トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第30話 肉質vs髪質

「なっ、なななななんなのアレ!? 太ったヤツがまるまるボールみたいに跳ねてる!? ちょっとこれ、あいつ……ミソラは大丈夫なのっ!? ってかなんで戦いになってるわけぇ!?」

 

 黒い服を纏った肉がデッキの上を跳ね続けている。その目を疑う異様な光景に、リリスはまだ理解が追いつかない。

 だが、一人戦米丸へと食材を受け取りに向かった美楚羅の勝ち目は一体どれ程なのか、慌てながらも一緒に見守る皆へとその事を尋ねた。

 

「……どうだろうね。思ったより相性がよろしくない。ギフトでの戦い方も、最上級の肉質と自分で豪語するだけある。フフフ、へぇー。いいね彼、益々気になるギフトだねアレは。もう少しその研究の成果とやらをじっくり見せてもらえないだろうか」

 

「はぁ!? あんたどっちの!?」

 

「それだけ相手が強みを押し付ける良い戦い方が出来ているということです。あの柔軟な肉の鎧を、単純な打撃で正面突破するのは困難。拳が効かないのならばやはり力比べは不利。ミソラさん側がこの流れを変える為には、弱点と脆さを突く何かが必要になるでしょう。あの攻防機動力と高く備わった強力なギフトの圧力に、さっそく対策を強いられているのです」

 

「あの太いのが……そんなに強い……まじ……」

 

 呑気に笑い観戦するアキトと、ミタライの冷静な戦力分析。リリスは心配そうな面持ちで、美楚羅の戦いを遠く見守るしかなかった。

 

 

 

 肉は打てば打つほどに弾み、高々と舞い、その勢いを増す。

 

 巨体全身を武器にしたコンガが、徐々にターゲットを追い詰めていく。

 すると、狩られる獲物側もこのままではジリ貧と悟ったのか、覚悟を決めた表情と構えで、天を覆う黒い影を睨みつけた。

 

「ブハッハはは、いくらハートを奮い立たせようと、拭えぬ恐怖の鳥肌が俺様のギフトには透けて見えるぞぉおお!!」

 

 後ろに溜めて構える右の拳。道着姿が繰り出そうとする拳の味を、コンガ・リー・ダンは恐れない。

 むしろ恐怖に染まりゆく地の敵の面から目を離さない。

 天を睨み返しても、やがて肉は降り注ぐ。いくら気合いを込めようとその細腕から放つ威力では、この重厚かつ柔軟な最上の肉質は貫けない。

 

 だが、地から天を見据え続ける赤い瞳は逸らさない。黒い威容を射抜き続ける赤き眼光は、今勇ましく、拳を天へと突き上げた。

 

 届かない。焦燥のあまりタイミングを外した。いや、──届く。

 

 拳ではない。道着の袖から這い出した黒い蛇の如き勢いが、天を支配する巨体へと真っ直ぐに伸び迫った。

 

 「この攻撃は一体何だ」──刹那に迫る判断を下すよりも先に、纏う肉の鎧が一斉に、皮肌にさざ波を流したように警告する。

 すると、コンガは身軽にも空中でぐるりと身を捻り横回転をした。間一髪にも、襲い走った黒い蛇の軌道を逸らし避けることに成功する。

 

「おっと! ……ナンだ? 蝮か?」

 

 コンガは焼けるように熱帯びた腹を撫でながら、着地する。そして、訝しむ表情で道着の男の姿を睨みつけた。

 

「そちらが肉質で来るならば、こちらは髪質。僕のギフトは、【髪芝居(かみしばい)】。コンガリーダン──戦い慣れたあなたを倒すのに、必要とお見受けしました」

 

 円を描くように手元に舞い戻った、毛先に装着した銀の顎を今、キャッチする。

 

 長い黒髪の尾、銀の髪飾りを武器にした空を泳いだ一撃は、美楚羅の披露したギフト。

 

 【髪芝居】──蛇の如く操った己の髪を片手に掴み、銀の顎を巨漢の敵へと差し向ける。

 

 魔力を滾らせた美しき黒の艶髪が、波打つようにうねり始めた。

 

 肉質には髪質を。厄介な強者を討つ為に今、ミソラは隠し持っていた己のギフトを惜しみなく解放した。

 

「髪質だと……ブハッハはは。骨と皮ばかりか、食材を前に醜く不衛生なやつめ! ……良かろう! 叩き潰した末にその長髪ごと引きずり回し、海の底へとつまみ出してくれる!」

 

 ここは戦場お昼時、食材を扱う者として、不衛生な長髪野郎なぞ言語道断。

 ご自慢の大腹を撫で上げ、手のひらにこびりついた赤い味を、ゆっくりとその舌に舐めずる。

 

