トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
シロツメ支部の五人は、デッキから昇降口を降った先にある指定の待機部屋で、来たるべきその時を待つ。
いつ、どこで、竜曜の神技が始まるか分からぬこの状況。戦前の緊張が団員たちの間に漂うものかと思われたが──。
「ワカメラさんから貰った【なんたら法師の酔い止め】なんだけど……ミタライさん、良かったら使いますか? これ?」
考え事をしていた様子のミタライのことを気にかけてか、タイキは小さな薬壺に入った酔い止めをポケットから取り出し、それを彼女へと渡そうとした。
「いえ、私は大丈夫です。ですが……その酔い止めはもしかすると何か、次の神技に関する情報をその方は心当たりがあったのかもしれませんね? 船での移動も多いので、ベストコンディションで挑むには何かと必要な時が来るものかと。ええ、持っていても損はなさそうです」
俯き気味でいた顔を上げたミタライは首を軽く横に振り、タイキに大丈夫だと言う。そして彼が手のひらに乗せていた薬壺を眺め、ミタライはそこから深読みした考えを彼に話した。
「あぁ、確かに? はは、そう言われればそうにも思えますねッ! あ、じゃあこれ、まだ俺が大事に持っときます」
「ええ。ワカメラさんも、きっとあなたに役立てて欲しいと思われてそれを渡したのでしょう」
いつ終わるとも分からない船旅に持っていて損はない保険。効能のほどは分からないが毒ではないはずだと、タイキは和亀羅から貰ったこの酔い止めを信じ、ミタライの語りに頷いてみせる。
すると、同じ青みがかった髪をしたそんな男女二人の話すやり取りを聞いていたのか、一人の団員が、今しれっと口を挟んだ。
「ジブンには分かるよ。その酔い止めの持つ、裏の意味。よければ一つ教えてあげようか」
もたれていた船室の壁際から背を離し、アキトが腰に差したレイピアの柄にそっと手をかけた。
「えっ本当で、あ! いや……その裏、自力で探ってみます!」
「ふふふふふ、それがいい」
柄から手を離し、アキトは指を弾き鳴らす。
先輩冒険者が剣を取る仕草から何かを悟ったのか、そう強く返事をしたタイキ。そんな青年の目を見ながら、アキトはクールに笑い出した。
「はぁ……タイキもアイツも結局いつもの調子よね。けろっ、て感じの……」
一方リリスはというと──。
その賑やかな輪に混ざり、いつものように彼らと談笑を始めるような余裕よりも、いつ始まるとも知れない次の神技に対する緊張とストレスの方が心身に高まっていた。
室内にあった簡易なテーブル席につき、机の上に肘を置きながら、また一つ彼女は溜息をつく。
同じ火属性のギフトを扱う完璧な支部長に、どこか天然で無鉄砲ながらも天才の実力を持つ剣士、そして凄腕冒険者に扮し、すっかり打ち解けたつもりになっているあの黒髪の怪人。
このシロツメ支部の誇る実力者三人に対して、自分の能力はもう何枚も落ちることを自覚している魔術師リリスは、彼らと同じように余裕を見せて和んでいる訳にはいかないのだ。
かと言って、今になってできるようなこともそれほどないように思える。
今までできなかったことがその場で急にできるようになる、そんな本の中の主人公のような存在は、タイキ・フジ、リリスと同期に仲良くクランに入団した彼だけなのだ。
魔術師としては、球状の火の玉の形しか扱えない。彼女が故郷で、師と呼べる方から教わったのもそれだけ。
己がそんな不器用な人間であることも自覚するリリスは、また溜息を重ねる。
(んーー……私もアイツの言っていた、〝
机の上に溶けるようにいたリリスが、ふと、アイツのいる方を見る。
すると、そんなじっと向けられた視線に気づいたのか、アキトは彼女に小さく手を振りおどけた様子で微笑んだ。
(って、アイツに頼ってどうすんのよ。はぁ……私も警戒がすっかり緩くなっている自覚はあるけど……アイツって、あの恐ろしいトランプメンなんだから? 分かってるの、リリス・アルモンド?)
苦笑を浮かべたリリスは、手を振り返さない。机上で右を向けていた体と顔を、逆の左側へと、見なかったふりをするように倒した。
D級賞金首、今もなお世界新聞を騒がす怪人トランプメンに魔術を習うことなどあってはならない。
(でもアイツって、本当にトランプメン? だって、このところの世界新聞でもあの怪人は休まずに、神出鬼没にも騒ぎを起こし続けている訳なんだし……もしかして……?)
リリスは一度、激動とも言えるここ最近、そしてこれまでの冒険のことを思い返してみる。
現在、ise会シロツメ支部にも属する冒険者アキトは、確かにトランプメンの姿で、あの時あの森でタイキとリリスの前に現れた。
彼が現れて後ろや前について回るようになってからというものの、リリスはまだまだ夢の先だと思っていたB級の冒険者にまで、とんとん拍子で昇格を果たした。
得意とする【ヒノタマ】の魔法の発練方法も、彼の時折挟む悪戯の手と奇妙なカードから、より良いコツを読み取り掴んだのは事実。魔力の燃費と総量も以前より上がっている。
たとえ新しい魔法を覚えなくても、魔術師としていつの間にかコツコツと成長を遂げていた。
強化種と言われる強力な魔物との戦闘を二度経験したことも、彼女の中で自信になっていたのは嘘ではない。
(はぁ……まぁアイツの正体はこの際、もうどうしようもないし、どうでもいいんだけど……。でも、不思議なのよね。あの時と同じこと、言われちゃってるのよねぇ……)
『お嬢様、あなたは不器用ながらも魔術師の才能がある』──リリス・アルモンドは、そんな、故郷で師からいただいた遠い過去の言葉をふと思い出す。
そして、しばらく耽っていた遠い思い出から覚めたリリスは、おもむろにもう一度、右側へと静かに顔を向けてみた。
するとちょうど彼女が右を振り向いた瞬間──突然、銀のコインを弾く音が鳴り、高く宙に浮かんだ。黒髪の男は両手を交差させ、綺麗に回転するそのコインを素速い手つきで掴み取った。
握られ突き出された左右の手どちらかに、きっとコインはある。当ててごらんと、彼は言いたいのだろう。
苦笑したリリスはやる気なさげにも、右側の手にツンと、己の鼻を動かし向けた。
彼女が机に寝ながらにリアクションを取ると、握られていた彼の両手がパッと開かれていく。
しかし、どちらの手のひらの中にもコインは見当たらなかった。
リリスが静かに目を見開いて驚くと、彼は急に苦しみ出す仕草をしだした。
何事かと思いリリスが椅子から腰を浮かせると、天を向き苦しんでいたアキトは、口から何かを吐き出した。
なんとなんとそれは、最初に弾いてみせた銀のコインと同じ物。喉の奥に隠し持っていたようだ。
「ざ〜んねん」──きっとそんな事を言っているに違いない。舌を垂らしておどける道化師が一人、赤髪の観客に向けて笑っていた。
「や、やっぱり、馬鹿にしているだけなのかも……はぁ……」
器用な道化師の披露したささやかなコインマジックに、リリスはまた呆れた様子で溜息をついた。