トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第18話 ハヤトとチエミ

 闇夜に紛れる黒衣と頭巾を身に纏い、忍び寄る影が三つ。

 

 影たちは部屋から部屋へ進入し、階段を登りついに最上階の支部長室へ──慌ただしい足音が重なり近づく。

 おかしなことに彼ら三人が忍び込んだクランハウス内は、既にもぬけの殻のようだった。

 

 団員は一体どこへ出払い消えたというのか。暗殺部隊の彼らの中の一人が手がかりを探ろうと、執務室の引き出しを次々と素早く開けていく。

 

 すると唐突にも机中から吹雪のように吹き出てきた、白いカード。

 視界に散らばりやがて集ったそれらは不思議にも、一匹のリスのような形になり、今机上から天井の屋根裏へと忍びのような身のこなしで飛び、逃げ込んだ。

 

 一人の男がすぐさまそれを捕まえようと追った。小さな四角の戸口を上に押し開け、屋根裏部屋へと顔を覗かせる。

 

 夜目を持ってしても判然とは見えない真っ暗闇のスペースで、『がじっ、がじっ、じっ……』何かを齧るような音が聞こえた。

 

 背を見せていた白い尻尾が振り返る。黒ずんだ謎の身を齧るリスの背後、いや顔を出した頭巾の男の見渡す周囲には、同じような実が数多──散りばめられていた。

 

 リスは紙の歯で、黒い殻を削っていく。そこに小さな火花が散る度に、頭巾の中が汗で湿っていく。

 

 とてつもなく嫌な予感を感じた時にはもう、殻を破った最後の火花が暗がりを彩った。

 

 小さな火花は大きく爆ぜた。周囲、屋根裏、建物の隙間の至るところに隠されていた数多のジバカナッツに引火し、とてつもない連鎖爆発を引き起こす。

 

 ──未明、彩光都市シロツメにて、夜襲を受けたise会シロツメ支部のクランハウスは全焼した。

 

 

 

 クランの威厳を体現する立派な建物が焼け落ちていく。そんな赤赤と街に灯る火を、彼は船上から悠然と眺める。

 

「ミを隠すならよく見えないところさ。暗殺なんて物騒だからやめておくんだよ、フフ──おや?」

 

 道化師は帽子を深く被り直す。しかし彼はふと浮かべていたその笑みをやめ、船尾の方にいた女へと振り返った。

 

 水色髪を海風にそっと靡かせながら、彼女は一枚のメモリーミラーを祈るように見つめている。これだけはどうしてもあの家に置いていけなかったようだ。

 

「……行きましょう。西のサイカンへ」

 

 サヤ・ミタライはもう振り返らない。ise会シロツメ支部のクランマスターとして、果たすべきことがある。街の見える船尾から離れ、これからの運命を共にする搭乗員たちに告げた。

 

 先ずは西の地サイカンを目指して、夜の港から四人を乗せた船は出航した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは現実と切り離された異界、ミラールーム内。その異界に広がる森地の中央に聳えあるのは、強化種のドライアドを討ち取った証である大きな白い切り株。

 

 現在、この白い切り株はただのモニュメントのままでは眠らせず、ise会シロツメ支部の仮のクランハウスへと改装工事している最中であった。

 

 迷宮のように内部をくり抜かれたその白い切り株内。住み慣れない狭い作業室で、団員の男女二人が何やら騒がしい声を響かせていた。

 

「かぁーーっ! なんで俺たちはミラールームにこもって内職みたいにこそこそと旗なんて作らにゃならんのだ! ええいもどかしいっ! ……まったくリスじゃねぇんだぞ!」

 

 万年AAA級でお馴染みの団員のハヤトは、手にしていた針を机に突き刺し、声を荒げる。作業台に向かいながら槍旗を組み立てていたが、この謎の内職じみた作業にも嫌気がさしてきたところだ。

 

「黙ってつくりなさいよハヤト! 元あったクランハウスも、もう焼けちゃったんだからしょうがないのよ。安全な場所なんてここぐらいなんだからねっ──はぁーあ」

 

 酒好きのチエミは騒ぎ出したハヤトに、細い針を向けながら注意する。彼らの根城にしていたクランハウスはもうない。今は隔離されたここに潜んでいる他ないのだ。

 

