トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
「ミソラっ、すごい戦いだった!」
「ありがとうございますタイキさん!」
興奮気味にかけられたタイキの労いの言葉に、美楚羅は力強く返事する。
「相手の力を最大限に引き出しつつの勝利。これ以上ない良いものを見させてもらったよ。チケット代を払いたいぐらいだ、ありがとうね」
「はは、あなたという方は、また手厳しいですね」
「なんのことかい? フフフ」
それはお褒めの言葉か、はたまた皮肉か。
微笑を浮かべて語るアキトの感想に、美楚羅は笑った。
「はは。あ、それより。食材を無事、持ち帰ってきました! イチゴさんこれで野菜炒めができ──」
「ってぇ! できないでしょうが! 肉よ肉これどっちも! 肝心の野菜は!?」
「はは、ですよね……すみませんっ」
美楚羅が両手を悠々と広げて見せるも、目の前のデッキ上に並べられた食材は、どちらもロープに縛られた肉塊。
肝心の野菜はどうした。そう、リリスに勢いよく問い詰められた美楚羅は、誤魔化すように苦笑いをするしかなかった。
「って謝らなくても、全然あんたのせいじゃないけど……。どうするわけ?」
もちろん、美楚羅のせいでないことはリリスにも分かっている。しかし目の前には肉しかないのは事実、これでは野菜炒めを作ることはできない。
「もちろん、ここにキャベツがあるだろう?」
戦米丸から、大砲に乗せ飛ばされたキャベツの玉を今、アキトが胸に抱えてキャッチする。
バスケットボールのように指の上に緑の玉を回転させながら、アキトは野菜もしっかりあることをアピールした。
「あのゲストからは野菜は沢山って聞いたんだけど? たくさんって一種類でいいの? って私そのこと伝えたはずよね……」
実はあの野菜炒めの注文をしたゲストから、待機部屋に残されていたリリスは、さらに細かな注文を聞き出すことに成功していた。
ゲストの男が言うには『トマトは入れず、野菜は沢山』。彼女が纏うこのカラフルなモザイク柄のエプロンも、その時に貸してもらったものであった。
となれば野菜を三つ選択すれば良かったのではないか。何故、肉を二つも選び、あげく被り争わなければならなかったのか。
そしてキャベツを沢山入れたところで、それはゲストの言い告げた『沢山』という意味で正解なのか。疑問のやまないリリスは不安げに、キャベツの玉で遊ぶ目の前の男に問うも──。
「あ〜。すまない忘れていた♡」
「わっ、わすれ……わわっ!?」
長い指先から舞い上がったキャベツの玉が、リリスの方へと落ちていく。なんとか大事な食材を胸に抱え彼女がそれをキャッチすることに成功すると、アキトが親指を立てて微笑む。
どうやら無駄な肉の選択を、ちっとも悪びれてはいないようだ。リリスはまたお得意の溜息を、つい、つきそうになるが──。
「何を言ってもこれ以上、簡単に食材を増やす術はありません。おそらくこの後あるであろう次の食材選択の機会を待つのも手ですが、隣のデッキは現在清掃中……今はこれでやるしかありませんね。時間が惜しいので、さっそく調理に取り掛かりましょう」
今長々としかし分かりやすく、耳にしたミタライのお言葉はもっともだ。リリスはこれ以上の疑問や不平は口にせず頷き、皆もそれぞれミタライの打ち出したその方針に理解を示した。
「そ、そうね。分かった!」
「はいっ、僕も手伝います!」
「ってあんたは手伝わなくていいからっ! 一旦風呂でも入って来なさいよ、それ……私より自分の髪のコンディション、心配した方がいいわよ?」
「え? あぁー、確かにそうですね……失礼しました、ははは」
美楚羅はつい先程リリスのぼさぼさに見えた髪のコンディションを心配していたが、今は逆。リリスの方が美楚羅の状態を心配し、苦い顔でそう言った。
コンガ・リー・ダンの魔油を浴びた彼の黒髪は、とても厨房に入れるような状態ではない。手伝いはいいからゆったり風呂でも入って来るようにと、リリスは提案した。
「良ければ、我が船の浴場をお貸ししよう」
「あなたは……?」
「どこぞの奴のせいで派手に油の散ったあの状態だ。どうせ神技の再開までには、まだ時間がかかる。それに──極楽だぞ? ふふふ」
