大空の戦士ウィンディアス   作:hirosnow

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Battle up――真昼の蜃気楼

「チェンジ、ウィンディアス!」

 

 砂丘で暴れるサンドキャタピラーを視界に捉えた瞬間、ジェットウインドは変形シークエンスへ移行した。

 機体が分解、再構成される。

 やがて、二足の人型へと姿を変え、砂を巻き上げながら着地した。

 

「お前、宇宙保安機構か?」

 グラドが機体越しに問いかける。

 

「ああ、そうだ。お前たちを逮捕するために来た」

「大人しく捕まってやる義理はねえな」

 即答だった。

「ならば――力ずくでいくぞ」

 両者の間に、緊張が走る。

 

 

■■■

 

 その様子を目の当たりにした犬養と柴崎は、思わず声を上げた。

「おお!例の白いロボットだ」

「警部。僕、生きて帰れそうです」

 正体は依然として不明のままだが、それでも“味方”が来たという事実だけで十分だった。

 安堵が、言葉に滲む。

 

「しかし、楢原……惜しいヤツを亡くしたな」

 犬養が、ふと呟く。

 脳裏に浮かぶのは、先ほどの光景。

 機体ごと串刺しにされた、あの無残な姿だ。

 

「不真面目で、軽薄で、しかも銃マニアという、どうしようもないヤツだったが」

「警部。フォローになってないッス」

 柴崎が即座にツッコミを入れる。

 そのときだった。

 

「おーい!警部!柴崎!」

 遠くから声が飛んできた。

 

 振り向くと、砂に足を取られながら、こちらへ駆けてくる人影がある。

「……あれ」

「楢原?」

 間違いない。本人だった。

「あ、生きてた」

 犬養が、あまりにも軽い調子で言った。

 楢原は息を切らしながら駆け寄ってくる。

 

 サンドキャタピラーに絡め取られた瞬間、「こりゃダメだ」と判断し、コックピットから飛び降りたのだ。

 

 足場は柔らかい砂地だ。無傷とはいかないまでも、致命傷にはならないと踏んでの賭けだった。

 

 

■■■

 

 ウィンディアスは、グラドの操るサンドキャタピラーと対峙しながらも、周囲に取り残された人々へと意識を向けていた。

 

 ここで全力を出せば、戦いに巻き込むことになる。

 それだけは避けなければならない。

 

 しかし、視認できる範囲には限界がある。

 内蔵センサーを起動し、サーモグラフィで生命反応を拾う。

 砂に埋もれかけている者。動けずにいる者。

 反応は、まだ点在していた。

 

「フェザー・スプレッダー」

 両翼が大きく展開する。

 羽根状の金属板が分離し、複数、空中へ射出された。

 

 ウィンディアスは即座に座標を補正する。

 取り残された人々の位置へと、正確に誘導する。

 金属板は砂上に滑り込むようにして静止した。

 

「さあ!それに捕まって!」

 スピーカー越しの声が響く。

 半信半疑ながらも、人々は金属板へと手を伸ばす。

 次の瞬間――板が動いた。

 サーフボードのように砂の上を滑走し、安全圏へと人々を運び出していく。

 

 ウィンディアスは、グラドの攻撃を躱しながらも、周囲の人々が安全圏へと離脱していくのを見届けていた。

 

「犬養警部。人々の避難は任せました。こいつの相手は、俺が引き受けます」

「わかった!頼んだぞ。ええと……」

 犬養は一瞬、その呼び名に迷う。

 

「ウィンディアス。そう呼んでください」

「了解した。頼んだぞ、ウィンディアス!」

 即答だった。

 その巨大な機体が自分の名を知っていることへの疑問は、もはや優先事項ではなかった。

 

 

■■■

 

「ウィンディアスか」

 サンドキャタピラーの上で、グラドがその名を反芻する。

「まあいい。これから俺に倒される相手だ。覚える必要もねえがな」

 軽く吐き捨てる。

 実際のところ、単純に名前を覚えるのが面倒だっただけだが、それを言葉にすることはない。

「お前はこれから、一生、牢獄で過ごすことになるだろうな」

 ウィンディアスは静かに告げた。

「投獄された相手のことは、案外忘れにくいものだ……そのつもりでいるといい」

 淡々とした声音だったが、揺るぎはない。

 その言葉と同時に、サンドキャタピラーが身をくねらせる。

 砂が唸り、空気が重く沈む。

 ウィンディアスは、その巨体を真正面から見据えた。

 自分の数倍はある圧倒的な質量。

 砂漠の上で、二つの異形が静かに間合いを測っていた。

 