「お前だって溜息出ちゃってるじゃないかチエミ、酒でも飲むか?」

 

 チエミのついた露骨な溜息を見逃さないハヤトは、馬鹿げた提案をする。

 

「こんな時間に飲んでどうすんのよっ。はぁ……夜狩りも大成功に終わってこれから! ……って時に、この災難なんだからしょうがないじゃない? まぁこんなところに工事で駆り出されていたのは、幸いだったわけだけどね」

 

「あぁ。ってまさかお前……! その感じ、シロツメ支部を抜けるつもりか? そりゃ俺たちは今、本部の方に睨まれてヤバい状況らしいってのは、他の団員からも耳にしたけどよ……」

 

 ハヤトもチエミも今自分たちシロツメ支部が置かれている状況をなんとなく理解していた。それだけに目の前でチエミのつく溜息の意味を、ハヤトは心配し勘繰ってしまったようだ。

 

「はぁー!? そんなことするわけないでしょ」

 

「はぁ? じゃあその溜息は?」

 

「馬鹿ね……私たちはここで待ってればいいけど、西の本部へ行ったタイキや支部長たちが心配で出た溜息ってことよ。思いやりのない目の前の誰かさんとちがってねーっ」

 

 チエミの溜息は、西の地サイカンへと向かった彼らを思ってのものであった。

 

「ははは、なんだそっちかよ。心配せずとも大丈夫だろ、タイキや支部長たちならきっと上手くやってくれるぜ。それにアキトもいるじゃねぇか。あの三人がシロツメ支部に揃っていると、なんか安心するんだよなぁ。──あとリリスもか? アイツも頑張ってるよな」

 

 チエミの心配をハヤトは笑い飛ばすように言う。

 

「そうねっ! アキトは新加入ながらも、頼れるお兄さんって感じのやり手よねっ! あの三人が、あとおまけのリリスもっ! そうそうっ! クランの中核がしっかりしてるとほんと……あれ? でもあんた最初アキトのこと嫉妬してこけにしてなかったっけ?」

 

 チエミは元気に同調するも、途中──酒場での出来事、ハヤトがアキトに良からぬ感情を抱いていたことを思い出す。作業台に針をトンと刺しながらそのことを鋭く指摘した。

 

「かっ! 俺がいつまでもそんなみみっちい男かよ。……いいか、他人への評価ってのは汚れたプライドのフィルターを通していつまでもするもんじゃねぇ。過去は過去、今は今。仲間は仲間だ! だから俺ぁ、仲間のためなら文句言いつつもなんだってやるぜ! あぁ、言っとくがただの家族や兄弟とかじゃないぜ……なんたって俺たちは、ise会シロツメ支部の一員だからな!」

 

 ハヤトは悪びれず、独自の信念をなんとも言い切り押し切った。クランに途中加入したアキトのことも、今はもうすっかりとその実力を認めている。今を生きるハヤトという男は、いつまでもみみっちい嫉妬などしないのだ。

 

「まぁなんて都合のいい脳みそっ? ……でもそうねっ! タイキほどバリバリ最強のヒーローじゃないけど、私だってシロツメの一員っ、役に立てるんだからねーっ! ここで逃げてなるもんですか! むしろ今尻に火がついたって感じよ!」

 

 チエミはここでクランを抜けるつもりなど毛頭ない。派手な雷を降らすことはできなくても、自分たち団員には団員の役割がある。まるで地から剣を引き抜くように、再び小さな針を手に取った。

 

「いいお言葉じゃねぇかチエミ!」

「ふふん、あんたもねハヤト!」

 

 いつもささいな喧嘩と小競り合いの多い二人であるが、気が合った時の二人は強い。

 

 グータッチを重ねもう一度気合を込め合い、作業へと取り掛かった。

 

「ってところでハヤト……この旗、なんか違くない?」

 

「こっちの……旗もだな?」

 

 作業を止めた二人は、思わずきょとんと互いの顔を見合わせる。

 木目の壁に立てかけられた色とりどりのクラン旗に囲まれながら、団員のハヤトとチエミは首を傾げた。

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