トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第15話 裏切り者のお願い

 バークローズ王国南側、船が行き交い活気溢れる南海港町コーネコウは、今日も爽やかな潮風が吹き、暖かな陽気に満ちている。

 

 その町内にあるクランハウス(clan:ネコジタクラブ)にて────。

 

 

 全員がギフト持ち、即戦力の助っ人集団とも言える異世界人が多く集うクランもあれば、気性の荒い獣人たちの集うこれまた珍しいクランもある。

 

 ネコジタクラブはほぼ全ての団員が獣人たちで構成されたクランだ。特徴的な猫耳型の屋根を冠したクランハウスのその中では、各地より集まった団員たちが共同生活を送っている。

 

 獣人とは一説によると神に寵愛された種族であり、またある俗説では魔物や災いを呼び込む忌まわしき存在とも呼ばれる。

 彼らが人間の身に耳や尻尾、鋭い爪や牙などの獣の要素を孕んでいるのは、身に宿すギフトや生まれ育った土地や環境による影響とも考えられている。

 獣人は一般的に身体能力が高く、高い狩猟本能を備えている。身に宿すギフトの相性によっては半獣とも言えるその身を、進化や先祖帰りにも似たさらなる〝獣化〟を遂げる者も中にはいるのだとか。まだまだ謎の多い種族である。

 

「ナキてめぇ、この前の狩りでいじけていやがったな? 俺のやり方にいっちょ前に不満か?」

「タキのやり方はいつもスピード勝負ばかりで荒い。ナキの方がもっと上手に音を立てずに狩れるのだ」

「ほぉー、なら見せてみろよっ! 俺を倒してからな!」

「スピードでもナキが上っ!」

「お前なんかに狩られるかよ〜っ!」

 

 獣人兄妹が剥き出しの木柱から木柱へと飛び跳ね、互いの爪を研ぎ争い合っている。

 そんな喧騒を漂わせるクランハウス内に今、すらりと背の高いひとりの人影が平然とした様子で、ドアを開け足を踏み入れた。

 

「っておいアキトじゃねぇか! 久しぶりだなッ、狩られにきたか?」

 

「アキトっ! 見て見て新しいナキの狩り方!」

 

「ふふふ。久々の客人にお茶の一つも出せないとは、相変わらずのようで安心したよ」

 

 いきなりじゃれあい、たわむれ、飛び跳ねる。獣人兄妹タキとナキが二人がかりで襲い掛かり、今入って来た客人のアキトのことを熱烈に歓迎する。

 

 そうしてしばらく室内で、毛を散らし埃を立て暴れ続けた三人。最後はアキトが飛び掛かる宙から打ち落としたタキの背中を、足底で踏んづけて制した。

 

 ネコジタクラブのクランハウスへと冒険者アキトが久々にやってきた。久々だがいつものように元気な獣人兄妹とのその戯れを終えたアキトは、ようやくそこで一息ついては、彼らにさっそくここに来た用件を伝えようとした。

 

「実は元気を持て余した君たちに、ちょっとシてもらいたくなったお願いがあるんだ」

 

『幽霊団員のお願いなんて、聞くわけないでしょ!』

 

 しかしアキトの発した言葉の後にすかさず、遮るようにそう誰かが言った。

 

 今、別室の扉を吹き飛ばす勢いで開き出てきたのは、灰色の耳と灰色の尻尾、むくれた顔で客人を睨む獣人女。彼女の名はララ・リンクス。ここの長であるクランマスターだ。

 

 クランマスターの彼女は団員の集い出した広間に登場するや否や、とある新聞を手に広げ提示し、それを豪快にアキトへと投げ付けた。

 

「タキナキっ、なにそんなのと一緒に遊んじゃってんのよ! こいつはネコジタクラブを捨てて、裏では大手クランに尻尾を振っていた裏切り者なのよ!! 出禁よ出禁!!」

 

 ララ・リンクスは長い尻尾を膨らませ、全身の灰色の毛を逆立たたせて怒っている。

 

 アキトが受け取ったシロツメの地域新聞には、ise会シロツメ支部の連中と共に映る帽子の男の姿が載っていた。びりびりに引き裂かれた彼女の爪痕を添えて──。

 

「といってもここのクランハウスは、元々アキトがこさえたもんだろ? なに言ってんだリンクス?」

「そうだ、アキトを出禁にはできんのだ?」

 

 タキとナキはリンクスの怒りをよそに、そうもっともらしく答えた。このネコジタクラブの所有する立派な猫耳屋根のクランハウスは、なんと冒険者アキトが彼らに貸し与えた物件であるという。

 

「それは……そうっ! でも私たちだってもう十分自分たちでギルドの依頼をこなしつつ稼いでいるんだから! そんな昔のことあってないようなもんなのっ! ……いーい? これは冒険者アキトからの脱却よ脱却! 全然来やしない幽霊団員なんて! いつまでもこの家を盾に、でかい顔はさせないんだから!」

 

 リンクスはその事実の一部を認めながらも、まだ怒りの矛と爪をおさめる気はないようだ。堂々と冒険者アキトからの脱却を言い切った。

 

 しかしそんなご高説は彼の耳から耳へと、特に気に留める事なくすり抜けていったのか。

 アキトは唐突にも、床に敷かれていた一枚の肉球の柄のカーペットを指差す。そして彼は泰然とした様子で怒る彼女に向き直り、こう呟いた。

 

「はい、ごろん」

 

「……」

 

「……」

 

「ララ、ごろん」

 

「…………」

 

 まるで赤子か愛玩動物を躾けるような言葉遣いで、アキトは続ける。

 ドア前でふんぞりかえって叫んでいた彼女の方だけを、彼の黒い瞳が見つめて決して離さない。

 

 決して逸らすことのできない、そんな男の鋭い視線が突き刺さり続ける。尽きぬ止まらぬあの怒りの演説から一転し、数秒間黙りこくっていたララ・リンクスは、すると──

 

(この眼には……逆らえないーーーー)

 

 猫のような身のこなしで一気に階段から飛び降りて、指定のカーペットの上で四つ足をつく。

 ギフトと気の昂りで獣化を深めた灰色の大きな山猫が、尻尾をバタバタとさせ、男の足元にごろんと寝転んで『ゴロゴロ』と喉音を鳴らす。

 

 撫でられて、腹を見せて、また撫でられて──離れていても聞こえるほどの幸福な喉音が部屋中に響く。

 

 天井付近の太い木柱にくっつき並んでいた団員のハナとコアが、互いの尻尾を揺らしぶつけながら、上からその様を眺めている。

 

「あぁは、なりたくないね」

「あぁ。本当ね……」

 

 そこにクランマスターの威厳は舞い散る毛の一本ほどもなく、先ほどまで見せていた怒りもどこへやら、ぴょんと飛び降りた階段の裏にでも置いてきたのか。

 そこにはただ、主人に撫でられ甘やかされている大きな灰色の飼い猫の姿があるだけだった。

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