Birth!――美少女型アンドロイド、誕生!?
小鳥遊遥斗は、洗面台の鏡に自分の顔を映した。
頬の赤みは、ほぼ引いている。
「かれこれ、一週間か」
自然と、高梨美織のことが頭に浮かぶ。
――別に、想い人だから気にしているわけではない。
純粋に、どれだけの馬鹿力で叩かれたのか、という疑問が拭えないだけだ。
ひとつ息をつき、遥斗はキッチンへ向かった。
ここ数日、頬のことをからかわれ続けた腹いせに、肉類を一切使わない食事を黒幕博士に出し続けていた。
野菜中心の、実に健康的な献立である。
――そろそろ、いいだろう。
そう判断し、仕込んでおいた鍋の蓋を開ける。
自家製の叉焼。
正確には、豚バラ肉の煮込みだ。
これに大根と煮卵を添えれば、白米が止まらなくなる。
そんな、ささやかな“解禁”だった。
「博士ー、ご飯できましたよ」
よく通る声で、研究スペースにいる黒幕博士へ呼びかける。
「ああ、あとで食う。ワシの分、残しておいてくれ」
いつもの食い意地の張った調子とは違う。よほど作業に没頭しているらしい。
遥斗は気になり、研究スペースへ足を向けた。
そこにあったのは、人型の機体だった。
人形、と呼ぶには無機質すぎる。金属で構成された、骨格むき出しのアンドロイド。
「博士。それは?」
「なんじゃ、助手2号。興味があるのか?」
遥斗は小さくうなずく。
「ワシが開発中のアンドロイドじゃ。持てる知識を全部つぎ込んでおる」
黒幕博士はゴーグル越しに目を細め、手元の溶接を止めない。
火花が散り、金属の接合部がじわりと赤く光る。
その手つきは、妙に楽しげだった。
遥斗は、ふとそのアンドロイドの外形に目を留めた。
腰部はわずかに丸みを帯び、胸部は椀を伏せたように緩やかな膨らみを持っている。
「博士。これ、女性型ですか?」
率直な疑問を口にする。
「その通りじゃ!察しがいいのう」
黒幕博士は口角を吊り上げ、満足げに笑った。
――あまり、褒められている気がしない。
「美少女型アンドロイドじゃ!ワシの叡智を結集した最高傑作になるじゃろて」
言い切る博士の笑みは、どこか含みがある。
遥斗は内心で首を傾げた。
叡智の結集というより――別の何かが混ざっているのではないか。
そう思ったが、あえて口には出さなかった。
「難儀なのが、
「へえ。それはそれは」
遥斗はどこか他人事のように相槌を打つ。今の地球の技術では、限界があるのだろう――そんな認識だった。
「試作品はパソコンに入れてある。触ってみるか?」
黒幕博士はアプリケーションを起動し、マイクを手元に引き寄せる。
『ご用件をどうぞ』
スピーカーから、無機質な音声が流れた。
「ワシは、黒幕博士じゃ」
『黒幕博士ですね』
「お前を開発した、世界一の天才科学者じゃ」
「それ、自画自賛が過ぎませんかね」
遥斗が横から突っ込む。
「事実を述べておるだけじゃ」
博士はまったく意に介さない。
『黒幕博士は私の開発主。つまり、親と呼べる存在ですね』
「そうじゃ。話が早いのう」
『では、改めて黒幕博士。ご用件をどうぞ』
わずかな間。
博士は、やけに満足げな顔で口を開いた。
「ワシのことは、“お兄ちゃん”と呼びなさい」
「は?」
空気が止まる。
遥斗の中で警報が鳴る。何を学習させる気だ、この人は。
『ハァ!?キモ……誰が呼ぶか、この変態のジジイが』
さらに重い沈黙。
やがて、博士が肩をすくめた。
「な?うまくいかんのじゃよ」
「いや……ある意味、成功してますよ」
少なくとも、開発者の本質は正確に理解しているらしい。
「しかし、助手2号よ。お前さん、感じないか?」
「何をです?」
「罵られるのも……なかなか心地よい、と」
「……ハァ!?」
間髪入れず、スピーカーが応じる。
『みっともないわね、このジジイ。本当にキモい』
その瞬間だった。
黒幕博士の肩がびくりと跳ね、次いで小刻みに震えだす。
明らかに“何か”に目覚めた顔をしていた。
――嫌な予感しかしない。
「……博士?」
呼びかけにも反応は薄い。むしろ、満足げですらある。
どう見ても、快楽が上書きしている。
Mに目覚めやがった……!
