夕食の最中も、黒幕博士はモニターに張り付いていた。
自宅兼研究所には、複数のインターネット回線が引き込まれている。
バックアップ用。帯域制限の回避用。機密通信向けのセキュア回線。大容量データ用のギャランティ型回線――用途ごとに使い分けているらしい。
博士は、それらを駆使して世界各地のニュースを同時に視聴し、不明な言語はAIに翻訳させる。
その合間に、妙に鼻息を荒くしながら、別の動画も楽しんでいた。
――どういう脳の使い方をしているんだ。
異星人である遥斗にも、理解が及ばない。
「助手2号よ。興味深いニュースをやってるぞ」
博士は、彼を“名前”で呼ぶ気はないらしい。
「なんですか?」
「怪物が出るらしい」
詳細は次のようなものだった。
近畿地方にある湖、山岳、密林、海岸で複数の報告が入っているらしい。
各メディアは、これらを繋がりなく、別個に報道していたが、博士は一連の出来事ではないか、そう考えたそうだ。
「報道機関は、野生の動物と見間違えという考えているようですね」
熊、猪、ワニ、魚。
「お前は、どう思う?」
と、黒幕博士。
「俺は、作為的な何かを感じます」
人々が複数、怪物と表現するくらいだ。
それに――
遥斗は、ジーグリードの関与を疑っていた。
「ワシはな、
「ウーマ?」
「そうじゃ。これをワシが発見して、白日のもとに晒すのじゃ」
「どうなると思う?」
「ええと……有名になりますか」
「そうじゃ。有名になる。連日取材が殺到する。新聞やメディアにワシの顔が載る。――そして、どうなる?」
「学会に名が知れますね」
「その通り。さらに――ワシに結婚の申し込みが殺到するわけじゃ!」
――ねえよ。
風が吹けば桶屋が儲かる、どころの話ではない。
「それにな……これは、ワシの発明を試すいい機会でもある」
博士の顔つきが変わる。
真剣――と言いたいところだが、どこかだらしなく、相変わらずいやらしい。
「ワシに着いてこい」
そう言って、博士が向かったのは地下室だった。
■■■
リモコンのスイッチを押すと、壁の一部が静かにスライドする。
現れたのは、隠し扉――その奥に、簡素な昇降機があった。
エレベーターというより、フォークリフトに近い代物だ。
軋む音を立てながら、それはゆっくりと下降していく。
辿り着いた先にあったのは――
「……車?」
そこにあったのは、オンボロのプジョーだった。
「行くぞ。シートベルトを締めろよ。振り落とされるぞ」
黒幕博士は、やけに格好つけて言い放ち、アクセルを踏み込む。
――だが、遅い。
致命的に遅い。
「これは……法定速度ですか?」
「フルスロットルじゃ」
胸を張るところではない。
プジョーは、頼りないエンジン音を響かせながら、地下道を進んでいく。
やがて、長いトンネルを抜けた先で、視界が開けた。
夜の海風が吹き込む。
辿り着いたのは――
陸から隔絶された、小さな島だった。
そこには、セラフィム――遥斗が母星から乗ってきた輸送機もあった。
ジーグリードに撃ち落とされ、無残な残骸と化している。
「ここで、修理を?」
「そうじゃ。このままでは、帰るに帰れんじゃろ」
その配慮はありがたかった。
「もっとも、地球の機体ではないからの。内部の仕組みが分からん。進捗は亀の歩みどころか、それ以下じゃ」
博士は肩をすくめる。
「――ただし」
そう言って、顎で示した先。
そこには、一機のジェット機があった。
「そいつは、別じゃ」
「別……ですか?」
「お前のは“宇宙船”じゃ。長距離を移動するためのな。
こいつは“地球で動くための足”じゃよ」
用途が違う、と博士は言い切る。
「こいつに活躍してもらう」
「博士が、一人で作ったのですか?」
「そうじゃよ。ワシは天才だからな」
胸を張る――が、突き出た腹がぼよんと揺れ、まるで様になっていない。
「最近は物価高の影響でな、素材集めも一苦労じゃよ。ヤフオクやメルカリも駆使しておる」
――それは、本気で言っているのか。
遥斗は、どう反応していいのか分からなかった。 梯子を使い、二人はジェット機に乗り込む。
俊敏に機内へ滑り込む遥斗に対し、博士は腹がつかえて手間取り、もたついている。実に滑稽だった。
座席はタンデム式。前席に遥斗、後席に博士が収まる。
「お前、計器は扱えるな?」
「ええ。一通りは」
母星の士官学校で、操縦技術は叩き込まれている。
「よし! では、発進じゃ!」
キャノピーが閉じる。
エンジンが唸りを上げ、機体が滑走路を走り出した。
加速――。
身体がシートに押し付けられる。
「……っ!」
瞬間的に強いGがかかる。
だが遥斗は歯を食いしばり、姿勢を崩さない。
「ぐおおおおお!!内臓が後ろに引っ張られるわい!!」
黒幕博士は、それどころではなかった。
次の瞬間――
機体は地を離れた。
ジェット機は、黒幕博士の孤島を後にし、夜の空へと舞い上がる。
目指すは――近畿地方。
怪物出現が報じられた、その現場へ。