トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第19話 五人目の席

 マリモ代表が目配せをすると──またぞろぞろと部屋の入口ドアから現れた、格式高そうな黒いスーツを纏った従者たち。

 

「これはうちからのサービスや。まだお試し期間言うても、うちらサイカンの傘下になることのメリットをまずは存分にアピールせなな? と言っても、ツツミはんのとこからはあんたらも今は都落ちの気分やろうが……まぁゆっくり早めのランチでも一緒に、な?」

 

 辺り一面がかの黄金の茶室のように、気品ある金色に変わった賓客室。トレーで運ばれて出てきたのは、豪勢な食事の数々。

 

 ひとまず交渉は成立。マリモ代表が言うよう、これもシロツメ支部がサイカン本部の仮のパートナークランとして、お試しで享受できる物の一つなのだろう。

 

 特に断る理由はない。さっそくそれぞれ自由に、従者たちにより今セッティングされた食事の席についたシロツメ支部の四人。

 

 尽きぬほど次々と運ばれてくる食事を、船旅で腹を空かせた四人がありがたくいただいていると──。

 

「アトラ、あんたもお昼まだやろ? そんな仏頂面で運んでたらせっかくの料理も不味なるわ。ちょうどええから、空いてるそこに掛け?」

 

 マリモ代表が料理を配膳していた一人の従者の男に呼びかけた。

 

「……ぅす」

 

 空いた席につくよう指示されたアトラという名の従者は、愛想の薄い返事をし黙って席に掛けた。

 

「やぁ? どこかで会ったかい?」

 

「あ! さっきエレベーターでついた時に? ……いたような?」

 

「おそらく引っ──そのようかと」

 

「俺はタイキ! 君は? えっとアトラくんでいいのかな?」

 

「……」

 

 その草色の髪をした青年のことはどこか見覚えがある。タイキとアキトの間の席に腰掛けたアトラは、次々と自分へと構う言葉を投げかける四人に、石のように固まったまま返事をしない。

 

「ふふふごめんな。その子、そう見えてシャイな子やねん」

 

 その割には堂々と四人の間の席に座ったものだが。言われるように寡黙な者のようだ。

 

 気づいた時には、アトラは挨拶を無視して目の前に置かれた飯を黙々と食べ始めた。

 

「フフフ、君はタイキ並みに気持ちよく食べるね。良かったらこの肉もあげよう」

 

「はむっ──え、俺?」

 

「……ぅす」

 

「ふふふふ心配やったけど、いきなり仲良ぉしてもらえてよかったわ」

 

 青髪と草髪のよく食べる若者が二人並んでいる。それを見たマリモ代表は笑いながらも、油で汚れた口元を白いナプキンで拭った。

 

「あぁ、そうそう。あんたらがする今度の葬魔七曜血選、その子も連れてったって」

 

「え??」

「お?」

「フフっ」

「……」

 

 フォークとナイフを机上に置いたマリモ代表が、唐突に放った一言に皆が驚いた。

 

「よろしいの……ですか?」

 

 支部長のミタライがおそるおそる問い直す。サイカン本部側から団員の貸し出しがあるとは、予想にはあれど驚きは隠せなかった。

 

「ふふふ構わん、構わん。うちらにも少ないながら武闘派がおらんことはないんよ。その子なら何かしら、きっとあんたらの役に立つやろう思って。──ま、こんな機会そうそうあらへんし、ストレス発散させるにはちょうどええやろと思ったんや」

 

 マリモ代表は前向きに、自分のクランの団員で武闘派でもあるアトラのことを推薦する。

 

 寡黙な彼はこう見えて、ストレスがそんなに溜まっているのだろうか──皆の視線がアトラへと集まった。

 

「……ぅす」

 

 ウェルダンに焼かれた肉に突き刺した、両手のフォークとフォークを置きする彼の返事はとても薄い。

 

「是非とも是非ともよろしく──らしいよ? フフふ」

「って言ってないでしょっ……!」

 

 サイカン本部のアトラが、葬魔七曜血選に挑むメンバーに加わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