 

■■■

 

 同じ頃――中学校の屋上。

 遥斗は力が抜けたように、その場に崩れ落ちていた。

 呼びかけにも反応はなく、ぐったりとしたまま動かない。

「遥斗先生、どうしたんだよ!? 目、開けてくれよ!!」

 カケルが必死に声を張り上げる。

「山田君、どきなさい」

 落ち着いた声で割って入ったのは美織だった。

 

 遥斗の肩を揺さぶるカケルを脇へ押しやり、しゃがみ込むと、頬にそっと手を当てる。

 その様子を見て、藻絵が目を見開いた。

 

(まさか……この流れ、人工呼吸とか言い出すんじゃ――)

「ちょっと、やめ――」

 言い終える前に、

 バチン、と音が鳴った。

 

 続けざまに、もう一発。

 バチン。

 

 美織の平手が、迷いなく遥斗の頬に飛んでいた。

「遥斗先生、しっかりしてください!」

 さらにもう一発いきそうな勢いで振りかぶる。

 

「いやいやいや、何やってんの先生!」

「それ違う! 絶対違うやつだから!」

 ダイチとコウジが慌ててツッコミを入れる。

「やめて! 普通に痛いだけだからそれ!」

 藻絵が飛び込んで、美織の手首を掴んだ。

 

「え……ダメなの?」

 ぴたりと止まる美織。

 

 三人は確信した。

 この人、ノリで動いている。

 

「とりあえず、救急車は呼んであるから」

 スマートフォンを片手に、カケルが冷静に言った。

 

 さっきまで一番取り乱していたはずなのに、いつの間にか一番まともな対応をしている。

 その温度差が、妙に場を締めていた。

 

 

■■■

 

 操縦席の中で、グラドは機械(アンドロイド)の体の至る所から細いケーブルを伸ばし、サンドキャタピラーの内部制御装置と接続を果たした。

 

 これまでは操作盤やレバーを用いていたが、相手は宇宙保安機構の精鋭だ。このままでは分が悪いと判断したのである。

 直接接続することで、反応速度や推進力を大幅に引き上げられると見込んでの処置だった。

 

「このグラド様に楯突いたことを、あの世で後悔させてやるぜ」

 グラドは自信満々に吠えた。

 

「グラド?“暴食のグラド”か?」

 “六つの災厄(ディザスター)”の一人。宇宙保安機構の中でも悪名は知れ渡っている。

 

 しかし――もう一つの呼び名は“雑食のグラド”。

 保安機構内では、六人の中で()()()()()というのが共通認識だった。

 戦闘能力自体は脅威だが、知略や戦略に乏しく、対策さえ立てれば、逮捕や捕縛は難しくないとされている。

 ジーグリードや他の連中とつるんでいるため、取り逃がしているだけだ、とも言われていた。

 

 だが、そういうことは言わないでおく。

 多分、傷つくだろうから。

 そう思い、ウィンディアスはその言葉を胸の奥へと静かにしまった。

 

 

 グラドの攻撃は、その性格に違わず、力任せのものだった。サンドキャタピラーの質量を活かし、正面から体当たりを仕掛けてくる。

 ウィンディアスはこれを受け止めると同時に、バーニアの噴射方向を細かく調整し、衝撃を逃がす。

「小癪な!」

 グラドは間合いを詰めると、マニピュレーターを伸縮させ、ウィンディアスの機体を刺し貫こうとする。

 スカイハイソード。

 ウィンディアスは長剣を抜き放ち、居合いの構えからサンドキャタピラーの脚を斬り落としにかかる。

「なかなかやるじゃねえか」

 グラドは自嘲気味に呟いた。

 その声に、もはや余裕はない。

 Dr.エンビーの技術に、ジーグリードの能力()、さらにグラド自身の出力。

 それらを重ねても、なお決め手には至らない。

 

