「昨日は危うかったわい。もう少しで留置所の臭い飯を食うところじゃった」
黒幕博士は、味噌汁を啜りながらぼやいた。
具は絹ごし豆腐だ。
犬養刑事に手錠をかけられ、あわや勾留。
それでもこうして、翌朝には自宅で朝食にありついている。
「やはり朝は和食に限るのう」
「それ、俺が作りました」
食卓には、銀シャリに味噌汁、小茄子の漬物。
ほうれん草のお浸しに、鰯の焼き魚。
質素だが、整った献立だった。
「ほう……お前、料理ができるのか」
「もっと褒めてください」
「嫌じゃ」
即答だった。
「ワシはな、綺麗なお姉ちゃんに作ってもらう飯が食いたいんじゃ。味は二の次じゃ」
――この野郎。
ウィンディアスは無言で茶碗を置いた。
「ところで、お前。なんでワシの家に来たんじゃ?」
「フリット隊長――俺の上司が、地球に着いたら博士の研究所へ向かえと」
「フリットじゃと?」
箸が止まる。
「お前、あいつの部下か?」
「そうです。隊長とは知り合いですか?」
博士は白飯をかき込み、茶で流し込んだ。
「ズッ友じゃよ」
軽い口調だった。
「そうじゃ! ワシからヤツに連絡してやろう。お前の上司に、ワシのお宝を灰にされたとクレームを入れてやる!」
どうやら、まだ根に持っているらしい。
黒幕博士は机の奥から黒電話を引っ張り出した。
パソコンの脇に置き、モジュラー端子に乱暴に差し込む。
――カチリ。
ダイヤルが古めかしい音を立てて回る。
「おい! フリット!」
『やあ、黒幕博士か』
すぐに応答が返ってきた。
『どうやら、僕の部下は無事に到着したようだね』
落ち着いた声だった。
博士は鼻を鳴らし、受話器を押さえたまま顎で示す。
「聞こえるか? お前の上司じゃ」
『無事で何よりだ、ウィンディアス』
「……なんで、博士は隊長と連絡ができるのですか?」
「こいつは黒電話と見せかけて、銀河の通信回線にアクセスしてるんじゃよ」
『そういうことだよ、ウィンディ』
さらりと肯定される。
「ま、黒電話なんぞ、若いもんには分からんじゃろうが」
――それ以前の問題ではあるが。
ウィンディアスは、フリットにこれまでの経緯を簡潔に伝えた。「そのジーグリードってヤツは、ヤバいのか?」
「ええ。数多の星を侵略して、支配しています」
『厄介なのは、その後だ』
フリットの声が静かに割り込む。
『価値がないと判断すれば、星ごと売り飛ばす。それを繰り返している』
「……胸糞悪い話じゃのう」
『ああ。だからこそ、見過ごせない』
短い沈黙。
「隊長。ヤツが動いたら、俺は戦います」
『……本来の任務は忘れていないね?』
一拍。
『君は交流のために地球へ行った。戦うためじゃない』
「……はい」
それでも、ウィンディアスは顔を上げる。
「ですが、放置はできません」
視線は揺らがない。
再び、わずかな沈黙。
『――そういう性分だったね、君は』
フリットの声が、少しだけ柔らいだ。
『いいだろう。状況に応じて、現地判断を許可する』
「ありがとうございます」
「しかし、俺一人では力不足です。増援の要請をお願いできますか?」
『善処しよう。地球近郊の隊員に当たってみる』
間を置いて、続ける。
『ただし、大規模な増援はすぐには来ない。距離があるからね』
「……了解しました」『ところで、黒幕博士。彼を、君の家に住まわせてあげられるかな?』
「ワシ、男と同じ屋根の下は、ちょっとな」
即答だった。
――が、そこで言葉を切る。
今朝の食卓が脳裏をよぎる。
整った献立。手際の良さ。
「……」
数秒、考える。
「だが、非常事態だ。やむを得まい」
咳払いひとつ。
「ワシの研究や発明は、必ずジーグリードとやらとの戦いに役に立つ」
一拍。
「……多分な」
付け足しは小さかった。
「じゃから、こいつには助手として協力してもらうぞ」
言い方こそそれらしいが、
要は家事全般を含めた“何でも屋”ということだ。
その本音は、隠しきれていない。
『いいよ』
フリットの返答は、あまりにもあっさりしていた。
「軽っ」
思わず、ウィンディアスは口に出してしまう。
『君なら上手くやれるさ』
根拠のない信頼。
通信はそれだけを残して途切れた。
受話器から、無機質な音が流れ続ける。
ウィンディアスはゆっくりとそれを戻した。
――納得は、していない。