他人に剣先を向けるのが癖なのか。赤竜船にひょいと現れた女船長カタリナ・ゴルドンは、先ほど激闘を演じた美楚羅のことを、己の船、戦米丸の中にあるご自慢の浴場へと誘った。
食欲を誘う妙な香りが鼻を打ち、ツルツルと滑る床が彼らの作業を手間取らせていた。
「結構滑るぞ気をつけろ」
「このニオイ本当に取れんのか?」
「でもなんか腹の減る良い匂いだな?」
「おいやめろよ、アイツの腹から出た出汁だぞ。見ろよ──」
デッキブラシで、甲板の上に馴染んだしつこい油を熱心に何度も擦り上げる。
戦場となった平たい船体の戦米丸を、絶賛清掃中であった赤服の船員たちは、向こう側の船のへりでしなる釣竿を見つめた。
「おーい回収だ回収。三人は居ないとっ……この豚魚は持ち上がらないぞ!! 食材じゃないから多少手荒でも構わないって! 引っ張れ引っ張れ、せーのっ!」
黒い釣り糸に足を絡められた大物が、船員三人がかりで、船下の海から釣り上げられていく。
力を合わせ竿を引いた末になんとか甲板上に救助されるも、すっかりと伸びた様子の巨漢の男が、そこに仰向けにどっしりと横たわる。
決して見目が美しいとは言えない。
あの巨漢のコックの身から抽出された油なら、いくらそれが食欲を誘う匂いとはいえ──。
そんな大物が釣れた光景を眺めていた二人の船員の、デッキブラシを擦る手が止まる。
鼻腔をもうずっと刺激するこの油の匂いに、今網膜に焼きついた余計な情報が付け足されてしまったようだ。
「確かにな……どうせならアッチの黒髪の女から出た出汁が良かったぜ! なぁんてな、ハハハ」
「何言ってんだ? お前さっきあのずんぐりと戦っていた白服のアレ、男だぜ?」
「……へ? いやいやいやどう見ても女だろ? 髪もさらぁって長いし、てか伸びたし?」
「いやいや節穴かお前、綺麗な面した男だろ? あの髪はただの持ち前のギフトだろっ」
「いんや、女っ!」
「だんぜん、男っ!」
「女っ!」
「男っ!」
すると、自分のことを噂し騒いでいる船員たちに気づいたのか。戦米丸へとまたお越しになっていた道着姿の黒髪が、今目の合った彼ら二人へと、苦笑とも微笑とも取れるような表情を浮かべ軽く手を振った。
デッキブラシでチャンバラを始めるまでにいがみ合っていた船員たち二人も、遠くで手を振る黒髪のゲストに対して、その場にきちんと直り、歯を見せる良い笑顔で手を振り返していた。
「俺、ちょっくら船内の方を磨いて……女」
「やめとけ、姉御に殺されるのがオチだぞ……男」
なだらかな階段を降り船内へと入っていく黒髪のゲストと、鋭い眼光を向けた女船長のことを敬礼しながら船員二人は見送る。
やがてホースから水を撒き、デッキブラシを擦る音が熱心に鳴り響く。
気づけば時刻は午後12時58分、まだまだ昼食を頂くのにもそれほど遅くはない時間帯だ。
されど、次の食材選択の機会はまだ先。赤竜船、青竜船ともに今手元にある食材を用いて、第一品の料理をそれぞれに作り上げているところだろう。
油でツルツルと転んでは、せっかく火を付け盛り上がってきた神技の続きも公正には行えない。
美楚羅とコンガ・リー・ダンが激闘を繰り広げた戦米丸の平たく広い甲板は、まだ鋭意清掃中である──。
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船員たちの威勢の良い掛け声と、足音、デッキブラシの音が進む廊下の天井に鳴り響く。まるで今船内を歩く、この船の偉大なる船長の耳に聞かせるように、船員たちはまだ熱心に働いているようだ。
そんな清掃中の戦米丸のデッキを降り、同じような階段を三つ降った先──。
ゲストの美楚羅が行きつき案内されたそこは、とても海上に浮かぶ船内の施設とは思えない。そんな大浴場と呼ぶに相応しい広壮な空間が、彼の眼前にはひろがっていた。
ここの浴場の湯は元は濾過した海水であるが、マジックポールと呼ばれる船の帆柱から放射される魔熱を利用し、現在ちょうど良い温度に温められているようだ。
この世界ガライヤの船舶には欠かせない、魔力を効率よく船の動力源に変えるマジックポール。その太い大黒柱を三つも大型船の戦米丸は有しているからこそ、こういった贅沢な大浴場を沸かし稼働することも可能なのだ。
