Re:壁内から始める異世界生活   作:stein0630

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第30話 変えた先は、別の地獄になる

 

 

「エレン!!」

 

 スバルの叫びと、ライナーの割り込みが、ほんの半拍だけ未来をずらした。

 

 巨人の腕が、前回とは違う角度で空を切る。

 

 エレンは反射で身を引いた。屋根瓦が砕け、破片が飛ぶ。庇うように前へ出かけていた体勢が崩れたおかげで、喰われる位置から外れる。

 

 間に合った。

 

 だが、間に合っただけだ。

 

「何してんだお前!!」

 エレンが怒鳴る。

 

「それ今言うか!?」

 スバルも怒鳴り返す。

 

 巨人はまだいる。しかも二体。ライナーが一体の腕を逸らしたが、もう一体が広場の北から回り込んでくる。前回の死に方と違うだけで、安全には程遠い。

 

 屋根上にはエレンのほかに二人いた。ミーナ。フランツ。顔面蒼白で、でもまだ生きている。ここも前回とは微妙に違う。アルミンがいない分、エレンが別の位置で踏ん張っていたのだ。

 

「ライナー!」

 スバルが叫ぶ。

「東の棟へ抜ける!」

「道は!?」

「作る!!」

 

 言った瞬間、自分で“またそれかよ”と思う。だが、それしかない。

 

 前線で巨人を斬る役じゃない。

 

 道を作る役だ。

 

 ライナーはもう迷わない。ベルトルトも別の棟から合流してくる。エレンはスバルを睨みながらも、状況が違うことは理解している顔だ。

 

「説明しろ!」

「あとで!!」

「毎回それだな!」

「生きてから聞け!!」

 

 ミーナが半泣きで言う。

 

「ど、どうすれば……!」

 

「フランツ支えて!」

 スバルが指す。

「エレン、お前は一番後ろ!」

「は!?」

「前に出るなって言ってんだよ!!」

「命令すんな!」

「今のお前、前に出ると死ぬんだよ!」

 

 その一言で、エレンが止まる。

 

 完全には納得していない。だが、さっき自分が巨人の腕を紙一重で避けた感触がまだ残っているのだろう。怒りだけで踏み切れない。

 

 そこへ、別方向から声が飛んだ。

 

「低く行け!」

 

 ジャンだ。

 

 広場西側の棟にいた。顔は引きつっているが、生きている。しかも状況を見ている。

 

「東は屋根が落ちる! 低い倉庫に一度降りろ!」

「お前、いたのか!」

 スバルが叫ぶ。

「いたよ悪いか!」

「今は助かる!」

 

 巨人が近い。

 

 会話の余裕なんて本当はない。だが、その一言で進路が定まる。高い棟を繋ぐのではなく、途中の低い倉庫屋根を踏み台にして路地へ落ちる。

 

 スバルは即座に叫んだ。

 

「聞いたな! 順番に飛べ! ミーナ、フランツ連れて先! ベルトルト、受けろ!」

「分かった!」

 ベルトルトが珍しく大きな声で返す。

 

 ミーナがフランツを引っ張る。跳ぶ。危ない。だがベルトルトが屋根際で受けて、二人を引きずるように安定させた。

 

「次!」

 スバル。

 

 ライナーが位置を変え、巨人の視線を一瞬だけ引く。エレンがそこで前へ出かけて――。

 

「出るな!!」

 スバルが怒鳴る。

 

 エレンの足が半歩止まる。

 

 その半歩の遅れで、今度は別の巨人の腕が空を切った。もし前へ出ていたら掠っていた。

 

 エレンの顔が歪む。

 

「っ……!」

 

 悔しさか、恐怖か、その両方か。

 

 そこへジャンがまた叫ぶ。

 

「イェーガー! 後ろから押せ! 前じゃなくて横だ!」

 

 いつもの嫌味ではない、純粋な指示。

 

 エレンが舌打ちしながらも従う。横へ動く。残る経路が細くなる。だが、まだ通れる。

 

「スバル!」

 ライナーが叫ぶ。

「お前が最後だ!」

 

 最後。

 

 その言葉に、一瞬だけシガンシナの時の感覚が蘇る。

 