 覚えた未知の味に、料理人のコンガ・リー・ダンは不敵に笑った──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一、二、三匹。銀の顎を輝かせ、黒い蛇が肥えたコックへと襲いかかる。

 

 複雑な軌道を描くこの攻撃は、そうそう見切れやしない。コンガ・リー・ダンは美楚羅の操る髪蛇に拘束されてしまった。

 

 黒い髪が四肢に巻き付き動きを封じる。髪飾りの銀の顎を開け、今にも噛み付かんばかりに黒蛇が威嚇をする。

 

「ぬぐぅ!? 小癪な……」

 

 それはまさに【髪芝居】。変幻自在それよりも高度、まるで生命を得た蛇のように苛烈に襲いかかった美楚羅のギフトは、武芸の達人でも見切ることはままならない。

 

「気を落とさなくても大丈夫です。この技を初見で見切れたのは、師範とあの方ぐらいです」

 

 美楚羅は完全に拘束したお相手に対して、そう言った。拳と同様に、自分の鍛えたギフトに強固な自信を覗かせた。

 

 銀の顎が耳元でカチカチと噛み合わせる音を鳴らしている。降参を促すような芝居仕草で、コンガに問いかけているようだ。

 

 まさに形成逆転劇。コンガ・リー・ダンの【肉質研究】も、こうきつく体を縛られては身動き一つできやしない。ご自慢の肉質を美楚羅の髪質が勝った瞬間であった。

 

「ブハッ……!」

 

「?」

 

 しかし、窮屈な拘束と蛇の威嚇に、汗を垂れ流し焦燥の表情を浮かべていたコンガは、突然ニヤリと笑い出した。

 

 その不敵な笑みの意味が分からずにいた美楚羅であったが、すぐに気づくことになった。男のかいている汗が──尋常ではないことに。

 

「ブハッハ、その表情ようやく気づいたか? これでその長ったらしく伸ばし操る髪のままごとは、満足に使えまい。今俺が体外へと分泌したのは汗ではない。俺の中で調合した最上級の【魔油(まぶら)】だ。その魔油に浸された如何なる物も、俺にしか上手く味付けできないのさ。この意味、分かるだろう?」

 

「っ!?」

 

 それは汗ではない。油であった。

 体外に分泌され垂れ流された特殊な魔油により、浸され、濡れた、美楚羅の黒髪の拘束が徐々に力とコシを失うように緩んでいく。

 

 コンガ・リー・ダンはその締め付けに抗わず、なんとも悠々と、脱出不可能に思えた髪の拘束から抜け出して見せたのであった。

 

 

「なるほどね。これは誠に素晴らしい研究の成果だ。既にジブンの魔力を帯びたしつこい油で毛先までコーティング、髪を通すお相手の繊細な魔力の流れを阻害するには、もってこいのナイスアイデアだね」

 

「……ぅぎっ! って、ちょっとあんたはさっきから、敵ばかり褒めて少しは黙ってなさいよ!」

 

「フフフ、すまないね。つい、己のギフトに研究熱心な者は敵であれ見過ごせなくてね」

 

「何なのよ、ほんとにもう……!」

 

 厳しい表情で戦いを見守るリリスをよそに、肉丁コンガ・リー・ダンの研究成果に、観戦しながらも一目を置くアキト。

 

 ぶつかる肉に対しては髪を、縛る髪に対しては油を。魔油により美しき艶髪が濡れる。そんな逆転劇に次ぐ逆転劇。

 

 まさかの防衛手段を分泌され、ギフトの機能不全にまで追い込まれてしまった美楚羅。またしても窮地に立たされた彼が、ここより魅せる一世一代の芝居とは──。

 

 赤い瞳はそれでも逸らさない。打開策を裏の背に編みながら、美楚羅は嗤う巨敵へと拳を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様のコースメニューはもう終わりか? なら俺様から行かせてもらおうっ! 【油層回走肉車(ゆそうかいそうにくぐるま)】!!」

 

 魔油を纏い、回転運動を始めた肉の塊が突っ込んで来る。

 

「まるで重戦車だね」

 

「あいつの体どうなってんの!?」

 

 アキトとリリスが目にした敵の姿は、空をボールのように飛び跳ねるだけではない。今度は地を蹂躙しながら、肉の重戦車と化したコンガが前進し美楚羅を襲い始めた。

 

 デッキの上を物凄い勢いで前進し、回転を続ける肉車。美楚羅は襲い来るそれを避けつつも、なんとか横腹に拳を合わせ叩き込む。

 

 だが踏ん張りを利かせていない合わせただけの拳では、大したダメージにはならない。逆に美楚羅の右の手の皮が擦り剥ける。

 

「素人が素手で触れるんじゃねぇ! 肉丁様が、調理中だぞっ! ブハッハーーーー!!」

 

 姿勢バランスを制御しながら、勢いを止めることなく肉車は美楚羅に向けて突進を繰り返し、なおも襲い続ける。

 

