トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第35話 死の波

 デッキの清掃と補修が終わり、第三回目、食材選択の時間がやって来た。

 

 赤竜船側からは既にタイキが戦米丸へと向け動き出した。するとそれを見てか青竜船側からも一人のコックが橋を渡り始めた。

 

海丁(かいちょう)レモラだ。食材は譲れないがその時はお手柔らかに頼むよ」

 

「タイキです。はは、こっちもよろしくお願いします!」

 

 デッキの上で向かい合い握手をする二人。互いに挑発と睨み合いから始まった一回目、二回目とは違い和やかな雰囲気で進行していく。

 

「あれ? 今度は喧嘩腰とかじゃないみたいね……」

 

「ええ、そのようです。このルール自体戦いを避ける選択肢もある訳ですから。牽制の形にも色々あるのでしょう」

 

「そっ、そう言えばそうだったわね……!」

 

 被りの食材が無ければ争いは生まれない。相手の欲する食材を事前に読み、なるべく被りの起こらないように変更するのも手としはある。それに勝者側には実は、カタリナ船長からチェンジカードが勝利毎に一枚配られている。それを使えば、たとえ被っていても選択した食材を変更することができる。

 

 ミタライの言葉を聞いてリリスは忘れかけていたこの神技の目的を思い出す。そもそもが料理対決なのだ。自陣の船に乗るゲストから提供した料理で点数を稼げればそれでいいはずだ。

 

「おや……どこかで?」

 

「え、何? 知り合い?」

 

 リリスが頷いていると、アキトがデッキ上で今握手を交わした二人を見ながら、静かに顎に手を当てた。

 

 その顔に見覚えがあるのか、知り合いか。リリスが気になり尋ねると──。

 

「あぁ、行きつけの魚屋の主人に似ていた!」

 

「あっ、あんたねぇ……」

 

 人差し指をピンと立てて、どうでもいい事を愉快にのたまう奴がいる。

 

 相変わらずの男の調子にリリスは呆れた顔をし、また戦米丸のデッキへと目を戻した。

 

 すると、微笑を浮かべていたアキトの方は、ふと橋の下の海を見つめる。

 

(あぁ。これはなんだか面白いことになりそうだ)

 

 アキトは微笑を崩さない。やがて海を漂う小さな影から目を離した。

 

 

「珍しく談笑中のようだが、そろそろ所定の位置まで離れておけ。よし──被りの食材は二つ。つまりは…………勝手に奪い合え!!」

 

 例の如く選択食材は被り、カタリナ船長が開始の合図のロープを切った。

 

 タイキは既に剣を抜くが、レモラは柄に手を軽く添えたままなかなか構えない。そうしてじっくりと、睨みを利かせて互いの様子を窺い合っていると──。

 

 レモラがついに抜刀し仕掛けた。待っていたとばかりにタイキも前へと剣を手に向かう。

 

 瞬く間に、両者の繰り出した剣と剣がぶつかる。

 

 慎重な腹の探り合いからぶつかり合った素直な初撃。

 だが、膂力で勝るのは迎え打った青髪の剣士の方か。タイキが鍔迫り合った刃をぐっと前へと押し込んでいく。

 

 レモラの眼前に迫る刃から、青い雷光がバチバチと唸る。ここからベテランの風貌のコックに、その若き剣士の勢いを受け止められる手はあるのか。

 

 じりじりと肌を灼く青き雷刃に──海丁レモラはニヤリと笑った。

 

 するとレモラが被っていた黒いコック帽が、前へとこぼれ落ちた。

 

 その時、何が起こったのか。

 タイキはのけ反る己の体、ぐらつき支える脚、必死に粘るつま先からすぐに悟った。

 

「──!」

 

 だが、気づいた時にはもう天地は逆転し、優勢に押し込んでいたはずの刃は、力を失い相手に届くことは無かった。

 

 そして──。

 