 最後に残る。

 

 嫌な役だ。

 

 でも今は、最後に残ると決めたからこそ道が通る。

 

「エレン、行け!」

 スバルが怒鳴る。

 

「お前が先――」

「いいから行け!!」

 

 前回の記憶が喉まで来る。

 

 エレンが前に出て、誰かを庇って、食われる。

 

 その流れをもう見た。

 

 二度目は絶対にやらせない。

 

 エレンが歯を食いしばり、最後の跳躍で倉庫屋根へ飛ぶ。着地が少し乱れるが、ベルトルトとミーナが引く。全員、ひとまず倉庫屋根へ集まった。

 

 残るは、スバルとライナー。

 

 巨人二体が広場中央へ寄る。距離が詰まる。

 

「行け!」

 ライナー。

「お前が先だ!」

 スバル。

「馬鹿か、飛べる位置を作ってるのは俺だ!」

「今すげぇ兵士っぽいな!」

「感想は後だ!」

 

 ライナーがワイヤーを深く打ち込み、巨人の目線を上へ引く。その一瞬で、スバルは低い倉庫屋根へ飛んだ。

 

 着地、成功。

 

 振り返る。

 

 ライナーも飛ぶ。

 

 だがその瞬間、巨人の指先がライナーの足を掠めた。体勢がぶれる。

 

「ライナー!」

 ベルトルトが叫ぶ。

 

 ライナーは片足の勢いを殺され、倉庫屋根の縁へ叩きつけられる。落ちる――と思った瞬間、エレンが手を伸ばした。

 

「掴め!」

 

 ライナーが腕を掴む。エレン、ベルトルト、ミーナ、フランツがまとめて引く。そこへスバルも飛びついた。

 

 重い。

 

「う、おおっ……!」

「引け!!」

 ジャンの怒鳴り。

 

 全員で引き上げる。

 

 ライナーが屋根へ転がり込んだ瞬間、全員が一拍だけ呼吸を失った。

 

 生きてる。

 

 全員、まだ。

 

 その“まだ”が、痛いほど尊かった。

 

「……っ、は」

 スバルがようやく息を吐く。

 

 変えた。

 

 前回とは明らかに違う。

 

 エレンは食われていない。ライナーも落ちていない。ミーナもフランツも生きている。

 

 だが、だからといって終わりじゃない。

 

 倉庫屋根の下の路地にも、別の巨人がいた。

 

「うわ、まだいんのかよ!」

 スバルが呻く。

 

 ジャンが隣棟から跳んできた。息は荒いが、目は死んでいない。

 

「当然だろ、ここ戦場だぞ」

「正論が腹立つ!」

 

 ジャンはエレンを見る。

 

「お前、さっきまた前に出ようとしただろ」

「お前も似たようなもんだったろ」

「俺は位置を見てた!」

「見てるだけで助かるかよ!」

「見てないやつが言うな!」

 

 また始まりかける。

 

 だが今度は、スバルが先に割った。

 

「喧嘩してる暇あるか!!」

 

 全員の視線が一瞬だけこちらへ向く。

 

「全員生きてんの、今たまたまだぞ! 次で死ぬ気か!」

 

 声が、自分でもびっくりするほど通った。

 

 エレンもジャンも、口を閉じる。

 

 ライナーが短く言う。

 

「……その通りだ」

 

 静かだが、重い声だった。

 

「ここからは一班として動く。異論あるか」

 

 誰も返さない。

 

 異論がある余裕なんて、もうないからだ。

 

 即席の混成班。

 

 ライナー、ベルトルト、エレン、ジャン、ミーナ、フランツ、スバル。人数は多い。多いぶん足並みを揃えにくい。だが、分裂したままよりはましだ。

 

「目的地は」

 ベルトルトが聞く。

 

「第四補給点」

 スバルが答える。

「そこがまだ生きてる」

 

 ジャンが眉をひそめる。

 

「生きてるって言い方なんなんだよ」

「今はしっくり来るだろ」

「……まあな」

 

