Re:壁内から始める異世界生活   作:stein0630

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第27話 行方不明は、たいてい見つかってほしくない形で見つかる

 

 

 第七街区へ向かう途中、スバルは一度も後ろを振り返らなかった。

 

 振り返れば、第四補給点の“まだ後戻りできる場所”が見えてしまう気がしたからだ。見えたら迷う。迷ったら遅れる。遅れた先で、誰かが本当に死ぬ。

 

 だから前だけ見た。

 

 マルコが半歩先を飛ぶ。高すぎず、低すぎず。屋根の縁、煙の流れ、巨人の影。全部を見ながら進路を取る。スバルはその少し後ろを食らいつく。装置の重みも、喉の痛みも、もう意識から追い出した。

 

「第七街区、入る!」

 マルコが叫ぶ。

 

 景色が変わる。

 

 建物の密度が下がり、通りが少し広い。その分、巨人の動線も通っている。瓦礫が多い。壊れた屋根、裂けた壁、投げ捨てられた装備。実戦の痕跡が濃い。

 

 そして、兵の死体が増える。

 

「……っ」

 

 スバルは一瞬だけ視線を逸らしかけて、やめた。

 

 見ろ。

 

 見ないと、自分がどこへ飛び込んでいるのか分からなくなる。

 

「右から行く」

 マルコが言う。

「主路は死んでる」

 

「了解」

 

 二人で細い路地へ滑り込む。

 

 そこで初めて、生きている兵と遭遇した。駐屯兵だ。顔が血だらけで、片腕がぶら下がっている。それでもまだ装置をつけていた。

 

「おい! 新兵か!?」

「はい!」

 マルコが返す。

「イェーガー班の位置、知りませんか!」

 

 兵は一瞬だけ迷い、それから路地の先を指した。

 

「南の広場! だがもう散ってる! ガス切れだ、戻れなくなった連中が――」

 

 最後まで聞かずに、スバルの体が前へ出た。

 

「スバル!」

 マルコが呼ぶ。

 

 止まる。ギリギリで止まる。

 

 危ない。

 

 こういう一拍だ。訓練兵編で散々矯正されたのは。情報を聞いて、すぐに飛び出すな。全部を聞け。生き残る道順を持て。

 

 スバルは歯を食いしばる。

 

「……続きを」

 兵に言う。

 

 兵は肩で息をしながら続けた。

 

「南広場の補給が潰れた。新兵がそこへ集まって、巨人に囲まれた。何人かは北の屋根へ逃げたが、残りは知らん」

 

「巨人の数は」

 マルコ。

 

「三、いや四……動いてるから確定できん」

 

 最悪だ。

 

「ありがとう」

 マルコが言う。

「医療班へ戻れますか」

「戻るしかねぇだろ……!」

 

 兵はふらつきながら去る。

 

 スバルは息を吸う。

 

「南広場」

 

「うん」

 

「四体」

 

「うん」

 

「最悪だな」

 

「うん」

 

 マルコの返しが短い。短い時ほど本気でまずい時だと、もう分かる。

 

 二人は再び飛ぶ。

 

 南広場が見えた瞬間、スバルは思わず屋根の端で止まりかけた。

 

 広い空間だった。

 

 その広さがそのまま地獄になっていた。

 

 瓦礫。倒れた荷車。血。壊れた補給箱。散らばった刃。巨人が三体、いや四体、広場と周囲の通りをうろついている。完全に制圧されていた。

 

「……うわ」

 掠れた声が漏れる。

 

 その広場の北側屋根に、新兵が数人、張り付くように身を寄せていた。ガス切れか、足を止めている。距離がある。顔までは見えない。

 

「イェーガー班か」

 スバルが言う。

 

「分からない」

 マルコが目を細める。

「でも、生きてるのはあそこだ」

 

 その時、広場の西側路地から一体の巨人が顔を出した。新たに一体。これで四体目がはっきりした。

 

