トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第3話 clan:ise会シロツメ支部

 ミラールーム【(みどり)の騎士の酒場】──それは秘密の言葉や合鍵を持つクラン員しか入ることの許されない秘密の場所。

 

 ミラールームとは、魔物を倒した際に獲得できるミラーの欠片、その中に稀に眠る壊れた世界の断片を再利用した特殊空間である。外観からは想像もつかない広大なエリアが、掌サイズの欠片の中に広がっている。

 

 そして現在、クランise会シロツメ支部が所有するそのミラールームは絶賛会議中。

 

 本来なら活気ある酒場、仲間たちと騒ぐその場所だが──。そこに集まった二十三名の団員たちの間には、どこか重苦しく厳粛な空気が漂っていた。

 

「……以上が、今月の各フレーバーの売上報告だ。いいか、この【ポテっち】こそが我らise会シロツメ支部の主な資金源にして生命線。しかし、最近は売上にも鈍化の傾向が見られるようになった。もっと効率的に流通を回せ。新しいフレーバーの開発と素材の確保だけではない、そもそもの営業が足りんと言うのだ」

 

 古風な酒場に不似合いなホワイトボードの前でペンを執り、厳しい声を上げるのは、この支部を統括する支部長サヤ・ミタライ。

 清潔感のある水色のショートヘアを揺らし、その吊り目気味の鋭い眼光で、二十三名の団員のことを隈なく見渡している。彼女はまさに典型的なお堅いリーダータイプの人物であった。

 

 実力主義を掲げる世界各地に展開する大所帯クランise会において、各シノギの数字・売上はそのままあらゆる序列に直結するものだ。

 働かざる者食うべからず。戦闘班や探索班に属する者はある程度免除されるものの、シロツメ支部のクラン員は基本、その敷かれたルールの限りノルマ分働かねばならない。

 

 月に一度行われるこの定期会議も、クラン員の反応は様々。注意散漫な者や聞き入る者、聞き流す者もいる。しかし誰も、厳格な支部長への反論や楯突こうとする者はいなかった。

 

 しかしその時──まだ報告と会議中の室内にイレギュラーが生じた。閉ざされていた酒場の古めかしい木の扉が、突然乾いた音を立てて開いたのであった。

 

「ン……誰だ貴様? 何故勝手に入れている?」

 

 支部長ミタライの鋭い視線が、大事な会議中に勝手に開いたその入り口に突き刺さる。そこには、三つ編みの黒髪に黒帽子を被った見慣れぬ男が、さも平然とした顔で立っていた。

 

「あぁ、まぁね? なぞなぞと合鍵作り、ギフトの都合上得意なんだジブン」

 

 紛れ込んだ異物を睨みつける。クラン所有のミラールームに無断侵入したそのふざけた不審者に対して、ミタライはすぐさま傍にあった甲冑の置物が持っていた槍旗を手に取り──投げた。

 

「……やぁ、ジブンは今日からそこの団員の推薦で、君たちのクランに入ることになったアキト。歓迎よろしくね」

 

 真っ直ぐに壁に突き刺さった、ise会と刺繍された旗のゆらぐ槍の上には、スニーカーの靴底で器用にしゃがみ乗っかるアキトの姿。まるで何事もなかったかのように涼しい顔をし、流れるような自己紹介をした。

 

「推薦だと? 誰がした」

 

 嘘かでたらめか──アキトと名乗る不審者からその冷徹な目を離さずに、ミタライはさらに目を細めた。

 

「俺ですっ!」

「わ、私もだけど……!」

 

 壇上の支部長からもっとも離れた酒場の椅子にかけていたタイキとリリスが手を挙げる。だが、支部長は鼻で笑い、無知な新入りの二人の推薦を無効とし却下した。

 

「タイキ・フジにリリス・アルモンドか。序列下の新米である君たちに、新規クラン員の推薦権などない。この無礼者を連れて出ていけ」

 

 厳粛で冷静な判断を下す支部長のミタライ。立ち上がったタイキとリリスを睨み、ミタライは二人のことを顎で使うように言う。

 

「あれぇ? ルール確認不足だったかな? いいよいいよ、すぐに出ていくとするよ」

 

 アキトはタイキとリリスに、掲げていた両手で落ち着かせるような仕草をし制止する。

 

