トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第20話 出航

 『ガサガサ』──加熱された焙炉(ほいろ)の台上で、茶が人の手に押されては擦れる音が鳴り続ける。まだ青臭い茶の匂いが、茶畑の近くにある民家の作業部屋に充満し始めた。

 

「突然どうしてお茶に興味を?」

 

「そっそれは……ほら、冒険者として旅に出る前は何かとこもりがちだったから。お茶とかは……私も別に嫌いじゃないし」

 

 マリモ代表の案内で茶畑へ向かったシロツメ支部の団員の二人であったが、見学だけでは終わらず。マリモ代表の計らいにより、作業部屋で茶作りの実践に取り掛かっていた。

 

 そして今、顔を見ずにされたアキトの問いかけにリリスは答える。今の活発なイメージの彼女とは異なるインドアな面が、昔はあったらしい。

 

「へぇー、魔術師はインドア派が多い印象だ。イチゴちゃんもその限りってところかい」

 

「まぁ……そんなところねっ!」

 

「魔法は家で?」

 

「たまたまその時は教えてくれる人がいたから、それでっ!」

 

 彼女の魔法はやはり独学ではないらしい。

 この世界では一般的に、属性系のギフトを持ち、かつ杖を用いて様々な奇跡を起こす者のことを魔術師と呼ぶ。

 集中し魔力を練り上げることで、行使する魔法の威力を高める技術──【発練(はつれん)】に長けている。その多くは一対一での戦いをあまり想定していないため、護身のために杖術での肉弾戦を磨く者もいるのだとか。

 

「そりゃ偉大なお方だ。苦労しただろうに。師は今はどちらに?」

 

「それは……今は知らないけど……ってこれいつまでやんの!?」

 

「こうすることで組織を壊して発酵と酸化を促すのさ。そりゃ──念入りにしなきゃだろう? ふふふふ」

 

 手揉み製法で茶葉の組織を壊し酸化発酵を促す。手抜きはできないと隣のアキトは言い、リリスは異世界人の彼の唱える呪文を聞き流す。

 

「相変わらず何言ってるのかさっぱりなんだけど……あとっ! さっきの苦労ってどっちのこと!」

 

「そりゃ不器用な君を育てる親の気持ちさ。ふふふふふふふ」

 

「っぎ……!?」

 

 隣で呑気に茶作りをしている彼の正体はD級賞金首のトランプメン。親などと名乗られるのは冗談ではないが、強化種のウッドコングと出くわした森での一件以来、彼からも魔術を習ってしまったことは事実。

 

 赤髪に頭巾を巻いた格好のリリスは、同じ格好に扮した彼を真似て茶揉みの作業を続けた。

 

(っぎぎ……私が不器用なのは事実だけど……それにしても茶作りでも魔力を使うなんて、調整が難しいわね? ──あれ? これってもしかして魔法の修行だったり? ……ってなんかいい匂いになってない?)

 

 気づけば、彼女の鼻腔を通り満たす甘く香ばしいお茶の匂いが辺りに漂っていた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水の都サイカン。夕暮れの林の奥地で、一瞬の光と共に二人の剣士の姿が消えた。

 

 時には剣を交える師のように、冒険者アキトはタイキ・フジのことを相手する。

 

 二人が入ったのは、林に設置していた訓練用の異界ミラールーム内。そのシンプルで真っ白な舞台の上で、打ち合い重なる剣音とけたたましい雷鳴が響いた。

 

「おや、剣戟の響きに釣られて出たね? ──今腕に巻き付いたそれがギフトの示現(じげん)だ。ジブンは形を得て表へ現れたギフトの状態を、そう呼んでいる」

 

「ギフトの……ジゲン」

 

 今放った雷鳴の一閃は、斬りかかって来た強者のアキトをその剣ごと吹き飛ばした。

 

 タイキの右腕に太い蔓のように巻き付いた、得体の知れない青い雷の塊を、──ギフトの【示現】と、アキトは呼んだ。

 

 腕に巻き付いた青い雷は、生命を得たかのように、形を安定させつつも蠢き続けている。

 