「おっとすまない。どうやら俺の方が、神に愛されていたようだ! レハハハハ」

 

 一歩前へと踏み込みながら真横に振り抜いた曲刀。波立つ船体の上に吸い付くように止まった足裏。灰髪の男レモラが神に祈った様子などない。ただ己の剣を、まるでこれから傾く未来でも予知したように、迷いなく振り抜いていた。

 

 後ろによろついた足を整えながらタイキは、海風に乱れ踊る灰髪の頭に目を凝らす。

 

 胸の辺りが真横に線を引かれたように赤く滲み出す。絡み合った剣劇の末に、肉を切られていた──タイキはそれでも傷をかばうことなく剣を強く握りしめた。

 

 揺らぐ船体、波打つ海、ニヤリと笑う灰色髪。戦米丸の甲板上で刃をかざし、再び向き合う怪しきコックと青髪の剣士。

 

 両者、ロープに吊られて宙で踊る食材の行方などには目もくれず。

 

 血に染まった一太刀と共に、予測不能な波乱の戦いの幕が開けるのだった────。

 

 

 

 

 

 コック帽を捨て置き、男は頭に鉛色の頭巾を、眉が隠れるほど目深に巻き付けた。そうして目付きが鋭く変貌したレモラは、まだ揺れ動く船体の上を前に駆け仕掛けた。

 

 揺れる甲板の上を走り一気に距離を詰めたレモラ、その速さはタイキの予測を上回る驚くべきものだった。

 

 また曲刀が煌めく。危うくも躱すタイキ。

 

 すかさずタイキの放った返しの太刀は、しかし外れる。バックステップで退がる男を捉えることはできなかった。

 

 青い雷光が妖しく明滅する。その青髪の剣士の握る雷刃を警戒するように睨み、レモラは笑った。

 

「おお、怖い。その雷剣、当たればただでは済まなそうだ。当たれば……だがな」

 

「っ……!」

 

 ご丁寧に握手を交わした時とは違い、その灰髪の男の口調はどこか粗暴なものに変わりつつあった。

 

 海丁レモラはあの鍔迫り合いの最中、船が波に大きく傾いた以降も、その流れごとを味方にでも付けたのか。揺れる勢いに乗じて、優勢なペースで戦いを進めているように見えた。

 

「これは奇しくも、さっそく宿題の答えを見せてもらうことになりそうだ」

 

「宿題って……何が……」

 

 アキトの吐いた意味深な言葉に、リリスは分からず心配そうに問う。

 

「このままではタイキ・フジはおそらく苦戦することでしょう。そう、この船上では──」

 

「せんじょう……」

 

 共に観戦をしていたミタライがそう冷徹な目で、波の上を漂う船、戦米丸のデッキを眺めながら「このままでは苦戦する」と指摘した。

 

 アキトもミタライも、それ以上は何も言わずに戦いの模様を見守っていく。

 

 

 そして、今ようやく覚悟を決めたのか、それとも挑発に乗ってしまったのか。今度は自ら前に向かい、一気にレモラへと距離を詰めてみせたタイキ。

 

 しかしまたも繰り出した剣は当たらない。軽快なステップで避けるレモラの身をかすりもしなかった。

 

 だが、その威力は凄まじく。勢いよく振り抜き叩きつけた雷剣は、デッキ上を焼き焦がした。

 

 その瞬間青白くフラッシュする雷光が、避けたはずのレモラの視界一面を染め上げる。

 

 さらにデッキから噴き上がるその雷の中を突き破るように、勇ましいシルエットが緑のマントを焦がしながら現れた。

 

 青髪の剣士はその機に乗じて、最短距離で突貫することを選んだ。視界を撹乱し、レモラを討つために、己の雷の中へと迷わず真正面から飛び込んだのであった。

 

 そして、果敢に意表をついた末にようやく一太刀を返したタイキであったが──。跳ね返ってきたその手応えは硬く、彼の刃を阻んだ。

 

