全8話、完結まで投稿します。
空は静かだった。
雲はゆっくりと流れ、海は遠くでかすかな音を立てている。
風は穏やかで、何かが終わった後の世界のように、ただ静かだった。
岩場の上に、二つの影がある。
ひとつは、小柄な少女。
もうひとつは、丸い着ぐるみのような姿をした存在だった。
その姿はどこか愛嬌がある。
丸い耳、丸い胴体、短い手足。
子供向けのマスコットのような形。
しかしそれは生き物ではない。
管理個体。
魔法少女制度を補助・管理するために作られた存在。
そして――
この世界で、最後まで残っている管理個体だった。
少女が空を見上げた。
「りすくまる」
丸い存在が顔を向ける。
「はい」
その声は落ち着いている。
感情の起伏はほとんどない。
長い年月を経た機械の声だった。
少女はしばらく空を見ていた。
星はまだ見えない。
昼の終わりがゆっくりと近づいている。
「今日も静かですね」
りすくまるは空を確認する。
「観測結果、一致」
少し間が空く。
風が岩場の草を揺らした。
少女は足をぶらぶらとさせた。
「魔物の発生は?」
「確認されていません」
「そうですか」
少女は頷いた。
「良いことですね」
りすくまるは答える。
「はい」
また静かになる。
この沈黙は、特別なものではない。
二人の間では、よくある時間だった。
少女は海の方を見た。
遠くの水平線に、光が見える。
それは都市だった。
夜が近づき、文明の灯りが少しずつ点き始めている。
「また増えましたね」
りすくまるはそちらを見る。
「確認」
「文明活動」
「人口増加」
「技術水準、初期産業段階」
少女は少し笑った。
「空を飛び始めるのはいつ頃でしょう」
「予測」
「約三百年」
少女は肩をすくめる。
「結構早いですね」
「はい」
また風が吹く。
長い時間が流れている。
少女は言う。
「昔は、もっと忙しかったですよね」
りすくまるは答える。
「はい」
「魔物の発生頻度」
「非常に高い」
少女は目を細める。
「毎日でしたね」
「はい」
「毎日、戦っていました」
少女の声は穏やかだった。
懐かしい話をするような調子だった。
りすくまるは言う。
「記録に一致」
「魔法少女個体の戦闘活動」
「継続的」
少女は空を見上げる。
「みんな頑張っていました」
「はい」
りすくまるは答える。
「多数の魔法少女個体が活動」
「文明維持成功」
少女は小さく息を吐いた。
「でも」
少し間が空く。
「長くは続きませんでしたね」
りすくまるは言う。
「はい」
「精神摩耗」
少女は頷いた。
「そうでした」
「長い時間は」
「人には少し長すぎました」
りすくまるは答える。
「記録に一致」
少女は静かに笑う。
「あなたは、よく覚えていますね」
「はい」
りすくまるの声は変わらない。
「管理個体の任務」
「記録保持」
少女は岩の上に手をついた。
「便利ですね」
「はい」
また沈黙。
波の音が遠くで聞こえる。
少女はふと思い出したように言った。
「りすくまる」
「はい」
「その煙管」
丸い存在の手には、細い煙管があった。
古い道具だった。
金属と木でできている。
何度も修理された跡がある。
少女はそれを見る。
「まだ使っているんですね」
りすくまるは煙管を見る。
「はい」
少女は言う。
「それ、もう全部部品変わってますよね」
「確認」
「初期部品、残存なし」
少女は少し笑う。
「それでも同じ煙管ですか?」
りすくまるは答える。
「はい」
少女は空を見上げる。
「不思議ですね」
「はい」
りすくまるは言う。
「不思議」
少女は静かに笑った。
「あなたがそう言うと」
「ちょっと面白いです」
りすくまるは答える。
「了解」
また静かになる。
夕暮れが近づいている。
文明の灯りが少しずつ増えていく。
少女は言う。
「りすくまる」
「はい」
「世界機構」
少し間が空く。
「もう動いていませんよね」
りすくまるは答える。
「はい」
「世界機構」
「機能停止」
少女は頷いた。
「そうでしたね」
風が吹く。
草が揺れる。
遠くの都市の灯りがまた増える。
少女は言う。
「でも」
「世界は続いています」
りすくまるは答える。
「はい」
少女は微笑む。
「それでいいと思います」
少し間が空く。
少女は空を見上げた。
空は広い。
そして静かだった。
長い時間の中で、
変わらないものの一つだった。
少女は言う。
「りすくまる」
「はい」
「観測は続けますか?」
りすくまるは答える。
「はい」
「観測任務」
「継続」
少女は頷く。
「そうですね」
「まだ少し」
「見ていたいです」
りすくまるは言う。
「了解」
また沈黙が落ちる。
海が遠くで揺れている。
文明の灯りが広がっていく。
空は、静かだった。
観測は継続されている。
残存管理個体
りすくまる。
そして
最後の魔法少女。
二人は、ただ座っていた。
長い時間の中で。
静かな空の下で。