黒幕博士は、住居と研究所を兼ねた母屋とは別に、小さな孤島を所有している。
本来なら船で渡るしかない場所だが、博士は海底をバイパスのように抜けるトンネルを建設していた。
その海底トンネルを抜けた先に、島はある。
「へえ。島そのものが基地になっているのですね」
アゲハは初めて訪れた場所を見渡し、小さく感嘆の声を漏らした。
内部には格納庫をはじめ、クレーンやマニピュレータ、各種計測機器、さらには滑走路まで備えられている。
ジェットウインドをはじめ、遥斗やアゲハの宇宙船もここに安置されていた。
遥斗とアゲハは、黒幕博士の機体開発をサポートすることになった。
「カケルや藻絵たちには、悪いことをしたな」
後で埋め合わせをしよう。
遥斗は、そんなことを考えていた。
「そうじゃ! ようやく、AI人格の調教……じゃなかった、プログラミングが完了したんじゃ」
博士のノートパソコンのディスプレイに、女の子のアバターが現れた。
『はじめまして』
博士曰く、これは
それをレスキューメカの遠隔操作用に転用するという。
「名前をつけてやらんとな」
博士が言った。
「名前ですか?」
遥斗は思案する。
「AIなので、『アイちゃん』はどうでしょう?」
『いいですね』
AIも遥斗の案に賛同した。
「あ……でも、平凡すぎるか」
『私、賛同しましたよ! どうして、そこで引っ込めるんですか!?』
「そうじゃな。助手二号。お前のネーミングセンスは捻りがない! 絶望的じゃ!」
好き勝手に言われ、遥斗は苛立ちを隠せない。
「博士は、何か考えているんですか?」
「当然じゃ」
『嫌な予感しかしません』
人工知能とは思えないほど、嫌悪感のこもった声だった。
「その名も! ペペロンチ●子!!」
『いやああああああ!!!』
AIの金切り声が、ラボ中に響き渡る。
その直後。
「女の子にそんな卑猥な名前をつけるなんて、最低ですよ!」
メリッ。
アゲハのチョップが、斧のように黒幕博士の頭上へ振り下ろされた。
「
阿鼻叫喚の場に、遥斗の声が静かに響いた。
「君の名前だ。通称はマリナ。どうだろう?」
「いいですね! マリナちゃん。素敵です!」
アゲハも肯定的な反応を示した。
「正気か? 絶対にワシの『ペペ■ーションチ●子』の方が、よい名前じゃぞ」
なおも自分の案に固執する博士に、
「あら。しつこい男は、女の子に嫌われますよ」
アゲハが茶々を入れた。
「マリナちゃんか……。よい名前じゃ」
博士は、あっさりと意見を翻した。
その掌返しは、実に清々しかった。
「君はどうだい? 俺の考えた名前では不服かい?」
遥斗は、パソコンの中のアバターへ問いかけた。
画面の少女は、わずかに伏し目がちになる。
しかし、次の瞬間には、笑顔と分かる表情を浮かべた。
『いいえ。満足です』
黒幕博士が開発したAI――マリナは、人工知能とは思えないほど感情の起伏が大きかった。
接する相手によって、態度まで変える。
たとえば、遥斗に対しては――
『遥斗さん。どうぞ』
基地内のマニピュレーターを操作し、ハンカチで汗を拭ってくれる。
『基地内は蒸しますね。暑くないですか?』
そう言って、ファンで冷風を当ててくれたりもする。
アゲハに対しては、女性人格同士、作業の合間に女子トークを交わすほどだった。
『黒幕博士って、夜這いをかけようとしたの?』
「そうなんですよ。いつも、いやらしい視線を感じますし」
『私も。プログラミングされている時、黒幕博士を慕う女子大生とか、変な設定を入れようとするんだもん』
「やだ。気持ち悪い」
そんな会話に聞き耳を立てながら、黒幕博士が口を挟む。
「助手二号。女子のトークって、こんなに湿度が高いんかの?」
「さあ。というか、手を動かした方がいいのでは?」
「なんか、さっきからワシのガラスのハートにダメージがぶっ刺さるんじゃが。気のせい?」
「気のせいではないですね。すべて真実ですから」
■■■
基地の中には、開発途中の機体が複数、所狭しと並んでいた。どれも博士たちの手によって、完成の時を待っているようだった。
ジープを思わせる重量感のある車両。
先端部にドリル状の突起物を備えた車両。
シャベルを搭載した大型車両。
車高が高く、後部にスクリューを備えた舟形の車両。
完成度は機体ごとにまちまちだった。
コックピットや内部の動力部が露出しているものもあれば、外壁の塗装を残すだけのものもある。中には、まだ骨組みを組み立てている段階の機体まであった。