 そして一度は大人しく背を向け、ドアノブを握り帰る素振りを見せた。

 

 だが、その踵が鮮やかに返った。

 

「あ! そうだ。忘れてた」

 

 突如、振り向いたアキトの手の中で派手な装飾のクラッカーが弾けた。

 

 『パンッ!』という乾いた音と共に、色とりどりの紙吹雪が、思わず腕で防御行動を取った支部長の水色の髪まで降りかかった。

 

「タイキ! それにイチゴちゃん! 〝B級冒険者〟への昇格おめでとうううーーーー!!!」

 

「なっ……!?」

 

 ピリついた空気と冷たい静寂が、場違いなアキトの祝辞と拍手で崩れ去っていく。

 

 次第にクラン員たちがざわめき立ち、驚愕の表情で、今タイキとリリスが胸元にちらつかせたその〝エメラルドの輝き〟に食いついた。

 

「B級……!? タイキだけじゃなくリリスまでっ!? 二人してもう中級に!? あの難しい昇格試験を俺より先に合格かよっ!? おいぃッ」

「マジかよ、先月ウチに入ったばかりだろ? 異例の速さじゃないか!」

「タイキくんっ! 早く言ってよ早くぅう、隠してたなんて水臭いじゃないのっ!」

「おいタイキっっ、万年トリプルエーの俺と代われっ! はははは羨ましいぜこの野郎」

「はぁ? 顔だけじゃなく実力まであんの? ヤになっちゃうのぉーっ」

「本物の認証ミラーだぜこれぇ、ヒューかっけぇ」

 

 さっきまでの刺々しい空気が嘘のように流れ去った。クラン員がぞろぞろと注目の二人を囲い、祝福と驚きの声が部屋を埋め尽くす。

 

 そんなちょっとしたお祭り騒ぎの中、しれっと壇上へ忍び寄ったアキトは、支部長の彼女の呆然とした顔を覗き込み、ニヤリと笑った。

 

「確かise会のルールでは、クランの雑用貢献度だけでなく冒険者としての実力も加味されるよね? ここにはB級以上の冒険者がざっと1、2、3、4、5……っと。つまり序列のトップ7内であれば、推薦権を貰えるってハ・ナ・シ。──間違いないよね?」

 

「認証ミラーが本物ならばそうだ……ルール上、先ほどのタイキ・フジとリリス・アルモンドのした推薦は有効となる……」

 

「いいねっ♪お堅いかと思えば、随分と話の分かる方だっ」

 

 アキトの放った言葉を戯言とせずに、支部長のミタライは突っ立ちながらも静かにそう認めた。先ほどの推薦は有効であり、アキトのise会への加入はすんなりと認められることになる。

 

「てことで支部長さん。ポテチの売上報告なんて、今はどうでもよくなぁーい? あとあとーっ! ちなみにジブンの一押し、のり塩ね? アハはは」

 

 アキトが周囲のクラン員に配ったクラッカーが、次々と乱れ鳴る。

 

 実力主義のise会において、厳しい昇格試験をパスしたB級の冒険者は貴重な戦力だ。タイキとリリスは今、シロツメ支部でも7人しかいないB級以上の冒険者としてその実力と地位を認められたのだ。

 

「あははは、いやいやハヤトさんも焦らずやればその内B級になれますって──あっ、アキトさんっ! 言ってた約束の通りに来てくれてありがとうございます!!」

 

「ちょっと、誰がイチゴちゃんよ! ……って騒ぎすぎだし! 会議中にどうすんのよこれぇ……」

 

 アキトは、輪に囲まれた友人の青髪と赤髪の二人に、小さく手を振りながら応えた。そして──。

 

「ソメイちゃん、ごにょにょ……頼めるかい?」

 

「うむっ! 分かったぞ」

 

 アキトは、いつの間にか知り合いになっていたクラン員のソメイに近づき耳打ちをした。

 

 白い上衣に紺の袴。太眉に黒いポニーテール。会場の隅では、大和撫子たる見た目のソメイが、赤い襷で袖を絞り、地に広げた巨大な半紙に大筆を力強く走らせていた。

 

 筆を止めたソメイが、煌めく額の汗を爽やかに拭う。豪快な書体で半紙へと書き上げた文字は──【疾風迅雷! 祝♡タイキ&リリスB級冒険者へ昇格! & 新団員アキトさん大大大歓迎会】。

