トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
唐突に始まった勝負を取り仕切るカタリナ船長から、ルールの全容を頭に把握した美楚羅は、即座に背を見せて吊るされた一つの肉の元へと走り出した。
まずは自分の属する陣営の船へと目的の食材を確保することが先決。そう考えるのも作戦の一つである。
しかしあれだけ睨みを利かせ合った相手から、一時でも背を向けるなど──。
「臆病者のチキンめ! 言ったろう? 貴様にくれてやる肉などないと!」
宣言通り、意志を曲げずに道着の背を追って来たコンガ・リー・ダン。
ロープに吊るされた肉塊へと手を伸ばそうとした美楚羅の悠長な行動を咎めるように、巨体を揺らし後ろから突進を仕掛けた。
巨体の足はそれほど遅くはない。思わぬ執念が猛追し、真正面の勝負から逃げた美楚羅を轢き倒さんとする。
しかし、肉塊へと伸ばした左腕は今ぐっと脇を締めるように戻された。そして、道着姿はその勢いを利用し、くるりと独楽のようにデッキの上を鋭く回転した。
「行きますッ!!」
そんな掛け声と共に、一転し放たれたのは現剣流の正拳突き。美楚羅の右拳がドシドシと足音を立て迫った無防備な巨体へとめり込み、一気に後ろへと吹き飛ばした。
「執着を利用したか。
赤竜船のへりで平らな舞台を観戦していたアキトが、小さく呟く。
掛け声は要らないが、正々堂々、一対一を好む美楚羅の性格からは予期できぬ良い仕掛けであった。どことなく、舞踏円月での敗北からの学びが垣間見えたようにも思えた。
だが、アキトは微笑わない。
表情を変えず目を凝らし、戦米丸の上でまだ続く戦いの様相を見つめた。
「おっと、もやしにしては芯のある良いパンチだな。つい油断して足を滑らせた。ブハッハハ」
思わぬ返り打ちに合い、デッキに痛々しく転がったはずのコンガは、なんと何事もなかったかのように寝転ぶ巨体をゆっくりと上げその場に立ち上がった。
そしてコンガは大胆不敵にも笑い、痩せた道着男に向けた太い指を、己の側へとくいくいと揺らす。
そんな誘う挑発に乗るように、美楚羅が再び踏み込み追撃の拳を打ち込んだ。
しかし、腹の正中に今的確に叩き込んだと思われた美楚羅の拳は、先ほどの手応えよりも敵の腹に深く沈み込んでいた。
めり込む拳の威力・形・硬さ・手応え。受け取ったその全てを、柔軟な腹肉がぴたりと吸い付き解析する。
「貴様のパンチ貰ったぁ、【ジャストミート】!!!」
「……ぐっ!」
そして衝撃を吸収し今反射するように弾んだコンガの腹肉が、小突いてきた不遜なその拳を一気に外へと押し返す。
美楚羅はコンガの丸みを帯びた大きな腹に、突き入れていた右の拳ごと、細身の体を大きく後ろへと弾き返されてしまった。
「心地良いなかなかの加減で、肉叩きをしてくれたご褒美に教えてやろう。俺の
船上に固定され置かれていた樽が、勢いよく壊れる音が鳴る──。
今盛大に吹き飛ばした相手へと、コンガは己の身に仕込んだギフトの種明かしをしつつ、上機嫌に嘲った。
「さぁ、研究だ! 今度はこの
際限なくテンションを高めたコンガ・リー・ダンは、吹き飛ばした敵へと容赦なく追撃を仕掛けた。
そして今跳躍した巨大な影は、美楚羅の立ち上がった地へと、空気を押し潰す衝撃音を打ち鳴らす。
「素速い……!」
「見かけによらずと思ったか! 弾性を最上級に高めた俺の肉はこうして悠々と空をも駆ける。地面に生え立つもやし共に、この素晴らしき肉の美学は分かるまい! そしてェェ今にして知らしめてやると言うのだ、天才コックの研究の成果をッ、ブハッハははーーーー!!」
大ボリュームの腹で尻で地を圧し、巨体は宙を高々と軽やかに跳ね回り続けた。
鳴り止まない雨の如きジャンピングプレス攻撃の連続に、美楚羅は左右上下に激しく揺れる甲板の上を踊り避けるのが精一杯であった。
「どうしたどうした! 宣言通りに貫いて見ろ! 痩せっぽちの骨なら少しは刺さるかもしれないぞぉおお!!」
益々ノリに乗り、弾む黒い威圧。
巨大な肉の塊が俊敏に宙を好きに舞う。休みのない猛攻が、なおも美楚羅の体を押し潰さんと襲い続ける。
コンガ・リー・ダンの持つギフト【肉質研究】。牙を剥いた黒いコックの研究の成果は、道場で鍛えた拳をも粉砕する重い一撃と化す。
それでも強いられる肉弾戦。終わりの無い巨体襲来の雨。揺さぶるデッキの上に散る汗粒。死地に追い込む者、窮地に追い込まれる者、息も吐かせぬ勝負の行方は──。