大空の戦士ウィンディアス   作:hirosnow

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Sleepless Night ―― アンドロイドは夢を見るか?

 海底深く、外界の探知を逃れるように設けられた、Dr.エンビーのラボ。

 

 静寂に包まれているはずのその空間に――

「ギャアアアア!ウオオオ!!」

 場違いな絶叫が響き渡っていた。

 

 グラドである。

 鳥取砂丘での戦闘を終え、辛くも離脱した彼は、現在、修復処置を受けている最中だった。

 

 サンドキャタピラーから脱出する際、接続していたケーブルを無理やり引き千切った。その反動で、機械の身体各所に損傷が生じていたのだ。

 

「うるさいな。もう少し静かにできないか?」

 作業を行うエンビーが、露骨に顔をしかめる。

 グラドの声量は、作業環境としては最悪だった。

 

「痛えんだよ!お前こそ、もっと優しくできねえのかよ!」

 やり取りは、まるで歯医者で暴れる子どもと医者そのものだ。

 

 エンビーは小さくため息をつく。

 グラドの感覚からすれば、麻酔なしで分解と修復を同時にやられているようなものだ。

 

 もっとも――

 エンビー自身は、彼の体に直接触れてはいない。

 人工知能を組み込んだ機械群を遠隔操作し、淡々と処置を進めているだけだ。

 

「なら、その機械の体を一時的に停止させればいいだろう」

 うんざりした口調で提案する。

 いわばスリープモード。

 理屈の上では、痛覚も遮断されるはずだった。

 

「どうやるんだ?やり方、わかんねえよ」

 ハァ――。

 エンビーは、これ見よがしに大きなため息をついた。

 

(どこまで単細胞なんだ……)

 頭痛すら覚える。

 

 だが、今さらグラドに細かな操作を期待するだけ無駄だった。

「仕方ない」

 エンビーは端末へ指を走らせる。

 

 彼の開発したアンドロイドには、暴走時に備えた安全装置が組み込まれている。

 管理者権限――すなわち、Dr.エンビー自身の命令によって、強制停止を行えるようにしてあるのだ。

 最悪、敵に鹵獲された場合も想定しての措置だった。

 

「少し眠っていろ」

 次の瞬間。

 グラドの目から、ふっと光が消えた。

 これで、ひとまずは静かになった。

 

 エンビーは小さく息を吐く。

 グラドの修復作業をオートモードへ移行させ、自身は再び研究へ戻ろうとした。

 

「なるほどね。そんな機能があるんだ」

 不意に、背後から女の声がした。

 振り返る。

 そこに立っていたのは、一人の美女だった。

 

「……ラスティナか」

 気配を悟らせず、いつの間にか背後を取られていた。

 ラスティナは、妖艶な笑みを浮かべる。

 大抵の男なら、その微笑みだけで警戒心を解くだろう。

 

 だが、エンビーは違う。

 彼女の本性を知っている。

 ゆえに湧き上がるのは欲情ではなく、得体の知れなさへの警戒心だけだった。

 

「身を守るための機能だ。別に珍しくもない」

「フフ……そうかもね」

 ラスティナは、意味深に目を細める。

「でも、それで私たちより優位に立ったつもりにならないことね」

 それだけ言い残し、踵を返す。

 長い髪を揺らしながら、ラスティナはラボの奥へ消えていった。

 

 

■■■

 

 夜――人々が寝静まった時間帯。黒幕博士の研究所も静寂に包まれていた。

 

 基本的にメインコンピューターは電源を落とし、最低限の電力消費で済むよう、一基のサブコンピューターだけが稼働している。研究データのバックアップを取り続けるためだ。

 

 あとは、黒幕博士自作のセキュリティシステムくらいだろうか。外部からの侵入、不正アクセス、クラッキングから、身の安全と機密データを守る砦とも言うべき存在だった。

 

 そんな暗闇の中、蠢く影があった。

 一歩。また一歩。

 歩みを進めるたび、床がわずかに軋む。

 その影は扉の前でピタリと足を止めた。

 

 ポケットから携帯電話より一回り大きな機器を取り出し、電子錠へとかざす。

 機器がデータを読み取り、それに呼応するように電子錠が反応した。

 

 カチリ。

 小さな解錠音が響く。

 

 不審者は慎重な手つきで、静かに扉を開いた。

 そこは、モルフォ――遥斗の同僚の寝室だった。

 