「危ない危ない」

 

「なっ……!」

 

 焦げ裂かれた黒いコック服の右袖は、硬質の物体に覆われていた。

 

 それはギフトか、それとも忍ばせていた装備か。奇妙な小判状をした波打の小盾が、激しい魔光と火花を上げながら襲う刃を硬く阻んだ。

 

「感謝! 感激! 感応! 愛する神のご加護で……仕切り直しだぁあ! 吹っ飛べ、レハハハハ!!」

 

 空からのしかかる雷剣はやがて勢いを失い、受け止める盾が青く妖しく帯電していく。

 そしてそのまま殴りつけるように、帯電した小判状の盾の右腕を、レモラは前へと一気に突き出した。

 

 それはまるで雷の拳の如く唸り炸裂した。

 まさかのカウンターの雷が逆流し、タイキへと牙を向き襲いかかっていく。

 

 上から乗り掛かった無礼な剣士の剣を、雷神の加護を盗み得た硬い盾が、勢いよく遠くへと弾き飛ばした。

 

 用心にも隠し持っていた最硬の盾、幾多の首を海の底に沈めてきた愛用の刀、揺らぐ船上を支配する強靭な足腰。

 

 海丁レモラは崩れない。神に愛されていると豪語する男は、乾いた唇に舌を舐めずり、不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 なんとか海中の場外には落ちずに済んだ──。

 好機に斬りかかったもののレモラから思わぬ反撃を貰い、後方へと弾き飛ばされてしまったタイキ。彼は宙で身を捻りつつ、その身に貰った電流を咄嗟に握る剣先の方へと逃がした。そうして姿勢を上手く制御しながら、やがて船のへりに両足を残し着地する事に成功していた。

 

「俺は神に愛されている! レハハ! そう、誰もこの愛を奪えない! そうだろうタイキいい!」

 

 されど敵は着地に拍手をし待ってはくれない。

 またも神への愛を懲りなく叫び、休まずタイキを攻め始めたレモラ。

 

 船のへりを斬りつけ破壊する──船の揺れを計算したように樽を相手に向かい蹴飛ばす──さらに切ったロープを手に掴み、ついに宙までも自在に泳ぎ、レモラは危険な刃を光らせた。

 

 あらゆる手を駆使しながらデッキを駆ける、踊る。海の戦いを熟知したその苛烈な敵の勢いは止まらない。

 

 

 一方──そんな穏やかでない波の立つ戦米丸のデッキ上で刃を交えもつれる二人の争いを、赤竜船から観戦していたリリスは、じっとしてはいられなかった。

 

「うぅっ、アイツなんなのよ! 神だとか愛だとかべらべらと! いきなり出てきたあの硬い変な右手も! あそこまでタイキの剣を……きっとなんかおかしいわよ! そうなん……でしょ??」

 

 大きな身振り手振りをまじえて、リリスが熱く言葉を発する。神や愛を一方的に語る敵の男の傲慢さと、タイキの剣を何度もいなしたその得体の知れない強さに彼女は眉を顰める。

 

「はい……あの変わった形をした盾に何か仕掛けがあるのでしょうか。タイキ・フジの魔力を受け止めては、それをまるで自分の物のように存分に利用しているように見えます」

 

 ミタライはそんなリリスの怒気と心配をはらんだ言葉を汲み、冷静にも敵のことを言語化し分析しようとする。

 

「おそらくあの時の握手さ」

 

「ふぇ、握手? って……最初にした? あの? ……それがどう関係しているっていうの?」

 

 何故彼はいきなりそんな事をつぶやいたのか。戸惑いながらも問い返すリリスには、アキトという男がまた何かを知っていて、もったいぶっているように思えてならなかった。

 

「見るに──交わしたその際に、既に攻撃と契約は始まっていたのさ。おそらく魔力を解析できるような見えないマーキングをこっそりと手のひらの中でしたんだろう。相手に触れることで初めて、何かしらの真価を発揮する〝寄生型のギフト〟と言ったところか」

