トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第13話 乾杯の前に…

 あの日、異界で強化種のドライアドと見られる魔物を倒し、現実の森中で回収されたミラールームの欠片は、ise会シロツメ支部と地元のギルドとの共有管理で保管されることになった。

 

 そしてそのミラールーム内部でなおも伐採や研究チームの派遣、地形の調査などを含めた作業が進行する中。仕留めたドライアドの証である大きな白い切り株の上では、夜狩りから三日遅れの祝勝パーティーが開かれていた。

 

 

 夜狩りでのMVP級の活躍に加えて、冒険者としてもBBからBBB(トリプルビー)級への昇格を果たしたタイキ・フジ。

 立役者である彼を一番高い天然の壇上に上げて、囲むClan:ise会シロツメ支部の団員たちが、それぞれ酒やジュースを片手に賑やかな拍手や声援を送っている。

 

 切り株のステージの一番高い所に立つ青髪の彼への賛辞の言葉や、囃し立てる陽気な声が飛び続ける中──。

 

「みんな、ありがとう。──乾杯! といきたいのだけど……でも、その前に皆に聞いてほしい話がある」

 

 それまで気さくな笑みでいたタイキは一転、神妙そうな顔で、ずらりと聴衆のように並ぶ団員の顔ぶれを見下ろしながらそう言った。

 

 乾杯の音頭はすかされた。

 柄にもなくもったいぶるように溜めたそんな青髪のヒーローのお言葉に対して、皆が「何か?」とワクワクと期待し待つ中、彼の口から言い放たれたのは──。

 

 

「実は俺、一回死んでいる」

 

 

 ある者は手に持っていた酒を思わずこぼす。ある者は開いた口が塞がらず。「聞いたか? 聞いたか?」とお互いの顔を指差し見合わせて確認する者まで。

 

 タイキが口にしたのは、まさかの衝撃の発言だった。

 

 壇上に佇む青髪の青年のことを囲んでいた団員たちは、各々にざわめき出した。

 

「え? 死んでる……っていきなりどういうことタイキ?」

「そりゃおそらく、チキューっていう異世界出身だからだろう?」

「そう……って死んだら来れないでしょうに、そのチキューってとこからも!」

「まさしくそれもそうだな? ──あぁっ。職員として耳に挟んだ話だと……俺たちの世界ガライヤに来る異世界人は、前もって準備した召喚の儀とやらでこちらから正式に呼び込む者や、野良猫みたいにこの地のどこかに迷い込んだ者とで分けられるらしいが……」

「そっ、それはなんとなく知っていて分かったけど、なんでタイキは『一回死んでる』なんて言ってんの? ってそれを今は聞いてんのッ!」

「ははは、失敬。それは興味深いところだが……結論──俺に聞かれても分からんっ! ご本人のお言葉待ちだ。真っ先にわーわーと口を挟めばいいというものではないぞ、リリス・アルモンド女子」

「なんなのよそれ……はぁーあ。ってやかましいわよっ! 待つけど……」

 

 驚いたリリス、隣にいたギルド職員のアジバも偉そうに説くが異世界人のことについては、そこまで詳しくは知らないようだ。

 

 しかし、ここにいるのはise会シロツメ支部の団員たち。その名の通り異世界出身者で多くが構成されている。

 ガライヤに元より住むリリスとアジバの二人は、同じように騒ぎ漏れ出る周りの団員たちの声に耳を傾けていく。

 

「ともすれば転移か転生かって事だよな? おい、地球人の中にはここに来る前、死んでいるやつもいるんだよな?」

「私は元葬儀屋だし違うけど?」

「俺も元保険屋だ、死ぬわけない」

「葬儀屋も保険屋も関係あるかそれっ? 俺は前向きなフリーターだった」

 

 地球出身の異世界人たちも、それぞれの元職業を教え合うが、タイキと同じ境遇でガライヤに来たと該当する者はいないようだ。

 

