トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

34 / 50
第33話 百人力

 爽やかな泡粒が海風に乗り、晴れ渡る青い海原の上をぷかぷかと浮かび去っていく。

 

 戦米丸の広いデッキの清掃が終わり、次の食材選択の時間が訪れた。

 

 一品目の反省会と試食会をしていた調理場から、案内人のラカンに呼び出され、赤竜船の甲板上へと揃って出て来たシロツメ支部のメンバーたち。

 

「ちょっと、今度は何にしたの? ちゃんと野菜を選ん──って……! あっ、あんた……またこれぇ……」

 

 リリスがアキトの選んだ食材が気になり、紙のリストを横から覗き見ると──彼女は表情を思わず驚きで歪ませた。

 

「食事はバランス良く。これでいいさ。──おっと」

 

 アキトが懲りずに微笑を浮かべていると、今度は左側から横を通り過ぎたアトラが、アキトの手にしていたリストを急にかっさらっていった。

 

「ええ!? ちょっとちょっとアトラあんた、どこ行くのよ。って、なんであんたも美楚羅みたいなことして……?」

 

「ふふ。本日のストレス発散タイムかな」

 

 その黒スーツと緑髪の背はリリスの呼びかけにも振り向かず、何も告げずに淡々と、前方の橋を渡っていく。

 

 そして、赤竜船、青竜船の両側から戦米丸のデッキへと今、食材の運び役に志願・抜擢された戦士たちが足を踏み入れていく。

 

 やがて立ち止まり、向かい合わせで対峙する黒いコック服と黒スーツ。

 一人、一人と平らな甲板の上に乗船し睨み合うその流れは、先ほど争い合った美楚羅とコンガ・リー・ダンのやり取りと似たデジャヴを引き起こされるようだ。

 

「カッカッカ。地獄の火炙りコースと天国の激痛コース、──お客はどちらがお望みカッ?」

 

「……」

 

 まるで流れ通りにキザな挑発の台詞を吐いたコック帽の男を、アトラはただ、じっと黙ったまま睨み返す。

 

 険悪なムードはのっけから。

 挟まれた両者から食材選択のリストを受け取ったカタリナ船長は、その両方の紙を見比べた末に──またいつかと同じように口元を笑い歪めた。

 

「──フッ。貴様らはまたしてもか。やはり私の勘というものは衰えぬばかりか冴え渡っているな。……いいだろう、被りの食材は二つ。つまり────勝手に奪い合え!」

 

 カタリナはブーツで踏んづけ張っていたロープを、今、剣で勢いよく断ち切った。

 

 ロープで縛られた食材が、赤竜側の戦士と青龍側の戦士それぞれが立つ背後に落ち、宙に吊り下げられた。

 

 被った食材は争い奪い合うべし、それ以外の道理はない。

 そして、そんな身勝手で威勢の良い開始の合図が、女船長の手により知らされたのと同時だった。コック帽子の男は、大きく息を吸い上げて膨らませた口から、いきなり火を吹いた。

 

 睨み合っていたアトラの面へと向かい、コックの口から吹き出した火炎。突然の熱き猛威が襲い掛かる。

 

「ぬえっ!? アイツいきなりっ!?」

「カッカッカぁーのあっぷっぷぅ〜。──火まで垂らして独特な笑い方だね、彼?」

「って笑って火を吹く訳ないでしょ! そんな笑い事じゃ……!」

 

 アキトの冗談を隣で耳にしたリリスは、戦米丸の甲板上に激しく吹いた火を驚き見つめる。

 

 笑い事ではない。笑って火を吹く人間などいない。口に含ませていた不意打ちの悪意が、アトラに向けて嘲る唾を吐き捨てるように放たれたのだ。

 

 ロープが千切れた開始の合図と同時、あるいはフライング気味にも放たれた先制攻撃は、危うく誘う地獄の火炙りコース。

 しかし今、前方一面を赤々と荒ぶり彩った必殺の火炎を目にし、浮かべた黒いコックの悪顔とその笑みは、驚愕と共にすぐに砕け散った。

 

 吹き荒れる赤い火炎を、風穴を開けるように押しのけた右の手形。

 前へと突き出された右の手のひらが、纏わりつく火を破り、一瞬にして消し飛ばした

 

 赤い火を蹴散らし現れたのは、妖しく揺らぐ緑髪に綻び一つない黒のスーツ、その姿。

 

 火炙りにしてはぬるすぎた。遊びにしては熱すぎた。

 