 

 リリスの向ける視線と問いかけに、アキトはそう答えた。

 

「ええ!? 寄生型のギフト……ってそんなことが……できるの??」

 

 返ってきた内容のある意外すぎるその答えに、リリスは驚くしかなかった。リリスの全く考えの及ばなかった所から既にギフトによる攻撃が始まっていたのだと、アキトは言葉に詰まることなく指摘するのだ。

 

「今まで見せた慎重かつ大胆なあの狡猾な戦いぶり、確信めいたガードに仕掛け……そのようなモノを事前に接近した段階で撒いていてもおかしくはありません。握手により有効に作動するギフトと捉えるならば、今となってはその空々しい行動と男の性格の変わり様にも説得力があります」

 

 ミタライは熟考しながらも、アキトの指摘を自分の感じた違和感と照らし合わせる。そして、あながちそれも根拠がない訳ではないと、頷いてみせた。

 

「握手なんかでっ!? そんなのアリなわけ!? じゃ、じゃあタイキはアイツと戦う最初からそのギフトで、えーっと……不利を負った状態で戦っていたってわけぇ!?」

 

「さぁ、これはあくまでも彼らの戦い様から逆算して立てた仮説だからね。フフ、妄想が多分に含まれることにはご注意を。それに……普通、一回、二回目に出てきた料理人たちのように自分の得意とするメニューの隠し味を明かすなんて、そうそうしないのさ。だからこそ彼は何度も、こう豪語しているんだろう。『これが神のご加護、ジブンが神に愛されている』のだと──ね」

 

 あくまで仮説と言うが、アキトの話しぶりはまるで、あの狡猾な攻め方を見せる男レモラの心までをシンクロし読んでいるようであった。

 

「これまでシロツメ支部が戦ってきたコンガ・リー・ダンやぺネロ・ペッパー。レモラという男は彼らよりも一段と厄介で危険な相手なのかもしれません。おっしゃるよう、あの余裕、あの雰囲気……まだ何かを隠しているように思えてなりません。対峙しているタイキ・フジにもそう見えているはずです。それだけに、先ほど巡ってきたチャンスの一太刀を逃したくはなかったのが本音でしょう」

 

 正体不明のギフト持ちとの戦いは、それだけ容易ではない。ミタライはタイキの側に立ち、隙のあるようでないその敵の恐ろしさを説いた。

 

「うぬぬ……」

 

 リリスは返す言葉が見つからない。観察眼の鋭い二人の見解に、ただ小さく唸るしかなかった。

 

「もちろん、不利な材料はそれだけじゃないさ。タイキにとっては取り巻く全てが敵のようなものだからね。間違いなく今あの船上の主人公は──海丁レモラ、彼だ」

 

 舞台が違えば、そこに立つべき役者は違う。

 揺らめく船の上の主人公は、海丁レモラ。タイキ・フジではない。

 

(さぁ、一体何を魅せてくれる。CC級賞金首の海の戦士を相手に──)

 

 このからくりに満ちた平たい船に立つのは、格下の剣士と格上の戦士、二人。果たしてその通りか。

 

 瞬きのできない注目の一戦に目を凝らす。結末に向かい荒れ始めたその戦いを覗く道化師は、堪え切れない。

 

 海風が不意に運んだ──痺れる微弱なニオイを嗅ぎつけ、乾いたその唇にそっと微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 海の戦士たるレモラの猛攻を一時凌ぎ切ったタイキは、まだ迂闊には仕掛けない。どっしりとその場に立ち、剣を構え、呼吸を整えた。

 

 静止したその青髪の剣士の姿は、まるで何かを待っている。そう、その者は未熟にも乗りこなせる〝波〟を待つことを選んだように、レモラの目には映った。

 

