Re:壁内から始める異世界生活   作:stein0630

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第32話 助けた先で、また選ばされる

 

 

 エレンの手は、たしかにフランツへ届いた。

 

 届いた瞬間に、巨人の腕が二人まとめて薙ぎ払った。

 

「エレン!!」

「フランツ!!」

 

 ミーナの声が裂ける。ジャンの悪態が重なる。ライナーが無理やり角度を変え、ベルトルトが上からワイヤーを撃ち込む。

 

 スバルは跳びながら、その一瞬を見た。

 

 前回とは違う。

 

 だが、違うだけで楽にはなっていない。

 

 エレンはフランツの上体を引っ張った。巨人の口から半身を引き抜く。だが代償に、自分が大きく体勢を崩した。腕の一撃をまともに受け、回転しながら隣棟の縁へ叩きつけられる。

 

「がっ……!」

 

 血が飛ぶ。

 

 フランツは足を失ったまま、屋根へ転がる。生きている。だが顔色は一瞬で土気色になった。

 

 スバルはその二人の中間へ落ちるように着地した。膝が痺れる。だが止まる暇はない。

 

「エレン!」

 叫ぶ。

 

 エレンは返事をしない。息はある。だが左腕の角度がおかしい。肩か、肘か、どちらにせよまともじゃない。

 

 巨人はまだ下にいる。

 

 しかも、さっきの一撃で完全にこちらを捉えた。

 

「動け! 全員、東の棟へ落とす!」

 ライナーが怒鳴る。

 

 兵士の声だった。訓練兵団のライナーではない。もう一段階先の、他人を前提で動かす声だ。

 

「ミーナ、フランツ支えろ!」

「で、でも……!」

「やれ! いま泣くな!」

 

 ミーナは歯を食いしばり、フランツへ這い寄る。手が震えている。それでも止まらない。

 

 ジャンがスバルへ怒鳴る。

 

「イェーガー立つか!?」

「……立つ!」

 

 返事がしたのはエレンではなくスバルだった。エレン本人は歯を食いしばって、起き上がろうとしている。片腕が使えない。だが目は死んでいない。逆にそれが怖い。

 

「俺は立つ!」

 エレンが怒鳴り返した。

「うるせぇ、聞いてねぇよ!」

 ジャンも怒鳴り返す。

「今のお前に聞いてんのは“立てるか”じゃなくて“動けるか”だ!」

 

 そのやり取りが、訓練兵団の延長線上にありすぎて、スバルは逆に寒気がした。

 

 巨人がすぐ下にいるのに、こいつらはまだこうやって噛み合う。

 

 いや、こうやって噛み合えるからまだ死んでいないのかもしれない。

 

「スバル!」

 ベルトルトが叫ぶ。

「東の低屋根、次で最後だ!」

 

 見れば、第四補給点へ抜けるための最後の渡りがある。低い。だが狭い。全員まとめて飛べる幅じゃない。順番が必要だ。

 

「順番!」

 スバルが叫ぶ。

「フランツとミーナ先! ジャン、受けろ!」

「命令すんな!」

「今は受けろって言ってんだよ!」

「……チッ!」

 

 だがジャンは位置につく。

 

 ライナーとベルトルトが巨人の視線を左右へ引く。ミーナがフランツを引っ張る。フランツはもう自力で飛べる状態じゃない。半分ミーナに運ばれている。

 

「行け!」

 スバル。

 

 ミーナが泣きながら跳ぶ。

 

 ジャンが受ける。屋根際で二人まとめて転がり、なんとか止める。

 

「次!」

 スバル。

 

 今度はエレンだ。

 

 左腕が使えない。だが飛ぶしかない。

 

「お前、一人で行けるか」

 スバルが問う。

「行ける」

「ほんとか」

「行くしかねぇだろ!」

 

 その返しが、もう無茶だ。

 

 だがその無茶を今ここで削ぎすぎると、エレンは逆に動けなくなる。

 

「……なら行け」

 スバルが言う。

「落ちるなよ」

「お前に言われたくねぇ」

 

 いつもの返し。

 

 それだけで、まだこいつは折れていないと分かる。

 

 エレンが跳ぶ。

 

 着地は最悪だった。片腕を庇って体勢を崩す。だがジャンが今度は文句ひとつ言わず襟を掴んで引きずり上げた。

 

 その一瞬が、妙に胸に刺さる。

 

 訓練兵団で殴り合っていた時間も、結局こういう時のためにあったのかもしれない。

 

「次、スバル!」

 ライナー。

 

「お前らは!?」

 スバルが返す。

「最後だ!」

「知ってるよ!」

 

 分かってる。いつもそうだ。強いやつほど最後に残る。守る側が後ろに立つ。理屈としては当たり前。でも、それを見る側の胃はずっと重い。

 

 スバルは飛んだ。

 

 東の低屋根。着地。成功。ジャンの横を転がり、すぐに振り返る。

 

 残るはライナーとベルトルト。

 

 巨人二体が完全にそちらへ寄っている。

 

 ライナーが低く叫ぶ。

 

