トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
バークローズ王国西側にある、水の都サイカン。夜間にこっそりとシロツメの地を出航し、航路をはるばる経てそこへと辿り着いたise会シロツメ支部の一行。
彼らの乗る船は現地で待機していた二艇のタグボートに
太い六本の柱で支えられ水上に堂々と建つのは、【マリモ御殿】と呼ばれる大きな大きなクランハウスであった。
よそ者の四人を乗せた船がタグボートに乗る従者の案内に従うと、水面を割り、飛沫を上げて現れたクリスタル珊瑚の籠が彼らを迎える。
「すごいな、まるで天然のエレベーターか」
「あのマリモ商会ならあり得ることだ」
「わわっ!? えれべーたぁ……ってなに??」
「あぁ、これに乗せてくれるってことらしいリリス。──よっと。足場は大丈夫みたいだ──せーのっ!」
アキトは微笑い、ミタライは頷く。
リリスは謎の籠の登場に驚く。迷わず珊瑚のエレベーターに乗り込んだタイキは、そんな船内にまだいたリリスに手を差し伸べた。
「予定の客が参った。底口を開け」
『確認、了解した』
共に乗り込んだ案内人は、エレベーター内部に備え付けられていた真っ白な貝型の受話器のようなものを手に取り、客が来たことを天に向かい伝達した。
すると連絡を受け、隠されていた赤い底の戸が開かれる。開いた口から同時に降りてきたガイドロープを固定し吊るされて、珊瑚クリスタルのエレベーターは始動する。水面の位置からゆっくりと上昇していく。
「ふぅん、そこはアナログかぁ? 派手なご登場とはなんだかチグハグだね? ねっ?」
アキトが少し皮肉るように微笑う。見つめられた従者の男は横目から正面に向き直るも、困った顔で表情を引き攣らせる。
「おそらくこれを動かす魔力や機構・パーツがまだ十分には足りていないのだろう」
水の息吹を感じる豪華なクリスタルの籠も、引っ張り上げる物や動力、仕掛けがなければ動かない。ミタライは顎に手を当てながらそう、太いロープに吊るされたこの装置のチグハグさを推察した。
「じゃあ、そこまでして動かす理由や必要はあるのかな?」
「それはおそらく……ほらっ! 見栄ってことなんでしょ、タイキ?」
「あぁ、なるほどっ見栄か? それなら分かるかもしれない。なんとなくっ」
「……ごほんっ。えー、──七階、七階、マリモ様の部屋までひっぱ……ッ案内しろっ!」
「フフフ」
上で待つ人物はよほど見栄っ張りなお方らしい。案内人はまた珍妙な貝殻の受話器に声を吹き込み、七階まで引っ張り上げるよう誰かに指示をする。
四人の客人を乗せて高級遺物のエレベーターは今ようやく赤い底口を通過し、その大きな建造物の中へと呑み込まれていった。
寺院を彷彿とさせる荘厳な気を漂わせ、水上に美しく聳え立つ巨大なクランハウス。エレベーターで辿り着いた最上階、マリモ御殿の七階にある特別賓客室にて、秘密の会談は続いていた────。
⬜︎【シロツメ新聞 朝刊】
「ise会シロツメ支部、謎の火災で全焼」
昨夜未明、ise会シロツメ支部の所有するクランハウスより出火。建物は全焼した。
団員の生死は依然として不明。地元のギルドと火消し組が協力して出火原因を調査中である。
⬜︎
豹柄のソファーに深く腰掛けていた銀髪の着物姿の女が、広げたホットなニュースの載る新聞を読み終え、お付きの従者へとそれを無造作に手渡した。
「……なるほどそれで、身の安全を確保するためにうちらの傘下に入りたい。夜襲をかけた鉄砲玉に団員がやられたんが決定打になった──そう言うんやな?」
事態を把握したのはマリモという名の女。客人であるise会シロツメ支部の彼ら四人がここへ来た多くの理由が、その紙面のあやふやな情報からも読み取れた。