「増えたな」

 スバル。

「最悪」

 マルコ。

 

 屋根の上の新兵たちが、明らかに動揺しているのが見える。そりゃそうだ。逃げ道が減った。

 

 スバルは広場を見回した。

 

 前に出て斬れるわけじゃない。

 

 じゃあ何だ。

 

 道を作る。

 

 それしかない。

 

「マルコ」

「うん」

「北屋根から東の棟へ渡れれば、まだ路地に落ちずに抜けられる」

 

「途中の棟が低い」

「そこをどうにかする」

 

「どうやって」

 

 スバルは少し黙った。

 

 それから、広場の端に転がった荷車を見る。大きい。壊れてはいるが、屋根際に寄せれば足場になるかもしれない。もちろん、自分たちで押せるような場所じゃない。だが、巨人の注意を少しでもそらせれば、上の新兵が自力で飛べる時間が作れる。

 

「声」

 スバルが言う。

「またそれ?」

 マルコ。

「またそれだよ」

 

 スバルは唇を噛む。

 

「俺たちが左右に分かれて、巨人の視線を散らす。その間に屋根の連中を動かす」

 

「危険すぎる」

「知ってる」

「下手したらこっちが食われる」

「知ってる!」

 少し声が荒くなる。

 

 だが、他に答えがない。

 

 マルコは数秒だけ考えて、それから言った。

 

「なら、左右じゃなく高低差を使う」

 

 スバルが見る。

 

「僕が高い位置から声を飛ばして、新兵を誘導する。君は低い棟を回って、広場東側の巨人を少しだけ引け」

 

「俺が囮?」

「囮というより、角度を変える役」

「言い方変えても危険度変わってねぇよ」

「でも君、ああいう時の声量はある」

 

 またそれだ。

 

 だが、否定できない。

 

「……分かった」

 スバルが言う。

「ただし、やばかったらすぐ引く」

「うん」

「絶対だぞ」

「それ、君にも言ってるから」

 

 二人で散る。

 

 マルコが高い棟へ上がる。スバルは低い棟を伝い、広場の東側へ回る。巨人の死角を使う。使っているつもりでも、途中で足が震える。下を見れば終わる。だから見ない。次の瓦。次の木材。次の着地点。

 

 位置についた。

 

 広場の東端。瓦礫の上。巨人二体の側面。

 

 深呼吸。

 

 喉が痛い。

 

 でも叫ぶ。

 

「北屋根の新兵!! 東へ飛べ!!」

 

 声が広場を裂く。

 

 巨人の首が、一斉にではないが、少し動く。

 

 屋根の上の新兵たちもこちらを見る。顔はまだ見えない。だが一人、前へ出る。動こうとしている。

 

「今だ! 止まるな!」

 マルコの声が高所から飛ぶ。

「二つ目の棟まで一直線!」

 

 いい声だ。

 

 こういう時、マルコの声は妙に人を動かす。

 

 屋根上の一人が飛ぶ。続く。三人。四人。

 

 その瞬間、広場中央の巨人がそちらへ向いた。

 

「っ、やば……!」

 

 スバルは咄嗟に足元の瓦礫を蹴り上げる。石片が巨人の顔をかすめる。

 

「こっちだ!!」

 

 叫ぶ。

 

 巨人の首が今度はこちらへ向く。

 

 近い。

 

 うわ、近い。

 

 シガンシナの時と同じ感覚が、首筋を這い上がる。

 

 逃げろ。

 

 でも、一拍だけ、まだ持たせろ。

 

「まだ一人いる!」

 マルコが叫ぶ。

 

 北屋根の端に、最後の一人がいた。動けていない。腰が引けている。ガス切れか、恐慌か、両方か。

 

「飛べ!」

 スバルが叫ぶ。

「今飛ばなきゃ死ぬ!」

 

 最後の一人がようやく動く。

 

 飛んだ。

 

 その一瞬、広場の巨人が前へ出る。

 

「やばい!」

 スバルは反転した。

 

