Re:壁内から始める異世界生活   作:stein0630

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第31話

 

 新しい巨人は、棟の向こうからゆっくりと立ち上がった。

 

 それだけで、さっきまで辛うじて繋がっていた道が潰れる。

 

 第四補給点は近い。見えている。なのに、見えているだけで届かない。屋根の列は細く、下の路地には別の巨人、前には新たな一体。逃げ道はあるようで、どれも薄い。

 

「ちっ……!」

 ジャンが舌打ちする。

「最悪だな」

 

「いちいち同意させんな」

 スバルが返す。

 

 だが最悪なのは本当だった。

 

 ミーナとフランツはもう限界に近い。二人とも顔色が悪い。ガスも残り少ない。エレンはまだ動けるが、動けるからこそ危ない。ライナーは全体を見ている。ベルトルトは静かだが、いつでも飛び出せる姿勢を作っている。

 

 全員が生きている。

 

 その事実が、逆に重い。

 

 ここから先は、誰かが前へ出る。そうしないと全員は抜けられない。そういう配置だ。

 

 エレンが一歩前へ出た。

 

「俺が引く」

 

 言うと思った。

 

 スバルの背筋に、嫌な予感じゃない、もっとはっきりしたものが走る。こいつはここで前へ出る。それを完全に止めると、別の形で全員が詰む。止めずに雑に行かせると、本当に取り返しがつかなくなる。

 

 なら、やり方を選ぶしかない。

 

「一人で行くな」

 スバルが即座に言う。

 

 エレンが睨む。

「は?」

 

「引くのはいい。けど、一人で突っ込むなって言ってんだよ」

 

「だったらどうしろってんだ」

 

 ライナーが口を挟む。

「まずミーナとフランツを抜けさせる」

 全員の視線がそちらへ向く。

 

「俺とジャンで巨人の目を散らす。ベルトルトが二人を東の棟へ渡す。そのあとで、残りが引く」

 

 ジャンが顔をしかめる。

「お前、勝手に俺を数に入れるな」

 

「お前じゃなきゃ無理だ」

 ライナーが言う。

「位置を見ながら細かく動けるやつがいる」

 

 ジャンは舌打ちした。だが否定はしない。

 

 スバルはそこへ重ねる。

 

「エレン、お前は最後尾」

「は?」

「ミーナとフランツが飛ぶまで前に出るな」

 

「ふざけんな、そんなの――」

 

「いまお前が先に出ると、二人が崩れる」

 

 それは嘘じゃない。

 

 エレンは前に出る圧が強い。近くにいる人間を巻き込む強さだ。良くも悪くも。

 

 ミーナとフランツは、その圧に耐えられる状態じゃない。

 

 エレンの顔が歪む。だが、言い返すより先に、ミーナが小さく言った。

 

「……ごめん」

 フランツも唇を噛む。

 

 その一言で、エレンは黙った。

 

 こいつは、自分が足手まとい扱いされることより、誰かに“守られる側”の顔をされるほうが痛い。だからこそ効く。

 

「いい、行くぞ」

 ライナーが低く言う。

 

 速い。

 

 そこから先はほとんど一瞬だった。

 

 ライナーが左の棟を蹴る。ジャンが右へ散る。二方向から一体目の巨人の目を引く。ベルトルトがミーナの腕を取り、低い屋根への最短を作る。

 

「飛べ」

 ベルトルト。

「で、でも――」

「いま」

 

 ミーナが飛ぶ。着地が乱れる。だが持つ。ベルトルトがすぐ引く。

 

 フランツ。

 こっちはもっと危ない。顔が死んでる。足も震えている。だがミーナが今度は逆に手を伸ばした。

 

「来て!」

 その声で、フランツも何とか飛ぶ。

 

 よし。

 

 ここまではいい。

 

 だが、巨人はもう動きを変えていた。ライナーとジャンの散らしで一体目は逸れたが、もう一体が屋根列の下を回っている。残り三人――エレン、スバル、ライナー――をまとめて狙える角度に入ってきていた。

 

「次!」

 ベルトルトが叫ぶ。

「スバル!」

 

