トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
夜が明ける──
ウッドフットの森で行われた大規模な夜狩りから一日が経ち、生き帰った冒険者たちは魔物を倒した報酬でそれぞれの余暇を満喫していた。
まだまだ夜狩り終わりの賑わいの冷めない、シロツメの街。しかし、無事に帰還を果たした冒険者の中にはベッドで安静にしている事を余儀なくされ、そんな祭りの後の祝いの酒の席にも参加できぬ者もいた。
午前10時28分。三つ星冒険者の宿【風林火山館】3階、林の間にて──。
前触れのない軽妙に指を鳴らす音とともに、障子が静かに開かれた。和室のベッドで寝込んでいたフミ・ソメイへの見舞いに現れた男が一人、今、部屋内に微笑を浮かべ現れた。
「おぅ、アキトではないか! てっきりこのまま来ないものだと思っていたぞ!」
ソメイはベッドから彼へと元気に手を振る。
「一日会えなかったくらいで大袈裟だね。土産の用意をする時間もあるだろう? 病・人・へ──」
アキトは持ち込んで来ていた土産をバスケットから一つ取り出し、片手に上げた。
「ぬぬっ、病人などそれこそ大袈裟だぞぉ? あ、それはもしかすると梨じゃないか? 私の好物だ! 知っていたのかアキト? 話したことは……あったか?」
今アキトが右手に持った、その明るくも渋みのある黄色い果実は梨のように見える。
自分の好物を彼が持ってきてくれたことに、ソメイは嬉しくも驚いた。だが、好物の情報を彼に話し教えたことはあったかと、同時に小さく首を傾げた。
「女性はだいたいフルーツが好きだろう? たまたま当たったんだろうね、フフ」
そう微笑うとアキトはナイフをもう片手に握り、ベッドの横にあった椅子へゆったりと座り、梨をその場で剥き始めた。
「ははっ、なんだかアキトらしいな。しかしよく正解してくれたぞっ! ──はむっ、うまい! アレ……だけど食感が?」
手際よく剥いてもらった梨をさっそくいただいた。だが、ソメイの食べ慣れた梨とは食感が思っていたものと違ったようだ。また別方向に首を傾げた。
「異世界の梨だからね。日本の梨のようにシャリシャリはしていないようだ。これは、どちらかというと──うん。洋梨のような食感と味わいだね」
アキトも一口頬張った。シャリシャリというよりは、とろける食感の異世界産の梨だ。
「うむっ……これはこれで悪くないぞ! もっともっと」
ソメイはこの異世界梨が気に入ったのか、彼にせがむように、病人らしく口を大きく開けて待った。
「ふふふ。君は時々子供みたいになるな、ソメイちゃん。──ん? その包帯はジブンで?」
パジャマ姿のソメイの右袖の内に、ちらりと見えた巻かれた包帯。アキトはふと、それが気になり彼女の口に剥いた梨を押し込みながら問うてみた。
「はむっ──ん、あぁこれか? 見舞いに来てくれたリリスに巻いてもらったものがそろそろ剥がれそうだったからな。自分で見よう見まねでやっただけだが? あっ!?」
「ふふふ。嘘が下手だね」
ソメイは思わず短く驚いた声を上げる。
アキトは微笑いながらも、話す彼女の手を取り、右の袖を捲り上げた。そしてぎこちなくも他よりも肌を隠すように巻かれた、その不自然な包帯を解いていく。
すると、彼女の右腕の肌には自ら彫った模様や刺青には見えない、そんな痣のように広がった黒い墨の痕がついていた。
『おそらく──』アキトは彼女の右腕についたその痕に心当たりがすぐに浮かんだ。
「君は無茶なギフトの使い方をしたようだ」
「……でも。あの時……あの朝には届けられなかった天啓は届けたぞ。アキト? ふふっ!」
隠していたものが彼の手により明かされて、申し訳なさそうな顔を見せたのは一瞬。彼女は懲りずにも、自慢げにそう言い明朗に笑ってみせた。
「馬鹿だな。そんなものより君の方が大事だ。君が犠牲になるようなことを誰も天啓とは名付けないよ。……どれどれ……顔の肌までには、飛んでいないようだね? 不幸中の幸いか」
しかし、アキトは冷静にもソメイが今言った〝天啓〟と名付けた言葉を淡々と否定した。
そして、彼女の顔その輪郭を両手で覆いながら、じっと異常がないかを診ていく。
「うむっ! ……あ痛たっ!?」