 どんどん滑りが良くなりスピードを増していった。まるで温まり油の潤沢に馴染んだ鉄板の上を不自由なく転がるように、甲板の上を肉車は縦横無尽に蹂躙し続ける。

 

 「このままでは──」負傷した右腕を庇いながら、勢いの衰えぬ肉車の圧に追い詰められる道着姿。

 

「俺にこの技を出させたことは褒めてやる! 絶賛・絶品・絶妙っっ、──終わりだ! 満腹絶倒肉車!!!」

 

 肉車は油の道を滑り走る。高速回転し迫る必死の攻撃に、絶体絶命のピンチに陥った美楚羅は──。

 

 臆せず構えていたその拳を解き、ぐっと赤い目を前へと凝らした。

 

 そして、道着の背・裏に隠していた細い木の棒を今勢いよく剣を抜き出すように取り出した。

 

 美楚羅は三つ編みに編まれた黒い糸を投げ放ち、天よりしならせた木の竿で、床板を釣り上げた。

 

「ナニぃっ!!?」

 

 白い道着の背から前触れなく飛び出した黒い糸の釣竿で、突然めくれ上がった甲板。

 直進を仕掛けていた止まれない肉車が、コースを変えて宙へと投げ出されるように板の上を跳ねた。

 

「うまいっ!」

「はいっ。独立した道具として用いれば魔油の影響は受けません。いざという時の対策で、事前に準備をしていたのでしょう」

「──見事な背水の構え。彼のギフトは釣竿にもなるか……フフフ、魅せてくれるね」

「釣った!? 床を!?」

 

 美楚羅は己の髪で編んだ小道具を、ここぞのタイミングで上手く使い、追い込まれた背水の状況を一気に覆した。

 

 逆に誘い出されてしまい仰天するコンガは、回転する眼下の景色を見つめる。

 

 ──このままでは、船の外に弾き出されてしまう。海に落ちては負ける。

 そう思ったコンガは機転を利かせ魔油を口より噴射し、前へとついた勢いを相殺しようと試みた。

 

 必死の甲斐あってか試みは成功し、なんとか船のへりに体を残し、着地したコンガであったが──。

 

 その重い足音を立てる着地の隙を逃さない美楚羅ではない。髪蛇がまたコンガの無防備な巨体を、手際良く拘束した。

 

「……なぜ! 俺の魔油(まぶら)を受けて!?」

 

 魔油に濡れた髪を、何故また彼は不自由なく動かせているのか。息を乱しながら取り乱すコンガは問う。

 

「あいにく先日。もっと上質な魔力に手痛くも、この技の未熟さを教えられましてね……対抗手段は予習済みです! そしてェ!!」

 

「なんだ!? 魔力の流れが!? 逆に!? ぅぐっ! これしきっ!!? ──ンナッッ!?」

 

 伸縮自在の髪芝居。

 相手の身と自分の頭を繋げた髪を巻き取るように、美楚羅の体はかっ飛んでいく。

 

 絡めた三つ編みを解きながら、回転し進む美楚羅は、肉薄したコンガのことを殴りつけた。

 

 繰り出した掌底。今、回転力をつけながら放った、その必中の拳の威力は計り知れない。

 

 現剣流拳術【渦八卦(うずはっけ)】。威力・魔力渦巻く体の内部から破壊するこの一撃に、貫けないものはない。

 

「ブヘァ!!?」

 

 大きな腹肉の正中を、今度こそ穿った美楚羅の拳。悶絶必死の一撃に大きく揺らぐ肉の鎧はついに耐えきれず、巨漢のコンガが、船外へと大きく弾け飛んでいった。

 

「質を上げれば問題はないはずです」

 

 肉丁コンガ・リー・ダンを倒したのは、現剣流道場の八番弟子、美楚羅。

 

 ギフト、小道具、拳。そして貫く強き意志をもってして、見事に体躯に勝る難敵を打ち倒してみせた。

 

 一進一退であった戦闘の余熱はまだ冷めない、だが忘れてはいけない物がある。

 勝者は転がる食材を両脇に抱えて、戦米丸から赤竜船へとつづく橋をゆっくりと渡っていく。

 

 

「ハァ……溜息は止まりましたか? ──はは」

 

 

 今デッキに上がり肩の息を整え、美楚羅はニコリと笑う。

 

 降り注ぐ昼の陽光が集う彼らを明るく照らし、とても艶めいた黒髪の戦士は、道着の裾で流す良い汗を拭った。

 

 ルールの詳細も謎めいた竜曜の神技、『ハンガー・アンカー』の運び役に名乗りを上げた一番手。

 電撃参入した美楚羅が、見守っていたシロツメ支部の五人の前に、完全なる勝利と、最高の食材を無事に届けたのであった。

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