(レハハ無知無策の馬鹿め、お前が待っているそれは死の波だ! タイミングは(オレ)様次第……つまりそんな素人の瞑想や付け焼き刃で乗りこなすのは〝不可能〟だ、レハハハ)

 

 そこにある経験の差は歴然、そして海を知らないルーキーがこの技を決して見破ることはできない。

 海丁レモラは恐れない。亀のように重鈍に固まってしまった相手を、わざわざ恐れることなどはなかった。

 

 ニヤリと嗤ったレモラは揺らめく船上を一気に駆けた。

 

「神のご加護に感謝を!! レハハハハ!!」

 

 曲刀を煌めかせたレモラは迷いなく、刃を向け静かに待つタイキへと仕掛けた。

 

 そして互いの繰り出した剣と剣が交じり合ったその時──また神がレモラに味方をしたとでも言うのか、突然の大波が船体を傾けた。

 

 天地が逆転するほどの波がレモラに祝福と力を与え、タイキに抗えない罰を与える。

 

 タイキが待っていたのは、そう、レモラが内心で確信していた〝死の波〟そのものであった。

 

 傾く船体、この戦いの初撃と同じように上から剣を被せ押し込むレモラ。致命の刃がぐいぐいと、至近の青髪の剣士の喉元へと向かい始める。

 

 だが、タイキはまだ崩れない。傾く足場で踏みとどまり、粘り強くも耐えていた。

 

 傾くデッキの上でつづく鍔迫り合い。予想外の粘りを見せるその堅牢なディフェンスを、まだ食い破れずにいたレモラは、歯を食いしばりさらに刃を重く押し込んだ。

 

 均衡が大きく崩れたのは、その時だった──。

 

「なにい!? レがぁっっ!??」

 

 後方に体を反るタイキは倒れ込みながらも最後まで剣を手放さず、溜めていた魔力を天に向かい一気に蹴り上げた。

 

「だりゃぁ!!」

 

 波に逆らわず傾くデッキをタイキは落ちていく。

 まるで巴投げのように鮮やかに、自重そして相手の勢いを利用し、繰り出した本命の雷足がレモラの無防備な腹をめり込み打った。

 

「やっ、やった!!」

「上手い……! 軸が合っています……!」

「そうだ、それだ! アハははは」

 

 鳴り響いた雷と共に、今高々とデッキの上から浮き上がった灰色髪の海賊の姿に、仲間たちも叫んだ。

 

 青髪の剣士は、崩れない。敵の刃を受け流し大きな波を乗りこなし、神の愛をも蹴飛ばしてみせた。

 

 

 

 

 加護を賜り神に愛されたはずの男が、一介の剣士に蹴飛ばされた。このままでは船外、海の中の場外コースまっしぐら。

 

 しかし右腕を目一杯伸ばしたレモラは、あの小判状の盾を用いて、視界の端を掠め過ぎようとした帆柱の一つにどうにか触れた。

 

 波打つ柄をした盾は、それがまるで吸盤のように作用し帆柱に引っ付いた。

 

「あぁっ、あと少しだったのに! 運が良いんだから!」

「神は過保護ですね」

「しかしもう視えたね、──8対7で青い方が勝つ。神様もハラハラするルーズベルトゲームがお好きなようだ、フフフ」

 

 帆柱に必死すがりつくレモラの後ろから、赤竜船に乗る敵三人の声が届く。

 

「ッ……こいつら! 好き勝手に意味の分からないことをほざきやがって!」

 

 レモラがちらりと後ろの野次馬たちを睨み余所見をしていると、海風に紛れ鋭く漂って来たのは──殺気。

 

 レモラの眼下には、青い髪の剣士が刃をじっと天に向けたまま待っていた。

 

 「逃げていないでさっさと降りて来い」──無言にもまるでそのように、青髪の剣士が挑発をしているように見えた。

 