遥斗は、ゆっくりと顔を覆い、深いため息をついた。
「いずれにせよ、せっかく作ったAIをこのアンドロイドに入れるのは、難しそうじゃな」
黒幕博士は、がっくりと肩を落としてうなだれた。
「で、結局それ、何に使うつもりなんです?」
「そりゃあ……」
言いかけて、博士の頬がだらしなく緩む。
「色々と世話をしてもらうためじゃ。一緒に風呂に入ったり、添い寝したり、あと膝枕とか――」
「いっそ介護してもらったらどうです?」
「失敬な!ワシはまだそこまで年寄りではないわ!」
即座に噛みつく博士に、遥斗はため息をひとつ。
「博士が使わないなら、介護が必要な人のために活用するとか。そういう方向の方が――」
「嫌じゃ。他の連中に任せればよい」
ぴしゃりと遮る。
「ワシはな、美少女アンドロイドと蜜月を過ごすために研究しておるんじゃ」
迷いのない断言だった。
公共性よりも欲望優先。
呆れはするが、ここまで一貫していると、もはや清々しさすらある。
「……わかりました。とりあえず、食事にしましょうか」
遥斗は話を切り上げ、食堂へ向かうよう促す。
――なんだか、自分が世話をしている側みたいだな。
そんな妙な感覚を覚えながら。
■■■
嫌な予感というものは、だいたい当たる。
日本で言うところの“虫の知らせ”というやつだ。
そして――地球人より感覚の鋭い遥斗は、その手の予兆を拾いやすい。
「博士。雲行きが怪しいですね」
「ワシの予報では一日中快晴なんじゃが……」
言い終えるより早く、異変は形になった。
空の彼方。暗雲を裂くように、一筋の光が尾を引く。
燃えながら落下してくる物体があった。
「流れ星ですかね?」
「幽霊か何かじゃないかの?」
状況に似合わず、妙にのんびりしたやり取りが続く。
「あれ……こっちに向かってきてません?」
「マジか?」
次の瞬間、二人は同時に黙った。
落下物は、見事なまでに一直線で――黒幕博士の研究所兼自宅へと向かっていた。
「ギャアアアア!!嫌じゃあ!ワシ、まだ死にたくない!!」
「それは俺もですけど」
「助手2号!なんでそんな冷静なんじゃよ!」
博士は涙、鼻水、その他いろいろを全開にして絶叫する。
一方の遥斗は、なぜか平然としていた。
「味噌カツ、どて煮、手羽先、ひつまぶし……」
「何を数えとるんじゃ!?」
「死ぬ前に食べたかったなって」
「食いもんかい!」
思考の方向が違いすぎる。
肝が据わっているのか、ただズレているだけなのか。
博士はこの助手に対する評価を、静かに修正した。
――こいつ、思ったよりヤバい。
その物体は、二人に直撃することはなかった。
落下地点は居住スペースではなく、敷地の端にある納屋だった。
――だが。
轟音とともに、納屋は吹き飛び、そのまま炎に包まれる。
「博士。なんとか助かりましたね」
遥斗が声をかける。
だが、黒幕博士は微動だにしない。
「博士?……おーい。生きてます?それとも、もうダメな方ですか?」
目の前で手をひらひらさせてみる。
「わ、わ、わ……」
次の瞬間。
ガタガタと小刻みに震え始めた。
「ワシの、コレクションがあああああ!!!!!」
絶叫が周囲に響き渡る。
「コレクション?」
遥斗は首をかしげる。
――それは博士が長年かけて収集してきた“秘蔵品”。
健全な青少年にはとても見せられない類いの書籍や映像媒体の数々。
棚ごと、箱ごと、大事に積み上げられていた“夢の結晶”である。
そして今。
それらはまとめて、炎の中で盛大に燃えている。
「あああああ……ワシの青春が……歴史が……文化が……」
「いや、文化は言い過ぎじゃないですか」
遥斗は淡々と突っ込む。
――なお。
遥斗が地球に来たときも、似たような光景を見た覚えがあった。
既視感しかない。
博士のコレクションは、なぜか定期的に灰になる運命らしい。
そのときだった。
