どんな時代でも、「クソガキ」というものはいる。
学業のない日を喜び、街中を徘徊し、気ままに駆け回る――そんな連中だ。
のどかな午後の日差しは、クソガキにとって絶好の活動時間だった。
町の郊外に、一軒の古民家があった。
住宅街から離れ、坂を上りきった先にぽつんと建っている。周囲には飲食店も娯楽施設もなく、わざわざ足を運ぶ者などいない。
幽霊屋敷と呼んでも差し支えないその古民家を、中学生のクソガキどもが、柵の外からのぞき込んでいた。
「なあ、ここ、出るってウワサのとこだろ?」
ガタイのいい一人が、わずかに声を震わせながら言う。
「“黒幕博士”の家だよ。昨日も煙が上がってたって!」
別の一人が答えた。
クソガキどもは勇気を振り絞り、門の前まで駆け寄った。
敷地の奥には、民家とは不釣り合いなほど大きな建物がそびえている。門柱には表札の代わりに、手作りの立て札が掲げられていた。
『●●●●研究所』
ただし文字の一部は手書きで、雨風にさらされて滲み、かろうじて「研究所」の三文字だけが読める。
さらに壁には、大きく「
クソガキどもは顔を見合わせ、怖がりながらも笑い合う。
そのとき、敷地の奥から水音が響いた。
「今の音、聞いたか!?」
「ああ……」
ピチャピチャ、と水が跳ねる音。
音のする方へ目を凝らすと、人影があった。誰かが水浴びをしているらしい。
「もしかして……女の人だったり」
年頃の少年らしい助平心をむき出しにしながら、何人かが足音を殺して庭へと足を踏み入れていく。
――その瞬間。
「どうしたんじゃ?」
そこにいたのは、絶世の美女などではない。鼻の下にヒゲを生やした中年男だった。
だらしなく突き出た腹。
モジャモジャの髪。
――しかも、全裸。
「君らもこっちに来て、水遊びをせんか? 楽しいぞ」
ビニール製の簡易プールから、中年男は「おいで、おいで」と手招きをする。まるで妖怪のように。
クソガキどもは一瞬固まり、次の瞬間には踵を返して、それぞれの家へ全力で逃げ帰った。
――“黒幕博士”。
見た目のインパクトに加え、変な発明をしていそうという印象が転じ、やがて「事件の裏で糸を引いていそうな人物」として語られるようになり、子どもたちは彼をそう呼ぶようになった。
大人たちは「変わった人」で済ませていた。中には「変態」「変質者」と呼ぶ者もいた。
だが――ただ一人、そうは思わぬ男がいた。
彼は黒幕博士を、いくつかの未解決事件の裏で糸を引く黒幕だと睨んでいた。
何度も裁判所に逮捕状を申請してきたが、証拠不十分で棄却。同僚には陰で“オカルト刑事”と囁かれながらも、執念深く張り込みを続けている。
その日も彼は、郊外の研究所兼住居の前に立っていた。
「おう、刑事さんか。また来おったんか。好きじゃのう」
玄関から現れたのは、腹を突き出し、頭頂部の薄毛をモジャモジャで隠した中年男。
鼻下のヒゲが、にやりと動く。
「今日こそハッキリさせてもらうぞ、黒幕博士! あんたの“研究”ってのは何を狙ってる!」
犬養が声を張り上げると、博士はわざとらしく耳に手を当てた。
「え? 狙い? ふぉっふぉっ……わしの狙いはな、世界平和じゃよ。人間がもっと楽できるようにするための機械を作っとるだけじゃ。ほっほっ」
「ふざけんな! この前もお前の実験で民家が吹き飛んだだろうが!」
「おお、あれは“想定外の結果”じゃ。科学にはよくあることよ。結果が出た時点で成功じゃ」
「……成功で済むか!」
犬養は額の汗をぬぐい、博士に詰め寄る。
博士は腹を揺らして笑う。
「刑事さん、あんたも真面目すぎるわい。そんな正義面ばっかしておると、いつか世界に裏切られるぞい?」
「俺は、お前みたいなやつを野放しにしてる世界の方が間違ってると思ってる」
「おお、名言じゃのう。メモしておこうか。――あ、ペンがない。貸してくれるかの?」
「誰が貸すか!!」
犬養が怒鳴ると、博士は肩を震わせて笑い、ひらひらと手を振った。
「まあまあ、茶でも飲んで落ち着けい。今、特製の“トリップ珈琲”を
「聞いたこともねぇ飲みもんだな……飲んだら爆発でもすんのか?」
「まさか! 爆発するのは、次の実験じゃ」
犬養は反射的に後ろへ跳びのいた。
その瞬間、建物の奥から――ドゴォォォン!! という爆音と共に黒煙が上がる。
博士は煙の中から顔だけを出し、満足げに笑った。
「ふぉっふぉっふぉっ……成功じゃ。いやぁ、実に実りある日じゃのう」
犬養は頭を抱え、怒鳴る。
「この狂人めぇぇぇ!!」
犬養は、このいかれたマッドサイエンティストに対して、あらゆる憤怒を込め、警察手帳に「危険人物」の四文字を汚い筆跡で殴り書きした。
そしてまた、捜査令状の発付を求めて裁判所に申請する――だが、そのすべてが却下される。
そんな負のループが、今日も続いていた。