「ハヤト、あんたなんか死んでそうよね?」

「あぁ? なんでだよチエミ?」

「顔が馬鹿っぽいから。あと足が臭い」

「前世金魚みたいな顔してよく言うぜ」

「はぁ? 誰が前世金魚よ! この……前世濡れた靴下!」

「だぁれが濡れた靴下だおいっ、せめて有機物にしやがれ!」

「はい引っかかったぁー靴下は有機物よ、はいバーカ!」

「んだとごらぁ!!」

 

 団員である万年AAA級のハヤトと、酒飲みお姉さんのチエミがくだらない事を言い争っている。

 

「一体何を言い争ってんのよ……むきぶつ、ゆーきぶつ、なにそれ?」

「ははは、異世界人も色々ってことなんだろうよ」

 

 明確な答えは耳元近くにはないようだ。呆れるリリスと笑うアジバが、木の壇上へとまた目を向ける。

 

 風に揺られた青い髪の下で、男の赤い瞳が独り、まだ真剣な光を宿していた。

 

 

 

 

 

 

「その時まだ高校生の俺はクラスのみんな、仲間や友達、生徒会の皆といるのが好きだった」

 

 ざわついていた団員たちの声が少しおさまると、壇上のタイキはついに語り始めた。

 

 彼が語りかけると同時に団員たちもさっと静まり、その話を傾聴する。

 

「将来は、かっこよくて強いそんな漫画やアニメに出てくるようなヒーローになりたい。なんて小さな子供の頃から馬鹿らしくも描いていたことを、高校生にまでなっても心のどこかで思っていた」

 

「だけど、ヒーローなんてどこにもいない。俺の過ごしてきた現実は身の回りの小さな世界さえ変えられない。そうだった」

 

 よくある男の子らしい将来の夢の打ち明け話に一転、暗雲が立ち込める。不穏な切り出しに、団員の皆が静かに息を呑む。

 

「ある日、たしか文化祭の準備中に倒れた俺は……気づいたら花だらけの狭いロッカーの中だった」

 

「くすぐったくもないし、くしゃみもできなくて。ただただ見覚えのある皆の顔が次々に、現れたり消えたりするだけで、呼びかけても話もろくに聞いてくれないんだ」

 

 タイキは少し明るめな口調で語るが、何人かの団員はもうこの時点で彼の居る場所を察することができた。団員たちは思わず口元を押さえたり、不安そうに目を細める。

 

「さてはまた突飛な夢でも見ているのかなと思った。でも、俺はこういう時幼い頃何回か自由に抜け出した経験があったからさ、だから動かない全身に力を込めてみたんだ。すると思った通り! その狭い花のロッカーの中から飛び出すように抜け出して、上から全てを俯瞰できたんだ」

 

「近所のお寺か何かを借りていたのかな? そこはとにかく広い場所で、足元を見下ろすと真っ白な顔をした俺の顔に似たやつがやっぱり、花に囲まれて呑気に寝ていたんだ。足元から前を見てみると、会場の中にはなにやら泣いていた子もいた。でも逆にうっすらと笑みを浮かべていたやつも。そんなに親しくなくて何も思わないやつ。どことなく不安そうな顔をしていた子。とにかくいろんな顔が見えた。──そう、学校の皆が、その日だけは俺のためにずらずらと来てくれていた」

 

「そんな光景が見えたんだ」

 

 彼はさっぱりと話し語る。とても冷静にも見えたが、何かをまだ押し殺しているようにも見えた。

 

「その時もちろん俺は、自分がどうなっちゃったか分かった。それと同時に。あー。俺が今までしてきた事って、一体どんな意味があったのかなって考えた」

 

「考えて考えて…………結局、──死んだら何もなくなる。この派手な葬式のあとは何事もなくなる。皆しだいに元の生活に戻っていく」

 

