トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第23話 バトンタッチ

 アキトはゆっくりと石橋の前に進み、両腕で抱えていた気絶し眠った美楚羅の身を、険しい顔をした道場の門下生の一人へと預けた。

 

 身構え警戒していた様子の門下生は、微笑むアキトから背を向け橋を引き返していく。

 

「馬鹿なっ、美楚羅が負けたなど認められるものか!」

「あぁ、美楚羅が負けるなどあり得ぬ! きっと何か下劣な手で……!」

「汗が尋常でない……奴め、さてはあの細身の刃に痺れ毒でも忍ばせていたか」

「一対一の勝負に毒とは卑怯者め!」

 

 現剣流道場きっての才能を持つ美楚羅が負けた。美楚羅を安全な場所に寝かせながらも、まだ、その敗北の事実を門下生たちは受け入れることはできなかった。

 

 次第に門下生の怒りが募っていき、美楚羅と対峙したアキトが何か卑怯な手段を用いたのではないかと、怪しみだした。

 

「どうやら穏やかな雰囲気ではなさそうです。リリス・アルモンド、念のため援護の準備を」

 

「え!? わ、わかった」

 

 敵対クランのいる向こうの石舞台の様子がおかしいことに気づいたミタライは、目を合わせず静かに魔術師のリリスへと指示を出した。

 

 リリスは今言われた状況を悟り、古杖に魔力を忍ばせ、ゆっくりと温め始めた。

 

 しかし、両陣営に挟まれた戦いの舞台からまだ降りずにいたアキトは、仕舞っていたレイピアを突如静かに抜刀した。

 

「よろしければ、確かめてみるかい。──もちろんまとめて」

 

 石壇に佇むアキトの今真っ直ぐに向けた冷たい刃と瞳が、象羅(しょうら)骨兎羅(こつとら)和亀羅(わかめら)、門下生の彼らを鋭く射抜く。

 

「ぅぐ!?」

「この期に及んで我らに挑発とは……! 勝負を愚弄する奴だけは逃さん!」

「もう黙っては見ておれん……行くぞッ、かかれいっ!!」

 

 美楚羅の一対一の戦いを、隣の舞台に突っ立ち睨むことしかできずにいた象羅、骨兎羅、和亀羅、門下生の彼らの怒りは共にもう限界であった。

 

 これ以上、道場を愚弄するあの輩を野放しにはできない。頷き合い、背負っていた道着を一斉に脱ぎ捨てた彼らは、あの冒険者の挑発に乗ろうとした。

 

「やめい!!! これ以上、男同士の勝負に恥を塗るな。美楚羅は今の己が持つ全てを出し切って負けたのだ。──あの男に。そんなことも分からぬようで、現剣流の門下生が務まるか!」

 

 上裸の男たちは皆、一歩進めた足を止めて黙る。耳をつんざいた師範の一喝に、ただ俯き黙るしかなかった。

 

 怒声が消え、厳しい静寂が辺りを支配する。地に、脱ぎ捨てられた白い道着とそれぞれの帯、そのただならぬ覚悟の表れを見た師範は、深く息をつきながら──。

 

 突然、跳ねた。

 

 冷たい石床にへばりついていた大きな両の素足が降り立ったのは、隣の舞台。

 

 弟子が戦いを挑んだその円形の石舞台であった。

 

 地を揺らすほどの衝撃音が、アキトの目の前に立つ。それは怒りにも聞こえるほどの大きな足音であった。

 

 出てきたのは現剣流道場の師範であり総大将、羅黄(らき)。金色の帯を腹に括った巨躯の男の姿であった。

 

「まずは礼を言う。美楚羅を打ちのめし、命さえも取り置いてもらえたその強さに」

 

 大柄の男の口から放たれた第一声は、敵にするには意外にも冷静なものであった。

 

「とんでもない。紙一重の良い勝負だったさ」

 

 アキトはご丁寧な男の礼に対し、受け流すように謙遜をする。

 

「フム……しかし。弟子がここまでやられて、黙っている師はいない。──魔力を回復する効能を持つ道場秘伝の霊酒だ。飲め」

 

 そう言うと羅黄は、突然道着の袖から取り出した小さな薬壺を、アキトへと投げ渡した。

 

 その手のひらに収まるほどの大きさの小壺の中には、嘘か真か、失った魔力を回復する霊酒が入っているのだと羅黄は言う。

 

「これはこれは、お気遣い痛み入る」

 

 アキトは笑い礼を言う。そして、しばらく指に摘んだ小壺を眺めながら、立ち止まった様子で何かを考え出した。

 

「どうした? 毒などは入っていない。まさか、お前もその刃に仕込んでいたなどとぬかすまいな? ははは」

 

 なかなか飲もうとしないアキトのことを鋭く睨んだかと思えば、豪快に笑い上げてみせる羅黄。

 

「はぁ……月見で一杯と言ったところか。つまらないな」

 

「何っ……?」

 

 天を食うように笑い上げていた羅黄は、今そっと目の前に呟かれた聞き捨てならないその言葉に、振り向いた。

 

 だが、空から顔を見下げた時にはもうその男の姿は遠のいていた。

 