異変が起きた。
博士が開発途中だと言っていたアンドロイド――それが、ゆっくりと動き出したのだ。
最初は、まばたきが二度。
次に、指先がわずかに震える。
関節を確かめるように手を開き、閉じる。
そして――一歩。
無機質なはずの人形が、自らの意思を持つかのように歩き出した。
「な、な、なんじゃ、こりゃあ!!」
黒幕博士は腰を抜かした。
幽霊でも見たかのように顔を青ざめさせ、その場に尻餅をつく。
一方で、その機械の人形は、そんな反応など意に介さない。
室内をゆっくりと見回し、やがて棚の上の薬瓶に目を留める。
迷いのない動作で蓋を開けると、中身を手に取り、自らの身体へと塗り広げた。
直後、金属の肌が、わずかに質感を変える。
続いて、近くにあったウィッグ――金属繊維を束ねたそれを見つけると、頭部に取り付ける。
カチリ、と小さな音。
次の瞬間には、それは“髪”として自然に馴染んでいた。
人工皮膚と頭髪が揃い、無機質だった外見は急速に変化する。
やがてそこに立っていたのは――
人間の女性と見紛う姿だった。
白磁のように透き通る肌。
北欧系を思わせる白さに、日本人のようなきめ細やかさが宿っている。
痩せすぎず、かといって過度に肉付きもない、均整の取れた体躯。
幼さを残しながらも、どこか大人びた顔立ち。
――黒幕博士の想定を、軽々と超えていた。
最初に浮かんだのは恐怖。
次いで驚愕。
そして、その感情は、ゆっくりと別のものへとすり替わっていく。
「……女神」
ぽつりと呟く。
数秒の静寂。
――からの。
「うぉーっ!!ついに!ついに来たか!!ワシの理想が現実に!!」
さっきまで腰を抜かしていた人物とは思えない回復力で、博士が跳ね起きる。
「ワシ好みの美少女アンドロイドじゃあああ!!」
完全復活である。
目の前にいるのは、理想を具現化したかのような美少女。
しかも、一糸まとわぬ姿。
理性のブレーキなど存在しない。
「待っとれい!!」
勢いそのままに、猛獣のごとく飛びかかる――が。
ガチッ。
動きは、そこで止まった。
“美少女”の手が、博士の頭部をがっちりと掴んでいた。
プロレスでいうアイアンクロー。
逃げ場のない固定。
そのまま、じわりと力がこもる。
ギシ……ギシ……と、不穏な音が鳴った。
「
声は穏やかだが、握力はまったく穏やかではない。
「ギャアアア!!痛い痛い痛い!!割れる!頭が割れる!!」
さっきまでの威勢はどこへやら、悲鳴だけが響く。
その様子を、少し離れた位置から見ていた遥斗は――
ひとつ、ため息をついた。
「……これ以上はいけない」
過度に刺激しないよう、あくまで穏やかに声をかける。
博士の安全を、最低限だけ確保するために。 すると、機械の少女は、遥斗の言葉にあっさりと従った。
博士の頭を掴んでいた手の力が、すっと抜ける。
支えを失った反動で、博士の体はそのまま崩れ落ち――ドスン、と音を立てて尻餅をついた。
「いたた……ハァ……もう少しで、脳味噌が飛び出るところじゃった……」
力なく床にへたり込み、肩で息をする。
だが、ふと顔を上げた瞬間。
さらに信じがたい光景が目に飛び込んできた。
「お久しぶりです。“ウィンディ”」
少女が、ためらいなく遥斗へと抱きついていた。
「……“モルフォ”なのか?」
遥斗は戸惑いながらも、その名を口にする。
反射的に、自分の上着を脱ぎ、そっと彼女の肩に掛けた。
さすがにそのままでは、視線の置き場に困る。
少女――モルフォは、当然のようにそれを受け入れ、遥斗に身を寄せたままだ。
その様子を見ていた黒幕博士は――
「悔しいのう……悔しいのう……」
ゆっくりと立ち上がると、わなわなと震えながら、床を踏み鳴らす。
ついさっきまで“女神”と崇めていた存在が、自分ではなく他の男に抱きついている。
その現実に、ただ一人、地団駄を踏むしかなかった。