「いつの間に、こんなに開発を進めていたんですか?」
遥斗は作業の手を止めず、博士へ視線を向けた。
「フフフ、それは寝る間も惜しんでじゃな……」
「嘘つかないでください。いつも寝坊するくせに」
「お前が学校に行っている間じゃ。お前が女子中学生とチョメチョメしとる間にも、ワシは勤勉に世界平和のため、汗を流しておったわけじゃ」
「言い方」
遥斗はジト目で博士を睨む。
「それとな、世の中のショートスリーパーと自称する奴らは信用ならんな。起きとる間に、眠気覚ましに時間を費やすなど、本末転倒もいいところじゃ」
「概ね同意しますけど、外では言わないでくださいね。いろんな方面に喧嘩を売ることになりますから」
遥斗は、博士の言動に冷や汗を流した。
「私からも、よろしいでしょうか?」
アゲハが黒幕博士に問いかけた。
「なんじゃな、アゲハちゃん。ワシの好みのタイプを知りたいのかな?」
「あ、それはどうでもいいです」
黒幕博士は、ショックの色を隠せない。
「ワシのことなら、なんでも教えてやるぞ。スリーサイズから、生い立ちまで」
「博士個人には、微塵も興味がありませんね」
またしても、博士は茫然自失の表情を浮かべた。
「それより、これだけの資材を、どうやって調達されたのです?」
それは、至極もっともな疑問だった。
「それはな。ほれ、よく街中に機械の怪物が出るじゃろ?」
機械の怪物――Dr.エンビーが製造し、社会を荒らし回る「メタルキメラ」シリーズのことを暗に指している。
「これを助手二号が倒すじゃろ?」
「はい」
「すると、現場には残骸が残る」
「そうですね」
「そこへ国家の犬どもが現場検証とやらをするじゃろ?」
「国家の犬って……警察の方々ですよね……」
「そして最後は、業者に引き取ってもらわにゃならん。じゃが、これを回収するには金がかかる」
「た、確かに、そうですね……」
「そこで……この先は言わなくても分かるな?」
黒幕博士は、ニヤリと口の端を歪めた。
その笑みを見たアゲハは、体中に悪寒を感じた。
それは、とてもイヤらしく――いや、邪悪に満ちた笑顔だった。
■■■
2時間くらい作業に時間を割いただろうか。
駆動系統、動力部とチェックを終え、外装を溶接して仕上げていく。
そして、重量感のある大型車両が、日の目を見ることとなった。
「博士。やりましたね。完成ですよ」
遥斗が車両を見上げて言った。
「うんにゃ。まだじゃよ。システムをこいつにインストールする必要がある」
黒幕博士は首を横に振る。
そして、パソコンのマイクを通じて、マリナに命令を出した。
「マリナちゃんや。インストールをしてくれるか?」
『わかりました。プログラムのファイルは、どこにありますか?』
「外付けのハードディスクに入れておる」
AIであるマリナにとって、ファイルを探すことなど造作もない。検索をかければ、数秒で見つけられるはずだった。
ところが――。
『ウワ、汚な。全然、コンピューターの中、整理されてませんね』
不要なファイルが削除されず、乱雑に保存されている。
そのうえ、ファイル名の付け方も統一されておらず、まるで散らかり放題だった。
『黒幕博士。なんで、機密データと成人向け映像ファイルが同じフォルダにあるのですか?』
「いかんのかね? ワシの趣味じゃ。もしかして、マリナちゃん、こういうのに興味津々かな?」
博士はニタニタと下卑た笑みを浮かべ、マリナの反応を楽しんでいるようだった。
「ウィンディ。いくら相手がAIとはいえ、これってセクハラですよね?」
アゲハが傍らに立ち、遥斗に同意を求める。
遥斗は、頭を抱えるしかなかった。
人工知能相手にまでセクハラを成立させてしまうのは、地球上で黒幕博士ただ一人ではないのか。
そう思ってしまうほどだった。
インストール作業には、さほど時間を要しなかった。
マリナの仕事が早かったこともある。だが、あらかじめ博士がプログラムを組んでいたため、ファイルを解凍するだけで作業を完了できたのは、博士の非凡さによるものだった。
もしプログラムを手動で組み込んでいれば、さらに半日は費やしていただろう。
「後は、どこかで試運転したいところじゃの」
黒幕博士が言った。
いきなり実戦投入するのは現実的ではない。まずは実際の環境で、機体が正常に動作するか確認する必要がある。
そこで、遥斗が提案した。
「それなら、今から山に行きませんか?」