「──つまり、うちらの船で運んでいたお茶っ葉がたまたま発酵してこんなに深みのあるもんに変わったってわけ。これは一大事! 大発見や思てな……いずれこのお茶で、この世界を変えるつもりなんや!」

 

 『このお茶で、この世界を変える』──マリモ代表がそう胸を張って宣言する。

 

「紅茶ですか」

「紅茶だね」

「紅茶で……世界を? 楽しそうだけど……なんだろそれ?」

「こーちゃ……? ってなに?」

「……ぅす」

 

 盛り上がってきた食事の席の途中で提供されたのは、どことなく見覚えのある飴色、芳醇な香りの漂う熱いお茶。紅茶と見紛うほどの味わいと風味を持つ【まり茶】という、マリモ商会が今後展開する予定の新商品であった。

 

「こらこれ、紅茶なんて安直で野暮な呼び方やなぁ。せやから言うたやろ? これは【まり茶】。どう? なかなかいけるやろ? ふふふ、ははははは!」

 

 アトラとリリス以外の皆は口を揃えて、試飲したカップのそれを紅茶と呼ぶが、マリモ代表は笑い飛ばしながらまり茶と言い張る。

 

 そんな上機嫌なマリモに対し、ミタライが冷静に知識を披露する。

 

「紅茶で世界を変えるというのは、あながち誇大でも嘘でもありません。過去の歴史にはそのあまりの美味しさに、原産国の苗が船に乗せ他国へ丸ごと盗み出される事件が起きたほどですから。それほどに──紅茶の持つポテンシャルと魔力は高いのかと?」

 

「えらい博識やなぁ、まそういうことや! つまりこの【まり茶】には、世界を虜にし変える力があるんや!」

 

 ミタライの説に便乗しまたテンションを高めるマリモ代表。どうやらこの茶を売り出すことに、相当な熱意を持ち合わせているらしい。

 

 そんな中、アキトはふとリリスの空になったカップを眺め微笑した。

 

「な、なによっ!?」

 

「ふふふ。いや、ジブンはそろそろ行くとしようか」

 

「えっ、いきなりどこに?」

 

 いきなり席を立ち上がったアキトにリリスが不思議そうに問う。

 

「もちろん、茶畑の見学♡ ジブン、こう見えて紅茶にはうるさくてね。僭越ながら、揉み方や乾燥の工程で何かアドバイスできることもあるかと思って」

 

「はあ!? ってあんたの趣味って……一体いくつあんのよ……」

 

「ふふ、楽しく生きていくためには色々必要なのさ」

 

 まさかの茶畑の見学。人差し指をるんと立てながら男は得意げに言う。

 

「ええよ。そんなら、うちが直々に案内したるわ。なんてったってまり茶の可能性は無限大。さっきのはまだ試作品の段階やから、完璧な商品を目指すうちとしては、そういった助言は大歓迎や」

 

 マリモ代表は優雅に掛けていたソファーから外し、アキトを茶畑へ案内すべく腰を上げて動き始めた。

 

「(結局まり茶なの、こー茶なの……)あ、それなら私も! 見学させてもらおぅかなぁ……なんて」

 

「「なぜ?」」

 

 同時に振り返る銀髪女と黒髪男。平然な顔で口を合わせた疑問の台詞に、リリスはたじろいだ。

 

「っぎ!? なんでそこでハモって……その、お腹ももういっぱいだし、さっきの〝こー〟じゃなくて、そう〝まり〟茶が! ちょっと気に入ったかなぁ……なんて」

 

 慌てつつも取り繕うように理由を言うリリスに、マリモの閉じた黒い扇子とアキトの黒く長い三つ編みの髪が同じような仕草を取った。

 

「「……へぇー。ほな、ついてき」」

 

「わ、わかった……!(なんで合うのよ……)」

 

 マリモとアキト、そしてまり茶に少し興味を惹かれたリリスの三人が、賑やかに部屋を去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 賓客室に残されたアトラ、タイキ、そしてミタライ。