 

 こうしてise会シロツメ支部は、一人の奇妙な新入りのクラン員を迎え、二人の若きB級冒険者の誕生を祝うことになった。

 

 おふざけで頭上に乗せられた錆びた冠と、確かな輝きを放つエメラルドの首飾り。タイキは仲間たちに囲まれて笑う。

 

 その賑わう光景を、アキトは輪の中から少しだけ離れ、満足そうに手を叩き眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラールーム緑の騎士の酒場でのどんちゃん騒ぎのB級昇格祝いと、新クラン員の歓迎会が終わると、アキトの姿はいつの間にかそこから消えていた。

 

 後日、昼、積もる話もあるということで日と場所を改め、東の森ウッドフットで待ち合わせることになったタイキ、リリスそしてアキトの三人。

 

「……ちょっと、なんてことしてくれたのよっ!」

 

「お望みだろ?」

 

 彼女が聞きたいのはもちろん昨日の騒ぎのこと、その真意だ。リリスの迫力のある詰め寄りに対し、アキトは受け流すように平然とかつ簡潔な言葉で答えた。

 

「誰がよっ! 昇格祝いと歓迎会なんて、あんたが勝手にこっちのクランに入り込むための口実じゃないの!」

 

「アハははそうとも言う。──でもとにかく、君たちがいつまでも末端のままじゃ、せっかくクランに入ったジブンも協力しがいがないからね。君たちの持つ実力と人気を最大限に利用させてもらった。……何か不都合でも?」

 

 B級に昇格したタイキとリリス、二人の立場を利用しise会シロツメ支部へと潜り込んだアキト。これでアキトは何不自由なくルール通りにクラン員として加入でき、元より属していたタイキとリリスはクランでの地位が底上げされた。それはお互いにウィンウィンとも言える。

 

 実際にリリスもアドリブで、彼を推薦したとタイキに続き言ったのだ。

 

「それはそうだけど……何もそんなに不必要に目立っちゃわなくてもいいじゃない」

 

 最初に噛みついた時の勢いを削がれながらも反論しようとしたリリスを、タイキが静かに制した。

 

「僕が提案したんだ、リリス」

 

「タイキ!? なっ、なんであそこでそんなサプライズみたいなこと……あんたが?」

 

「力がないと、何もできない。……このise会では特に。だからっ、なんというか……必要なんだっ!」

 

 タイキの瞳に宿る静かな熱。拳を握りしめ、その青髪の少年が放つ言葉には、どこか迫真を帯びていた。

 

「必要? そ、それは私もよく分かるけど、力をつけて一体何を目指してるわけなのよぉー? 別に異世界人やニホンジンがクランに多いからって、出世するならここじゃなくても出来るわけでしょ?」

 

「僕は……」

 

 意味深にも言い淀んだ、そんなタイキの詰まる言葉の後に流れた沈黙の間に、アキトが静かに口を挟んだ。

 

「今は強くなる。それに理由がいるかい? ──おっと、話は一旦そこまでだ、倒すべき敵のご登場だ」

 

「って囲まれてるじゃないの??」

 

 現れたのは獰猛で賢しいミラーエイプの大群。狩りに来た冒険者を、潜んでいた周囲の樹上から一斉に見下ろし、牙を剥き手を叩き騒ぎ歓迎してくれているようだ。

 

「アハはは、トークが弾んだからねっ。では、一人十殺。こちらもあの支部長のように厳正なノルマを設けてみるのはどうだい? だらだらヤルより、締まりそうだっ?」

 

「はぁ!? 十殺って!? そ、それ魔術師のあたしもっ!?」

 

「あぁそれは厳しいか。なら、またお守りのオプションをつけてあげてもいいよ? ジ・ブ・ン?」

 

「そっちの方がなんか嫌な気がするんだけど……」

 

 爽やかにウインクをするアキトに、眉を下げ苦笑を返すリリス。

 

 魔物たちに囲まれたこの状況で突然アキトの口から出た、一人十殺の指示。

 

 しかし、既に雄叫びを上げ飛び出していたのは──青髪の剣士。

 

「うおおおおっ!!」

 

 飛び降りて来たミラーエイプの一匹を空中で襲い、なんと真っ二つに仕留めた。

 

「──っはぁ……必死にやるんで……数えててもらえますかっ!」

 

