トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第32話 キャベツ料理

 赤竜船の調理室ではさっそく、ゲストへ提供する為の、一品目の料理の準備が行われていた。

 

 モザイク柄の頭巾を赤髪に結び直し、まな板の上に置かれた一玉のキャベツに、彼女はじっと瞳を凝らす。

 本日、偏屈な金髪男からオーダーされた品は、野菜炒め。

 固く握りしめた包丁を、「いざっ」緑の葉に入れようとしたリリスであったが──。

 

「すみません、少しメニューを変更します」

 

「わっとっと!?」

 

 空気を切った包丁の刃が勢いあまり、まな板の上を打つ。

 

「では、今渡したその鍋に水を半分ほど加えて沸かしてください。水が沸いたら一旦火を止めて、小皿に置いてあるその分量の薬味を全部投入してください」

 

 突然キャベツの玉を丸々回収され、慌てるリリスの胸元に、指示と共に渡されたのは底の深い一つの鍋。

 

「お、オッケー、支部長分かったわ! えーっと、水を入れて……ん……んん?」

 

 急遽、メニューに少し変更があったようだ。

 ミタライ支部長の新たな指示の通りに、包丁を置いたリリスは、さっそく貰った鍋に水を張りお湯を沸かそうとするが──。

 

 リリスの右手は、自分のお臍の高さ、その手前側にある何もない虚空を指で摘み、右に捻る。そんなおかしな仕草を二度ほど繰り返した。

 

「ってこのマジックコンロ……ツマミが見当たらないんだけど? え、どこ?」

 

 そう、リリスは火と魔力を調節するツマミを回そうとしていただけであった。だが今彼女が立つ目の前のマジックコンロには、おかしなことに、ツマミに当たる部分がどこを探しても見当たらなかったのだ。

 

「あぁそうさ。ジブンがコンロ周りを調べていた時には既に、便利なおヘソさんはいなくなっていてね。鼠にでも持っていかれたのかな?」

 

「あぁそうさ、って……ちょ……」

 

 困った様子でいた彼女に今話しかけてきたのは、帽子の男、アキト。彼が調理場のコンロを最初に下見に行った時には既に、マジックコンロにツマミは無かったという。

 

 しかしツマミが勝手に厨房を歩いたり引っ込んだりし、ましてや鼠に齧られて消える訳はない。元よりそれが備え付けられていないマジックコンロなど、リリスは今まで生きてきて聞いたことも見たこともない。

 

 魔力を流せば誰でも同じように機能的に扱えるのが、どの家庭にも一台はあるマジックコンロのはずなのだ。

 

「という訳で、火加減の操作は頼んだよ?」

 

「お、オッケー分かっ……えぇ!?」

 

 アキトはエプロン姿の赤髪娘の頭をそっと叩き、大事な火の管理を任せる。

 

「さっき集めたこの油を最後に使うのはどうかい?」

「なるほど──。では包丁をこのように入れ、芯をくり抜きそこに蒸した肉を──」

「いやはやそれはナイスアイデアだね! 是非そうしよう、ふふふ出来上がりが楽しみだ」

 

 彼は流れるように離れた厨房に立つミタライの方へと向かい、提供するメニューの最終確認を話し合い重ねていく。

 

「って、はぁあ? ええ、ほんとに??」

 

 ツマミの消えたマジックコンロの操作調節は、マニュアルで。

 

 七曜血選運営側の不備か、はたまた誰かの悪戯か──。

 魔術師そして料理番のリリスに、思わぬ試練が課せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして調理開始から40分後、ようやく完成した一品目。厨房から運ばれた大皿の上に置かれたキャベツ料理が、舌の肥えたゲストの待つテーブル席へと提供された。

 

 しかし、注文の料理を待ち侘びていたゲストは、既に手にしていたフォークとナイフを静かに机上に置き直した。

 

「ふざけているのか。腹を空かせた客の前に未調理のキャベツを丸ごと持ち出して、お前たちはこれを料理と言い張るのか」

 

 そう、大皿の上に乗せられていたのは一玉のキャベツ。それも見るからに火を加えられていない生のまま。これを提供する一品目の料理と言い張るには、随分と度胸のあるコックである。

 

 そんな静かな怒りを込めたゲストの放った冷静な言葉は、もっともである。

 

 これはとても料理とは言えない。そう、このままならば──。

 

「おっとすまない忘れていた。では、──特製の油をかけさせてもらうよ。後ろから失礼」

 

 アキトはゲストにいつの間にか紙エプロンを被せる。そしてゲストの男が座る椅子の後ろから、まるで花に水を与えるように、一玉のキャベツに向かい熱した油を躊躇なく回しがけていく。

