トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

37 / 56
第36話 ノーチェンジで

 代表して一人。食材の受け取り役に来るように、カタリナは誘い言う。

 

 怪しげな笑みを隠せず浮かべる女船長であるが、要求はとてもシンプルで簡易なもの。剣を向けてするほどのものではないようにも見える。

 

 そして、その運び役に真っ先に志願したのは──。

 

「その役目、さっそく僕に任せてくれませんか」

 

「え? 任せてもなにも…… ?」

 

 シロツメ支部の一行に別クランから力添えに来た美楚羅、彼であった。

 

 しかし、そこまで神妙な面持ちで言う台詞なのだろうか。リリスは少し困った顔を浮かべつつも、無理に止める必要もないことだ。

 

「いいね」

「ええ。では」

「あぁっ、任せたミソラっ!」

「……ぅす」

 

 皆も美楚羅にその役を任せることにしたようだ。

 

「イチゴさんのその溜息、この僕が止めてみせましょう」

 

 すると、美楚羅は改めてリリス(イチゴ)の方を向き直り、そのようなユーモアを込めた台詞を言ってみせた。

 

「食材を貰いに行くだけなのに大袈裟ね……ってあんた! だから私はイチゴじゃなくて、アイツが勝手にそう──」

 

「では行って参ります」

 

 リリスの訂正する声も、気合いの入った雄の声が上からかき消した。

 男は深く頷き、その背はもう甲板を繋ぐ橋に足をかけた。既に、何かしらの心のスイッチが入っていたようだ。ただ前へと向かい道着姿の戦士は歩き始めた。

 

 すると同時に。

 青い船の向こう橋、あちら側からも黒いコック帽が一人。中でもやけに恰幅の良い姿の男が、橋をたわませながら歩き出した。

 

 やがて戦米丸の甲板へと足を踏み入れた両者の間を、カタリナが取り持つ。

 

 そしてカタリナは手にした両陣営のリストを見比べて、口元を上に歪ませる。

 

「教えてやる。貴様らの提出したこのリスト、互いに選んだ食材の被りは──二つだ」

 

 何故そんなことを教える必要があるのか。

 もちろん美楚羅も、太った黒いコック帽の男も問い返しはしない。既に察しのついているところだ。

 

 美楚羅と太ったコックは、ただ真っ直ぐに同じ甲板の上に立つお互いの面を睨み合う。そこに驚きの色など、一切、両者は浮かべていなかった。

 

 黙り睨み合う戦士たちの、熱が滾っているのが伝わる。

 察しの良い彼らに細かな説明など野暮かもしれない。だが、今は竜曜の七曜血選を不足なく円滑に取り仕切る必要がある。

 

 カタリナは向かい立つ両者を存分に睨ませたまま、神技の説明を続けた。

 

「初回ゆえに勝手が分からぬ者もいるだろう。どちらかが今その被りの二つの選択を取り下げるのならば、特別にこの【チェンジカード】を、この戦米丸の船長である私から一枚贈呈する。一度だけ一つの食材の選択を変えられる札だ。従ってこれを用いれば合計で二つ、既に放棄した被り以外のリストから任意の食材を手に入れられることになる。説明は以上だ──さぁ、どうする?」

 

 カタリナはおもむろにカードを一枚手に取る。被りの食材を諦めた者に、特別にこのチェンジカードを差し上げると提案するが──。

 

「ブハッハ、悪いことは言わん大人しく取り消せ痩せ小僧。その貧弱な体躯では、1gとて我が肉を奪うことも断つこともできん」

 

 太った黒いコック帽の男。コンガ・リー・ダンは、目の前に一丁前に睨み立つ、線の細い道着姿の男を挑発した。

 

「いえ失礼ながら、体躯だけで勝負事を決めるのは早計かと。よければあなたの育てたご自慢のその肉を、芯まで貫き震わせてあげましょう。現剣流のこの拳で、この──僕がっ」

 

 しかし美楚羅は巨体の圧と汚い挑発に動じない。前方の蓄えられた肉の塊の腹に向けて、静かに拳を突き返し、勇ましく応じた。

 

「威勢の良い戯言の掛け合いは、もうその辺でよかろう。さぁ、これが最終猶予だ。どうするっ!」

 

 もちろん猶予など要らない。

 

「「ノーチェンジで」」

 

 どちらの腹にも、既に描く答えは決まりきっていた。

 

「はははは。良かろう。だが……あいにく我が船に積んだ食材は、どちらにも与えてやれるほど多くはない。では──欲する二つの食材をかけて、両者……勝手に奪い合え!!!」

 

 カタリナは抜き出した剣で、彼女の背後に吊るされていた紐を、身を捻らせながら勢いよく切った。

 

 すると──。

 美楚羅とコンガ・リーの背後上空に、二つの肉塊が縄に縛られ吊るされていた。

 

「貴様らの立つ場は、対魔コーティングを施された特別なデッキだ。この広大かつ堅固な戦米丸の船の上では、各自が用いるいかなる武具・手段も罰しはしない! そして竜が長首を伸ばして待つ己の船へと、見事、今吊るされたそれらを持ち帰ることができれば……望み通りにくれてやろう!! さぁ、飢えた海の戦士たちよ。お目当ての食材を賭けて〝奪い合え〟!!!」

 

 戦米丸の甲板上で行われるのは、まさかの無法の奪い合い。どうしても譲れないのならば実力行使で奪い合うしかない、それがこの船の上での唯一の道理。

 

 勝負は赤・青の竜がそれぞれに腹を空かせて待つ、各陣営の船へと、これ見よがしに吊るされた食材を持ち帰るまで。

 

 美楚羅とコンガ・リー・ダン。二つの肉塊を賭けた二人の戦士の争いは、もう始まっている────。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。