 突き出した手のひらをグーにし、前方に立ち竦む黒いコック帽子の敵を握りつぶす。

 

「……地獄……直行」

 

 甲板上の戦いはもう始まっている。アトラはスーツに降りかかった火の粉を払い、静かに、胸の闘争心に火を付けた。

 

 

 

 

 

 

 赤き火炎を吹き飛ばしたアトラの右手。

 被りの食材を賭けた船上の戦い、その開始早々から状況を目まぐるしく変えていく。

 

 不意打ちに失敗し、驚愕の表情を浮かべていた料理人は、しかし──。

 黒いコック帽子をおもむろに脱ぎながら、深々とその場で一礼してみせた。

 

「私は激丁(げきちょう)ぺネロ・ペッパー。どんなギフトと手を使ったのかは知らないが……地獄のコースは上手く免れたようだな。カッカッカ──だが、天国の激痛コースは味わってもらう。その拳を良く見てみろ」

 

「──?」

 

 やがて顔を上げた料理人ぺネロ・ペッパーは、怪しく口角を吊り上げた。

 

 アトラが促されるままに握りしめていた己の拳を確認すると──。

 

「何? なんか……赤くなってる?」

「これまた一風変わったコースだね」

 

 リリスやアキト、仲間たちの遠目にもアトラの拳は肌色よりも赤く色づいているように見えた。

 

 火傷か、何が起こったのか。

 先ほどから立ち込める、ツンと鼻を刺激するようなニオイにも、アトラはどこか違和感を覚えた。

 

「粉末状にし火と共に吹かしたそいつは、【戦士のカラネロ】と言ってな。俺の故郷の村の戦士たちは皆、大事な戦の前にこれを齧り、そうして体内を温め宿した火の神の魔力を己の味方に付けたと言われている。そしてある時、その強さに慄いた大国の使者が、村に忍び込み我らの秘蔵のカラネロを盗み出そうと企んだが、もぎ取り手にしたその瞬間に激痛に襲われ、誰もまともに触れることさえできなかったと言う。……つまり、その偉大なる火の粉をお前は今浴びてしまったのだ。どうだ、もうまともに動けなくなるほどの耐え難き辛さだろう?」

 

 【戦士のカラネロ】──今ぺネロ・ペッパーが指に摘んで説明した、彼の村に伝わる特別な魔辛子。

 それを粉末状にした物を忍ばせた口から飛ばし、先ほどの激しい火吹きを披露したのだと言う。

 

 耐性を持たぬ村の戦士以外は触れるだけでもヒリヒリとする激痛を伴い、一度ニオイを嗅いだだけでも涙をだくだくと流すとされる、この魔辛子カラネロ。

 

 いかなる手を用いて火炎を吹き飛ばしてみせても、粉末状にしたこの攻撃の残滓までは避けられない。

 

 それはただの火炎ではない、ただの火の粉でもない。激丁の名を冠する料理人ぺネロ・ペッパーの用意した、地獄と天国を同時に味わえる特製のスパイスの効いた火であった。

 

 常人ならばもうその右手を侵した激痛に耐えきれず、デッキの上で悶えのたうち回っていてもおかしくはない頃合いだ。

 

 だが、ぺネロがしたり顔で視界に据えたアトラは依然、その表情を変えない。

 

 変えない──

 変わらない──

 鼻の頭から汗粒一つ、黒いスーツを纏うそいつは流さない。

 

「──いや、全然」

 

 やがて、アトラは赤く染まった己の手の甲を、まるで猫が前足の毛繕いをするようにゆっくりと舐め出した。

 

 彼の味蕾を刺激したそれは、地獄の味にしては甘く、天国の味にしては物足りなくて不味い。

 

 これを立っても居られぬ激痛と呼ぶならば、故郷の村の赤子も笑い泣くことだろう。

 

 緑毛の獣は不敵にも、少し痺れた舌を出す。

 慄く事を知らない琥珀色の眼光は、己に向けられたそのしたり顔を逃さない。

 

 アトラはただ鋭く、激丁ぺネロ・ペッパーの浮かべる薄汚い余裕が崩れるまで、その顔面を睨み据えつづけた。

 

 

 

 

 

 

 常人の舌と胃袋では決して太刀打ちできない辛みを持つ、故郷の魔辛子。その粉末をものともせずに舐め取り味わう者がいる。

 

 そんな緑髪の男の野蛮かつ泰然たる姿に、料理人は再び驚愕に崩れた己の表情を、今ニヤリと歪ませた。

 

「カッカッカ……ならばその舌焦げるまで味わえ! 五万スコヴィル──【激辛炎牙(げきしんえんが)】!!」

 