目を輝かせて、彼の注意を頷き聞く。そんな態度でいたソメイの無防備なおでこに、アキトは突然デコピンを見舞った
「なんだその目その顔は、まさかジブンが無謀な君に褒美でも上げると思ったのかい?」
思わぬ不意打ちに思わずでこを押さえたソメイ。しかも、褒美どころじゃない。まさかの手厳しい言葉まで彼から貰ってしまう。
彼女がでこを襲った痛みと耳の痛い言葉に、やがて俯いていたその顔を上げると──。
「うぅ……。ん?」
それはまたも不意打ちだった。僅かな柔らかな感触が、彼女の赤くなったおでこから離れた。
「君が無茶をしない為の、おまじないだ。──気休めだがね?」
顔を覆う影がゆっくりと離れた。黒髪の内に潜んだ彼の黒い眼が、そう、笑っている。
「アキト……! ……うむ、もっとくれてもいいのだぞ?」
ソメイは開き直るようにそう言った。彼女はどこまでもマイペースで天真爛漫な娘のようだ。
「あはははは、それは──君が、損ねたギフトのご機嫌を取り戻せたら考えてあげよう。まぁしばらくは大人しくそこで療養していることだ。心と魔力と体の調子の整わない内は、字を書き過ぎるのも禁止だ。じゃないとずっと、褒美は〝ナシ〟だ」
生意気にもせがむ可愛らしい彼女の唇に、また剥いた梨を一口詰める。
アキトは念を押しそう告げると腰掛けていたベッドから立ち上がった。
「ぬぅ……分かった……。あと、今度はやっぱり! そのぉ……シャリシャリした梨もお願いしたいぞ、アキト?」
「ははは、それはこの間の夜狩りより難題だが……分かった。後処理が終わったらご要望の物を探してみよう。じゃあねっ」
その梨のおねだりは、どうやら通ったようだ。
アキトはソメイへと手を振る。そして、散らかった半紙と筆の残るその部屋を軽やかな足取りで後にした。
▼
▽
ロープにくくられ駐留したボートが一隻、暗い海に浮かぶ。夜の港湾に構える缶詰工場は、明かりを落とし佇んでいる。
日中以外は稼働を休止している工場の中は薄暗い。だがそんな暗闇の施設内で、それぞれ手持つランタンの明かりを頼りに三人の工場員が、深夜、丑三つ時の今もなおそこで、何かを点検するように分かれ巡回していた。
ある一人は、ラックに整然と並べ置かれた一つ一つの缶詰を手探りで漁る。そして、昼間勤務していた時にその工員の男自身が詰めていた製造ナンバーと同じ缶詰を、発見することに成功した。
もう一人は開発資料を丸めたものを片手にし、何も入っていない空の缶詰の中へと詰める。
足音を立てたランタンの明かりが、また一箇所に集う。それぞれがスピーディーに合流を果たし、目的の資料とサンプルを全て手に入れた。
さっそく用を済ませた三人組が、工場内から段取りよくずらかろうとする。しかし、並び歩いていた途中──何か様子がおかしいことに工場員の一人が気づいた。
「おいテリー、いつも女みたいにつけていた口元のほくろは、どこへやった」
工場員のアンディーが、ふと足を止めてそう言った。
暗い工場内、ランタンの明かりがぼんやりと照らし出す作業帽子に隠れたテリーの横顔に、いつも一緒に勤務していたアンディーは違和感を覚えた。
「ふふふ。ふふふふふ。さぁ? 気に食わなくて──食べちゃった?」
口元に特徴的だったほくろのないテリーは、その笑いを抑えきれず。空気の読めない冗談を放った。
途端、二人の工場員が、薄気味の悪い笑い声をあげたテリーから離れて身構える。
少しも隠す気はないようだ。同じグレーの作業服を着たそいつは、二人の知るテリーではなかった。
「やぁ、そっちはどんな味のポテっちを見つけたんだい? ひょっとして、のり塩かな? だとしたらこれは提案なんだが、ジブンの〝これ〟と交換しないかい?」
テリーを騙っていた男が、作業帽から隠していた黒い尻尾のような髪を垂らす。そして、悪びれずにそう、二つの筒状の缶詰を手にしブツの交換を提案する。
だが、そんなふざけた提案に乗るわけはない。並び構えていた二人の工場員は隣同士、一瞬目配せをしまた正面を向いた。
そして一斉に、テリーを騙る長い三つ編みの男へと隠していた牙を剥き襲いかかった。
「全部よこせッ【フィンガーヴァイン】!!」
指を蔓のように伸ばすギフトが、前方に突き出し構えた十の指から、敵を拘束せんと宙を伝い伸びゆく。
「首から砕けてくたばれッ【アイアンフット】!!」