 ならば――。

 グラドが取った手段は、サンドキャタピラーを砂中へ潜らせることだった。

 ホバリング機能を活かし、そのまま砂の中を滑るように移動する。

 無造作に砂を裂き、前肢を突き出す。狙いはただ一つ、串刺しだ。

 そして、ウィンディアスの真下へ。

 レーダーで位置は掴んでいる。

 次の瞬間、真下から強烈な体当たりを仕掛けた。

 だが、ウィンディアスの方が一枚上手だった。

 動きを読んでいたのか、すでにバーニアで上空へ退避している。

「残念だったな」

 間髪入れず、長剣を構える。

 そのまま決着をつけるべく、急降下。サンドキャタピラーへ斬りかかる。

「掛かったな。馬鹿め」

 サンドキャタピラーの顎が開き、火炎が吐き出された。

 奥の手だった。

 手の内を隠し、温存していた一撃。

 だが、その策は功を奏さない。

 

 スカイハイソードを手放し、後部バーニアを再噴射する。ウィンディアスは急上昇して、炎の軌道から離脱する。

「な……」

「ブリザード・カノン」

 同時にホルスターからライフルを引き抜き、引き金を引く。

 放たれた冷気は吹雪となり、大気ごと凍てつかせながら、炎を正面から押し返した。

 

「ブレイジングバスター」

 カートリッジを装填し、続けて放たれたのは、物質化寸前まで圧縮されたエネルギーだ。

 実弾のような軌道を描き、その塊がサンドキャタピラーに風穴を穿った。

 

「クソッタレめ!」

 グラドは罵声を吐き捨てた。

 次の瞬間、自身の敗北を悟る。もはや戦闘の継続は不可能だった。

 砂漠の只中で機体が爆散するよりも、わずかに早く、脱出用ポッドを射出する。

 

「覚えていやがれ」

 三流の悪役じみた台詞が、反射的に口をついて出た。

 

「逃がすか!」

 ウィンディアスは即座に機体をジェット機形態へと変形させ、追撃に移る。

 二機が海上へ差し掛かった、そのときだった。

 

 海面に、一つの影が浮上する。

「グラド。乗れ」

 テースロスの声だった。

「へへ。恩に着るぜ」

 巨大な影――潜水艦のハッチが開く。

 グラドは迷うことなく、脱出ポッドごと内部へ滑り込んだ。

 直後、潜水艦の砲門が一斉にウィンディアスへと向けられる。砲撃だった。

 

「何!?」

 このまま突っ込めば、確実に被弾する。

 ウィンディアスは減速し、機体を捻って回避行動に移った。火線が機体をかすめ、鈍い黒煙が尾を引く。

 

「まあ、ここは撤退するか」

 気だるげな声でテースロスが操縦桿を引く。

 潜水艦はそのまま海中へと沈んでいった。

 

「逃がしたか……」

 ウィンディアスは、わずかに悔しさを滲ませる。

 ジェット機形態で海中に追うのは無謀だ。機動力が大きく制限される以上、ここでの追撃は不可能だった。

 

 

■■■

 

 「よくやったぞ、助手2号。適当にぶらついたら、帰ってくるのじゃぞ」

 黒幕博士は研究所から無線でウィンディアスへと指示を飛ばす。

 

「いや……まっすぐ帰りますよ……」

「土産を買ってくるのを忘れるなよ」

「無理です。俺、今ジェットウインドと融合してますから。こんな図体で店には入れません」

「ジョークじゃ、ジョーク。ポリネシアンジョークじゃよ」

 軽口を残し、博士は一方的に通信を切った。

 そのまま視線をテレビへ向ける。

 

 戦闘が終息した鳥取砂丘の様子を、地元局が中継していた。そこで、ウィンディアスの勝利を知る。

 画面に映し出されたのは、避難誘導にあたっていた三人の刑事たちだった。

「おや? 奴らはワシを不審者扱いする国家の犬どもじゃないか?」

 モニターいっぱいに、犬養の暑苦しい顔が映った。

 

「休暇中にもかかわらず、観光客の救護に尽力された刑事の皆さんに、お話を伺います」

 若い女性アナウンサーがマイクを向けた。

 

