トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第32話 野菜炒めと電撃のスパイス

 どことなく漂わせるネガティブな雰囲気でリリスが一人、机の前で覇気なくいると──向かいで、椅子を引く音が鳴った。

 

 

「おい、そこのトマト髪の女。野菜炒めだ」

 

「は、はぁ? トマト髪ってそれ私のこと言ってんの」

 

 呼ばれた赤髪のリリスは顔を上げ、真正面の席についた失礼な男を見る。

 

 顔も知らない男だ。体型は痩せ気味、頭は金髪。偉そうな態度でいる男は、まるでメイドに命令をするように、目の前でだらけていたリリスのことを顎で使おうとする。

 

「分からないか。野菜炒めだ」

 

 指先がとんとん、机を打つ。今初対面の赤髪の娘に、オーダーした料理を急かすような態度だ。

 

「それってぇ……野菜を火で炒める……料理ってこと?」

 

「違う。野菜炒めだ」

 

 リリスが親切で相手をし聞き返すと、痩せた男は淡々とそれを否定する。

 

「どう違うの……ちょっとなんなのこの人……」

 

 顔を顰めたリリスは、小声で愚痴を漏らす。

 

 すると男はそれ以上何も言葉に返さずに、赤髪の女のことを睨みつけて黙った。

 

 その様も勝手に呆れ見放されたようでリリスは癪に障ったが、そもそもいきなり登場したこの男は何者なのだろうか。顎に手を当て考える素振りをするが、すぐには分からない。

 

 しきりに左腕につけた腕時計を確認しながら、また、とんとんと指を机に鳴らす。そんな痩せ男の様をかたわらから見ていたアキトは、困惑するリリスの席に近づき呟いた。

 

「野菜炒めがどうしても食べたいんだろうね」

 

「そりゃそうなんだろうけど、なんでわたしっ?」

 

「さぁ。でも奇遇にも同じ船の上に乗り合わせたもの同士、今は余計な波風を立てず仲良くしておいた方がお得だろうね」

 

 アキトは、痩せ男が突然席につき発した野菜炒めのオーダーに対して、冷静にもそうリリスに言う。

 

「お得って言われても……まぁ、そうよね?」

 

 今アキトが言った事にも一理ある。ここできついツッコミを入れたり、不満な態度を取り続けても得はない。この痩せ男が何者であれ、乗り合わせた者同士、船の上での争いは航海中の毒にしかならないのだ。

 

「とすると野菜か。貨物室とかにあるのかな? 言えば分けてもらえるかも? 玉ねぎとかキャベツがあったら嬉しいな、はは」

 

「手分けして船内を見て来ましょうか」

 

「ちょ、ちょっと? そんなに乗り気なの? わ、わかったけど!」

 

 タイキもミタライもリリスの掛ける席の近くに顔を出し、この突飛な野菜炒めのお題に対して、解決に乗り気のようだ。

 

「よしっ! じゃあ決まりだ! 俺も食べたくなってきた、リリスの野菜炒め!」

 

「リリスのって! だから私それ知らないんだけど! 野菜を炒めたヤツとどう〝違う〟のよ!」

 

「それはぁ……〝野菜炒め〟だからかな?」

 

「って説明になってないし! 一つも!」

 

 いつの間にか自分が作ることになっているが、リリスはそもそも【野菜炒め】なる料理の作り方を知りはしない。野菜を炒めるだけのものとは「違う」と、あの痩せ男も言っていたのだ。

 

 タイキの説明になっていない説明を聞いても、野菜炒めの作り方は判然としない。

 

「……肉さがし」

 

 同室内に静かにいたアトラは、やっと口を開いたかと思えば、彼の第一声は「肉」であった。

 

 野菜炒めなのに肉が要るのか、ますます困惑するリリスは首を捻る。

 

「フフッ。ふむ、食材だけではなく火力も肝心か。ジブンは調理場のコンロを見てこよう。もう一人誰か、ご一緒を頼めるかな?」

 

 手分けすることになったので、野菜と肉の捜索はタイキとアトラに任せる。そして、野菜炒めに肝心な火力に目を付けたアキトは、調理場のコンロを一度見て来ると言い、もう一人のお手伝いを募集した。

 

 リリスが仕方なくひっそりと手を挙げ、そのお手伝い役に志願しようとしたその時だった。

 

「はい! では、僕がご一緒します!」

「じゃあ、わたっ……ってぇ!?」

 

 熱のある良い返事が、リリスのあやふやな声を遮る。

 

 今の声は誰だ。痩せ男がそんな腹から元気に声を出しはしない。タイキ、アキト、支部長、アトラ──存在しない六人目の返事の聞こえた方に、リリスは振り返り目を向けた。

 

「あっ! あんた確か……なんたら道場のミソラって!? ぇ??」

 

 その白い道着姿、間違いない。

 誰かさんがキャラ被りだと言い張っていたあの黒髪と中性的な顔立ち、そしてタイキと同じ熱のある赤い瞳を宿した戦士。

 

「はい。現剣流道場の八番弟子、美楚羅! 遅ればせながら……来ちゃいました?」

 

 驚愕しながら指をさすリリスに向かい、美楚羅が改めて自己紹介をする。

 

「ッええ!? 来ちゃいましたじゃないでしょ! な、なんで……?」

 

 何故、昨日月曜の神技で戦った彼がそこにいるのか。次から次へと現れる謎に、リリスは困惑と驚きの色を深めた。

 

「ジブンが呼んだんだよ」

 

「はぁ!? 呼んだ……ってどういうこと?」

 

 またもやアキトの仕業。そう、何かと周囲を驚かせる奇策を打つのがこの男だとリリスは思い出した。今度は一体何をしでかしたのか、リリスはおそるおそる、おうむ返しにも問い返す。

 

「こういうことさ」

 

 アキトが手元から何かを天に向かい投げると、美楚羅はひらひらと宙を流れたそれを躊躇なく手にした。

 

 そして、受け取ったシロツメ支部のクランカラーである特注の緑の帯を、彼は己の道着の上へと、ぎゅっと巻きつけて締めた。

 

「微力ながらもシロツメ支部の皆さんに、僕も協力させて貰います! はは……まずはその、野菜炒めで……!」

 

 竜曜日、11時25分──。

 葬魔七曜血選の二日目の神技に挑む、ise会シロツメ支部の六人目の戦士として、美楚羅が電撃加入した。

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