 

 すると、白煙を上げ開いていく、鮮やかなグリーンに色づいたキャベツの花が。

 

「【紅茶鶏の繚乱キャベツ棒棒鶏(バンバンジー)】。フフ──ご丁寧に食材を切っている時間が無かったからね、悪いけどなるべく手間をかけずにやらせてもらったよ」

 

「ゴマダレ、辛味噌(コチュジャン風)、ポン酢、塩とごま油、ブルー岩塩、酢醤油、タルタルもどき、ご用意したこちらの七種類の調味料、どれでもお気に召す物を付けながらお召し上がりください」

 

「キャベツで鶏を包んで食べる料理さ。本当は千切りなんだけどね。今回は野菜が王様というリクエストがあったということで、特別さ」

 

 熱され、包丁を入れた通りに花開いたキャベツの中には、蒸し鶏がまるでその花の蕾のように隠されていた。

 

 吹き出す湯気と共に、茶葉の香りが辺りにほんのりと漂い出す。

 

 アキトに慣れた手つきでほろほろと解されていく蒸し鶏。大皿の前には、ミタライの用意した七種類の特製調味料が小皿に入れ並べられていく。

 

「ふむ……」

 

 しばらく眺めていたゲストの男は、フォークとナイフに手をつけずに、自らの手でキャベツの葉を千切りだした。

 

 そして身の解された中央の蒸し鶏を、その葉で包み、タレをくぐらせ口の中へと詰め込んだ。

 

 シロツメ支部の皆の見守る中──ゲストの男は、七度同じように料理を包みそれを己の口へと運んだ。そして丁度七種の調味料、全ての味を試し終えた男は、自前のハンカチで油のついた口元を拭った。

 

「これは野菜炒めとは言えない。しかし、この鶏肉の柔らかさ、おそらく茶葉で煮たことでついた独特の風味が肉の臭みを短時間で上手く打ち消している。油を回しがけた演出、その妙はただの見世物だけにあらず、旨味を増す風味づけと野菜の繊維を残したまま火を通す役割を果たし、後のタレの味が絡みやすくもなっている。さらに、この酢の入ったゴマのタレとフルーティーなポンズ、希少なブルー岩塩の料理との相性は──及第点だ」

 

 ゲストの男は、すらすらとこの一品目のキャベツ料理に対する品評を述べた。的確にも聞こえたそれは最後に「及第点」と言い放ち、まずまずの評価を獲得したように思えた。

 

「やったなベタ褒めだぞリリス! 合格だぞ!」

 

「う、うん! まぁほとんど支部長とアイツがやってくれたんだけど……」

 

 居合わせたタイキが、そう元気に隣のリリスの肩を叩く。

 

 張り詰めた空気の中、見守っていたリリスもようやく肩の荷が降りたのか。ほっと息を吐き、揺らされる肩のリズムに乗り頷いた。

 

「よって、2点だ」

 

「や、やっ……てぇ!? に、にてん!? それってまさか10点中??」

 

 聞き間違えたのだろうか。

 今耳に入り、リリスが喜ぼうとしたその点数は、なんと〝2点〟。

 

 及第点が2点──そんなことはあり得るのだろうか。リリスは一転し慌てた様子で、もう一度確認のため問い返す。

 

「当然だ。これは野菜炒めではない。甘く見積もっても3点。注文通りではない、それにキャベツの鮮度・品質も極めて悪い。よって──2点」

 

 リリスのことを睨み返したゲストの男は、この点数に至った理由を淡々と述べていく。

 

「フッフ、手厳しいね」

 

「鮮度なんてこっち関係ないし無茶でしょ……」

 

 アキトは伸びない採点と辛辣な品評に思わず微笑し、リリスは消え入りそうな小声で落胆の愚痴をこぼす。

 

 シロツメ支部の提供した一品目の料理の評価は、なんと10点満点中の2点。皆の浮かべていた甘い予想を裏切る、辛い結果に終わった。

 

 

 

 

 

 

 一品目の審査を終えて、ゲストの待機部屋から調理場に戻ったシロツメ支部の皆。

 

 しかし結果は散々。10点満点中の2点とは、お世辞にも高い評価を得られたとは言えない。滑り出しに失敗したのは明白であるように、リリスには思えた。

 

「どどどうすんの、2点なんて!」

 

「しかし沢山食べてはもらえたさ。問題はない」

 

 リリスの心配の言葉をよそに、指を軽快に弾きアキトは笑う。

 