「イエーイ、実家の父ちゃん母ちゃん、見てるー?」

 柴崎が軽い調子で手を振る。

「フッ……拳が熱い(アチィ)ぜ……」

 楢原は決め顔で意味不明の台詞を放つ。

 交互にカメラが抜かれていく。

「止めんか、お前ら。警察署の恥さらしと呼ばれるぞ」

 犬養がたしなめる。

 ――なお、この言葉は後に現実となる。

 

「えー、我々は公僕として当然の職務を果たしたまでです」

 犬養は咳払いひとつ、真っ当な口調で語り始めた。

「ですが、敵のロボットに対しては手も足も出なかった、との報告もありますが」

 アナウンサーが踏み込む。

「グヌヌ……そこは反論の余地はありません」

 犬養は正直だった。

「私はこれまで、怪物――謎の巨大ロボットが暴れ回る様を幾度となく見てきました。我々日本人、いや、人類にとって明確な脅威です」

 大袈裟に聞こえるが、現実に有効な対抗手段が乏しいのも事実だった。

「しかし、その危機の中で、我々を救ってくれた存在がいます」

 犬養は空を見上げるように言う。

「空の彼方から駆けつける、“勇者”と呼ぶべき存在が」

 同時に、組織としての人員強化と装備の更新の必要性にも言及する。

 それは、現場の実感であり――半ば上層部への訴えでもあった。

 

 

■■■

 

「ん……ここは?」

 遥斗が目を覚ますと、見慣れない天井が視界に入った。

 ジェットウインドから意識を切り離した瞬間、精神は自然と肉体へと戻っていた。

「あ。目を覚ましましたね」

 白衣の男性が安堵したように声を上げる。

「小鳥遊さーん。小鳥遊遥斗さーん」

「はい……自分ですが」

「大丈夫そうですね。意識は戻っています」

 知らない場所で、知らない人に名前を呼ばれる。状況が飲み込めず、狐につままれたような気分だった。

 

「遥斗先生!」

「よかった、目が覚めた!」

 視界に飛び込んできたのは、見慣れた顔。

 山田カケルと海野藻絵。そして――

 

「遥斗先生。本当に心配したんですよ。このまま起きなかったらどうしようって」

 高梨美織もそこにいた。

 

 話を聞くと、カケルが呼んだ救急車で運ばれたらしい。ここは病院の一室だった。

「ご迷惑をおかけしました」

 遥斗は医師と救急隊員に頭を下げる。

 

「カケル、藻絵。心配をかけたな」

 あの状況では仕方がなかったとはいえ、周囲から見れば突然倒れたようにしか見えない。内心で反省する。

 

「美織先生にも――」

 言いかけた、そのときだった。

「……っ!?」

 頬に鋭い痛みが走る。

「なんだ……ヒリヒリする……」

 時間が経つほどに、じんじんとした痛みが強まっていく。

 救急隊員の一人が、無言で手鏡を差し出した。

 恐る恐る覗き込むと――腫れていた。

 頬には、見事な紅葉のような跡。しかも、くっきりと赤い。

「これは……?」

 藻絵が、すっと人差し指を向ける。

 その先にいたのは、美織だった。

 

「あのさ、美織先生が平手でバッチン、バッチン――」

 カケルの言葉を、美織が慌てて両手で遮る。

 

「オホホホホ……それは、あの、その……蚊が……」

「蚊が……?」

「モスクィートとも言いますね」

 

 苦しい言い訳だった。

 雪山で遭難者にやるような処置をした、とはさすがに言えなかったらしい。

 

 ともあれ、検査の結果、脳波に異常はなく、他に外傷も見られなかったため、遥斗は帰宅を許可された。

 念のため精密検査を勧められはしたが、ひとまずは一安心である。

 

 ――が。

 帰宅後。

「ヒョッヒョッヒョ。よかったじゃないか。土産ができたじゃないか」

 黒幕博士に頬の紅葉を面白がってこすられ、翌日には職員室で、

「痴話ゲンカですか?お盛んですなー」

 と、同僚にからかわれる始末。

 

 そして何より、グラドとの戦いではほとんど無傷だったにもかかわらず――

 

 美織のビンタの方がよほど痛く、数日は頬の赤みが引くことはなかった。

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