Re:壁内から始める異世界生活   作:stein0630

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第25話 補給路の先で、誰かが死ぬ前に

 

 

 北寄りの路地は、まだ息をしていた。

 

 東脇道より広い。だが、そのぶん避難民が流れ込み始めている。女が子どもの腕を引き、兵が怒鳴り、荷車が道を塞ぎかけ、誰も全体を見られていない。

 

「そこ空けろ! 補給通す!」

 スバルが叫ぶ。

 

 もう喉は限界に近い。だが止めない。止めたら道が死ぬ。

 

 マルコが前へ出て、人の流れを割る。

 

「脇へ! 今ここを塞ぐと前線が止まる!」

 

 言い方がうまい。自分の都合ではなく、“お前たちも困る”で動かす。避難民の何人かが嫌そうな顔をしながらも道を空ける。兵士でもない新兵二人に従う義理なんてない。だが、こういう時は声と勢いが理屈に勝つ。

 

 走る。

 

 第四補給点へ。

 

 途中、屋根の上を立体機動装置の兵が横切った。ガス噴射の音、刃の軋み、遠い悲鳴。全部が近い。

 

「スバル」

 マルコが短く呼ぶ。

 

「何」

「次、右の角はゆっくり。瓦礫で足場が悪い」

 

「了解」

 

 指示が短い。必要十分。こういう時のマルコは本当に助かる。助かるからこそ、嫌な予感も強くなる。こいつ、こういう最前線寄りの混乱の中であまりにも“必要なやつ”だ。

 

 右角を曲がる。

 

 瓦礫。

 

 崩れた木片。

 

 血。

 

 第四補給点は半分壊れていた。だが、人はいた。兵も、新兵も、負傷者も。

 

「補給!」

 マルコが叫ぶ。

 

 隊員が振り向く。

 

「遅い!」

「知ってる!」

 スバルが返す。

 

 もはやこういう会話しかできない。

 

 箱を渡す。刃を配る。ガスを繋ぐ。隊員が叫ぶ。

 

「南東屋根上、まだ回収できてない! 機動兵二名と新兵複数!」

「複数!?」

 スバルが聞き返す。

 

「アッカーマンは動いてる! 他が足引っ張ってる!」

 

 ミカサは動いてる。

 

 それだけで、少しだけ現実味が戻る。ミカサが動いてるなら、完全な詰みではない。だが、その周りが崩れているということだ。

 

「前衛は?」

 マルコ。

「手が回らん! 巨人が散ってる!」

 

 その返答を聞いた瞬間、スバルの中で何かが決まった。

 

 補給は届いた。

 

 ここまではやった。

 

 次だ。

 

「マルコ」

「うん」

「俺、南東行く」

「だめ」

 

 即答だった。

 

 早い。迷いがない。

 

「いや待て」

「待たない。君は前線兵じゃない」

「でもミカサとアルミンが」

「知ってる。でも、君一人で行って何ができる?」

 

 それが一番痛い。

 

 何ができる。

 

 前線の戦闘力はない。立体機動も上位じゃない。近接も強くない。行っても足手まといになる可能性は高い。

 

 だが。

 

「何かはできるだろ」

 スバルは言った。

「それ、いままで全部そうしてきた」

 

 マルコが一瞬だけ黙る。

 

 その沈黙の間に、別の声が割り込んだ。

 

「じゃあ二人で行け」

 

 ライナーだった。

 

 いつの間にか第四補給点に来ていた。顔に煤と血がついている。だが立っている。兵士みたいな顔で。

 

「ライナー」

「俺とベルトルトは別路から南東へ回る。補給路の穴を埋めながらな」

 

 ベルトルトも後ろにいた。息は荒いが、表情はまだ崩れていない。

 

「お前ら」

 スバルが言う。

「駐屯兵団側だろ」

「今はそれどころじゃない」

 ライナーが切って捨てる。

 

 その通りだった。

 

「マルコ、お前はここに残れ」

 ライナーが続ける。

「お前がいると補給点が回る」

 

 マルコが眉をひそめる。

 

「スバルだけ行かせるの?」

「一人じゃない。俺たちがつく」

 

 ライナーはスバルを見た。

 

「お前は前線兵じゃない。だが、声が出る。状況判断も最低限できる。だったら、散った新兵をまとめる役くらいはできるだろ」

 

 スバルの喉が詰まる。

 

 英雄になれる、とは言われない。

 

 戦える、とも言われない。

 

 だが、“まとめる役くらいはできる”と言われた。

 

