トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
彩光都市シロツメ、その東に構えるウッドフットの森。そこで行われた大規模な夜狩りは、朝日が顔を覗かせる静かな夜明けと共に終わりを迎えていった────。
泥のついたブーツを脱ぎ、野球帽子を外す。ゆったりと汗で湿った黒髪をかきあげ、いつもの趣味でない小麦色のスーツをすらりとした体に馴染ませる。
野暮用を済ませギルド・エメラルドクロウに戻った職員のシロイは、上階にある私室のドアを開け階段を降りていく。
さっそく彼は夜狩りの後処理で忙しい受付の現場へと加わり、主にクランに属していない野良の冒険者たちへの対応に当たった。
次々とやって来るお疲れの冒険者たちをベテランの彼は淡々と丁寧に捌いていく。
しばらくそんな風に受付係をこなしていると、シロイは目の前に見慣れた顔を見つけた。
「やぁ。夜狩りに出ていたんだね、君も」
「あぁ……」
シロイが声をかけたのは、いつぞやのナイフを貸した少年、ユウという名の新米の冒険者の姿だった。
もちろんシロイは一度見た冒険者の顔を忘れはしない。このところBB級の冒険者タイキ・フジにすっかりお熱ながらも、自分のナイフを貸したこの少年の事は、あの時の印象的な自己紹介もあってかしっかりと記憶している。
(今の魔力は……ふむ、鳩クラスと言ったところか。雀程度だった子がうまく生き残れたものだ)
それに以前よりもちっぽけだった魔力が研ぎ澄まされ、成長しているのが見て取れる。
シロイは静かに返事をしたユウ少年により、カウンターに置かれた太った皮の袋を開ける。そして慣れたような手つきで、袋の中で輝きを放つ成果であるミラーの欠片を手に取り鑑定していく。
冒険者はいつ命を落としてもおかしくはない。夜狩りで生き残れただけでも幸運であり、持ち帰った成果もミラーエイプのミラーの欠片が多数──逃げ回っていただけではなさそうだ。
シロイが鑑定を続けながら、少年の順調なる成長を内心で喜んでいると──。
「おや、これは?」
袋の中から出てきたのは、羽根のような形をしたミラーの欠片を加工した首飾り。脅威度AAA級のミラーエイプの物とは異なる輝きを宿していた。
『見たことのない魔物のミラーだ。店売りのミラーツールか?』──そう思ったシロイは手の平に乗せ、そのミラーツールの羽根を訝しみ見る。
「あの夜、帰って来なかった親父の形見。──置いていく。俺はまだ、強くならないといけない」
親父の形見を手放してまで彼が望むのは、きっとあの時貸した一本のナイフのことだろう。
「……なるほど。そういうことなら、分かった。これはギルド側が預からせてもらうよ」
ギルド職員のシロイはユウ少年の忍ばせていた、そのおしゃれな交換の提案を一旦飲んだ。
(一点物のナイフなんだけどなぁ……まぁそれなら等価交換か? ──武器を見る目はありと)
やはりその少し思い入れのある一点物のナイフのことは惜しいが、シロイは少年に向かい頷くと、受付カウンターにしゃがみ込みミラーの欠片の保管ケースを取り出した。
羽根の首飾りを丁寧にケースの中へと詰めて、預かったことを目の前の冒険者へと示してみせる。
少年も形見より、今は羽織る外套の裏に忍ばせた銀色のナイフの方が必要なようだ。ケースに保管されたことを確認すると、職員へと吊り目気味のその真っ直ぐな瞳で頷き返した。
彼には〝D級賞金首トランプメン〟に復讐をするという目標がある。それが、勇敢なるシロツメの戦士と慕う親の仇だと確信しているからだ。
もっとも目の前でうっすらと微笑みを浮かべるこの職員の男は、身に覚えがない。勇敢と称される程強い相手ならば、〝彼〟が覚えていないはずはないのだ。
しかしそんなことはどうでもいい。もう少しだけその一点物のナイフを貸し出していてもいいと思える程に、今の少年は、初めてここで会った時とは見違える良い目をしていたのだ。
彼がギルド職員のシロイとして働いていると、時に思わぬ出会いや発見があったりする。
飛ぶ鳥を落とす勢いでB級を駆け上がるタイキ・フジはもちろんのこと、この目の前にいるユウ少年もそこまで筋は悪くない。突き動かされた復讐心と借りたナイフ一本を元手によくやっている方だ。その性格は太陽と月のように異なるが、どちらも冒険者として成長を続けている。
