は、それで終わった。

 職員室のざわめきが戻る中で、美織はふと別の光景を思い出していた。

 

 あのとき、炎と瓦礫の中で、謎のジェット機に乗り込んでいった遥斗の姿。

(あの人は……)

 何者なのか。

 疑念は消えない。

 だが同時に――

 もっと知りたい、という感情が、わずかに芽を出していた。

 

■■■

 

 一見すると、遥斗は中学校という環境にすっかり馴染んでいるように見える。

 だが実際のところ、内心は落ち着かないままだった。

 何より怖いのは――正体が露見すること。

 自分が宇宙人であると知れれば、教師としての立場はまず保てない。

 

 それだけではない。地球での活動そのものにも支障が出る。ジーグリードたちとの戦いにも、影響は避けられないだろう。

 

 この国には、SNSという情報網があるらしい。

 個人が発信した断片的な情報が、瞬く間に拡散する。

 ほんの些細な目撃談でも、積み重なれば無視できない。

 それが“何かおかしい”という形で繋がったとき――取り返しがつかなくなる。

 

(油断はできないな……)

 その中でも、特に気にかかる存在がいた。

 

 高梨美織。

 

 同じ学校という閉じた環境で、担任と副担任という関係にある以上、接触の頻度は避けられない。

 先日の事件でも、途中まで行動を共にしている。

 それ以前にも、買い物の際に顔を合わせ、何気ない会話を交わしていた。

 

 偶然が重なりすぎている。

(あの人は……)

 どこまで気づいているのか。

 確かめる術はない。

 だが、警戒を解くには、まだ早すぎた。

 

「なんじゃ、考えごとか?」

 黒幕博士の声に、遥斗はふと顔を上げた。

 

 食卓を挟んで、二人は遅い夕食をとっているところだった。

 帰宅してから調理に取りかかったため、時間はすでに夜も更けている。

 博士は研究に没頭していたらしく、料理が出来上がったのを機に、ようやく手を止めたのだ。

 

「食わんのなら、ワシがいただくぞ」

 言うや否や、博士の箸が遥斗の皿へ伸びる。狙いは、大ぶりの唐揚げ。

「そうはいきません」

 ガシッ、と音がしそうな勢いで、遥斗がそれを挟み止めた。

 二人の箸が、空中でぶつかり合う。

「器用な奴め」

 感心したように博士が言う。

 地球に来てまだ日も浅いというのに、遥斗はすでに箸の扱いを覚えていた。

 もっとも――今のは、いわゆる拾い箸にあたる行為であり、マナーとしては褒められたものではないのだが。

 

「これは俺がいただきます。唐揚げは、母星にいるときに覚えた地球料理ですから」

 言い切るその声音には、妙な自信があった。

 

 既製品ではない。手作りだ。

 鶏肉は腿と胸の二種類を使い分け、酒、醤油、みりん風調味料に、ニンニクと生姜。さらに豆板醤で下味をつける。

 片栗粉をまぶし、油で二度揚げ。

 工程の一つひとつに手間をかけた、遥斗なりのこだわりの一品だった。遥斗の唐揚げは、博士にも好評だった。

 

「おかわり! おかわりを要求する!」

 空になった皿を差し出し、子どものようにせがむ。

 だが――

「却下です」

 遥斗はきっぱりと言い切った。

「なんじゃと!? この料理の価値が分からんのか!」

「分かっているからこそです。博士、最近ちょっと食べ過ぎです」

 反論を封じるように、別の皿を差し出す。

「代わりに、これをどうぞ」

「……なんじゃ、これは」

「梅水晶です。ササミ肉を使った、あっさりしたつまみですよ」

 片栗粉をまぶしたササミを低温で湯通しし、梅肉と和えた一品。

 見た目は地味だが、酒の肴としては申し分ない。

 博士は訝しげにそれをつまみ、口に運ぶ。

 もぐもぐと咀嚼し――

「……悪くないのう」

 しぶしぶ、といった様子で頷いた。遥斗は、黒幕博士に今の悩みを打ち明けることにした。

 

「なにぃー!! 赴任初日から学園ラブコメじゃとー!!」

 

 ――相談する相手を間違えた。

 即座に後悔した。

 

「その同僚の女教師はどうなんじゃ? 可愛いのか? 顔はいいのか?」

「顔立ちは整っていると思いますが……」

「連れてこい! 今すぐこの研究所に連れて来るんじゃ!」

 身を乗り出し、机を叩く勢いだ。

 

「いや、無理ですって。色々バレますから」

「構わん! ワシは一向に構わん!」

「俺が困るんです」

 即答だった。

「ワシはなぁ……もう十数年、まともに異性との出会いがないんじゃ……! カサカサに乾いとるんじゃ! 潤いが欲しいんじゃあ!!」

 

 切実なのか、ただの欲望なのか判別しづらい叫びだった。

(いや、その体型で言われてもな……)

 遥斗は内心でだけ、冷静にツッコミを入れた。

 欲望を垂れ流すような今の博士に、建設的な意見は期待できない。

 遥斗はそう判断しつつ、ふと別の疑問を口にした。

 ずっと引っかかっていたことだ。

 

「先日、建設現場にロボットの化け物が出たでしょう?」

「そうじゃな。出所はまだ特定できておらん」

 世間では反社会的組織の関与も疑われているらしい。

 だが遥斗の中では、ジーグリードの関与はほぼ確信に近かった。

 

「ローカルニュースが流れたのは、いつ頃ですか?」

「ん? 一番早い地方局で午後五時ごろじゃな」

 

 遥斗はそこで、時間を頭の中で組み直した。

 

 面談開始は午後四時。

 体感としても、美織が現場に乱入してきたのは、それから三十分も経っていない。

 仮に博士の言う通り、報道が五時前後だとすれば――時系列は逆転する。

 

(あの人は……)

 

 怪物の出現を、()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 

 では、どうやって知ったのか。

 偶然か、それとも――遥斗は無意識のうちに、結論を一つだけ引き寄せていた。

 

(美織先生には、少し注意しておいた方がいいかもしれないな)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。