「小さな井の中のちょっとしたヒーロー気取りで満たされた気になっていたのは、俺だけなんじゃないかって思ってしまったんだ。同じ制服を着ているだけで、皆、こんな風に付き合わされていただけで」

 

 それは高校生らしくない感想のように聞こえたかもしれない。BBB級の冒険者タイキ・フジの持つ明るく芯の強い人間性とは真反対の事を言っているようにも聞こえた。

 

「もちろんイジメなんて嫌いだし、誰かが傷ついていたら助けたい。見て見ぬふりをするなんて、とてもかっこ悪い事と思っていた。でもそんな風に思っている自分が好きなだけだったんじゃないかってのも同時に思ってしまった。俺がいなくなったら、そんな一人のヒーロー気取りの物語は終わってしまう……。しかも俺が最後に残せたものって、迷惑にも……皆を巻き込んだ大袈裟な葬式のイベントだけなんだ」

 

「そう思うともっと何かできたんじゃないかって、悔しかったりやるせなかったり。なんでここで死んだんだ! って思ったりもした。もちろんこんな中途半端な奴のことは笑ってくれても構わないし、そんな俺のために悲しんでくれる子がいるのは逆に申し訳なく思った」

 

 彼の口から出てくる言葉は止まらない。まるでその時のことを追体験させるような、その時抱いた感情を思い起こすような語り振りで、一切を曝け出す。

 

「だからさ、俺の世界はただの高校生。何にもなれなかった、ただの富士(ふじ)大起(たいき)。大きな事なんて起こせやしない、ただひっそりと死んだ奴、──結局それで終わっちゃったんだ」

 

「でもだからこそ、次にチャンスがあるなら同級生の皆に見送られるような存在じゃなくて、絶対誰よりも強くなるって! ……鼓動のない冷たい心臓を握りしめながら、また同じように今度は誓ったんだ!」

 

 最後は魂の叫びに等しい語り様だった。不運でちっぽけな高校生の彼が地球、日本から、異世界ガライヤに来たその理由や覚悟の全てが詰まっていた。

 

 宙を駆け、耳の裏までよく通る若い男の声が聞こえる。

 それまで沈み澱んでいた切り株のステージ上の雰囲気が、からっと一気に晴れ渡るような爽快さだった。

 

 一番離れた席で青髪の彼のことを見ていた道化師は、すぐには拍手を送らない。噛み締め考えるように、今赤裸々に語られたタイキ・フジという一人の人間の人生の切れ端を、反芻していく。

 

(クラスや学校の皆から慕われていた彼。それはまさに素晴らしいリーダーやヒーロー的存在だったんだろう。だが、実際にはそのヒーローの物語は彼が死んだら崩壊する彼一人の存在に依存したその程度のものだった)

 

 道化師は野球帽子からはみ出た三つ編みの尾を指に絡めいじりながら、まだまだ妄想を膨らませていく。

 

(高校生の彼は子供の頃に描いていたヒーローにはなれずに、おそらく心臓かどこかを痛めた突然の不幸な病で倒れ散った──。だからこそ、今度はより力を付けた本当のヒーローになる。そのためには時にはその手段すら問わないのかもしれない。得体の知れない道化師の手も喜んで借りてしまう。……本当の悪の倒し方を知りたい。ヒーローは死んでもやはり、決して見て見ぬふりをしない。それが強心臓にも思える彼の強さの根源か? 彼は例えどんな強力な敵が立ち塞がるように現れても、その剣を握ることを躊躇わない──)

 

 道化師の中では、今まで不明であった彼の持つアイデンティティーや信念、根底にある強さ、底知れぬ違和感、その全てが合致した。

 

 晴々しい学生時代の制服と、今壇上に吹く風に靡く緑のマント。一度死んでも再び勇ましく蘇ってきた、そんな青き髪の主人公(ヒーロー)の姿が────。

 

 

 

 

 

 

「タイキ……」

 

