同時刻――日本海。
人知れず、その海域を進む影があった。
深海を航行しているため、海上からその存在を視認することは不可能に近い。
外見は潜水艦。しかし、その船体はどこか歪で、明らかに既存の軍用艦とは一線を画していた。
とりわけ異様なのは、その船底である。
巨大な“何か”が、アンカーによって係留されていた。
メタルキメラシリーズ、開発番号LMV003。
名称――“サンドキャタピラー”。
それは、ムカデやイモムシといった多足生物を思わせる、異様に長い胴体を持っていた。
節ごとに装甲が重なり合い、鈍い光を放っている。生物的でありながら、明らかに人工物。見る者に本能的な嫌悪感を抱かせる造形だった。
その巨体が、鎖に繋がれたまま、海底を引きずられるようにして運ばれている。
「あー……なんで俺がこんな役回りなんだよ」
操縦席でぼやいたのは、巨躯の男――グラドだった。
粗野な顔立ちに似合わず、その声にはあからさまな退屈が滲んでいる。
目的地まではまだ距離がある。
刺激のない移動は、彼にとって拷問に近かった。
「そりゃあ、お前に発言力がないからだろ」
無線越しに、気だるい声が返ってくる。テースロスだった。
酒瓶を片手に、潜水艦の操舵を担当している男――言ってしまえば、ただの運び役だ。
「チッ……」
舌打ちをひとつ。
「こんなもん、さっさと陸に上げて、暴れさせりゃいいだろうが」
鎖に繋がれたサンドキャタピラーは、まるで獲物を待つ獣のように、わずかに蠢いていた。
ふん。どうせなら、都会のど真ん中に放り込めば、もっと面白くなるだろうが――操縦席で足を投げ出しながら、グラドは鼻を鳴らした。
都市部には人口も機能も集中している。制圧を狙うなら、その方がよほど効率的だ。わざわざ砂地などに回り道をする意味が、彼には薄い。
だが――
「サンドキャタピラーは砂地での運用を想定した機体だ。慣らし運転としては最適だ」
出撃前、開発者であるエンビーが淡々と述べた言葉が、頭の奥で反芻される。
砂中から接近し、周辺の集落へ侵攻。足場を確保し、そのまま拠点化する――そういう段取りだった。
(じわじわ、か……)
グラドは肩をすくめる。
性に合わない。もっと一気に、派手にやりたい。
そのとき、別の声が脳裏に浮かぶ。
「フフ。なかなかいい場所ですよ」
スプラウドだった。
「観光地としても有名ですし、きっと
整った顔立ち。柔らかな物言い。だが、その内容は一切の温度を持たない。
あの男は、笑っているのに笑っていない。
グラドは無意識に肩を鳴らした。
(ああいうのが、一番タチが悪い)
潜水艦は浮上シークエンスへ移行する。
海面がわずかに盛り上がり、鈍い金属音とともに艦体が姿を現した。
眩い日差しが、濡れた外装を白く照らす。
遠くに、海岸線が見える。
なだらかな起伏を描く砂の丘――目的地だ。
上陸後、アンカーが解放される。
鎖が外れた瞬間、サンドキャタピラーの長大な躯体が、ぬるりと身じろぎした。
砂地に触れたその節が、わずかに沈み込む。
適応は、速い。
グラドは口元を歪めた。
「……いいじゃねえか。少しは楽しめそうだ」
■■■
一方、その頃――
強い日差しの下、砂丘には多くの観光客が訪れていた。
家族連れ、カップル、外国人観光客。照り返す光に目を細めながら、靴に入り込む砂に文句を言い、写真を撮り、笑い合っている。
ラクダに乗ってはしゃぐ若者たち。
風紋を背景にポーズを取る外国人。
それは、穏やかな観光地の光景だった。
その一角で、砂がわずかに揺れた。
最初は、誰も気づかないほどの変化だったが、足元の感触に違和感を覚え、ひとりの観光客が立ち止まる。
「……あれ?」
視線が、足元の砂へと落ちた。
さらさらと崩れる粒の下で、何かが蠢いている。
波打つように、砂丘の一部が、ゆっくりと盛り上がり始めた。砂のうねりに気づいた者は、まだ多くない。
笑い声と足音に紛れ、その異変はごくわずかに、しかし確実に広がりつつあった。
そんな観光客の中に、明らかに“カタギ”とは異なる空気を纏った三人組がいた。犬養を含む、三人の警察官である。
慰安旅行という名目で、はるばる鳥取まで足を延ばしていた。
もっとも、この企画に手を挙げたのは彼ら三人だけで、結果として“少人数すぎる団体旅行”になってしまったのだが。
犬養は、アロハシャツにサングラスというラフな格好だった。
だが、その立ち姿や視線の鋭さは隠しきれない。周囲から見れば、堅気の観光客というより、むしろその筋の人間に見えてしまう。
本人は気にした様子もなく、片手にソフトクリームを持ち、砂丘を見渡していた。
その少し離れた場所では、部下の楢原と柴崎がはしゃいでいる。
「おい柴崎!こっち向けって!今いい感じだから!」 「待て待て、ラクダ動くなって!ぶれる!」
スマートフォンを構え、写真を撮り合い、観光を満喫している様子だった。
その光景を、犬養は無言で眺める。
緊張感のかけらもない、平和な時間。
――そのはずだった。
ふと、犬養の眉がわずかに動く。
足元の砂が、微かに震えた気がした。
風ではない。
もっと、下から――内側から、押し上げるような感覚。
周囲を見回す。
観光客たちはまだ気づいていない。笑い声も、写真を撮るシャッター音も、そのままだ。
だが、視界の端で、砂丘の一部が、ゆっくりと――盛り上がっていた。
波のように、うねる砂。
それは、明らかに自然の動きではなかった。砂のうねりは、もはや見過ごせるものではなかった。
じわり、じわりと――確実に範囲を広げていく。
犬養は、手にしていたソフトクリームを無造作に砂へ落とした。
「楢原! 柴崎! 遊びは終わりだ。任務だ」
低く、しかしよく通る声だった。
その一言で、二人の表情が切り替わる。
「どういうことですか?」
カメラを下ろしながら楢原が問い返す。
「砂だ。この一帯――動きが不自然すぎる」
犬養の視線は、一点に固定されていた。
盛り上がる砂丘。
波のように脈打ち、何かが下から押し上げている。
次の瞬間だった。
――ドゴォッ!!
轟音とともに、砂が爆ぜた。
大量の砂粒が空中へと噴き上がり、陽光を遮る。
その中心から現れたのは、鋼鉄の異形。
節ごとに連なった長大な胴体。
無数の脚が、砂を掻き分けるように蠢く。
生物を模しながら、生気は一切感じられない、機械の怪物――“サンドキャタピラー”。
砂丘のど真ん中に、その巨体が姿を現した。
一人の観光客が捉えた写真と映像がSNSに投稿され、異変は瞬く間に日本中へと拡散していった。
メタルキメラシリーズ――LMC004、《サンドキャタピラー》。
ムカデやイモムシを思わせる多足の異形を持ち、片側10本、計20本の脚部によって地表を這うように進行する機体である。
各脚は独立して可動し、不整地においても高い走破性を発揮。さらにホバリング機構を併用することで、摩擦を軽減しながら滑走するような移動も可能としている。
その特性は砂地において真価を発揮する。機体下部に発生させた浮遊力と脚部の推進を組み合わせることで、砂中へ潜行し、地中を泳ぐように移動することができる。
地表・地下の双方から奇襲を仕掛ける、対地制圧用に特化したメタルキメラである。