足を硬い鉄にするギフト──空中から降下する必殺の飛び膝蹴りが、頭蓋を砕かんと連動し迫る。
二人の作業員の息を合わせたギフトの連携が、三つ編みの男を襲う。
「交渉決裂──【ショットガンシャッフル】」
両手に掴む缶詰から勢いよく飛び出したのは、数多のカード。予め内部で反りを蓄え、筒の中から今弾み出たカードの数々が、まるでショットガンのように、三つ編みの男の視界全面に散りばめられていく。
泳ぐ蔓を切り裂く、くだる鉄の膝が笑うように痺れる、一枚一枚に込められた魔力が爆ぜる。
風切音、轟音が鳴り止む。工場内の暗がりをカラフルに彩っていた閃光と火花が消え入る。
「なんだ、ノリが良いだけか。──じゃあ、〝これ〟持ち帰らせてもらうよ」
二人の工場員の影が、明滅するランタンの光が照らす床の上に、黙り重なる。
ずたぼろになった男どもを一瞥し、三つ編みの男は、落ちていた缶詰を拾い上げ回収していく。
目的の仕事を終えた三つ編みの男は、指を鳴らした。
すると工場内を荒らし、床や壁、機械類に物々しく突き刺さっていたカードが次々と、証拠を隠滅するように燃え尽きていく。
午前1時31分──。
借りていたサイズの合わない作業帽子を海へと投げ捨てる。四島彰人は港湾にあった缶詰工場を後にし、またどこかへと向かい、夜の闇の中へと溶けていった。
四島彰人は野球帽子を被り直す。冒険者アキトの姿になり、港湾からまだ明かりの残る街の中へと戻る。
彩光都市シロツメにあるクランハウス、その最上階にある支部長室へと彼は深夜にお邪魔していた。
「提供された情報通りに釣られていたよ。これで食いしん坊な鼠は、粗方駆除できたようだね」
「そうか……。ご苦労だった。これでしばらく奴らには私たちの動向の詳細は、見えづらくなることだろう」
「一時凌ぎにはまぁまぁってところかな」
彼が話していた相手は、執務机の席に腰掛ける水色髪の女性。以前より髪の伸びたサヤ・ミタライ支部長の姿であった。
夜狩りから二日が経ち、缶詰工場で怪しい動きを見せていた工場員を支部長からいただいた情報通りにアキトは始末し、とある開発資料とそのサンプルを奪取することに成功していた。
港湾に脱出のボートまでつけて、やはりシロツメに鼠は潜んでいた。そんな夜狩り後の後始末に、彼は得意とする変装術を用いて精を出していたのであった。
「できれば教えてもらいたいのだが、一体私のギフトに何をした。あれからウィルオウィスプが以前よりまるで、しきりに語りかけてくるようだ」
今自分の部屋へと訪問した男から報告を聞いたミタライ支部長は、話を変えた。
ミタライの手のひらの上で踊る、幻想的な緑の光を放つ火玉【ウィルオウィスプ】──彼女のギフトであるそれは、以前よりも活力に満ちていた。
やはりその原因として考えられるのは、自分を打ちのめした相手、彼の施した力が関係するとミタライは踏んでいた。
「言ったろ。嘘をついたと。その子は主と同じく賢い子のようだから、すぐにその良い嘘の条件を飲み込んでくれたよ」
「嘘……とすると、あの浮かんでいた石はこれと同じように? 何か魂の輪郭を別に用意したとでも言うのか?」
アキトが身を包む黒炎を脱した時に現れた、浮かぶ奇妙な獅子の顔の円石。彼のギフトと呼んでいたソレが関係するのでは──あの時黒炎の制御が上手くいかずにいたミタライの読みは、そうであった。
「用意した魂の輪郭か。なるほど面白い表現だ……。ま、種明かしをするとそれと似たようなことになるね。もっともジブンの場合、これがなんともハズレの個体でね。あまりにもお喋りだったので、少々黙らせてみた次第だ」
彼はあの時話していた。【嘘】であると。
獅子の顔のものを知らないが、そのような口を開けた円石のことをミタライは自分の元いた世界でも見覚えがあった。そこから推測するに、彼は本当に己のギフトと問答をした、そんな可能性がミタライの頭の中では考えられた。
「どうやら……そちらの方がギフトの扱いが何枚も上手だったようだ。必然の敗北だったか」
ミタライは察し悟る。冒険者アキトは紛れもない天才的なギフトの使い手。おそらく己のギフトを疑いながらも研究と問答を重ね、扱いやすく強固なものへと昇華してみせたのだろう。
そして、彼が冒険者アキトの皮を被るように、まだまだその手の内を隠している。ミタライにはそう思えてならなかった。