「いいねタイキ。白いドライアドを討った【荷電(かでん)斬り】を教えた時もそうだが……ここまで飲み込みが早いのは、君の取り柄というやつかな?」

 

 また、新たな技・技術を会得しつつある冒険者タイキ・フジ。現在BBB級にまで躍進した彼の成長速度は他の者より群を抜いている。

 アキトは雷電の伝った己の剣を味わうように払いながら、その事を褒めて言うが──。

 

「いや、実は……ミタライさんにも何度かこれについて相談と協力をしてもらいました」

 

 右腕になおも巻き付くこのギフトを示現できたのは、自分一人の実力でないとタイキは言う。既にギフト【ウィルオウィスプ】の示現を経験しているミタライにも、こっそりと裏で習っていたことを打ち明けた。

 

「ほぉ。いつの間にか教え合うほど仲良くなっていたか? ──ん?」

 

「それほどっ!」

 

 呑気に顎に手を当て微笑を浮かべていたアキトに対して、タイキは突如前に掛け斬りかかった。

 

「おっと、ははは。元気なギフトだ! だけど意外だったな。君のギフトがそんな形をしていたとは……。以前切り株のお立ち台で演説していたような、〝ヒーロー〟っぽくなくてがっかりしたかい?」

 

 アキトは向かって来た雷刃に、同じく雷の魔力を宿した刃を合わせながら対抗する。

 

 右腕に巻き付き、数多の足をもぞもぞと蠢かせるその青いギフトは、ヒーローが従えるには少し珍しい形をしていた。

 

「俺は、もう子供じゃないんでそこには拘ってません! それに見た目だけで使えない力は意味がないと思います! っ、だから!」

 

 成長したヒーローは形に拘らない。今はただ純粋な強さだけを彼は求めていた。例え優雅に空を舞う鳥であれ、地を這う虫であれ、海を懸命に走る魚であれ、彼は己のギフトをもっともっと使いこなす気だ。向上心と熱意に溢れていた。

 

「大丈夫、君ならもっと上手くできるさ。例えどんな姿であってもね。──まだ決戦まで時間はある、フフフ、じっくり行こう」

 

 折れた剣を捨て、痺れる手のひらに吐息を吹きかける。道化師はまだ冒険者アキト、いや剣士として彼の成長を拝みたいようだ。

 

 互いの剣をぶつけ合い壊したアキトとタイキは、白い地面のそこかしこに刺さっていた新たな剣を同時に引き抜く。

 

「っ……ありがとうございます! はぁぁ!!」

 

 先輩冒険者の胸を借り、タイキは勇みまた斬りかかる。

 

 マリモ代表に依頼された葬魔七曜血選まであと四日。青髪の剣士の成長はまだまだ、とどまることを知らない。また一つ鋭い雷鳴が訓練用のミラールーム内に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の月が満ちつつある(めい)曜日の午後10時。予定されていた時刻ぴったりに、サイカンの港には一隻の黒船が来航し姿を現した。

 

 巨大なその黒船は今ゆっくりと減速しながら上手く接岸し、高い甲板から乗船するための橋が港の地へと渡されていく。

 

「随分と大きくて豪華だね」

 

「うん……って思ってたより大きすぎない? ……これ?」

 

 アキトやリリスが、今ロープを繋ぎ止め停泊した大きな黒船についての感想を語る。

 

 既に港で待っていたのは、葬魔七曜血選にこれから挑む、シロツメ支部の団員を中心とした五人の戦士たち。それにise会サイカン本部のマリモ代表とその側近たちだ。

 

「──よし! リリス、アキトさん、ミタライさん、……アトラっ、みんなっ行こう!」

 

 今やって来た巨大な船を間近で拝み、改めてその闘志に火がついたのか。タイキは仲間である四人の方へそれぞれ向き直り、そう熱く呼びかけた。

 

 とてつもない冒険とロマン、そして戦いの予感が一人の青年の魂を揺さぶる。青髪の剣士タイキ・フジはさっそく、甲板へと至るその橋を渡ろうと歩き出したものの──。

 

「そこの青髪の方お待ちを! 葬魔七曜血選に向かわれる御一行がお乗りになるのは、──あちらの船です!」

 