 屋根の縁を蹴る。アンカーを打つ。少し浅い。嫌な感触。だが持った。ガス。飛ぶ。背後で巨人の手が瓦を砕く音。

 

 生きてるか。

 

 生きてる。

 

 屋根二つ先で着地し、振り返る。

 

 北屋根の新兵たちは、全員東棟へ渡っていた。マルコも移動している。広場の巨人たちの視線は分散した。完全ではない。だが、“一箇所に固まって終わる”状況は崩れた。

 

「っ、は……!」

 スバルが息を吐く。

 

 まだだ。

 

 ここから路地へ落とし、補給路へ戻さないと意味がない。

 

「マルコ!」

「聞こえる!」

「人数!」

「五!」

 

 五人。

 

 多い。だが、まだ救える範囲だ。

 

「班名分かるか!?」

 スバルが叫ぶ。

 

 高所のマルコが、東棟の新兵たちへ何か問い、その返答を受けて叫び返す。

 

「トーマス班じゃない! 別班だ!」

「イェーガー班は!?」

「いない!」

 

 その一言で、胃がまた冷える。

 

 いない。

 

 じゃあエレンはどこだ。

 

 アルミンとミカサはさっき戻した。トーマスも。だがエレン班の残りは。エレンは。ミーナは。フランツは。

 

 断片だけが頭に浮かぶ。

 

「スバル!」

 マルコが呼ぶ。

「いまはこの五人を落とす!」

 

 そうだ。

 

 今はこれだ。

 

 頭を切り替えろ。

 

 スバルは歯を食いしばり、東棟から路地への安全な降下点を探した。

 

 建物の裏手。半壊した倉庫。木箱。低い屋根。そこをつなげば、人は降ろせる。

 

「一列で来い!」

 スバルが叫ぶ。

「飛ぶな、降りろ! ここは降りる方が早い!」

 

 五人の新兵が震えながら従う。マルコが上でつなぐ。スバルが下で受ける。

 

 一人。

 二人。

 三人。

 

 四人目が着地で足を取られかけるが、スバルが引っ張る。

 

 五人目。

 

 最後。

 

 そこで、遠くから別の悲鳴が聞こえた。

 

 嫌な方向。もっと南。もっと前線寄り。

 

 その声に、新兵の一人が青ざめる。

 

「い、今の……」

「聞くな! 動け!」

 スバルが怒鳴る。

 

 聞いたら止まる。止まったら終わる。

 

 五人を路地へ落とし、マルコも合流する。

 

 全員、生きている。

 

 今だけは。

 

「補給路へ戻す」

 マルコ。

「お前は?」

 スバル。

「一緒に行く」

「いや、そのあと」

「……」

 

 マルコは一瞬だけ黙る。

 

 分かってる顔だ。分かっていて、言わない。

 

「イェーガー班を探すんだろ」

 マルコが言った。

 

 スバルは息を止める。

 

「お前、さ」

「顔に出てる」

 

 またそれだ。

 

 でも今はありがたい。

 

「どうする」

 マルコが聞く。

「この五人を戻したあと、行く?」

 

 行く。

 

 たぶん、そう答える。

 

 でも、その前に五人を戻す。

 

 ここでもう一回、自分の戦い方を忘れるな。

 

「戻してからだ」

 スバルが言う。

「戻して、それでまだ間に合うなら行く」

 

 マルコは短く頷いた。

 

「それでいい」

 

 路地を走る。

 

 五人の新兵を前に、マルコが導き、スバルが後ろを押す。その形は、補給よりもっと直接的だった。命を運んでいる感覚がある。

 

 補給路まで戻る途中、スバルは何度も南の方を見そうになった。

 

 そのたびに、無理やり前を向く。

 

 今はまだ、この五人だ。

 

 それが終わったら、次へ行く。

 

 時系列は進んでいる。

 

 物語も進んでいる。

 

 そして今は、一秒ごとに“手遅れ”が増えていく時間だった。

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