トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
さっそく、各々がシックな様相の店内に飾られた、本日この時限りの未知の商品を見回っていく。
やがて青髪の彼が足を止めたのは、やはり──。
「リリスっ、すごいぞ剣もある!」
ずらりと壁際に立ち並ぶ、いつの時代とも知れない甲冑の兵士。動かぬ彼らが携えていた様々な形の剣を見つけて、タイキは興奮気味にそう言う。
「はぁタイキ、あんたいつもそれしか言わないでしょ。ほんと同じ調子なんだからっ……──あっ! この魔術書っ! すごい古そうっ!」
リリスはそうタイキのはしゃぎ様を呆れ気味に流すも、甲冑の兵士に紛れて並んでいた神官姿のマネキンが持っていた古い魔術書に興味を持ったようだ。手を伸ばそうか迷うような仕草で、食い入るように見つめていた。
冒険者になり故郷を旅立つ前はインドア派だったと言う彼女は、この手の年季の入ったものに弱いのだ。
赤髪も青髪の団員もすっかり、シロツメの市場では中々拝めない、そんなブラックマーケットにある珍しい商品たちに夢中であった。
神官の手に乗せ、開かれたページにある逆さの文字を、リリスは覗き見ながら読む。
もう少し先のページも読みたいと、手で扇いだり、露骨な溜息をつくなど色々と策を弄していると、突然横から神風が吹き魔術書のページが捲られていった。
しばらく上機嫌に魔術書のサンプルページを読み込んでいると、ここでふと、リリスの脳内にある疑問が浮かんだ。
「でもお金ってどうするのこれ? 値札は……見当たらないけど?」
「心配いらんよ。商品が置いてある絨毯や床の色でおよその値段が分かるようになってるから。高いもんはすぐに見分けつくわ」
「お、およそ……確かに床のカラーがところどころ違ってるみたいだけど……ふぅん……」
リリスの疑問に通りかかったマリモ代表がそう答えた。
リリスが辺り店内を見渡すと、確かに暗い照明の中でも、床の色が微妙に違うそんなグラデーションが見えた。
しかし値段の見当の付け方は分かったものの、葬魔七曜血選に少しでも身軽にし挑んでいたリリスに今は、ほとんど金銭の持ち合わせはない。
「そうそうちなみに、〝これ〟で買い物できるんや。あんたらがぎょーさん集めてくれて、ほんま助かったわ?」
マリモ代表が着物の袖の下から、じゃらりと音を立てて取り出したのは──なんと〝半月〟。舞踏円月で五人が集めたその石の数々であった。
「ってぇ! そうだったの!?」
「なるほど、あの競技は逃げればいいって訳じゃなかったのか?」
赤髪をそよがせていた風が止む。
驚いたリリスの隣に歩み寄ったタイキが、マリモの手に取る半月を眺め、合点がいったような表情をする。
「あんなにどこもかしこも敵がわーわーって無茶苦茶だったのに、そこは意外と考えられてるのね……」
集めた半月がここ、ブラックマーケットではとりあえずの通貨の代わりになる。リリスも今になってようやく、あの石の争奪戦の意味が分かったようだ。
「じゃあジブンたちもそろそろ、買い上げさせてもらおうか」
「って、え??」
「ん〜?」
突然、マリモとリリスたちの間に割って入るように現れたアキト。彼は悠々と登場するや否や、そう、マリモに向かい言い放った。
リリスは弾むように驚き、マリモは僅かに首を傾げてみせる。
彼らから回収した半月の使い道はもう、マリモの中でら決まっているのだ。マリモ自身が欲しい商品は即買い予定、自分にとって価値がなくても知り合いの欲しがりそうな商品にも目星をつけている。それらを代役で購入し、後で売り捌くつもりだ。
なので、彼らに与える半月のお小遣いは残念ながら手元にはない。親同然であるマリモ代表は、パートナークランの彼らから既に集めた半月をごっそり徴収していたからだ。
しかし彼女も商売人、底意地が悪い女とは呼ばれたくない。1、2点ならば、何かを諦め彼らのために使ってもいいと思っていることもまた事実であり、部下たちのモチベーションをコントロールするための術でもある。
だが、そんなマリモ代表の思案と腹算用も裏腹に、彼らが提示してみせたのは──
「ええ、ここに〝へそくり〟が」
そう言うとミタライが突然服を持ち上げ、捲る。すると、彼女の露わになった細いウエストには紐に括った半月の連なりが、蔓のようにしっかりと巻き付けられていた。
「ははは、こりゃやられたわ」
ミタライ支部長の取った思い掛けない行動と、腹に肌身離さず隠されたへそくりの
「……ってちょろまかすようなことして、え……いいの?」
「いくつになってもお小遣いは嬉しいものだろう?」
「お、お小遣いって……」
アキトは笑い、心配顔のリリスに対しておどけてみせる。相手はマリモ商会の代表、金銭管理のしっかりとした親がいるならば、これぐらいの事をやらねば納得のいくお小遣いを手に入れることができないのだ。
「あはは、ええよええよ。これは舞い上がってたうちの負けや。頑張ってくれたご褒美に欲しいもん買いや」
マリモ代表は先ほどより大いに笑う。アキトとミタライの腹積もりを見抜けなかった自分の負けを、あっさりと認めた。その場で彼らのへそくりと言い張るものを、回収する気はさらさらないらしい。
「じゃあその寛大なお言葉に甘えようか」
親からの許しのお言葉を耳にしたアキトは、さっそくミタライからへそくりの半月を受け取る。
(この魔術書買ってくれたり……? ごくっ……)
唾を飲み、リリスは淡くも期待してしまう。ゆっくりと進んでいく、そんなアキトの一挙一動を子犬のような目で注視する。
すると何やら、立ち止まりアキトの背を見ていた彼女の赤髪が、不意に横に乱れ靡いた。
「うん……いい子だ!」
「ずてぇ!? たっ、タイキが露骨にアピールしちゃってる……」
横向き覗いた青髪の熱の入った変わりように、リリスは思わずその場に転けそうになる。
気合いの入った素振り、いや剣舞とも言えるものを披露するタイキ。やがて、おもむろに商品の剣の刃を鏡のように見つめて、その感触を我が子のように褒め称え頷いた。
皆がアキトの動向を見守る中──。
アキトの足が向かった先は、最初の入り口付近にあったバーのカウンター。そこにいる眼帯をした渋い男のバーテンダーに、アキトは指をさし、最初からオーダーを決めていたように告げた。
「36番ワインをひとつ、それとこれも」
「──かしこまりました」
客が黒の髪飾りの商品をカウンターにことりと、一つ置くと──、グラスを拭くのをやめたバーテンダーの隻眼が鋭く睨み、かしこまる。
アキトは後ろの棚にある、歯抜けの虚空に指先を向ける。そこに存在しないボトルを一つ指定し、怪しく微笑んだ。