 しかし、タイキは途中でぞろぞろと駆けつけ、行手を阻んだ黒服の船員たちに制止されてしまう。そして黒船から降りて来た船員の彼らが今右手で一斉に示す方向を、タイキと後に続いていた四人は見つめた。

 

「え!? それはうっかり、俺の早とちりだったのか……。えっと。じゃあ、もしかして〝アレ〟なのかな?」

「え、アレ? ……って、なんかちっちゃくない?」

「フフフ。いきなりVIP待遇とはいかないか」

「そのようですね」

「……ぅす」

 

 すると、遠目に映るそこにはぽつりと、一隻の小舟が浮かび止まっていた。

 

 夜の海に浮かぶ小舟には船頭が一人、船首の狭い足場に器用にバランスを保ち突っ立っている。両腕を組みながらじっと静かに待っていたようだ。

 

「そこの五人だな。早く乗るか、引き返すかを選べ。現地まで間に合わなくなっても我は一切の責任を取らん。……もっとも、臆病者が我が船に乗り込もうものならば、その場で即刻海の中へと叩き落とすがな。──早くしないか!」

 

 遠くからでも耳の穴の奥までよく聞こえる、高圧的な雄の声。制帽を被る髭も眉もないまっさらな強面が、港の明かりに照らされている。

 

 どうやら五人を呼びかけ待つそれは、幽霊でもみすぼらしい幽霊船でもないようだ。

 

「我々を案内してくれる船長はクールな鬼教官タイプか……。果たして、紅茶の差し入れなどはお気に召すかな?」

 

「……ぅっさ」

 

 アキトは顎に手を当て微笑し、アトラは遠くの強面を軽く睨み返す。

 

「よし、じゃあみんな改めて……行こう葬魔七曜血選へ!」

 

「おー! とは言えなくない……あっ、アレで目的地へ辿り着けるの?」

 

 タイキの改めての仲間たちへの呼びかけの儀式も、二度目とあってはどこか締まらない。

 

 それに 巨大な黒船に見劣りするあんな小舟で、果たしてどことも聞かされていない目的地へ辿り着けるのか。リリスは出鼻からそれが不安でならなかった。とても掛け声を返せるような気合いや元気は湧いてこない。

 

「なんや悪いな。ふふふ、そっちは五人でせもうて。せやけどうちは、大船に乗ったつもりであんたらに任せるから。くれぐれも道中──沈まんように気をつけてな?」

 

 巨大な黒船へ続く橋の前にいたマリモ代表は、五人へと向けてそう言った。乗り込む先が決して豪勢ではない小舟であろうとも、葬魔七曜血選に挑む彼らへと彼女なりの言い回しで発破をかける。

 

「はい。これよりise会シロツメ支部はサイカン本部のパートナークランとして、葬魔七曜血選に注力・尽力いたします。きっと最上の成果を持ち帰ってみせます」

 

 ミタライ支部長は問うマリモ代表へと用意されていた台詞を読み上げるように、そう丁寧に答えた。

 

「さすが優秀と噂のミタライはんやな。ま、あんたらの頑張り次第でこっちも気持ちよく買い物できそうや? ふふふ、ほな、これから七日間そのパートナークランとして頼んだで? 上手くいけばまた近く顔合わせる事になるやろうから、言われた通り期待してるわ」

 

 勇んだミタライの言葉を聞いたマリモ代表は、上機嫌そうにも扇子を扇ぎながら、従者をぞろぞろと後に連れる。やがて黒船の甲板の上へと乗り込んでいく。

 

「早くしろ!」

 

「よっ♪」

「はっ!」

「っとと!?」

「……」

「これで全員です。出してください」

 

「…………出る!」

 

 大船の横の小舟にも、急かされた戦士たち五人が次々と飛び乗るように乗り込む。

 

 揺れる船の船首にいた船頭の男ラカンは、水飛沫に濡れた仏頂面を黙ってハンカチで拭うと──。左のブーツから取り出した一本のナイフで、港の杭に括り付けていた船のロープを勢いよく断ち切った。

 

 葬魔七曜血選、謎に包まれたその第一の舞台へ向けて。五人の戦士を乗せた小舟は、暗く波打ちだしたサイカンの海を今出航した────。

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