「悪いけど、このお酒は後でゆっくり飲ませてもらうとするよ。先はまだまだ長いからね? フッフ」

 

 手に入れたい半月をはめ込み起動した石橋を悠々と渡り、帽子の男が剣を腰のホルダーへと仕舞う。

 

「おい!! ……ぬっ!」

 

 アキトの取ったまさかの行動に、羅黄が叫び呼び止めようとするが、すぐに動き出した別の影に気づいた。

 

「それに……ジブンの出番はもういい。そうだろう?」

 

 橋を渡り終えたアキトが振り返るとそこには、バトンタッチで入った青髪の剣士の姿があった。

 

「……はい、アキトさん!」

 

「お前は……ふっ、今度は己の弟子を俺に対してぶつけて来るか……。食えない奴め」

 

 戦いの石舞台に現れたのは、タイキ・フジ。美楚羅との戦いをアキトへと譲った彼の姿だった。

 

 既に剣を抜き、血をたぎらせた若き戦士の姿。そこに堂々と立つ──どこか似ている赤い瞳のギラつきに、羅黄は腰に手を当てニヤリと己の口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!? そういえば右手は?」

 

 色々言いたいことはあるが、リリスは今、美楚羅との戦いから戻って来たアキトの右手について問うた。

 

「あぁ、途中でガコってしたら治ったさ」

 

「が、ガコって!? ……はぁ!?」

 

 アキトはそう平然と痛む素振りも見せず、右手を陽気に左右に揺らし答えた。

 

「お相手はどうでしたか」

 

「予選でする相手ではないね。運が良いのか悪いのか、と言ったところか」

 

 次に話しかけてきたミタライに、アキトは淡々とした口調で答えていく。どうやら今まで水面へと蹴落としてきた連中とは、あの道着の者たちは質が違うようであると彼は言いたげだ。

 

「やはり、先ほどの方と戦わせるべきだったのでは」

 

 ミタライは、なおも問う。

 美楚羅とタイキをあのまま戦わせるべきであったと、観戦をしていた彼女ならではの視点と戦力分析をもってして、そう告げた。

 

「フフ。ジブンにも選り好みをする権利はあるさ。それに──アレでは気が乗らないだろう?」

 

 アキトと並ぶミタライが戦いの始まった隣接する円形舞台を見ると、まだ動かずに睨み合い対峙する二人の姿がある。

 

「似た者同士……ということでしょうか」

 

「面白いご冗談を。フフフ」

 

 ミタライが珍しくユーモアを利かせそう言ったのは、先ほどの美楚羅とアキトのやり取りや雰囲気に似たものを、今、石の舞台上で対峙しているあの二人からもどこか感じ取ったからだろう。

 

 

 

「さぁ、どこからでも打ち込んでこい」

 

 まるでノーガード。道着の腰に左手を当てた余裕げな姿勢のまま、右手で来るように扇ぐジェスチャーをする男、羅黄。

 

「あの」

 

「なんだ?」

 

「本当に?」

 

「敵を目の前にして面白いことを言うな? 構わんと言っている。全力で打って来い」

 

 タイキが恭しく確認するも、羅黄の見せた意志と姿勢は先ほどと変わらなかった。

 

 どうやら目の前に聳え立つ羅黄という男は、本気であるらしい。初撃の主導権を完全に、敵であるタイキ自身に委ねるというのだ。

 

 この男、確かに大きい。

 目に見える体の大きさだけではない。存在感、魔力、そして度量の深さ。眼前の大男が悠然と微笑う様は、今彼と対峙するタイキにとって、どこか冒険者アキトの姿に重なるようにも見えた。

 

 強者だけが持つ余裕というものが、目の前の巨躯の敵からも、タイキには感じ取ることができた。

 

「じゃあ……。──っ!」

 

 タイキはぐっと剣を握り構える。

 そして力を入れ、剣を構え直した瞬間──青髪の表情・目付きが変わったのを、笑みを崩さずにいた羅黄はその目その肌に悟る。

 

 それはまだ師が弟子に向ける目だ。アキトと幾度も剣を重ねたタイキには分かる。今、己の力が試されていることに──。

 

 そう思うと不思議と躊躇いを捨てることができた。じっと凝らした赤い瞳に集中が高まった時にはもう、柄を握り、魔力を込めた雷剣が、道着を纏った眼前の巨大なターゲットへと炸裂していた。

 

 臆面なく振り抜いた雷の一閃。眩い青い雷光と魔光が、石の盤上でなおも激しくフラッシュしている。

 

 辺りを青く染め上げたその衝撃の光景を、遠目から見ていた門下生たちが息を呑み、魔術師のリリスは杖を掲げるように揺らす。

 

 ノーガードの敵へと放たれた雷撃の剣。無事では済まない青き威力の先には、──身を焦がし沈黙する大きな男の姿があった。

 

 貰った痺れる魔力で身から放電を続ける男は、貼り付けていたその薄ら笑いの仮面を、今砕かせた。

 

「この…………餓鬼がァ!!!」

 