 

 静寂が戻った室内では、食欲旺盛な二人の若者が隣り合う席で、未だに料理を食らう音だけが鳴り続けていた。

 

 そんな中、アトラが突如として手にしていたフォークを置き席を立ち上がる。

 

 そして隣にいたタイキのことをじっと見据えた。タイキもまた食事の手を止め、黙しながら向けられた男の視線に吸い寄せられるように立ち上がる。

 

 アトラは既に向かい合う青髪の男へと右手を伸ばしていた。

 

 どうやら彼は遅ればせの挨拶を改めてしたいようだ──そう思ったタイキは同じように右手を快く伸ばした。

 

 『ガシッ』と重い音を立てて両者の握手が交わされる。

 

「アトラ、でいい」

「──! ……ああ。俺もタイキって呼んでくれ」

 

 「──くん」は要らない。アトラは今になって、そうタイキに訂正を求めた。

 

 依然硬く結ばれた若い二人の手。名の呼び方を確認しあった短い言葉の後も、──両者は絡まったその手を離さない。

 

 その様はまるで、どちらが先に離すかを我慢比べしているようであった。互いの面を、眼を、真っ直ぐに睨み合う沈黙の握手が続いた。

 

「タイキ・フジ。……少し、確認しておきたい話があります」

 

 食事を中断し、向き合う青髪と草髪が作り出すひりつく異様な空気が室内を支配する中。突然、ドア前にいたミタライ支部長が団員タイキを呼びかける。

 

 その瞬間に、両者の交わしていた手は弾けたように離れた。

 

 アトラは何事もなかったように、ゆっくりと席に戻り余していた食事の続きを再開する。

 

 タイキは席に掛けたアトラの背を一瞥し、すぐに呼ぶミタライの元へ向かい賓客室から去っていく。

 

 部屋を出てから廊下を渡り、開放的な張り出したテラスへと二人は移動した。

 

「それで、どうでしたか?」

 

「え?」

 

「その手のことです」

 

 人のいないテラスの中央で二人は立ち止まる。多くを言わない鋭いミタライの問いに、タイキは少し呆然とした後、自身の右手をまじまじと見つめた。

 

「ああ……。いきなりあんなことされて驚いたけど……うんっ、すごいパワーだったよ! 彼は。ははは、なんというか……まるで何人もの手がこう一斉に! がっちりと俺にかかってる……そんな感じのパワーだったかな? それで離そうとしても離せなくて、うっかり」

 

 そう説きながらもタイキは笑っていた。しかしミタライは、タイキの見せる右手が未だ強張っているのを見逃さない。

 

(見かけの体格はそれ程大きくはなく。となるとタイキ・フジ並みの並外れた魔力量を持っている、あるいは身体能力を底上げするパワータイプのギフトによるものでしょうか)

 

 同時に今聞いた彼の感想と目にした直近過去のシーンから、アトラの持つ能力(ちから)をミタライは推察する。

 

「七曜血選はまだ始まっていません。今は、つまらない消耗をなるべくしないように」

 

 ミタライは改めてタイキへと釘を刺す。葬魔七曜血選の前に、間違いなく大きな戦力になる彼に怪我をされる訳にはいかない。

 

「……ああ、分かってる。ミタライさんっ」

 

 自分の右手を手に取る彼女に、タイキは力強く頷き返事をした。

 

 

 

 

 一方、誰もいなくなった黄金の賓客室。チカチカと眩しく目障りなだけの趣味の悪い一室で、アトラがまだ一人席に残っていた。

 

 冷めた肉を切るために使っていたはずのナイフが、彼の指の間から滑り落ちる。

 

 『カチャ──』白い皿の上で、切れ味の悪い銀色の食器が虚しく音を立てた。

 

 アトラはおもむろに自身の右手を見つめる。草色の前髪に隠された琥珀色の彼の瞳が、微かに揺れていた。

 指先、いや全身にまで走った電流。今もなお痺れるように放電する青い魔力の残滓が、震えの止まないその手のひらに映っていた。

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