貸切の浴場を遠慮なく頂くことになったゲストの美楚羅。彼はさっそく一人、立ち込める白き湯煙のなか、浸かる湯船の淵で自身のギフトを見つめ直していた。
「決して血を捧げずに魔力の制御だけで、これを正しく扱えるようになること。それがあの方から頂いた裏のお題……」
三つに束ねた黒髪が、それぞれ海蛇のように湯の中を蛇行し泳いでいく。美楚羅は毛先に付けた三つの銀の髪飾りを器用に操り、Uターンさせ自分の手元へと集めた。
「改善した魔力操作の流れを試したところ、三つまでは血の供物を無しでも操れる。しかし、この頂いた八つ目の髪飾り……果たして今の僕にそこまで扱え切れるかどうか……。血粧髪飾りの代償を踏み倒すなんて、随分と先のことを考えているのですねあの方は……ははっ」
外した銀の髪飾りを三つ、そして新たに手に入れた黒い髪飾りを、両手で掬う器に浮かべる。
これで計八つ。美楚羅は特別な髪飾りを所持している。だが、実戦で試したのは七つまで。それも羅黄師範の許可がなければ扱う事を禁じられていた諸刃の剣と言える物。
彼の両腕には幾つもの傷跡がある。改めてそれは未熟者の証であると言われているように、美楚羅は思わずにはいられなかった。
血を捧げずに己の魔力のみで八頭の蛇を御するのは、やはり並大抵の難易度でないことを美楚羅は思い知る。
「はぁ……おっといけない。イチゴさんの溜息を止めると言っておいて、僕がついているようでは、ははは」
思わずつきそうになった溜息を、喉の奥へと飲み干してみせるように引っ込める。
美楚羅が一人、師範譲りの豪快な笑い声を真似して響かせていると──。
白い湯煙に紛れ現れた、女の如きシルエットが、近くの湯の中に長い両足を一つ一つ沈めていった。
ゆっくりとかきあげるブラウンの髪。一糸纏わぬその姿は、先ほどまで彼をこの自慢の浴場に案内していた女船長、カタリナ・ゴルドン本人であった。
「聞いたところ貴様のクランは、舞踏円月で奴らと一対一の試合を仕掛けた末に、その争いに敗れ、此度の七曜血選を早々に脱落したそうだな」
自分の船だと言わんばかりに、髪を濡らし悠々と湯に浸かる女船長。
彼女が何を宣うかと思えば、昨日月曜に行われた神技、舞踏円月で激突したise会シロツメ支部と現剣流道場、両クランの争いに関することであった。
「──! ……はい、それで間違いはありません。師範たち道場の皆も、悔いはないと清々しい顔を並べおっしゃっていました。勿論、僕も彼らに負けたならばとそのつもりでしたが……ふふ」
いきなりの踏み込んだ問いかけにも、美楚羅はその敗北を事実であると恥じることなく認めた。
しかし語り終わりに笑みをこぼす美楚羅。それはただの敗者が浮かべる表情ではない。
「フッ。じゃあ貴様はひとり、本来属するクランを離れてまで何故奴らに協力する。闇市で何か欲しいものでもあるのか? 魔大陸産の珍妙な品々や、錆びついた古代武器、失われた書物。望めば何でも手に入ると連中は謳っているが……そういえば、とんでもない目玉商品が近々披露されるとも耳にしたぞ?」
カタリナは、今、美楚羅の浮かべたその笑みの裏側を探ろうと、運営側しか知り得ない情報の断片を織り交ぜつつまた問いかける。
「……いえ、これ以上欲しいものは特にありませんよ。ただ強くなりたいと望み、単身背中を押され、ここまでやって来た次第です」
だが、カタリナが得意げに語った「とんでもない目玉商品」などの小出しの情報には、彼は食いつかなかった。
「仲間たちの同意の上か。すると、今は鞍替えをした強きクランの腹の中を探り、いずれそれらを乗りこなし上から喰らうという算段か?」
カタリナはそれでも裏を探ろうとする。耳障りの良いことばかり言う美楚羅の返答が、彼女はまだどうも腑に落ちないようだ。
「はは。道場の為そういった意味合いも完全にないとは言えませんが、──はい、それだけではありません」
「何っ?」
「純粋に惹かれたんです。彼らの持つその強さの根源に。僕はそれを……知りたいのかもしれません」
眼光を鋭く細めたカタリナに対して、美楚羅はそう、迷いながらも何かさらに一歩踏み込んだような答えを返した。
あくまで「強くなりたい」、その「強さ」に関しての答えを、ise会シロツメ支部の彼らに見出そうとしていると言う。