 ぺネロ・ペッパーは背より取り出した鉄鍋に向かい口から火を吹きつけ、鍋の中に踊る火をまるで調理するかのように豪快にあおる。

 

 そしてテニスラケットのように鍋を横薙ぎに振るい、勢いよく飛び出した鋭い牙の如き炎が、アトラに向かい襲い掛かった。

 

 今度の炎は一味違う。そう言わんばかりの鋭き牙が、緑の獣に向かい惜しみなく振る舞われる。

 

 だが、そんな虚仮威しの攻撃を、アトラは迷いなく真っ向から受け止めた。

 

 右手に掴み取られたその特製の鋭い火は舌を焦がせず、喉元には届かない。

 受け止め握りしめる右の手と共に、砕け散った炎の牙。

 

 しかし火をいくら攻略しても敵は倒せない。調理された火を片手で食い破ってみせたアトラは、すかさず前へと駆け出した。

 

 前へと突っ込む腹を空かせた緑毛の獣に対して、激丁ぺネロ・ペッパーは次の火を鍋で育ててまた繰り出そうとするが──。

 

 突然の風が、育てた火を打ち出そうと構えた鍋を吹き飛ばした。

 

「分かったぞ、その力、私の火をかき消したのは風のギフトか!」

 

「風……ただのパンチだ」

 

 今猛烈に吹いたのは風のギフト、それともただのパンチか。アトラの届かぬ拳が突風を吹かせ、コックが振るっていた鍋を弾き、食べ飽きたその炎の牙の注文をキャンセルした。

 

 これ以上勝負を長引かせる気はない。一気に肉薄し、ぺネロの眼前へと現れたアトラ。

 

 しかし料理人ぺネロは、真っ直ぐに接近する敵にも退かず。それどころか今度はなんと彼が、アトラの繰り出す手を真っ向から受け止めてみせた。

 

「馬鹿め、力比べならば料理人に勝てるとみたか」

 

「みてる」

 

「あぁっ、そうか馬鹿舌の若造!!!」

 

 受け止められた前のめりのアトラの両手が、叫ぶぺネロの両手に後ろへと押し返されていく。

 

 一体どこにそんなパワーを持っていたというのか。

 マリモ御殿のエレベーターをも一人で吊り上げる、そんな力自慢の戦闘員アトラのことを、発汗しながらも料理人ぺネロ・ペッパーは凌駕する力で対抗した。

 

「戦士のカラネロは何も、火を自在に操りやすく味付けするだけではない。数十年熟成と乾燥を繰り返したこれを直接体内に食らうことで、魔力の底を引き上げることができる。さらに全身を伝うこの心地よく痺れる辛さは! 痛覚! 熱覚! 魔覚をも鋭く刺激し、肉体を強化する熱き戦士のベールを己に纏わせる。その時我ら一族の力は、大国の誇る百の兵士にも匹敵するのだッ! カッカッカああああ!!」

 

 アトラの眼前のコックが、首飾りにしぶら下げられていた乾燥させた魔辛子の幾つかに、既に齧られたような痕があった。

 

 戦士のカラネロの本領は、火を整形し操ることだけではない。己の肉体を味わうその痺れる辛さで内側から追い込み強化したぺネロは、極限のパワーを発揮し、みるみるとアトラの反る体を後ろへと追いやる。

 

 このまま甲板の上に生意気な若造を跪かせる──。ならば、望み通りのその力比べを受けて立つ。

 

 伝統を引き継ぐ強き戦士として、そして一流の料理人として、激丁ぺネロ・ペッパーは目の前の不遜な客を、力一杯両手を握り返しもてなしていく。

 

 

 

 

 

 

 料理人としての腕を、カラネロの偉大さを、大国の支配を退けた村の一族戦士の強さを知らしめていく。

 

 逃れられないように固く結ばれた熱き互いの両手が、宙に白煙までを上げ始めた。

 まるで火の神を身に宿した圧倒的な膂力で、ぺネロはアトラの手をじりじりと捻り、そのまま一気に地へと挫こうとする。

 

 だがしかし、押し込んでいたぺネロの手が途中で止まった。まるで見えない大きな壁にぶち当たったように、何故かそれ以上押せない、いや押し返せない。

 

「なっ、ぬっ、はっ、カッ、ぐっ!!」

 

 尋常ではない汗が滴り、乾いたデッキの上をぽたりぽたりと濡らしていく。ぺネロが必死の形相で幾度も幾度も力を込めるが、目の前の壁は微動だにしない。

 