 青い雷の魔力が剣にみなぎる。果敢な飛翔の剣で猿の魔物を仕留めたタイキは、今着地し振り返りながら、そう、後ろのアキトに告げた。

 

「ふふ、了解っ……!」

 

 緑のマントを揺らし、雷剣が今か今かと放電しながら唸り続ける。戦闘のスイッチが入った青髪の剣士に、アキトは微笑い頷いた。

 

(ふふふふ、授業参観じゃないんだ。久々に使うか)

 

 アキトは腰に提げていた一本のレイピアを抜き出し、魔力を練り始めた魔術師のリリスの背を狙い牙を剥き飛びかかってきた猿の口を貫いた。

 

 白毛の猿の魔物はその断末魔を上げることもなく、静かに光を放ち絶命した。

 

(彼はもっと強くなる。──でもまだ、ジブンほどではない)

 

 熟練の冒険者に扮した四島彰人は、赤髪の魔術師のお守りを華麗にこなしながら、その危うげで勇敢な雷の剣士の背を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 森に響いた断末魔と雷鳴が同時に止んだ。

 最後の一撃は二体を猛る雷の魔力に巻き込み、同時に屠った。

 

 三人の冒険者の周囲を取り囲んであたミラーエイプの群れは、いつの間にか一匹残らず殲滅されていた。

 

(ふむ。今ので二十一……。ノルマの倍以上はこなしたか)

 

 やはりこの青髪の剣士は貪欲だ。アキトが満足げに口角を上げていると、背後から小刻みに震えるような気配が伝わってきた。

 

「どうしたぁ? 生まれたての小鹿の真似なら後にしてくれるかい?」

 

「んなわけないでしょっ! あんたがまた私の魔法に変なことするから……っ。──あ、もだめ……」

 

 杖を支えに辛うじて立っていたリリスだったが、ついに膝が折れる。がくがくと震える足のまま、みすぼらしく尻餅をつき、そのまま地面にへたり込んでしまった。ウッドコング戦の時のように施したアキトのいたずらが、少々過ぎたらしい。

 

 アキトは赤髪の彼女の必死で滑稽な様を笑いながらも、ふとタイキの方へ視線を戻し、また思考を巡らせる。

 

(ミラーエイプ、単体では脅威度AA程度とはいえこの数。それをこれほどまでに、雷の魔の威力を落とさずに喰らい尽くすか。……分かるよ。戦うのが楽しくて仕方がない、そういう時期なんだろ、君は?)

 

 アキト自身もこの異世界ガライヤに来たての新米の時は、よくこういった魔物討伐を通して、自分の力を試し斬りしていたものであった。その初期の楽しさと熱量をアキトは反芻し、思い返していた。

 

「アキトさんっ」

 

「お疲れだね。すまないが、数は途中から数えていないよ。だが、十分以上だ。魔物の方が可哀想なくらいにね。最後のイチゲキもグッドだ」

 

「あはは、はいっ! ありがとうございます!」

 

 ミラーエイプの群れとの戦闘は終了。肩で息をしながら歩み寄ってくるタイキに、観戦をしていたアキトはそう上々の成果であったと告げた。

 

「あの……アキトさんも、剣を?」

 

 まだまだ残る先ほどの戦いの余韻を味わうよりも早く、タイキの視線はアキトの腰に下げられた細身の剣へと注がれた。

 

「あぁ、これかい? ちょっと昔馴染みの相棒でね。あまり錆びつかせると多方から怒られちゃう気がして、棚の奥から引っ張り出してきた次第だよ。……おや?」

 

 問われたアキトがすらすらと、くすんだ金色の鍔を持つ一本のレイピアにまつわる話をした、その時──タイキの纏う魔力が、突然波打ち始めた。

 

 青く放電するやる気とも見えるそれが、タイキが己の鞘へと仕舞っていた剣の柄まで伝っている。

 

 真っ直ぐに見つめる赤い瞳に宿っているのは、闘志。視線の先には、悠然と立つ黒い三つ編みの尾を流す黒帽子の男、ただ一人。

 

「……そのっ、お願いできますか?」

 

「ふふっ。おいおい、それはちょっと気が早いんじゃないかな」

 

 恐れ知らず、疑い知らず。そしてどこまでも貪欲で欲しがり。アキトの目に映るのは、道化師の自分にはない色と熱を持つ、油断ならない一人の剣士の姿であった。

 

 お互い、まだその剣を抜いてはいない。

 だが二人の間に流れる沈黙は、鋭く、重い。ミラーエイプの群れとの戯れとは違う、人間同士、その身に一振りの剣を携えた者同士だからこそ成せる、ただならぬ緊張感がそこにはあった。

 

(な、なななななにやってんのよタイキぃぃ……!!)