 絶叫──そして前へと突進し現れたのは、怒りで髪を逆立てた巨躯の男の姿だった。額を血のような真っ赤に染め上げたまるで鬼の如き形相で、巨手に掴んだ青髪小僧の頭をそのまま地面へと叩きつけた。

 

 地を砕く忿怒(ふんぬ)の一撃が、容赦なく調子に乗りすぎた若き剣士へとお返しされた。

 

 それは注文通りではない。

 師範の身を焦がした青き雷は鋭く熱い。

 それまで温厚かつ余裕げな顔を見せていたはずの羅黄、その腹底にある怒りまでをも一撃で呼び覚ましてしまった。

 

 全力で打って来い、ただし、やり返さないとは言っていない。

 怒りのボルテージをぶち上げ駆け出した羅黄は、タイキ・フジをご挨拶代わりにも石のマットの上へと、その生意気な赤い瞳の面ごと叩き込み沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってぇ!? アイツ言ってたことと話が違うじゃない、なんであっちが即逆ギレで反撃してきてんのよーーっ!? ……じゃなくてッ大丈夫タイキ!!」

 

 舞台上で炸裂した痺れる雷剣に喜び掲げていた杖を、リリスは思わず手元から落としてしまう。

 

 敵がタイキの雷を正面からあれだけまともに受けて立っていたことも、血の滲んだ怒りの面に塗り替え即座に反撃を叩き込んだ異常さも、己の脳内に立てていた予想を大きく裏切られたリリスは驚きを隠せない。

 

「フフ。タイキらしい」

 

「ええ」

 

 そんなリリスの驚き声と心配の言葉をよそに、同じく観戦していたアキトは呑気に笑い、ミタライは声を立てず冷静に戦局を見守った。

 

 

 始まって早々にきついカウンターを貰い、石のマットへと沈められたタイキ。

 

 おもむろに乱れた金色の帯を締め直して、羅黄は今、地にはりつけた青髪のことを見下ろし同時に問うた。

 

「何故、避けなかった?」

 

「これで……お互い一発……かと!」

 

 硬い石床から起き上がった青髪の男はそう答えた。同じように赤く染まった額、それよりも赤い瞳で、眼前に立つ道着の男にじっと目を合わせた。

 

 立ち塞がる羅黄の目には判然と映る──剣を強く手放さずにいたその男の姿が、生意気にも己に〝対等な勝負〟を求めていることに。

 

「ははははは……ぬかせェ!!!」

 

 堂々と宣言されたイーブンの状況に、高く笑い上げた道着姿の男。しかしまたも突然に、男は天に向けていた笑みを崩し、鬼の形相へと仮面をすげ変える。そして目の前で、己を睨み佇む生意気な青髪へと襲いかかった。

 

 だが、大きく鍛え上げられた片腕を前に巨躯が仕掛ける突進を、タイキは今度は横に躱してみせた。

 

「……ほぉ。口だけではなかったか」

 

 白い道着の横腹辺りが微かに痺れ綻んだ。突進の際に、剣を上手く差し込まれていたのだろう。怒りの面をしていた羅黄も、斬られた腹と同じ方向に僅かに口角を上げる。

 

「だがどうした! 今度はそうしてチョロチョロと逃げ回っているだけか!! 奴の弟子は!! 肩透かしというヤツだなぁ!!」

 

 武闘家の羅黄は道化師とちがい、今対峙する敵におどけた拍手など送らない。手を抜かずに、鍛え上げた厚く硬い己の肉体を武器に、突進を繰り返しタイキへと攻め立てた。

 

 羅黄の見せた猛攻の姿勢に、タイキは躱すばかりで精一杯か。いや、躱しつつ剣で上手く反撃をしようとも、それはまるで止まらない暴走列車のようであった。

 

 しかし、そんなレールのない石の舞台上で破壊と暴走を続ける道着の男の足を止めてみせたのは──痺れる雷のトラップだった。

 

 羅黄の挑発に乗った青髪の剣士が一転し、どっしりと両手で剣を構える。赤い眼光で腹を括り迎え撃つ姿勢を取ったと思いきや、それはなんとフェイクであった。

 

 荒れた盤上の環境を利用し、剣先で地に刀傷を忍ばせていたのだ。そうして地にマーキングし隠された雷の魔力が、何も知らずに突進してきた敵へと、間欠泉のように吹き上がるように迸った。

 

 その技の名は【次雷斬(じらいざん)】。斬りつけた印が、任意で起爆する罠と化す変化技。

 強者に対しては、なにも正面から戦うだけが戦法ではない。冒険者アキトのような狡猾な手さえも、勝つ為にタイキは(いと)わない。

 

 意識外の地・足元から迸る青き威力にさらされて、足を止めた暴走列車は煙を上げる。

 

「……なんだ、それはマッサージか? ──足つぼの」

 

 焦げついた身で両腕を悠然と広げ、伸ばした両指から余韻の如き青を放電する。付け焼き刃の味を味わいながら、男は余裕げに深呼吸する。

 

 やがて、良好にほぐれた首を傾げ、骨を鳴らす。底の見えない強者羅黄が、タイキの構える切先の先で不敵に笑い立っていた。

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