 何故、2点という低評価で彼はそこまで余裕げに笑っていられるのであろうか。リリスはその笑みに釣られずに、溜息混じりにも落胆の言葉を続けて吐いていく。

 

「確かに案外食べてはいるみたいだけど……それも評価が2点じゃ意味ないでしょ……しっかり食べたうえでこの点数なんだから、うぅ……もっと望み薄ってことじゃない? それっ!」

 

 今厨房に持ち帰られた大皿をリリスは見つめる。その半分ほど余った食べかけの様子を見ると、ゲストの痩せ男が全く出された料理に手をつけずにいた訳ではない事が窺える。しかし、そこまでして下された評価が2点である事には変わりない。

 

「確かにそうとも言えるね。では、そんな厳しく採点してくれた彼の舌が本当に正しいかどうか……この際、一つジブンたちも試食してみるかい?」

 

 そう言うとアキトは大皿のキャベツを手で千切り、包んだものをよく喋るリリスの口の中へと押し込んだ。

 

「え、いいの! ってぅむグッッ!? ──ふぇ……お、おいしい!」

 

 評価は「おいしい!」。リリスは押し込まれたキャベツ料理をぱくぱくと咀嚼し、思わずそう叫んでしまった。

 

「じゃじゃなくて! うーーんと……あ、そうよ! 聞きたかったんだけど、いつの間にこんなにもタレを用意したわけ?」

 

 アキトの不意打ちを受けたリリスは誤魔化すように、今キッチン台の上に並ぶ色とりどりのタレについて問うた。

 

「調味料に使えるものだけは沢山あったので、とにかく事前にこうなることを見越して数を揃えたまでです。シロツメ支部が売りにする〝ぽてっち〟や他の製菓の新フレーバーなどを開発する際には、これ以上に入念に用意をしますよ」

 

「す、すごい……あの短時間で。支部長って一体どこまで完璧なの……」

 

 リリスは返ってきたミタライ支部長の用意の良い答えに感嘆する。これだけの種類の味を一瞬にして用意してみせるのだから、工場で製菓の商品開発を自らも手掛けてきた彼女の腕前が窺い知れる。

 

 もしかすると、ゲストの痩せ男にあれだけの料理を食べてもらえたのも彼女のこういった準備が良かったからかもしれない。

 

「完璧などあまり軽々しく口にしてはいけませんよリリス・アルモンド。あなたも気を抜かずに。完璧とは心掛けるものです」

 

「わ、分かったわ支部長……! 心掛けるもの……なんかそれ深いかも?」

 

 思わぬ金言をいただいた。リリスはすぐに、先ほどの自分の迂闊な発言を訂正するよう頷いた。

 

「良い言葉だね、でもそんなに謙遜することもないさ。向こうがいかに精鋭のコック揃いでも、ミタライ支部長がいれば随分と頼もしいものだ。あ、ちなみにそのポン酢はジブンが作ったさ」

 

「はむっ──ぅげ!?」

 

「なんだいそのリアクションは、美味しいのだろう? どれどれ」

 

 リリスが口に入れた味はアキトが作ったポン酢を付けたもの。それを聞いた途端に苦い顔をした彼女を見て、アキトは笑った。

 

「9!」

「……6」

「5でしょうか」

 

 ポン酢の評価か、料理の評価か。周りにいたタイキとアトラ、ミタライもそれぞれにキャベツで鶏肉を包み試食をする。

 

「ま、点数がどうであれ食べられればそれでいいのさ。ははは、うーん。おや──これは確かにまだ2点だね?」

 

「ええっ? あんたまでなんで低く言ってんのよ……? そこまで厳しくなくても……おっ、おいしい……のに?」

 

 アキトの下した評価は、奇しくもあの痩せ男と同じく2点。

 

 やはりこのような船上で備蓄されていた野菜の方がダメなのか。それとも鶏、タレ。

 

 彼は一体何が気になり、何についてそのように低く評価をしたのか。その時のリリスは気づかなかった。

 

「貴様らまた揃いも揃って何をやっている。神技が再開され、ぅぐっ──ふぁやくしろ!」

 

 勢いよく調理場の戸を開けた案内人のラカン。相変わらず高圧的なその強面の開いた口へと、通りかかったアキトがキャベツ巻きを押し詰める。

 

「フフ分かったよ、どれどれ──」

 

 かわりに見覚えのあるような大きさの一枚の紙を案内人から受け取り、アキトはそこに載っていたリストに目を凝らした。

 

 第二回目の食材選択の時間が巡って来た。

 竜曜の神技はつづく。腹を空かせ海上を漂う二隻の船と共に──。

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