 

 地面に転がったまま立てずにいたリリスが、不格好な姿勢で顔を引きつらせて戦慄する。しかし、何も言えない、ツッコめない。二人の男が向き合い対峙したこの空気に、口をぱくぱくと水槽の中の金魚のように動かすのが精一杯であった。

 

 その男は冒険者アキトでない。──D級賞金首トランプメン。例え穏やかな表情で笑っていても、腹の内は何を考えているのか分からない。

 

 調子に乗りすぎたのは、おそらくタイキの方。漂い始めた魔力と殺気ともなんとも言い表せない二人の間と空気。もはや傍観することしかできないリリスは、またも訪れてしまった未曾有の事態に心臓の鼓動を速めた。

 

「……いいね。ただし、三時のおやつまでだ。それ以上はきっと、──ジブンの方がもたないからね?」

 

「……はいっ! お願いしますっ!!」

 

 視界に立つ青髪の剣士は頷く。威勢の良い返事を聞いたアキトが、静かにレイピアを抜き放つ。

 

 ただ立っているだけでもう、まるでこれからを戦いを、見透かし支配するような圧倒的な佇まい。

 

 その刃の色は、全くくすんでいるようには見えない。

 煌めく銀のレイピアがよく似合うそのミステリアスな三つ編みの男を前に、挑戦者のタイキは既に己の剣を抜き、全力の構えを取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 B級冒険者として新たなスタートを切った彼らの進撃は、まるで息もつかせぬ疾風迅雷の如く、周囲の予想を遥かに超える速度で続いていた。

 

 AA級群れると厄介なミラーエイプ33体の殲滅に始まり、AAA級ウッドコングの7体同時討伐。さらに森の捕食者B級アースサーペントの討伐に成功、同時に特産品である蛇清酒造りへの協力貢献。さらにその高級酒を用いて、捕獲困難と言われたBB級酒乱鶏(しゅらんどり)の捕獲に成功──。

 

 立て続けにギルドもお困りの余り物のクエストを成功させてきた、タイキ、リリス、そしてアキト。この異色の三人パーティーは、瞬く間に属するクランの看板とも言える冒険者パーティーへと躍り出た。

 

「タイキの野郎もうB級のダブルに昇格だってよ、このままならシロツメ支部初のC級になるのも夢じゃないな」

「うんうんタイキくんならやれそう」

「早過ぎんだろっ! 一体、万年AAAの守護神ハヤトこと俺様を、どこまで置いていく気だタイキぃぃ!」

「置いてって正解だよこんな万年足臭」

「今、足が臭いのは関係ない! んなのタイキも臭いに決まってる! ど臭だど臭、ど臭の剣士タイキ」

「イケメンは強いって相場が決まってんのよ。あと臭くないし」

「ちげぇイケメンじゃなくてタイキが強いんだよバーカ、やっぱあいつはなんか俺たちと違うと思ってたんだよな」

 

 ミラールーム内の【緑の騎士の酒場】は、今日も今日とて集うクラン員たちの熱気と酒の匂いに包まれている。

 

「そうよねぇー。だからなおさら、ひっついてるリリスが羨ましいんだけど」

「そういやタイキと一緒にise会に入ったリリスは異世界人じゃねぇんだよな?」

「いやいやあのツッコミ力は……異世界人だろ?」

「関西人?」

「何人でもいいだろうが、ガラパゴス根性っ」

「そうそう異世界なんだからっ!」

「タイキとリリスの推薦したアキトって奴も何者だよ? こっちは日本人だよな?」

「うむ! アキトもすごいぞっ♡」

「え、ソメイちゃんなんか知ってんの? くわしくくわしくぅー!」

「ていうか、アキトって人もなんか意外とその……美形じゃない?」

「けっ、どこがだよっあんなオカマノッポ、鬱陶しい前髪で目ん玉見えてねぇっての!」

「あはは、男の嫉妬はみっともないんだからやめなぁ! 造りが違うのよ造りが」

「女の色目とぶりっ子もな!」

「はぁ?? 夢見る少女の何が悪いんですかぁーーっ」

「まぁまぁっ、とにかく三人ともすげぇってのっ! てか、このまましぶちょ──」

「おい! 冗談はよせって」

「あははは……ま、まぁタイキはなんというか天然だからな! まだリーダーって感じじゃねぇよ。むしろ俺たちがまだまだ面倒見てやんないとな?」

「「「あはははは、言えてるっ」」」

 

