トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
「決まったよ」
「!──フッ、いいだろう。たしかに頂戴した」
空欄に書き出された三つの食材に、カタリナ・ゴルドン船長は思わず口元を歪ませた。
悠々と近づいて来たアキトからリストを受け取り、カタリナは今摘んだ紙を軽く掲げて了承する。
しかし今、六人の見つめる、女船長のブラウン髪と赤いマントが揺らいだ先には──何かがやって来ようとしていた。
「野菜炒めだしやっぱり野菜を選ん……って!? あっ、あっちにもなんか来てる!」
波を裂き、現れた青い竜の首は、どこか見覚えのあるシルエットそして色違い。やがてゆっくりと減速しながら、その首は、シロツメ支部の六人が乗る赤い船首の横にぴったりと並んだ。
「おう、ようやく来たな」
「なぁーんだ……そういうことか。やけに急かすものだから何かと思えば、後出しジャンケンとはいただけない」
「はははこうでもしないと、面白くなかろう」
「どうかな。フフフ」
アキトは今目に見えたその一隻の青い船に対し、「後出し」だとやんわりと苦言を呈するが、カタリナは意に介さず、既に受け取り済みの紙をひらひらと揺らしながら挑発的な目でそう語る。
「ええ?? どっ、どういう??」
橋の上で話し合うアキトの背と笑うカタリナ、そして今向こうについた青い船。それらを眺めていたリリスは、「まさか……」と察するも、驚きの色を隠せず不安げに問う。
「そうだ、その赤娘の格好……お察しのように、これより貴様らに行ってもらうのはクラン同士の料理対決!! 竜曜の神技、その名も【ハンガー・アンカー】だ!!」
「はぁ!? 料理対決ぅうう!??」
カタリナ・ゴルドンは腰元に飾っていた剣を抜き、竜爪のように鋭き刃を天に向ける。
リリスは威勢よく放たれた女船長の宣言により、明かされた神技の内容に仰天せざるを得なかった。
リリスの不穏な予感を通り越し、告げられたのはなんとクラン対抗の料理対決。
遅れてやって来たもう一隻の青い船が、煎餅船を間に隔てた、真横隣につけている。
「今首を揃えた赤・青……各々の船には既に、ゲストが潜り込んでいたろう。それに食べさせる料理を作れ。満足のいくものをな。さぞかし腹を空かせて待っていることだろう、ははは。彼らはガライヤでもグルメと名の通る者たち、鍛えられし彼らの胃袋と舌が、厳正なる判定をしてくれることだろう」
やはり、あの野菜炒めをオーダーした金髪の痩せ男は、七曜血選の運営側から送り込まれた仕掛人であった。
カタリナは、またさざめく波音に負けぬ声を張り上げ、皆に聞こえるように神技の詳細を付け加えた。
「対決って……なによそれ……」
不安は拭えないどころか──。
リリスはふと、向こうの青竜の船に立ち並ぶ五人の姿を視界に見つけ、また驚きを深めた。
「ってぇあっちはガチガチのコック帽だらけじゃない、あの格好! 腕まで組んじゃって……」
船のへりに黒いコック帽姿が四人、堂々とこちらの赤い船を睨み見据え、立ち並んでいる。
腕を組み動じない四人の姿に、既に包丁を研ぎ合わせ煌めかせる危ない姿が一人。
謎の黒コック集団の醸し出す威圧感に、リリスは遠目からも呑まれていた。
「大丈夫、リリスの野菜炒めなら!」
「初めて作るってのに、どこからそんな根拠が湧くのよ……」
「鉄人vs素人。ハンデで盛り上げるのは料理番組の基本さ」
「は、ハンデって……」
右からタイキが手を置き呑気に励まし、左からいつの間にか甲板へ戻ったアキトが微笑いながら囁いた。
両肩にのしかかる身勝手な重圧に、リリスは溜息をつかざるを得ない。
「ははははは。──では、代表して〝一人〟食材を取りに来い」
竜曜の神技を取り持つカタリナは、剣の切先でくるりと小円を描き、甲板に集う彼ら六人のことを誘う。
相談タイムはお早めに、もう既に、腹を空かせたゲストたちが、お昼のオーダーを今か今かと涎を飲み干し待ち侘びている。
果たしてクラン対抗の料理対決、ハンガー・アンカー。そこに秘められし未知の内容とは────。
代表して一人。食材の受け取り役に来るように、カタリナは誘い言う。
怪しげな笑みを隠せず浮かべる女船長であるが、要求はとてもシンプルで簡易なもの。剣を向けてするほどのものではないようにも見える。
そして、その運び役に真っ先に志願したのは──。
「その役目、さっそく僕に任せてくれませんか」
「え? 任せてもなにも…… ?」