騒乱と呼んでいい夜狩りを終えた後のシロイは、とても満足であった。今日という日は万事が幸運の方へと転び上手くいった、そんなめでたい日であると褒めたくなる。
ギルド職員としての仕事もあながち捨てたものではない。とある城へと召喚され仕えていた頃よりも、彼らしい刺激的な異世界生活を歩むことができている。
「ん、先ほどからそちらに控えている淑女は? 君の知り合いかい?」
シロイはふと、後方にいたこちらの受付カウンターを凝視する緑の瞳を捉えた。その女が着ている青いローブの内側には、褐色の肌に紫がかった髪が見える。
先ほどから視線を感じていたので、ユウ少年の知り合いだと職員のシロイは推察した。
杖を持ったその姿からおそらく夜狩りに参加した魔術師であるとも読み取れた。
「見るに、顔色が少し優れないようだが? よければ何か安らげる飲み物をお出ししようか?」
その者の佇まいにはどこか神秘的な雰囲気を感じるが、どことなく顔色が優れなくも見える。
シロイは何か飲み物でもと、遠目の彼女に呼びかけ提案するが──。
「なっ、なんでも……。お先に失礼します」
そう遠慮気味に言うと青いローブの彼女はゆっくりと背を向け、ギルドの外の扉へと歩き向かって行った。
ニコリと笑い、ドリンクのメニュー表を掲げていたギルド職員のシロイは残念がる。
するとユウ少年もここの用がもう済んだのか、夜狩りでかき集めたミラーを換金したカウンター上の報酬の入った袋を受け取り、出口へと続いて行った。
「少し興味があったのに、お話できなくて残念だな」
立てて提示していたメニュー表をひっそりと倒し、下げる。
「ところで、──どこかで会ったのかい? 君は?」
シロイは軽くため息をつくと、保管ケースに入った羽根のミラーツールの輝きを見つめた。
去る者もいれば来る者もいる。夜狩りを終えた冒険者たちがまた扉をくぐり、またギルド内へとやって来た。
この日ばかりはギルド職員も寝る間を惜しみ対応に当たり、お疲れの冒険者たちを精一杯労う。
業務に戻ったシロイはお得意の微笑みを浮かべ、また一人一人、ギルドの受付係を手際良くこなしていく。
▼
▽
(光と光が反発し合うように、水晶が反応を示している。今確かに現れたより強いこの光が、小さく鋭いその光を呑み込むように……そんなっ!? じゃあっ! この地で私の探し求めていた運命の灯火は……ユウさんのっ……!?)
ギルドの外、人目を避けた路地裏でウーナは愕然としていた。
取り出した水晶を媒介にし、今占うようにその瞳で覗いた景色は──おぼろげな断片でありながらも信じ難いものであった。
(──この男……なんと恐ろしい……なんと邪悪な魔力を宿して……。いったい何者……何が本当で……何故そのような仮面で、平然と殺しを……とっ、とにかく二人をこれ以上近づけては、あぁっ!?)
パリン、と音を立てて水晶が砕け散る。
真っ白な仮面の男が、ついに彼女の敬愛するラミ様にまでその手を伸ばす──そんな最悪の場面を最後に、占い見ていたものは途絶えた。
「はぁ……はぁ……」
「おい? どうした?」
頭を押さえ恐怖に息を乱す。そんなウーナの縮こまる背に、今追いついたユウが声をかけた。
「いえ……なんでも。少し長旅で疲れていたようです」
彼女はそう言うと何事もなかったかのように振り向いた。だが落ち着いた様子からじわりと、ユウの向かい合う彼女の瞳は真剣味を帯びていく。
「あの、ユウさん。そのナイフを持つ本当の意味を、知りたくはありませんか?」
「ナイフの意味だと? 急にお前……何が言いたい?」
突飛な話だ。彼女の口から出た思いがけないその言葉と、今見せている覚悟を宿したような表情にユウは訝しむ。
水の巫女ウーナは決意する。この少年をあの怪物の傍に置いてはおけない。例えそれが大いなる運命に逆らう選択であっても。
「あなたにお引き合わせしたい人がいます。ぜひ、イダイヤ王国へ来てください。私と共に……!」
「……イダイヤ王国?」
現在二人がいるバークローズ王国内、彩光都市シロツメから遥か西に位置するイダイヤ王国。
彼方の異国へとユウ少年を誘う、緑の瞳は逸らさない。
運命を切り裂き開いたのは、たった一本のナイフと夜の森の中での出会い。邪悪に揺らぐ大きな劫火のすぐそばにいた小さな灯火、今目の前に立つその光に、水の巫女ウーナは大きな選択を迫った。