「必然の勝ちが約束された勝負ごとなどつまらない。──そうでもないだろう。これは君にしかできないことだ。君が何者にも切り捨てられず大切にされていた理由だ。そしてジブンが暗い森の中を駆けずり会いに行った理由でもある」
アキトは回収した缶詰の中身を取り出し、机上に並べて証拠を提示する。
並べられたのは、特殊製菓【GF10-8
それは、彼がミタライを真っ先に消しに行った理由。そして、彼女がise会の上澄みにいる連中からその能力を気に入られる理由としては十分であった。
「……私を退けて、タイキ・フジを支部長にしなくて良かったのか?」
ミタライは静かに、別の方向へと話の舵を切った。その黒ずんだ欠片、魂種について話すより先に確認しておかなければならないことが彼女にはまだあった。
「それは君も望まないだろう? まだ?」
缶詰の他に持ち込んでいたリボンの結ばれたボトルを、彼女の執務机の隅に置く。アキトは支部長室をふらふらと歩き、何かを探しながらそう言葉を返した。
「……あぁ。私がまだ矢面にいたほうが何かと都合がいいことは自分でも分かっているつもりだ。急にクランの顔が変わると、事態が余計にごたついてしまうのは必然。近い内、他のise会からの呼び出しもあるだろう」
「さすが賢いお方だ。──うん、これでいいか?」
アキトは棚の中に大事そうに保管されていた透明なロックグラスを見つけ、その二つを手に取った。
「……しかしこれからどうするつもりだ。既に先は細い綱渡りだぞ。奴らも馬鹿ではない、黙ってはいない。夜狩りの事件……詳細までは先述したように分からないだろうが、すぐにシロツメで起こった異変に気づく。いや、もう気づいている。使者やスパイを仕留めたとなればなおさらだ」
ミタライ支部長は冷静だ。己の首を見せかけだけ見える所に添え安定を図っても、実際には何も解決していないことに気づいている。
選んで殺した選択肢は、一度千切れた綱のようにもう元の状態では帰って来ないのだ。
「もちろん。取るんだろう、竜の首。その切れない綱を渡りきってね」
「──!」
男は振り返り平然と言って見せた。微笑みを添えて、どっしりとしたロックグラスの底を机上へと『ことり』と音を鳴らし置いた。
ミタライは一瞬、その冷徹な目を見開いた。そしてまた元に直り、呑気に用意したボトルを眺める彼へと告げた。
「簡単に言ってくれる……。しかし私は、両方の姿を知る立場から断言させてもらう。先生は……いや奴、ise会クロキリ支部の〝ツツミ〟という男はお前よりも強大だ──冒険者アキト。魔力もギフトも……そして何より、お前が裏に持つ狡猾なその悪意すらも奴は凌駕する」
嘘偽りのない評価、両者を比較した戦力の分析。ツツミという男を知るミタライは、悠然とした態度を崩さない冒険者アキトへと最後の忠告をするように、真剣な眼差しでそう言った。
「悪意すらか……ふふふ、ジブンは良い性格をしているから、そうだろうね。──だが、困ったことにご機嫌取りで貢げるものはあいにく今は〝これ〟しかない。いい土産があればご提案願いたい」
それでもアキトはその微笑を崩さない。
おもむろに取り出した一本のナイフを上に滑らせ、少し膨らんだボトルの口に上手く当てる。
すると『カン』と鳴った澄んだ音の後に、まるで首を刎ねたように、ボトルの先端の口がコルクを噛んだまま天へと弾け飛んだ。
そして彼は綺麗に開いたそのボトルから出る赤を二つのグラスへと均等に注ぎ、内の一つを彼女の方へとそっと滑らせていく。
「……あぁ。私は死に損ないだ。だが、死に場所なら他にもある。そして奴にくれてやるものなど、もう──この命以外にはない。散っていった魂たちに誓い……もう、一つのギフトすら奴には与えない」
ミタライは決意する。彼女の死に場所は、あの森の湖畔ではない。目の前でグラスを持つ黒髪の男ではない。その後ろに聳えるツツミという醜悪な男から伸びる影を、巨大な姿を、彼女の目は捉えている。
「ふふふ。同盟成立──では、ささやかながら、乾杯っ」
ミタライは気づけば差し出されたグラスを手に取っていた。
それを見た、道化師は笑い手を伸ばす。
血のように赤い二つの小さな水面が静かに揺れる。ペアのグラスが、重ねて鳴った────。