トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第34話 食糧ゼロ

 午後12時05分、船内の調理場に手分けして散っていた六人は集った。

 

「って……食材が何もないんだけど!」

 

「ごめんリリス、アトラと隅まで探したけどどこにも見つからなくて……はは」

 

「肉……」

 

 タイキは青髪を掻きながら、待っていたリリスへと謝る。アトラも協力したが、狙いの肉を見つけられなかったようだ。

 

 リリスが包丁を手に取るも、まな板の上には綺麗さっぱり何もない。

 

 野菜炒めどころかこれでは何一つ炒められない、そして刻めない。帰って来た予想外の結果に、野菜炒めの調理を担当することになっていたリリスが困惑していると──。

 

「その格好は?」

 

「ちゃ、『ちゃんとエプロンをしろ』ってしつこくあの乗客に言われたからよ! って今はそれはどうでもよくて」

 

 アキトがリリスの格好について問う。彼女は赤緑黄のモザイク柄のエプロンと、同じ柄の頭巾を身につけていた。あの痩せ男の客のオーダーに合わせたらしい。

 

 気合いの入ったリリスの格好よりも、今は手元に食材が無いことが問題である。

 

「あぁ。しかしおかしなことに、こうして立派にもキッチンは備え付けてあるのさ。それに」

 

「もう昼時というのに、船内に動き出したコックらしき者の姿を見かけませんでした。これほどの大きさの船ならば、料理番で常駐する者が一人くらい居てもいいはずです」

 

 ミタライもアキトの今言った言葉に乗っかり、探索した船内の不審かつ奇妙な点を洗い出す。この前の黒船には劣る中型船であるものの、航海に必要な食糧がゼロ、そしてコックとして雇われた船員と思われる者が見当たらないのは、通常では考えられないことだ。

 

「しかし調味料と塩は、このようにあったさ」

 

「朗報ですね! 塩があれば山籠りの修行でも2週間はしのげます!」

 

「それはすごいけど! そういうことじゃなくない……しかも海だし……」

 

 そう、調味料類だけはずらり、申し分ないほどに用意されていた。その他料理の補助的に使えそうなものならば、ふんだんにそこのキッチンにある。

 

 塩を手に取り宣った、美楚羅の山でのサバイバル術は気になるところだが、今は船上、海の上。山と同じにはいかないことを、リリスは覇気なさげに指摘する。

 

「ですね……釣竿を作るべきでしょうか……?」

 

「あ、あんたね……って真面目にそれもありそうなんだけど……一体食糧もなしにどこへ向かってるわけこの船? ちゃんと次の舞台に着くん……だよね?」

 

 食糧がないならば釣竿でも作って調達しなければならない。美楚羅の冗談か本気か分からない提案も、現実味を帯びてきたように苦い顔をしてリリスは思った。

 

 この食糧ゼロ船の行き先はどこで、所要航海時間はいくらか。リリスは不安げに皆に問う。

 

「船速を最大限に上げるためとも考えられますが、やはり不自然ですね」

 

「これも修行の一環でしょうか」

 

「うーーん……って、そうじゃなくない! どう考えても引っかかるのは【野菜炒め】のことじゃない! 食糧ゼロの船で、いきなりこんな突飛な注文かけるなんて、絶対おかしいじゃない!」

 

 自分で疑問を呈し、自分で気づいた。

 リリスは、やはりあの痩せ男の口から放たれた〝野菜炒め〟のオーダーに引っ掛かりを覚えたのだ。どう考えても不自然であると、食糧ゼロという前提を知っているからこそ、そんなお題を唐突に出したとも読み取れる。

 

「ほぉ」

 

「ほぉってなに……当たってるの? ねぇ?」

 

 アキトが感心したように頷くと、周りの皆も同じように静かに頷いた。

 

「あながちそれで間違いないさ。イチゴちゃん」

 

 リリスが大人しく問い返すと、アキトはいい笑顔で彼女の言葉を肯定した。

 

「待機場所を離れて何をやっている貴様ら、早く出て来い」

 

「ほらね」

 

 様々な声が飛び交う雑談中、調理場のドアを勢いよく開き現れたのは──強面。

 案内人のラカンが、指定の待機部屋から離れていた六人のことを探し、表へ出るようにと呼び出した。

 

 

 

 六人が案内人に付き従いデッキへと向かうと、何かが近づいてくる波立つ音が聞こえた。

 