 元よりあったタイキの人気・評判はこのところ鰻登りだ。仲間のクラン員たちが尽きない酒を交わしながら、三人の活躍の噂を騒ぎ盛り立て共有する中──。

 

 亜空間にある酒場で繰り広げられるそんな賑やかな喧騒を他所に、物理的な現実世界──ise会シロツメ支部、聳え立つクランハウスの最上階。重厚な防音壁に守られた支部長室には、薄っすらと不穏な魔力が漂っていた。

 

 支部長のサヤ・ミタライが直立しながら凝視しているのは、怪しく明滅する通信用のミラーツールだ。その震える鏡面越しに響くのは、優雅でありながら冷酷な声。「先生」と呼ばれる巨躯の男の声であった。

 

「……はい、先生。代わりの手筈を今急いでおりますので、どうか、もうしばしの猶予を与え──」

 

『あっ、がっ!? ああああああああああ!』

 

 ミタライの返答と同時に、破れたミラーの向こう側から、押し殺した絶叫と鈍い音が漏れ聞こえた。

 

「…………!」

 

 鋭く空を切り、音速を超えた三又の鞭が肉を打つ。何度も電撃を伴ったその鞭が、両腕を上に吊るされた銀髪の女の臀部を襲った。

 

 鏡の欠片、不鮮明な欠けた視界にはそれが映っていた。怒りしなる鞭の音と、唸る肉を焦がす雷鳴が、この私室まで反響する。

 

『気にするな。……こちらは、失態を犯した不出来な部下を少々熱を入れて躾けているだけだ。それよりミタライ支部長、なんとしても〝指定の味の製菓〟を用意しろ』

 

「は、はい……必ずしや!」

 

『舌の肥えた俺のギフトは満足を知らん。その返事、期待しているぞ。常に賢い選択のできる才女、サヤ・ミタライ。お前の育む優秀たるシロツメ支部の、とこしえの繁栄を共に祈ろう──ドラハハハ────』

 

 迫る男の大きな手の影と、一瞬走った眩い赤き雷光を最後に。────プツリ、と通信が途絶える。その赤き質の魔力は熱を上げたこちらの通信用ミラーツールまで届き、バチバチと放電している。

 

 不完全な形の鏡の欠片に更なる亀裂が生じた。それはまるで怒る雷の駆けた跡。

 

 やがて放電の余韻がおさまり、ミタライは静まり返った部屋で独り息を落ち着ける。

 

 机に片手をつき、きっちりと整っていたその水色のショートヘアをもう片方の手で乱す。

 

 そしてゆっくり面をあげた。彼女の顔は、執務机の左の上の棚にひっそりと飾られていた一枚の四角い鏡を眺めた。

 

 見つめるそこに写り次々と流れる、二人、みんな、ふたり──の写真の数々。

 

 その思い出のミラー写真を眺めながら拳を握りしめたまま、彼女は元の冷徹な眼差しに戻った。

 

「私は、違う────愚かなのはそちらだ」

 

 静かに、だが確かにそう呟いた彼女は、引き出しの中で丸まっていた一枚の地図を机上に広げた。

 

 

 

 そして、その支部長室の外。

 

 暗がりに静まり溶け込むようにしていた臙脂色の外套の影。彼は、壁にピッタリと貼りつけていたトランプをそっと撫でて、物音を立てずに一枚剥がした。スートの代わりに象の足裏の模様が描かれたそれには、まだ集音したものが反響しているのが指先に分かる。

 

 彼は白面に覆われたその口元を抑える。思わず前のめりにこぼれそうになった感情を抑えるように。

 

 そして用の済んだ彼は、臙脂色の外套を翻す。

 

 クランハウス最頂に流れる冷たいその廊下を、蠢く一人の影が、より濃い暗がりの先に向かい去っていった────。






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