シロツメ支部の一行に別クランから力添えに来た美楚羅、彼であった。
しかし、そこまで神妙な面持ちで言う台詞なのだろうか。リリスは少し困った顔を浮かべつつも、無理に止める必要もないことだ。
「いいね」
「ええ。では」
「あぁっ、任せたミソラっ!」
「……ぅす」
皆も美楚羅にその役を任せることにしたようだ。
「イチゴさんのその溜息、この僕が止めてみせましょう」
すると、美楚羅は改めてリリス(イチゴ)の方を向き直り、そのようなユーモアを込めた台詞を言ってみせた。
「食材を貰いに行くだけなのに大袈裟ね……ってあんた! だから私はイチゴじゃなくて、アイツが勝手にそう──」
「では行って参ります」
リリスの訂正する声も、気合いの入った雄の声が上からかき消した。
男は深く頷き、その背はもう甲板を繋ぐ橋に足をかけた。既に、何かしらの心のスイッチが入っていたようだ。ただ前へと向かい道着姿の戦士は歩き始めた。
すると同時に。
青い船の向こう橋、あちら側からも黒いコック帽が一人。中でもやけに恰幅の良い姿の男が、橋をたわませながら歩き出した。
やがて戦米丸の甲板へと足を踏み入れた両者の間を、カタリナが取り持つ。
そしてカタリナは手にした両陣営のリストを見比べて、口元を上に歪ませる。
「教えてやる。貴様らの提出したこのリスト、互いに選んだ食材の被りは──二つだ」
何故そんなことを教える必要があるのか。
もちろん美楚羅も、太った黒いコック帽の男も問い返しはしない。既に察しのついているところだ。
美楚羅と太ったコックは、ただ真っ直ぐに同じ甲板の上に立つお互いの面を睨み合う。そこに驚きの色など、一切、両者は浮かべていなかった。
黙り睨み合う戦士たちの、熱が滾っているのが伝わる。
察しの良い彼らに細かな説明など野暮かもしれない。だが、今は竜曜の七曜血選を不足なく円滑に取り仕切る必要がある。
カタリナは向かい立つ両者を存分に睨ませたまま、神技の説明を続けた。
「初回ゆえに勝手が分からぬ者もいるだろう。どちらかが今その被りの二つの選択を取り下げるのならば、特別にこの【チェンジカード】を、この戦米丸の船長である私から一枚贈呈する。一度だけ一つの食材の選択を変えられる札だ。従ってこれを用いれば合計で二つ、既に放棄した被り以外のリストから任意の食材を手に入れられることになる。説明は以上だ──さぁ、どうする?」
カタリナはおもむろにカードを一枚手に取る。被りの食材を諦めた者に、特別にこのチェンジカードを差し上げると提案するが──。
「ブハッハ、悪いことは言わん大人しく取り消せ痩せ小僧。その貧弱な体躯では、1gとて我が肉を奪うことも断つこともできん」
太った黒いコック帽の男。コンガ・リー・ダンは、目の前に一丁前に睨み立つ、線の細い道着姿の男を挑発した。
「いえ失礼ながら、体躯だけで勝負事を決めるのは早計かと。よければあなたの育てたご自慢のその肉を、芯まで貫き震わせてあげましょう。現剣流のこの拳で、この──僕がっ」
しかし美楚羅は巨体の圧と汚い挑発に動じない。前方の蓄えられた肉の塊の腹に向けて、静かに拳を突き返し、勇ましく応じた。
「威勢の良い戯言の掛け合いは、もうその辺でよかろう。さぁ、これが最終猶予だ。どうするっ!」
もちろん猶予など要らない。
「「ノーチェンジで」」
どちらの腹にも、既に描く答えは決まりきっていた。
「はははは。良かろう。だが……あいにく我が船に積んだ食材は、どちらにも与えてやれるほど多くはない。では──欲する二つの食材をかけて、両者……勝手に奪い合え!!!」
カタリナは抜き出した剣で、彼女の背後に吊るされていた紐を、身を捻らせながら勢いよく切った。
すると──。
美楚羅とコンガ・リーの背後上空に、二つの肉塊が縄に縛られ吊るされていた。
「貴様らの立つ場は、対魔コーティングを施された特別なデッキだ。この広大かつ堅固な戦米丸の船の上では、各自が用いるいかなる武具・手段も罰しはしない! そして竜が長首を伸ばして待つ己の船へと、見事、今吊るされたそれらを持ち帰ることができれば……望み通りにくれてやろう!! さぁ、飢えた海の戦士たちよ。お目当ての食材を賭けて〝奪い合え〟!!!」
戦米丸の甲板上で行われるのは、まさかの無法の奪い合い。どうしても譲れないのならば実力行使で奪い合うしかない、それがこの船の上での唯一の道理。
勝負は赤・青の竜がそれぞれに腹を空かせて待つ、各陣営の船へと、これ見よがしに吊るされた食材を持ち帰るまで。