 スバルが前へ出かけた瞬間、エレンが肩を掴んだ。

 

「先行け」

 低い声だった。

 

「は?」

「お前、次の屋根の角度見えてるんだろ」

 

 一瞬、言葉が詰まる。

 

 見えている。見えているからこそ、最後尾に残って全体を見るつもりだった。

 

 エレンは続ける。

 

「だったらお前が先に行って、向こうで道作れ」

 それは理屈として正しい。

 

 正しすぎて、嫌になる。

 

「エレン」

 スバルが呼ぶ。

 

 こいつは、いままさに“最後に残る側”へ自分を置こうとしている。

 

 自然に。

 当然みたいに。

 

 それがどこへ繋がるか、スバルだけが知っている。

 

「……死ぬなよ」

 気づけば、それしか言えなかった。

 

 エレンの口元が、ほんの少しだけ歪む。

「お前に言われたくねぇ」

 

 その返しが、いつも通りすぎて腹が立つ。

 

「行け!」

 ライナーが怒鳴る。

 

 スバルは歯を食いしばって飛んだ。

 

 低い棟。そこからさらに東の屋根へ。着地。滑る。持ち直す。振り返る。

 

 次に飛ぶのはスバルじゃなく、ライナーだ。ライナーも飛ぶ。着地する。

 

 残るはエレン。

 

 巨人の腕が上がる。

 

 近い。

 

「エレン!」

 ジャンが叫ぶ。

「右だ!」

「分かってる!」

 

 エレンが跳ぶ。

 

 その瞬間、下の路地から別の巨人が顔を出した。

 

 死角だった。

 

「っ――!」

 

 エレンの着地点に、口が来る。

 

 ここだ。

 

 スバルの全身が凍る。

 

 止めろ。

 でも間に合わない。

 でも止めろ。

 

 エレンの目が見開く。着地を変えようとする。だが半歩遅い。

 

 食われる。

 

 ――と思った瞬間、別の影が割り込んだ。

 

 フランツだった。

 

 さっき渡したばかりのフランツが、エレンの腕を引いたのだ。完全な成功じゃない。エレンの体はずれる。だが、そのせいで巨人の口が狙った位置から外れる。

 

 代わりに、フランツの脚が噛み砕かれた。

 

「が、ああぁぁぁッ!!」

 

 絶叫。

 

 世界が裂けるみたいな声。

 

「フランツ!!」

 ミーナが叫ぶ。

 

 エレンが顔色を失う。

 

 スバルの心臓が、今度は別の意味で止まりそうになる。

 

 違う。

 

 前と違う。

 

 エレンは食われていない。

 

 でも、その代わりにフランツがやられた。

 

 未来をずらした先で、別の地獄が口を開いた。

 

「引けぇ!!」

 ライナーが怒鳴る。

 

 理屈ではそうだ。そうしないと全員死ぬ。だが、ミーナは動けない。フランツが巨人の口にぶら下がっているのを見て、完全に止まっていた。

 

 エレンも止まる。

 

 そして、その顔でスバルは理解する。

 

 こいつは、次に飛び出す。

 

 誰かを助けるために。

 

 それは、性格でも衝動でもなく、もうこいつの骨だ。

 

「エレン! 待て!」

 スバルが叫ぶ。

 

 遅い。

 

 エレンが動く。

 

 前回と同じように、ただし今度はアルミンではなく、フランツへ向かって。

 

 巨人の腕が来る。

 

 ジャンが悪態を吐く。

「この馬鹿が!!」

 

 ライナーが方向を変える。ベルトルトが動く。全員がそれぞれのやり方で“その一秒”へ飛び込む。

 

 スバルは屋根の端を蹴った。

 

 間に合うかどうかじゃない。もうその段階じゃない。死に戻りで未来をずらした。その先でまた誰かが死にかけてる。なら、もう次に賭けるしかない。

 

 エレンの手がフランツに届く。

 

 その瞬間、巨人の手がエレンごと薙ぐ。

 

 スバルは、跳びながら思った。

 

 変えたかったのは、たぶんこういうことじゃない。

 

 でも、この世界はいつも、変えた先をもっときつくして返してくる。

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