トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
黒い船の次は赤い船。
港から乗り換えを促され、その竜の船首を持つ船に乗船した彼らは、一体どこへと誘われるのだろうか。
本日、竜曜日に行われるであろう葬魔七曜血選二日目の神技の内容の詳細は依然不明。しかし今度は強面のラカンの哀愁ある小舟ではなく、この乗り心地の良い中型船で次の会場へと向かえるようだ。
いつもの如く、船首の近くに両腕を組み先の海を見つめていた案内人のラカン。彼は今音もなく忍び寄って来た視線に対して、その場を微動だにせず、そして振り返らずに言葉を放った。
「なんだ貴様」
背を向けながら短くも静かに威圧するラカンに、視線を向けていたアキトは甲板の上に足を止めた。
「ちょっと失格のルールについて、おさらいしておきたくてね」
何かと思えば、柔らかな口調でそのようなことを投げかける。
「失格のルールだと? 馬鹿め、そんなものはない。次の太陽と月を拝める限り、その者は七曜血選を続行する権利を持つ。……しかし、神技の内容次第では単純決着とはいかぬものも、中にはあるのは事実だ」
ラカンは向けていた背を振り返り、その強面で七曜血選に関するルールを聞かれた通りに大雑把にも説いた。彼は葬魔七曜血選に挑むシロツメ支部の五人の案内人の役を務めている。そのルールに関することを聞かれたならば、頑なに答えないほど、自分の仕事を放棄する気はないようだ。
神技の詳細については舞台につくまで教える気はない。あるいは、ラカン自身も何が行われるのか聞かされていないのか。以前開かれたものと同じ神技が執り行われるとは限らないのは、そのラカンの言動から、質問者のアキトが想像することは容易かった。
しかしアキトは神技の内容などには、実はあまり興味はないようだ。本当に聞きたかったのは前半の部分だけである。
「変わり種もあるか……なるほどね。じゃあ、ばったり出会した厄介そうなギフト持ちは、〝全員殺しちゃう〟のがやっぱりシンプルか。フフっ──後で逆恨みされても困るからね」
皆殺し──彼はひどくシンプルなその答えに辿り着いた。明確な失格のルールが制定されず存在しないのならば、見つけたあるいは、一度刃を交えた厄介な相手は始末するに限る。
そんな不穏な言葉を臆面もなくすらすらと口先から漏らす一人の戦士に対して、ラカンは剃り跡の青い右眉を、僅かに上へと歪ませた。
「貴様に返す答えはない。──もっともその様な臆病者に、葬魔七曜血選の真意が分かることは永劫にないと思え」
「ふふふ……臆病者?」
アキトはその安っぽい微笑を止める。ラカンが今、先ほどよりも高圧的な声で放ったその言葉がどこか引っかかったようだ。
ラカンは冷たい眼差しを返しえきたその未熟者のことを、目を逸らさずに睨みつけながら、頭の上の制帽を正す。
そしてブーツの踵を改めて合わせながら、その厳格な姿勢を保ち、一編の詩を読むように言い放った。
「月夜に酒を酌み交わし、腹を満たして眠りこける長い竜の尾を剣で断ち、この世に一つの枕にする。青い島唄を聴きながら、頭を出した亀の背で、迷い込んだ森の中、渋くて苦い罪を齧る。無知と未知を死するように彷徨いながらも、鬱蒼の中の道は拓かれる。鉄を重ね星を散りばめた時、魔色の滾る根源に、汝と友は永らえる旅の本当の価値を知る。飛び去った烏が嘴に啄んだ日の灯火を絶やさぬように、欠けゆく月たちは今日も昏冥を鏡のように美しく照らしている……」
月、竜、海、木、亀、灯、冥。ガライヤの七曜の周期をなぞらえ、強面の男に読まれた詩は、アキトの知らないそんな物語だった。
「それはなんだい? 子守唄にしては難しいね。ジブンの聞いたことのない詩だ」
それはあまりにも抽象的で聞かされた一度だけでは、唐突に読まれたその詩の意味の全てを測ることはできない。
それに子供に聞かせる覚え歌にしては難解だ。異世界ガライヤを漫遊する冒険者アキトは、ラカンに聞かされたものよりも、もっと楽しげな子供の喜ぶ歌を知っている。
アキトはじっと、制帽の影から睨む、真正面に据えられたラカンの裸眼の奥を覗いた。
「────最高のクランとは、最強のクラン。故に……真に七曜を制し得た者は、竜の尾では満足しない」
強面の男の喉奥から引き出された言葉は、ロマンチックにも幼稚にもまやかしのようにも聞こえた。
「最高のクランとは、最強のクラン──」アキトは強面に似合わず読まれた詩よりも、その後から足された言葉の方に何故か心をぞくりと動かされた。
「なるほどつまり。──こうするしかないわけだ」
一瞬、手元から──銀の星が煌めいた。
アキトが右手を伸ばした先にあったのは、踵を揃え、爪先の角度を寸分も変えずにいる制帽の男の変わらず立つ姿。その威厳ある背の後ろに、首を伸ばして待っていたのは船首に誂えられた竜の首。
深く突き刺さった一本のレイピアは、やがてひび割れ軋む唸りを上げる赤竜の彫像、その喉元にある逆鱗にまで伝い届いた。
道化師は手を伸ばし笑い、揺らぐ甲板に立つ案内人は制帽の裏に汗を滲ませる。
首を穿たれた赤い船の行き先は天国か底か。
目の前に笑い立つ得体の知れない参加者が放つ、その底の知れない不遜な闘志と静かに唸る魔力に、ラカンは目を鋭く光らせた。