美楚羅とコンガ・リー・ダン。二つの肉塊を賭けた二人の戦士の争いは、もう始まっている────。
唐突に始まった勝負を取り仕切るカタリナ船長から、ルールの全容を頭に把握した美楚羅は、即座に背を見せて吊るされた一つの肉の元へと走り出した。
まずは自分の属する陣営の船へと目的の食材を確保することが先決。そう考えるのも作戦の一つである。
しかしあれだけ睨みを利かせ合った相手から、一時でも背を向けるなど──。
「臆病者のチキンめ! 言ったろう? 貴様にくれてやる肉などないと!」
宣言通り、意志を曲げずに道着の背を追って来たコンガ・リー・ダン。
ロープに吊るされた肉塊へと手を伸ばそうとした美楚羅の悠長な行動を咎めるように、巨体を揺らし後ろから突進を仕掛けた。
巨体の足はそれほど遅くはない。思わぬ執念が猛追し、真正面の勝負から逃げた美楚羅を轢き倒さんとする。
しかし、肉塊へと伸ばした左腕は今ぐっと脇を締めるように戻された。そして、道着姿はその勢いを利用し、くるりと独楽のようにデッキの上を鋭く回転した。
「行きますッ!!」
そんな掛け声と共に、一転し放たれたのは現剣流の正拳突き。美楚羅の右拳がドシドシと足音を立て迫った無防備な巨体へとめり込み、一気に後ろへと吹き飛ばした。
「執着を利用したか。
赤竜船のへりで平らな舞台を観戦していたアキトが、小さく呟く。
掛け声は要らないが、正々堂々、一対一を好む美楚羅の性格からは予期できぬ良い仕掛けであった。どことなく、舞踏円月での敗北からの学びが垣間見えたようにも思えた。
だが、アキトは微笑わない。
表情を変えず目を凝らし、戦米丸の上でまだ続く戦いの様相を見つめた。
「おっと、もやしにしては芯のある良いパンチだな。つい油断して足を滑らせた。ブハッハハ」
思わぬ返り打ちに合い、デッキに痛々しく転がったはずのコンガは、なんと何事もなかったかのように寝転ぶ巨体をゆっくりと上げその場に立ち上がった。
そしてコンガは大胆不敵にも笑い、痩せた道着男に向けた太い指を、己の側へとくいくいと揺らす。
そんな誘う挑発に乗るように、美楚羅が再び踏み込み追撃の拳を打ち込んだ。
しかし、腹の正中に今的確に叩き込んだと思われた美楚羅の拳は、先ほどの手応えよりも敵の腹に深く沈み込んでいた。
めり込む拳の威力・形・硬さ・手応え。受け取ったその全てを、柔軟な腹肉がぴたりと吸い付き解析する。
「貴様のパンチ貰ったぁ、【ジャストミート】!!!」
「……ぐっ!」
そして衝撃を吸収し今反射するように弾んだコンガの腹肉が、小突いてきた不遜なその拳を一気に外へと押し返す。
美楚羅はコンガの丸みを帯びた大きな腹に、突き入れていた右の拳ごと、細身の体を大きく後ろへと弾き返されてしまった。
「心地良いなかなかの加減で、肉叩きをしてくれたご褒美に教えてやろう。俺の
船上に固定され置かれていた樽が、勢いよく壊れる音が鳴る──。
今盛大に吹き飛ばした相手へと、コンガは己の身に仕込んだギフトの種明かしをしつつ、上機嫌に嘲った。
「さぁ、研究だ! 今度はこの
際限なくテンションを高めたコンガ・リー・ダンは、吹き飛ばした敵へと容赦なく追撃を仕掛けた。
そして今跳躍した巨大な影は、美楚羅の立ち上がった地へと、空気を押し潰す衝撃音を打ち鳴らす。
「素速い……!」
「見かけによらずと思ったか! 弾性を最上級に高めた俺の肉はこうして悠々と空をも駆ける。地面に生え立つもやし共に、この素晴らしき肉の美学は分かるまい! そしてェェ今にして知らしめてやると言うのだ、天才コックの研究の成果をッ、ブハッハははーーーー!!」
大ボリュームの腹で尻で地を圧し、巨体は宙を高々と軽やかに跳ね回り続けた。
鳴り止まない雨の如きジャンピングプレス攻撃の連続に、美楚羅は左右上下に激しく揺れる甲板の上を踊り避けるのが精一杯であった。
「どうしたどうした! 宣言通りに貫いて見ろ! 痩せっぽちの骨なら少しは刺さるかもしれないぞぉおお!!」
益々ノリに乗り、弾む黒い威圧。
巨大な肉の塊が俊敏に宙を好きに舞う。休みのない猛攻が、なおも美楚羅の体を押し潰さんと襲い続ける。
コンガ・リー・ダンの持つギフト【肉質研究】。牙を剥いた黒いコックの研究の成果は、道場で鍛えた拳をも粉砕する重い一撃と化す。
それでも強いられる肉弾戦。終わりの無い巨体襲来の雨。揺さぶるデッキの上に散る汗粒。死地に追い込む者、窮地に追い込まれる者、息も吐かせぬ勝負の行方は──。