シロツメ支部のミタライ支部長は静かに頷く。昨夜、自分たちの拠点としているクランハウスに〝何者か〟により夜襲を仕掛けられたのは事実──それで相違はない。
「はい本日はise会サイカン本部に、我々シロツメ支部の加──」
「ええで」
ミタライ支部長の後ろに控えていたリリスは息を呑み、アキトは僅かに口角を上げる。タイキは悠然な態度で言い放った銀髪の女へと、じっと目を凝らした。
こちら側の要望、その全てを言い切る前の即答だった。ミタライは泰然としたままマリモ代表と向き合う。
そう、彼女こそがise会サイカン本部のクランマスター(本部長)。マリモ御殿の最上階に堂々と君臨するここのトップである。
「ただな。うちはクランマスターだけやなくて、経営するマリモ商会の代表でもある。ise会八本部の一人、クロキリのツツミはんとこのお子さんを預かるなると……そりゃ少し困るわな」
ise会八本部。大所帯の有名クランise会で、本部を冠することを許された八人のうちの一人。クロキリのツツミと同列の権力を持つのが、西のサイカンの地を支配するマリモ、彼女だ。
さらにそれだけではなく、船舶の貸し出しや商品の運搬、海運や物流を司るマリモ商会の代表も務めている。メイン拠点とするこの地で絶大な影響力を持つのはもちろん、経済界でも多方面に顔の利く女だ。
「……でもそやねぇ、例えば子の手をぎゅっと手放したくなくなるような、それなりのメリットを提示してもらわないと」
扇子を広げたマリモ代表が、口元を隠し目を細め笑う。まるで獲物を睨む肉食獣のように。ただで傘下に入れてくれる訳ではないようだ。
空気が変わり、客人の四人の間にピリついた緊張が走る。
「シロツメ支部が培ってきた〝ポテっち〟などの製菓事業、および缶詰工場のノウハウと人員。一声頂ければこれらを全て、こちらに移す準備は既にできて──」
はるばる西の地を訪問するにあたり、手土産がないわけではない。シロツメのミタライ支部長は事前に用意していたカードを切る。
「あぁあぁ。はいはい。それで一つ。今うちの思う条件は──三つや」
扇子を閉じた音でミタライの言葉をせっかちにも途中で遮る。味わうように頷きながら、そしてまた扇子を広げてみせた。
製菓事業と缶詰工事は銀髪の女を満足させるには至らない。マリモは先ほどのミタライの申し出を一つとカウントし、サイカン本部の傘下になるための三つの条件を後出し気味で課した。
「……となると?」
ここは相手のお出しになるそな条件とやらを飲むしかない。そう思ったミタライは短く代表へと問い返した。
「うーん……そこの若い青髪の坊ちゃん、ちょっとこっち来ぃ」
水平に倒し、前方の四人へと窺うように向けた黒い扇子が止まった。マリモ代表に指名されたのは、後ろに控え難しい顔を浮かべていた青い髪の青年であった。
タイキ・フジは呼ばれてすぐに、躊躇いなく前へと歩んだ。
すると、お付きの者が今トレーに載せて何かを運んできた。覆うように被せていたドーム状の銀のカバーを外すとそこには──。
白い皿の上に乗っていた一枚の【黒い封筒】があった。ナイフとフォークは添えられていない。
促されたタイキは皿の上のそれを手に取った。
手に取るそれは一枚にしてはやけに重い──。その黒い封筒は、深紅の封蝋でしっかりと閉じられている様子だ。中身の何かを窺うにはこの封蝋を外す必要があるだろう。
「これは……?」
受け取ったタイキは封筒をしばらく訝しみ見るも、分からずに代表へと問う。
「二つ目の条件──うち、そこで欲しいもんが沢山あるんや。あんたらに〝それ〟代役で頼めるっていうんなら、えらい助かるわ? ふふふふ……もちろんお小遣いの方は全部うちが用意したるから」
不敵に微笑む銀髪のマリモ。
手渡された一枚の謎の黒い封筒。血のように赤いその封を切ることは、果たして何を意味するのか。
黒く閉ざされた未知への招待状に、道化師は帽子の影で薄っすらと笑みを浮かべた。