「この勝負……」

「……あぁっ!」

「フフ。悪手だったね。握手だけに」

 

 赤竜船で観戦するミタライ、タイキ、そしてアキトには同じくもう見えていた。

 

 敵のコックとは対照的に浮かべる、涼しい顔。いくら押し潰されようとも決して崩れない、そんな全てを支え切る強靭たるその背姿。そして、まだその身に潜め眠る彼の真のパワーに──。

 

「なぜだ、この熱さ、このパワー! もう300万スコヴィルは越えているはずだ! ええいっ……ツラかろう、カラかろう! もういい加減に挫けろッ!!」

 

 両手を離さずに挑んだ男同士の力比べ──今更、挫けろと言われて、ただで挫ける奴はいない。

 真っ直ぐに突き刺さるその琥珀の瞳の眼光は、ぺネロの焦りと汗、怒りをも最後の一滴まで引き出していく。

 

「……さんびゃくまん? 俺はまだ──30だ」

 

 表情に乏しいその冷徹な石の仮面をそっと砕くように、アトラは口角を吊り上げ、白い牙を覗かせる。

 

 緑毛の獣が今見せた本性、そして不敵な笑みと共に動かずにいた両手が押し返されていく。

 まるで巨大な岩盤に圧されている──その様にも感じた異様異質な怪力に、ぺネロの額・全身から滲み出し流れる汗が止まらない。

 

「この若造ふざけ、ぶふぁっっ!?」

 

 秘蔵の魔辛子を取り込みブーストした戦士の力をも凌駕する、未知の強大な力を前に──ぺネロは一瞬口元を歪め、頬を大きく膨らませた。

 

 そんな目の前に膨らみ始めた滑稽な面を、対面していたアトラは見逃さず、横薙ぎに吹き飛ばした。

 

 打たれて歪むその口から吹き出したのは、火炎。

 盛り上がってきた力比べから逃げようとした男に対して、アトラの振るう制裁の平手打ちが炸裂した。

 

「俺のメニューは一種だけ。これからお前を強く殴る」

 

 纏う魔力が可視化できるほどに、大きく育った右手を軽く掲げて──シンプルにもそう宣言したアトラは、一歩一歩と甲板上を歩き出す。

 

「地獄か天国か好きに決めろ。カウントは減りはしないがな。──41、45、51」

 

 平手打ちにより吹き飛ばされたコック服の敵へと向かい、それは拳を武器に、堂々たる足音で歩き続ける。

 

 百の兵士を相手にするよりも、拳を掲げにじり寄る目の前のただ一人の方が──。

 ただならぬプレッシャーに滲む汗。転んだ甲板から負けじと立ち上がった激丁ぺネロ・ペッパーは〝動けない〟。

 

 謎のカウントと共に育ち続ける魔力の塊。黄金に輝きを放ち、荒々しく風を押しのけ唸らせる拳が、今振り下ろされようとした時──。

 

 『ピュー』──突然にも鳥が鳴くような風音が、睨み合うアトラとぺネロの視界を横切り、デッキ上に一振りの剣が突き刺さった。

 

「待てッ!! その勝負そこまでだ! ……我が船に要らぬへそをつくるつもりか? フフフ」

 

 勇ましい女船長の声が、戦士たちの耳をつんざいた。

 「勝負はもう見えている」──そう言わんばかりに、神技を取り仕切っていたカタリナ・ゴルドンは水を差し、アトラの振り上げた右の拳に待ったをかけた。

 

 天に掲げられていたその膨大なる黄金の魔力は、パーにし開いた右手と共に、やがて散り失せていく。

 

「…………どっちの勝ちだ?」

 

 甲板上を渦巻く不気味な風音はまだ止まない。

 水を差され中断されたその曖昧な決闘の勝敗を、拳を解いたアトラは女へと問うた。

 

 彼は横から剣を投げ入れた女船長に、納得のいく後始末と覚悟のある答えを要求しているようだ。

 

 そんな1ミリも臆せぬ不遜な態度を見せたアトラのことを、しばらくじっと睨み返したカタリナ船長。

 

 やがて彼女はそうしている事にも飽きたのか、睨んでいた目を逸らし、今度はもう一人の戦士であるぺネロの顔を窺った。

 

 カタリナの向ける鋭い眼と目を合わせたぺネロは、黒いコック服の裾までも多量の汗に染めた格好で、黙ったまま静かに頷いた。

 

「ということだ。──私にばかり見惚れているな。さっさと食材を持っていけ、ワカメ頭。フフ」

 