「牧場育ちの牡馬が、ラッキーキックの一発で調子に乗るなよ! レハハ……ハーーッ!!」

 

 両足の裏を帆柱に着けたレモラは、止まっていた木から弾むように飛び降りた。そしてそのまま弾丸の如きスピードで、青髪の剣士タイキへと一直線に仕掛けた。

 

 天から舞い降りた鋭い曲刀が、風を切り、デッキを切る。

 

 冷静に躱した剣士タイキは、挑発に乗って来た敵へとすぐさま返しの太刀を浴びせる。

 

 しかし海賊も抜かりはない。堅牢な右の盾で刃を防ぐ。甲高い鉄の音を鳴らし、剣に乗せた青い魔力がバチバチと弾けていく。

 

 剣を押し込むことなく無理をせずに退がった臆病なタイキへと向かい、レモラは盾に受け取った雷の魔力をお返しする。

 

 前方に構える盾からレーザーのように放たれた雷が、はためく緑のマントを追い立てながらデッキを焼いていく。

 

 そしてまた剣と剣がぶつかり合う。揺らめく甲板上の海賊と剣士の熱き攻防が続いていた。

 

「見てっ、タイキがアイツを寄せ付けてない!」

 

 リリスの目から見ても、タイキはレモラに全く遅れを取っていない。先ほどまで隠せず見え隠れしていたような動きの危うさが消えていた。

 

「ええ、動きが格段に良くなりました。まるで別人のようです。船上の敵の動きに遅れなく噛み合っています」

 

 剣の軸はぶれず、揺れる甲板上のステップもぎこちなさが消えた。打ち合わせ通りの剣劇を演じるように、タイキとレモラ、敵同士である両者の刃の対応は噛み合っていた。

 

 ミタライもリリスの発した感想に頷く。

 

「あぁ、比喩ではなくその別人になりきろうとしているんだよ。まったくとんでもない方法を思いついたね、彼は。フフ」

 

「別人に……? 比喩じゃなく……?」

 

 アキトがまた意味深な台詞を呟いた。

 訝しみ眉間に難しそうに皺を寄せたリリスは、顎に手を当てる。その言葉の意味をまだ掴めないが、彼女は彼がきっと意味のある事を言っているのだと思い込んだ。

 

「なるほど……慣れるより倣う──そういう事でしたか……!」

 

 アキトの発言を受けて戦米丸の甲板へと目を凝らしたミタライは、ある事に気づいた。

 

「フフ、見ていれば分かるさ」

 

 不自然に揺れる船体に、依然睨み合うCC級の海賊とBBB級の剣士。

 

 アキトはじっと青髪の剣士の足元を見つめた。

 海賊が豪語していた【神の加護】──その奇妙なからくりを見破る術は既に、クレープのように薄く、微弱に忍び展開されていたのであった。

 

 

 

 

 

(ハァハァ……何故だ、何故奴の動きが急に変わった! 何故素人同然の奴が海賊の戦い方をできている!)

 

 息を切らしながらレモラは混乱していた。

 船上でのタイキの動きが、その剣捌きが、最初の頃と見違えるほどに変容した事に。

 

(何故奴はこの複雑な波をまぐれにも読めるようになった……ただの雷の属性ギフトで、何故だッ!!)

 

 レモラは内心で怒りを募らせながらも、思考を巡らせる中で気づいた。体をくすぐるような感覚が、足元から這い上がって来ている事に。

 

(まさか……! 俺のギフト【魔取引(シャーキング)】を逆手に!? 俺の動きを読んでいる……? 馬鹿な、出来るわけがない!)