 リリスがしんみりと見つめる。共に戦ってきた彼女もまた、向こう見ずにも勇ましく魔物に立ち向かう、そんなタイキの事が以前より少し分かった気がした。

 

「はははなるほど、それは要するに死んでも男の子ってことか? いでっ!?」

 

 閃いたように指を鳴らしアジバが感想を言うも、隣にいたリリスがその職員の脇腹を、手持ちの杖の底で小突いた。

 

「高校生の経験していい世界観じゃないだろそれ! なんてやつだよタイキ! やっぱり只者じゃねぇなお前はッ! はははは!!」

 

 万年AAA級であり、タイキの先輩冒険者と自負するハヤトが馬鹿騒ぎしながら叫ぶ。やはり期待のルーキー、タイキ・フジはハヤトの思っていた通り只者ではなかったのだ。

 

「これがタイキ・フジか」

 

 遠目に見届けていた支部長のミタライにも見えた。タイキ・フジ──彼という人物がいかなる正義を抱え、その不屈の強さと剣を振り翳し、この先いかなる道を行こうとするのかを。

 

 ギラつき熱く輝く赤の瞳、爽やかな青髪の青年に、彼女は今は亡き友の姿を重ね合わせる。

 口角を僅かに上げた。

 

 

 

 そんなほとんどの者がしんみりとした中、大袈裟な拍手を送る冒険者が一人。

 

「いやはや素晴らしい! まさに君は大器、いやタイキ・フジだ! いやぁーこれはこれは涙なしには聞いていられない、しかし前向きな若者の姿というのは──」

 

「ちょ、ちょっと!? あっあんたね、そういうのっ! こっちまで嘘っぽく見えるからやめなさいよ! しかも、全然涙も流してないじゃないのよ……!」

 

 群衆を掻き分け、愉快な拍手をしながら前に行進してきたアキトを、リリスは慌てたように杖を横にし通せんぼした。

 

 なんとも空々しい言動を放ちながら、勝手に心情代弁のような事をされては困るのだ。芝居がかったやかましい拍手で、せっかくのしんみりとしていた余韻も台無しであった。

 

「ははは、それは失敬した。どうも最近涙腺の方が詰まっていてね。揺れ動かされたのは事実だが、少し仰々しすぎたか? あ──しかしタイキ、肝心の乾杯の音頭がまだのように見えるが、焦らしているのかい?」

 

 リリスから杖を華麗に奪い、それをマイク代わりにし懲りずに語り出したアキトは、曲がった杖の先を向け壇上にいる青年へと愉快に問う。

 

「そうだそうだ! お兄さんたちに飲まさない気か!」

「ぅぐっタイキぃ、なんてすごい子なのよ……」

「もう飲んでるやつもいるぜ?」

「お涙頂戴の回想はもうその辺でいいぞータイキーはははは」

「早くこのしょっぱい酒を飲ませろーー」

「リリス女子はジュースか?」

「女子扱いはいいからっ! タイキっ、早くここの連中どうにかしてよねっ!」

 

 団員たちはもう待ちきれないようだ。コップ、グラス、盃を片手に皆が壇上にいる青髪の彼のことを様々な表情で見つめている。

 

 タイキ・フジはそこから皆を見渡す。もしかすると彼が見たかったのは、こんな光景だったのかもしれない。

 

「あははは。分かったアキトさん、リリス。──といったところで、えっと、じゃぁ……ise会シロツメ支部っ、乾杯っ!!!」

 

 最後にリリスに後押しされて、タイキはようやくグラスを天へと掲げた。

 

 皆が、同じポーズを取る。喝采と隣り合うグラスを合わせる音が鳴る。威勢のいい乾杯の合図と共に騒ぎ出したら、冒険者たちはもう止まらない。

 夜狩りの成功と帰還を祝う──白い切り株の上のパーティーは、まだ始まったばかりだ。

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