まるで彷徨う武の求道者のようだ。曇りなき赤い眼が、カタリナのことを見つめ返した。
「フフフ。そうか、だが覚えておけ。……帽子男、奴のことだけは信用しすぎるな」
その答えにようやく腑に落ちたかのように思えたカタリナであったが、彼女は髪を味わうようにかきあげると──「帽子男」と、突然その男のことに言及した。
「帽子男……?」
今彼女が、あえて名を言わずに呟いたその男が何者であるのかは分かっている。
美楚羅は、一転し不穏な空気を纏い出したカタリナに訝しむ表情を向ける。
「奴はこの神技のルールの〝底〟を、おそらく一目にして既に見抜いている。そのような意地の悪い奴が、果たしてまともだと思うか?」
「底……あの被りの肉のことですか?」
また直接表現することを避ける言葉をカタリナは並べる。
〝底〟とは一体何なのか。一瞬戸惑った美楚羅であったが、おそらく両陣営が食材選択の被ったあの二つの〝肉〟の事が関連していると気づいた。
「あぁ……。かつて、七曜を制した我が父デル・ゴルドン。奴はとんでもない奴でな。他人の持っているものがどうしても欲しくなる、その癖強引に奪ったあげくに冷たく興味を失う、そして腐ってしまった余分なものは使えないと判断し、容赦なく切り捨てる。そんな屑であった。──奴からはどことなく、ソイツに似た匂いがした」
被りの肉と、今突飛にも語られたカタリナの父の話が一体どんなリンクをしているというのか。何故、彼女は父デル・ゴルドンと帽子の男を似た匂いと判別したのか。
「……! 何故そのことを僕に?」
左についた頬の傷を怪しげになぞりながら、思いがけぬエピソードを思い出したように語るカタリナに、美楚羅はますますその赤い目を細めた。
「あのような闘いを演じた優秀な戦士を失うのは、この世界の損失だ。七曜の運営の端くれとして、その身の曇った行末を案じたまでだ。我々はなにも参加者を無下に殺めるために、この神技を執り行っている訳ではない。よってこれは当然の気配りと言えるだろう。……もっとも、そんな危険なニオイのする奴を咎める権利は我々には一切ないがな。死神、竜、悪鬼──血の選別を進めた先に何が産まれ出てこようとも、その暴威がもたらす結末をただ粛々と受け入れるしかない」
参加者の身を案じた末の発言。デル・ゴルドンという遠い昔の父の影を引っ張り出してきたのも、その帽子男の危うさの度合いの忠告をする為だと彼女は言う。
そして、葬魔七曜血選は本来無法。各曜日の神技の内容に沿った行為であれば何をしても許される。その七日間の儀式の中でたとえどんな化物が産まれて出て来ようとも、運営は勝手に横槍を入れそれを罰することはできないのだ。
「だが、私の勘は外したことはない。いかなる天候いかなる船上でも、危うい風を読むのが私の仕事だ。もっとも公正を保つ為に口にはしないがな。……ただし、こうして湯船に浸かっている間は、自ずと〝愚痴〟もこぼれる──いい加減のプライベートな時間と言うわけさ。フフフ」
彼女はまるで確信したような目で、そう告げる。
そして、二人がこうして同じ湯船に浸かる今この瞬間だけは、業務時間外であると不敵に笑ってみせる。
最後に、今まで長々と語った全てをただのいい加減な愚痴であるとも付け加えた。
全てをその耳に聞いた美楚羅は、彼女の気の利いた忠告と最後の種明かしに、思わず己のおでこを打ち笑い上げる。
「ははは、とてもただの愚痴には思えませんが……ご忠告は感謝します」
そう笑い礼を言いつつも、おでこから手を離した美楚羅の目付きが鋭いものに変貌した。
「──ですが、やはり僕はこの自分の目で彼の底を覗いてみることにします。あなたが船上で不吉な風やニオイを読むように……あの時、月明かりの石舞台の上で誰にも邪魔されず……互いの魔力を通して命を削り戦った僕には分かるんです。きっとあなたが見抜けなかった
「ふふっ……立派なものだ」
水音を勢いよく跳ねさせ、戦士は浸かる湯から立ち上がる。
白煙の中に勇み立つ黒髪の戦士は拳を握りしめ、炎のように赤い瞳で、愚痴をこぼす女船長に訴えかける。
伝播する熱意と、滾る魔力、波打ち逆立つ黒髪の威容に──カタリナ・ゴルドンは左の傷を撫でながら、静かに微笑った。