 広い敷地に建つ研究所兼住居。研究スペースを差し引いても、一人暮らしの黒幕博士には広すぎる。空き部屋はいくつもあり、その一室を遥斗やモルフォが使っていた。

 

 不審者は、窓から差し込む月明かりを頼りに室内を進む。

 ベッドに横たわるのは、一人の美女。

 アンドロイドの体を持つモルフォは、スリープモードへ移行することで、人間でいう睡眠状態に入っていた。

 

「ククク……よく眠っている。この様子なら、少々のことでは起きまい」

 毛布をそっとめくる。

 

 そこには、パジャマ姿のモルフォがいた。服の上からでも分かるほど、胸元にはふくらみがある。

 その影は、ゆっくりと、しかし迷いなく、彼女へ手を伸ばした。

 

 ――そのときだった。

 夜の静寂を打ち破るように、警報音がけたたましく鳴り響いた。

 

「何事だ? 無事か?」

 

 警報音を聞きつけ、部屋へ飛び込んできたのは遥斗だった。ジャージ姿に、胸元からインナーのTシャツが覗くラフな格好だ。

 

「ウィンディ!」

 モルフォが遥斗の胸へ飛び込む。

 

「怪我はないか?」

「ええ。この通りです」

 

 モルフォの言葉通り、目立った異変は見当たらない。

 遥斗は張り詰めていた表情を、少しだけ緩めた。

 

「何があった?」

「侵入者です」

「逃げたのか?」

「いえ、あそこに」

 

 モルフォは部屋の奥へ歩き、壁際のスイッチを押した。

 

 パチリ、と照明が点く。

 遥斗は目を見開いた。

 侵入者はベッドの上。

 

 ハンモックのような網に吊り上げられ、身動きも取れず、ジタバタともがいている。

 

「黒幕博士!?」

 

 侵入者の正体は、黒幕博士だった。

 

「おい、助手二号! 助けてくれ!」

「何やってるんですか……」

 遥斗は呆れ混じりにため息をつく。

 

「痴漢ですよ」

 モルフォが横から口を挟んだ。

 頬を膨らませ、博士への抗議の意思を隠そうともしない。

 

「痴漢!? 人聞きの悪いことを言うな!」

 黒幕博士がまくし立てた。

 「ひとつ屋根の下。美女が無防備に寝ていたら、男なら興味を持たずにはいられん。そうは思わんか、助手二号」

「それは犯罪者の戯れ言です」

 遥斗はジト目で切り返した。

 

「それに、モルフォは俺と同じ宇宙保安機構所属ですから。こういうトラップを仕込むのは得意なんですよ。寝込みを襲うのはやめた方がいいです」

「そうですよ。それにね……」

 モルフォの顔つきが変わった。

 か弱そうな雰囲気は消え、瞳に嗜虐的な色が宿る。

 

「ん?」

 黒幕博士が首を傾げた、その瞬間。

「あ、あば、あばばばばばばば!」

 突然、博士の身体がバイブレータのように激しく震えだした。

 

「しばらくすると、電流が流れる仕組みになってますから。もちろん、命に別状がない範囲で」

 

 エグ……。

 遥斗の背中を冷や汗が伝った。

 

「あばばばばばばばばば!」

 電流の奔流にのたうち回る博士。

「ウフフフフフフ……」

 愉悦たっぷりの笑みを浮かべるモルフォ。

 

 遥斗の頭の中では、情報の整理がまったく追いついていなかった。

 

「さて、まだ真夜中ですし、しばし眠るとしましょうか」

 と、モルフォが言った。

 

「いや、でも、博士をこのまま宙吊りにするわけには……」

「その博士は、こういうプレイがお好きではないかしら?」

 モルフォが侮蔑と軽蔑をたっぷり込めた目で、黒幕博士を見下ろす。

 

 最初こそ手足をバタつかせていた博士だったが、徐々に息が荒くなり、苦悶の表情はいつしか妙な恍惚へと変わっていった。

 

「き、気持ちいい……」

 苦痛すら快楽に変換し、黒幕博士は全力で悶絶していた。

「さ、では就寝しましょう」

「あ、ああ……」

 二人はそう言って、部屋を後にする。

 

「おい、待てい! ワシを放置する気か!?」

 博士が慌てて抗議する。

「放置プレイか……。だが、これはこれで……くぅーっ、堪らんのゥ……」

 

 深夜。

 黒幕博士の苦悶とも歓喜ともつかない声が、屋敷中に響き渡った。

 ――その結果。

 遥斗はなかなか寝付けず、寝不足のまま朝を迎えることになった。

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