 続けた先の勝敗は明白。対峙した本人ほど、そんな事はよく分かる。

 汗をかいても、これ以上の恥はかかない。激丁ぺネロ・ペッパーに負けを認めさせ、水を差した女船長カタリナには改めて勝者の宣言をさせた。

 

 新たに温めていた左の拳を、そっと脱力して開く。

 アトラは今、文句なしの完全なる勝利を手にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 敗者は奪われ何も得ず、勝者は食材を持ち帰り橋を渡る。アトラは赤竜が首を伸ばして待つ船へと戻り、群がる仲間たちに賛辞の言葉を送られていく。

 

 しかし、そんな賑わいの中──

 

「って何食べてんのよ!」

 

「……からっ」

 

 なんとアトラは食材のチーズを橋の途中でぱくりと食べてしまう。案の定、ひと齧りしたところをリリスに怒られてしまう。だが、彼女が少し目を離した隙に──もうひと齧り。

 

「あぁもうっ! えーと……はいこれ水よ水っ! って、こらっアトラあんた! チーズは食べないのっ!」

 

 アトラが抱えるブロック状の大きなチーズの塊に、齧り跡が増えていた事をリリスは見逃さない。それに彼の口元もなんだか、もごもごと動いている。

 

「もちゅもちゅ。……からっ」

 

「もちゅもちゅじゃない! だからチーズを食うなぁああ!!」

 

 堂々と、平然な顔でもうひと齧り。

 ぺネロ・ペッパーの振る舞った戦士のカラネロのお味は、アトラにも後引く辛さだったようだ。

 

 

 

「へくちゅん!! うぅ……そんなニオイ漂わせられたら料理に集中できないんだから。ほらほらアッチアッチ、あんたもそのままお風呂に行って来なさい。(そういえばミソラは長風呂ね? まあ、呑気なものじゃない)」

 

 カラネロの匂いでくしゃみを引き起こされたリリスは、甲板上に近寄って来たアトラに水を渡し、すぐさま橋へと追い返す。

 美楚羅と同じ様に、戦米丸の浴場を借りて一旦身についた匂いや汚れを洗い流してくるように推奨した。

 

「あのままじゃチーズ、全部齧っちゃう勢いだったわ……。──まったく……で、どうするわけ?」

 

 そしてアトラが大人しく置いていった食材を見ながら、リリスは二品目の料理の献立をどうするのかアキトらへと尋ねた。

 

 アトラが持ち帰って来たのは、齧られたチーズと肉のブロック。またしても注文の野菜ではないものだ。

 

「もちろん。今回はトマトがメインさ」

 

 もちろん、リストを事前に覗いていたリリスは、アキトが三つの選択食材の中でトマトを選んでいたことを知っている。

 

 アキトが今、戦米丸の船員に運ばれて来たトマトの箱を指差してそう言う。

 

「あのだから……トマトは入れるなって聞いたんだけど。なんで選んじゃうわけ、野菜炒めなんだけど……」

 

 リリスはゲストの痩せ男から『野菜炒めにトマトは入れるな』と伺っている。その情報はとっくの昔に共有しているはずだが、何故かこの男は不要なトマトしかり、天邪鬼にも野菜ではなく肉などの注文外の食材を二回続けて優先し選んだのだ。

 

 つまり手に入れたトマトは今回オーダーの野菜炒めを作るには、全く適さない食材なのである。他の二つの食材も同様だ。

 

「ジブン、好きなんだ」

「俺も! 今度は何を食べさせてくれるんだリリス?」

「だから、あんたたちの料理を作るんじゃないのよ!」

 

 アキトに続きタイキまでトマト好きをアピールするが、料理を提供するのはゲストの痩せ男。何故かおこぼれを食べる気満々の二人に、リリスは思わず声を上げてツッコんだ。

 

「そうですね……今回はこれにしましょう」

 

「わわっ、え……これってぇ……炭? わわわわわ!!」

 

 ミタライ支部長がリリスへと投げ渡したのは一本の炭。リリスが首を傾げながら見つめていると、次から次へと彼女の両腕と胸元へ炭が投げられ積まれていく。

 

「炙りと鮮度、二種の野菜料理、これで実力を測りましょう」

 

「なるほど。いいね、お手並み拝見といこうか」

 

「お手並み……?」

 

 二品目は二種の野菜料理で勝負を。

 タイキはトマトの箱を、リリスは抱える炭を、アキトは齧られたチーズを、それぞれ調理場へと持ち運んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。