 近づいてきたのは船。一隻の船だった。

 

「なんだろう、あの煎餅みたいな形の船?」

 

「さぁ。なんだろうね」

 

 タイキとアキトが並び眺めたのは、大きく平らな形をした船。煎餅という表現が似合う、そんな変わった形をした重鈍そうな船であった。

 

 そして今隣接した赤竜の船と、煎餅船が、互いの甲板までを繋ぐブリッジを掛けた。二隻が船速をゆるやかに合わせ協力したその様子から、やって来たのが海賊船の類いではないことが窺えた。

 

 そして今掛け渡された橋の向こうから、一人の船員が歩き近づいて来る。

 

「私はカタリナ・ゴルドン船長!! 誉れ高き七曜の竜家の血を引くものだ! 海上での速やかな協力ご苦労である」

 

 登場早々そんな恭しいご挨拶から始まった。

 ブラウン髪の女船長が、赤竜船のデッキに集った皆へと一礼する。

 

「なになに……」

 

 一体これから何が起こるというのか。出てきた謎の女船長のことをリリスが訝しげに見る。

 

「さぁ、これに欲しいものを書き込め!」

 

 橋の中途に佇む赤のマントが海風に靡いた。

 すると女船長のカタリナは突然、一枚の紙ぺらを取り出し、それを前方へと投げた。

 

「っととと!?」

 

 ひらひらと舞う紙を目でぼーっと追っていたリリスが、途中──慌てて手を伸ばし、船のへりへと身を乗り出す。船の甲板からタイキが落下しないように、後ろから彼女のことを支えた。

 

 赤髪の少女がなんとかそれを掴み取った様を見て、女船長は愉快に笑った。吹いてきたイタズラな風に乗せて、文字通りちょっとした悪戯をかけたのだろう。

 

 甲板に身を引き戻したリリスは息を落ち着かせ、さっき女船長が言った言葉を思い返し、今手に取った紙を確認する。

 

「え! これって……?」

 

「なるほど、この紙に書かれている中からくれるってことか?」

 

 リリスが紙に書かれた字を見て、目を見開いて驚く。リリスの右肩から顔を出し同じく覗いたタイキは頷きつつ、やがて向こうの女船長に語りかけるように目を合わせた。

 

「ははは、そうだとも!」

 

 カタリナは迷いなく返事し、タイキの呟いた言葉を正解だと肯定する。

 

「ええ!? てことは……隣につけたのが食糧の貨物船ってこと? それはいいんだけど……なんでわざわざ?」

 

 ここまで来ればリリスにも分かる。隣に付けたその平たい船が貨物船であることが。

 

 しかし、何故わざわざそんな遠回しなことをしているのか、まだ納得し切れない部分があった。

 

 リリスはまた、手にした紙を訝しみ睨む。

 

「少し拝借」

 

 何か裏を探ろうとでも睨めっこしていた赤髪の少女から、近寄ったアキトは静かに紙を取り上げる。

 

「いいか、その十種の中から必ず三つを選び、望めば好きな食材を手に入れることができる。さぁ、選べ」

 

 女船長カタリナは説明足らずだった言葉を、付け足し補うようにそう言う。

 

「三つ限定? 必ず?」

 

「肉……肉」

 

 三つ限定なのは引っ掛かるものの、特段それ以外におかしなことは言っていない。リリスは食材のリストを思い出しながら指折り数え、アトラはリスト内に肉があったことを静かに繰り返しアピールする。

 

「うーん、そうだね」

 

 支部長のミタライとアキトが二人でごそごそと相談を重ねていく。

 

「おっ、キャベツがあるぞリリス! 野菜炒めができそうだ!」

「はぁ、そんなにはしゃがなくても分かったけど。もうちゃっちゃと野菜炒めから解放してほしいわね……」

「三つ、意外と難しいものですね……!」

「鶏肉、魔物肉。肉」

 

 タイキ、リリス、美楚羅、アトラたちもリストの中から選んだ三つの食材の妄想を膨らませていく。

 

 海の上での突然の食糧の調達。果たして彼らが熟考し選び抜いた三つの食材とは──。

 

 戦米丸(せんべいまる)の船長カタリナ・ゴルドンはおもむろに橋の下の景色を覗く。海上で佇む二隻の船の間に、また、新たな波が揺らぎ始めた。

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