 それは、訓練兵編を通ってきた自分に対する、たぶん一番現実的で、一番信用のある評価だった。

 

「……行く」

 スバルが言う。

 

 マルコが息を吐く。

 

「なら、戻ってこい」

 

 短い言葉だった。

 

 でも、その言い方は“無理ならやめろ”ではなく、“役割を終えて帰ってこい”だった。

 

 スバルは頷く。

 

 ライナー、ベルトルト、スバル。

 

 三人で第四補給点を離れる。

 

 南東屋根上へ。

 

 そこから先は、もう補給路ではなく、完全に戦場の縁だった。

 

 路地を抜ける。

 

 巨人の影が建物の向こうを横切る。

 

 兵の死体がある。

 

 いや、死体かどうか確認する余裕もない。確認したくもない。止まれば終わる。

 

「上だ」

 ベルトルトが言う。

 

 鐘楼の影。屋根の高低差。そこに、立体機動装置のワイヤーが何本も絡んでいた。誰かが急いで移動し、迷い、何度も打ち込んだ跡だ。

 

 そして、見えた。

 

 ミカサ。

 

 動いている。まだ。屋根の端で、二人の新兵を無理やり引っ張りながら位置を変えている。その一人はアルミンだ。もう一人はトーマス。顔が死にかけている。

 

「アルミン!」

 スバルが叫ぶ。

 

 アルミンが振り向く。目を見開く。

 

「スバル!?」

 

 その瞬間、別方向から巨人が一体、通りを曲がって現れた。

 

 近い。

 

「散れ!」

 ライナーが怒鳴る。

 

 ベルトルトが即座に高い位置へアンカーを打つ。スバルも反射で続く。屋根へ。滑る。着地。ミスるな。いまミスったら終わる。

 

 巨人が屋根下の通りへ腕を伸ばす。ミカサたちはぎりぎりで動く。だがトーマスが遅い。

 

「トーマス!」

 アルミンが叫ぶ。

 

 スバルはそこで、自分が何をすべきかを一瞬だけ見失った。

 

 斬れない。

 

 倒せない。

 

 なら何だ。

 

 その一拍の間に、ライナーが動いた。真正面から巨人の注意を引くようにワイヤーを打ち込み、低く通り過ぎる。ベルトルトが上から牽制する。

 

「いま動け!」

 ライナーの声。

 

 それでようやく、スバルは喉を開いた。

 

「アルミン、左の棟だ! ミカサ、そのまま飛べ! トーマス、見るな、動け!!」

 

 声が、思ったより通る。

 

 ミカサはもう動いていた。アルミンも。トーマスは半歩遅れる。だが今度は、遅れても動いた。訓練の癖がまだ残っているのだろう。恐怖で止まりきる前に、体だけが飛ぶ。

 

 全員が隣棟へ滑り込む。

 

 巨人の手が屋根瓦を砕く。

 

「っ、あぶな……!」

 スバルが呻く。

 

「終わってない」

 ミカサが短く言う。

 

 見れば、通りの先にもう一体いた。

 

 最悪だ。

 

「どうする」

 ベルトルトが言う。

 

 ライナーが即答する。

 

「二手に割る。ミカサ、アルミン、トーマスを連れて西へ。俺とベルトルトで一体引く」

 

「もう一体は」

 スバルが聞く。

 

「お前が声で誘導しろ」

 ライナーが言う。

「前に出るな。道だけ作れ」

 

 できるのか。

 

 いや、やるしかない。

 

 ミカサがアルミンの腕を掴み、トーマスを睨む。

 

「動いて」

 それだけで、トーマスは震えながら頷く。

 

「スバル」

 アルミンが言う。

「死なないで」

 

 その言い方が妙に真っ直ぐで、スバルは一瞬だけ笑いそうになった。

 

「お前、それ俺に言う?」

「今、言いたいから」

「……分かったよ」

 

 ライナーとベルトルトが散る。巨人の視線が分かれる。

 

 スバルは屋根の端へ出て、通りの角度を見た。

 

 道はある。

 

 狭い。危ない。だが、ゼロじゃない。

 

「こっちだ!」

 スバルが叫ぶ。

 

 巨人へ向けてではない。アルミンたちへ向けてだ。ここを通れ。ここならまだ落ちない。ここならまだ生き延びる。

 

 前に行けないやつの戦い方。

 

 それは、たぶんこういうことだ。

 

 斬れなくても、倒せなくても、道は作れる。

 

 その事実に気づいた瞬間、スバルは初めて、訓練兵編の延長ではない“自分の戦い方”を掴みかけた。

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