「僕たち」
「私たち」
「「結婚します!」」
目の前で突然告げられた結婚報告。
美織の思考はあっさり停止した。
「どゆこと?」
男を仮にモブ男とする。
女はモブ美。
モブ男は、美織が副担任をしている学級の担任だった。モブ美は――なんと教育実習生。つまり大学生である。
「要するにこういうことですか?教師という神聖な職業にありながら、大学生に手を出してしまったと?」
「そして、私のお腹には新しい命が」
いわゆる、
しかし、ふと冷静になる。
たかだか1ヶ月の教育実習で、そこまで至るのは無理な話だ。
教育実習の最終日だ。生徒の笑いを取るためのジョークだろう――そう考えた矢先。
「新しい命を、これから授かる予定です」
ジョークではなかった。本気だった。
「実習生と恋仲になったんですか?」
「そうそう。僕のショットガンが暴発しちゃって」
「止めろ。言うな。ここは教室。神聖な学び舎。生徒がいるでしょ。下ネタは禁止ね」
そんな爆弾発言に対する、生徒たちの反応は――
「へえ!干支が一周するくらい年下に手を出すなんて、かなりのやり手だよな」
ある男子生徒は言う。
それ、褒めてるの?
ちなみにモブ男は三十代半ば。年齢相応に常識はあるはず――だったらよかったのに。
「教育実習にかこつけて婚活?教育の現場を学びに来ているはずなのに?ちょっと、社会を舐めているわよね」
ある女子生徒は言う。
まさにその通り!ぐうの音も出ない正論。
でも、もうちょっとオブラートに包もうか?
そして、この場に同席しているのが我が中学校の校長先生。どんな心境かは推して知るべし。
「先生は、奥さんの家業を継ぐそうで、1ヶ月後に退職するそうです」
言葉は穏やかだが……まあ、怒っているのだろうと思った。
「これからは高梨先生が担任となります。明日から――いえ、今日から」
寝耳に水だ。
今でも十分大変なのに、いきなり担任?
「異存はないですよね、高梨先生?」
校長先生が人事権を振りかざしてきた。
さて、何と答えるべきか。
「はい」か、「イエスマム」か、それとも「はい、喜んで!」か。
実質一択だけど。
「今日の出来事を反面教師にして、頑張りたいと思います」
これが美織の精一杯だった。
その晩、美織は荒れた。
冷蔵庫を開け、ビールや焼酎をありったけかき集め、自室で晩酌を始めた。
ありとあらゆる怒りが湧いてきた。
モブ男のちゃらんぽらんな行動。美織が夜遅くまで仕事をしている間に、しっかりモブ美とお楽しみ?
モブ美の言動。実習期間、必死にサポートしたのに、水泡に帰すようなことをしやがって。
校長先生個人には恨みはない。副担任を探すと言ってくれた。だが、教職員の人手不足が叫ばれる昨今、その言葉が実現する日が来るのかは怪しいところだ。
酔いが回ってくると、ふとした光景が脳裏に浮かんだ。
強面の初老の男――モブ美の父親を前に、正座で萎縮するモブ男。結婚報告に来たはいいが、延々と詰問されている。
額からは冷や汗が流れ、正座で足は痺れ、やがて感覚がなくなっていく。
ざまあみろ。
そんな言葉が浮かび、その日、美織は気持ちよく眠りについた。
なお、副担任が見つかったのは、それからおよそ半年後のことだった。