 

 レモラが乗っかり利用していたはずのタイキの魔力が仇となったのか。デッキの上を支配した微弱な電流が、既に帯電したレモラの肌をわずかに刺激する。

 

 だが海丁レモラは認めない。

 そのような虚仮威しのまやかしで卓越した自分の動きをトレースするなど、手中のボトルシップを揺らすように正確で不規則なこの波の動きを読むなど、絶対にあり得ないからだ。

 

「この俺が……盗まれるだと! あり得ない、あり得ないぞ!」

 

 絶対にあってはならない──。その傲慢とも強固とも取れる自信とプライドが、レモラの怒りにさらなる火をつけた。

 

 悪名高き海賊は、目の前の青い標的へと仕掛けた。だが──

 

「ぬぐぅ!?」

 

 レモラは前へと駆けていた足をぴたりと途中で止めた。今斬りかかろうとした左腕に、バチバチと肌を灼くような殺気が走った。「あのまま突っ込めば、腕を落とされる」海の戦士の直感か、レモラにはそう思えてならなかった。

 

 しかしレモラが足を竦ませている間にも、青い髪が風を切りギラつくあの赤い瞳が迫る。

 

 今度はタイキが躊躇なく、狼狽える敵へと一気に仕掛けた。

 

 だがこちらには盾がある。イニシアチブを明け渡しても、レモラには堅牢な備えがあった。防御に意識を割くのならば、その未熟な剣に斬られることなどないのだ。

 

「神のご加護を破れるものか! 爆ぜろ! 雑魚め!!」

 

 レモラは雷剣を盾で受け止め、押し付けてくる刃から逆にその魔力を盗み取る。そしてまた剣の威力を弱め、カウンターの雷拳を叩き込もうとした、その時だった。

 

「うおぉ!!」

 

 互いに利用し利用され繋がった青い魔力。それはぶつけ合った剣と盾を一本の綱で結びつけた。

 

 タイキは押し付けていた剣を己の背中を斬るように、そのまま後ろに目一杯引いた。

 

「レがぁ!?」

 

 すると盾をつけたレモラの右腕は、剣と繋がった雷の綱に一気に釣り上げられてしまった。

 

 剣で繰り出したその一本背負いが、激しく揺らめく甲板の上の獲物を高々と釣り上げた。

 

 宙を舞ったレモラの身は、甲板から突き出した太いマジックポールに叩きつけられた。

 

「っが!? ……許さん、許さんぞおぉおタイキぃいい!! にゅゔッ──!??」

 

 思わぬ奇策で堅牢なディフェンスを破られてしまったレモラは、砕けたプライドと煮えたぎる闘志・怒りを燃やし叫んだ。

 

 だが、怒るレモラの打とうとした次の手は封じられてしまうことになる。

 雷の綱がいつの間にか、罪人の身を縛るようにレモラを柱と一体に括り付け拘束していた。

 

「なにぃ!? この離せ! 動け! ──ッは、貴様、何を!! ヤッ、やめろおおぉ!!!」

 

 必死にもがくも、這うように絡みつく得体の知れないこの雷の拘束は破れない。

 そんな焦燥するレモラがふと、足元を見下げると──そこには、そっと剣を抜き出し刃を柱に近づける青い剣士の姿があった。

 

 何をしでかすのか分かりレモラが叫んだ時にはもう遅かった。

 

「【電柱斬(でんちゅうざん)】!!」

 

 タイキはバットを振るよう後ろに力を溜め、そして一気に、剣の刃でマジックポールを叩いた。

 

 叩きつけた魔法の剣から、青い電流が太い柱を螺旋を描くように登っていく。

 

 やがて磔の海賊のいる高みへとそれは到達し、威力を発揮した。

 

 天を貫くような雷鳴が轟く。

 

 容赦のない青い雷が、逃さず縛り付けた海賊を処刑する。

 

 絶叫も起こらない。マジックポールを伝った必中の雷が、海丁レモラの身を激しく打った。

 

 やがてデッキの上に力なく滴り落ちた勝利の音を背に、青年は剣を掲げた。

 

 第三回目、食材選択の時間。その激しい奪い合いを制したのはタイキ・フジ、戦いの中でまた一つ大きな成長を遂げた一人の剣士の姿だった。

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