「ベルトルト、先!」

「でも――」

「いいから行け!」

 

 ベルトルトが一瞬だけ迷い、それから飛ぶ。長身の体が風を切る。危なげなく着地。残るはライナー一人。

 

 その時、下の巨人が跳ねるように腕を上げた。

 

 高くないのに、高く見えた。

 

 ライナーがそれを読み、身をひねる。だが避けきれない。脚を掠める。体勢が狂う。

 

「ライナー!!」

 今度はベルトルトが本気で叫ぶ。

 

 ライナーは無理やりワイヤーを打ち、空中で姿勢をねじ込んだ。人間の動きじゃない。訓練兵団で見てきた中でも、あいつの“身体の使い方”は明らかに一段違う。

 

 着地。

 

 乱れる。

 

 でも立つ。

 

 全員が低屋根へ揃った瞬間、巨人の手がさっきまでの棟を粉砕した。

 

 間一髪、という言葉があまりに軽い。

 

「っ、は……!」

 スバルが息を吐く。

 

 まだ生きている。

 

 全員。

 

 ただし、もうギリギリだ。

 

 エレンは腕が駄目。フランツは脚を喰われている。ミーナは半分壊れかけている。ライナーも脚をやられた。ベルトルトは表面上は持っているが、顔色は悪い。ジャンも息が荒い。

 

 ここから第四補給点までは、もう一度だけ細い路地を抜ければ届く。

 

 だが、その路地が今どうなっているかは分からない。

 

「行くぞ」

 ライナーが言う。

 

「待て」

 ジャンが低く返す。

「全員で一気に動くと詰まる」

 

 ライナーが見る。

 

「どうする」

「前二人、後ろ二人、負傷者は真ん中。縦に潰した方が細道で崩れない」

「お前」

 スバルが思わず言う。

「今、すげぇジャンっぽかったぞ」

「意味わかんねぇよ」

「いや、めっちゃ褒めてる」

「気持ち悪ぃな」

 

 だが、その配置は正しい。

 

 誰も反対しない。

 

「ミーナ、フランツの左」

 ジャンが言う。

「エレン、お前は右で支えろ」

「俺、片腕――」

「知ってる。使える方でやれ」

「……チッ」

 

 でも従う。

 

「スバル、お前は最後尾」

 ジャンが続ける。

「またかよ」

「見えてるんだろ、お前はそういうのが」

 短い言葉だった。

「なら後ろ見ろ」

 

 スバルは一瞬だけ口を閉じた。

 

 見えている。

 

 少なくとも、“崩れる前の嫌な流れ”に敏いのは確かだ。訓練兵団で散々そうだった。死に戻りを得てからは、なおさら。

 

「……分かった」

 そう返すしかない。

 

 隊列を作る。

 

 ライナー、ベルトルトが前。

 

 真ん中にフランツ、ミーナ、エレン。

 

 後ろにジャン、スバル。

 

 進む。

 

 低屋根から細路地へ降りる。瓦礫を踏む。痛みに呻く声を押し殺す。巨人の足音がまだ後ろで鳴る。完全には振り切れていない。

 

 それでも進むしかない。

 

 一つ目の角。

 

 問題なし。

 

 二つ目。

 

 路地の先に、第四補給点の兵が見えた。

 

「戻ったぞ!!」

 ライナーが叫ぶ。

 

 兵たちが一斉に振り向く。

 

「負傷者二名! 回収!」

 スバルも怒鳴る。

 

 やっとだ。

 

 やっと戻れる。

 

 その安堵が、一瞬だけ隊列を緩めた。

 

 その瞬間だった。

 

 後ろの壁が、爆ぜた。

 

「――ッ!?」

 

 巨人の腕が、横の建物をぶち抜いて細路地へ突っ込んできたのだ。完全な死角。誰も想定していない角度。

 

 スバルの視界が一瞬で真っ白になる。

 

 後ろだ。

 

 最後尾だ。

 

 自分とジャンが、一番危ない。

 

「下がれ!!」

 ジャンが怒鳴る。

 

 無理だ。

 

 もう近い。

 

 スバルは反射でワイヤーを打とうとして、手が半拍遅れた。

 

 その半拍の遅れを、ジャンが埋めた。

 

 胸ぐらを掴まれる。

 

「うおっ!?」

 

 次の瞬間、ジャンがスバルを路地の外へ投げ飛ばした。

 

 代わりに、巨人の指がジャンの背中を掠める。

 

「ジャン!!」

 

 スバルは地面に転がりながら叫んだ。

 

 ジャンは吹き飛ぶ。壁に叩きつけられる。だが食われてはいない。まだ。まだだ。

 

 兵たちが一斉に動く。ライナーが反転する。ベルトルトも。ミーナが悲鳴を上げる。エレンが前へ出ようとして腕の痛みに顔を歪める。

 

 スバルは地面から這い上がる。

 

 変えた。

 

 また一つ、変わった。

 

 前回にはなかった傷が、今度はジャンに入った。

 

 でも、まだ死んでいない。

 

 ならまだ終わっていない。

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