 路地の先、補給路へ繋がるルートを頭の中でなぞる。前回通った。だから分かる。分かるが、前回と違って人数が多い。巨人の位置も少しずれている。完全な再現ではない。

 

 死に戻りは答えじゃない。

 

 答えに近づくためのヒントだ。

 

 それを使いこなせるかどうかが、今の勝負だ。

 

「次の角を二つ、低く行く」

 スバルが言う。

「そのあと一回だけ高い棟へ上がる。そこで東へ抜ける」

「根拠は」

 ジャン。

「前に通った」

「いつ」

「さっきだよ!」

 

 半分嘘ではない。説明してる暇もない。

 

 ジャンは怪訝そうな顔をしたが、それ以上追及しなかった。いま重要なのは、筋の通ったルートがあるかどうかだけだ。

 

「俺とベルトルトが前」

 ライナー。

「ジャン、後ろを見ろ」

「命令すんな」

「今は聞け」

「……チッ」

 でも従う。

 

「エレン、真ん中」

 ライナーが続ける。

「お前は前に出すぎる」

 エレンが睨む。

「事実だ」

「……分かってるよ」

 

 その返しに、スバルは一瞬だけ目を見開いた。

 

 エレンが、ここでそれを飲んだ。

 

 変わったんだ、と少しだけ思う。訓練兵編は、ちゃんと無駄じゃなかった。

 

「行くぞ」

 ライナー。

 

 動き出す。

 

 低い屋根を繋ぐ。人数が多いぶん、順番を守らないと詰む。ミーナとフランツの呼吸はまだ不安定だ。ベルトルトが無言でフォローする。ジャンが後ろを見て、巨人の位置を短く報告する。エレンは歯を食いしばりながら真ん中を走る。ミカサもアルミンもいない今、こいつは自分の衝動を自分で抑えるしかない。

 

 その姿が、妙に痛々しかった。

 

 一つ目の角。

 

 問題なし。

 

 二つ目。

 

 路地の巨人がこちらへ気づきかける。

 

「速度上げろ!」

 ジャンが叫ぶ。

 

 そこで、フランツが着地を乱した。

 

「っ!」

 足が滑る。

 

 前なら終わっていた。

 

 だが今は違う。

 

 エレンが前に出る――のではなく、横へ入った。体で支える。前へ飛び出すんじゃなく、後続を崩さない位置で。

 

 スバルはその瞬間を、確かに見た。

 

 変わった。

 

 エレンが。

 

 ほんの少しだけ。

 

「行けるか!」

 エレンが怒鳴る。

「う、うん!」

 フランツが返す。

 

 そのやり取りに、ジャンが一瞬だけ何か言いかけてやめた。いまの動きが正しかったと分かったからだろう。

 

 高い棟へ上がる最後の跳躍。

 

 ここが難所だ。

 

「順番! ライナー、ベルトルト、ミーナ、フランツ、エレン、ジャン――」

 スバルが数える。

 

「お前は?」

 ジャンが聞く。

 

「最後」

「何でだ」

「位置見えてるの俺だからだよ」

 

 言い切る。

 

 そこはもう迷わない。

 

 訓練兵編で、何度も“最後に残る役”を覚えた。怖い。怖いが、最後尾で全体を見るのは、たぶん今の自分に一番向いている。

 

 全員が順に飛ぶ。

 

 ライナー。ベルトルト。ミーナ。フランツ。エレン。ジャン。

 

 最後にスバル。

 

 アンカー。ガス。飛ぶ。

 

 その瞬間、下の巨人が跳ねるように手を伸ばした。届かない。だが近い。近すぎる。

 

「っ、あぶ……!」

 

 着地。

 

 転がりながらも立つ。

 

 前を見れば、第四補給点の方角に兵の煙信号が見えた。

 

 近い。

 

 もう少しだ。

 

 だが、その“もう少し”が一番危ないことを、スバルはもう知っている。

 

 そして、その嫌な予感はすぐ形になった。

 

 棟の向こう側から、新しい巨人が一体、ぬっと立ち上がったからだ。

 

 誰かが息を呑む。

 

 スバルは、心のどこかで思った。

 

 死に戻りは未来を変えられる。

 

 でも、未来を簡単にはしてくれない。

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