トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第38話 嘘と玉ねぎ

 完全に意表を突いた鋭い蹴りが決まった。

 

 デッキの上には微塵切りにされた原型をとどめていない玉ねぎの白と、ふわりと宙を漂い落ちて来た黒い野球帽子が一つ。

 

「フフ────染みるじゃないか?」

 

 だが、その道化師は立ち上がる。薄気味の悪い声と笑みで、自分を蹴り飛ばした料理人の目をじっと見つめている。

 

 そして遠くで煌めくレイピアの切先が、ゆっくりと動かされ料理人の足元を指した。

 

 ──右の靴、その甲の辺りには一本の鉄串が刺さっていた。蹴りと同時に攻撃に用いていたはずの串が、何故か逆にペコロの方に突き刺さっていたのだ。

 

「野郎……ッ──!」

 

 ペコロ・ココットは歯を食いしばりながら、自分の足に刺さったその串を抜き取った。

 

「次はどこに刺さるとおもう? フフフ……」

 

 真っ直ぐにレイピアを向け直した男から、ぞわりと押し寄せるのは、ただならぬプレッシャー。

 

 この相手は普通じゃない。だが、ここで逃げることもできない。

 

 やがて、赤く染まった鉄串が賽を投げるように傾くデッキの上を転がった。

 

 ペコロ・ココットはそれでもナイフを逆手に構えていた。

 

 

 

 

 

 

(フム……これ以上突ついても、仕方がないか。さっきの試合で今日の収穫はもう十分だしね)

 

 途中で負った足の負傷が最後まで響いたのか、両者が再び切り結んでいったそこからの展開は一方的にも見えるものだった。

 

「ま、そうそう裏切られやしないさ。強さは嘘をつかないからね」

 

 緩めたり壊れたりしない限り、力量差の通りに概ね物事は進む。期待を裏切るような幸運や波乱は滅多に起こらない。そして勝負事とは白熱するが故に冷たく残酷にもなれる──その事を冒険者アキトはよく知っている。

 

「ただの人殺しに興味はない。そろそろ〝閉店〟願おうか」

 

 この勝負はもう結末が見えている。赤く染まったコックの制服がそれを物語っている。切り結びながら過程を存分に楽しみ終えたアキトにとっては、もはやその先に興味は失せつつあった。

 

 後は閉店の仕方だけだ。レイピアを離れた間合いで突きつけながら、アキトは料理人に気の利いた返答を促した。

 

「ぜぇ……はぁ…………黙れよ、薄笑い野郎!」

 

 疲れ項垂れていた飴色髪の男が、不遜な声を発する。

 

「……お釣りがまだだろうが!」

 

 正面に上げた顔、クリーム色の瞳に消えかけていた闘志が再び燃え上がる。

 

 そして今、再燃したその闘志が乗り移ったように、燃え盛り出した刃。

 

 コックは逆手に構える事をやめた。

 もうなりふり構わない。握る熱きナイフを手に、魔力を漲らせていく。

 

 突然にも解放された未知のギフトに、道化師は拍手を送らない。

 

「いいね────()ろうか」

 

 前菜を食べ飽きた頃にやって来たメインディッシュ。まだ、その意固地なコックの店からはご退店させてもらえないようだ。

 

 冒険者アキトは微笑わない。黒い眼で鋭く敵を睨み据えた。

 

 同じく剣に火の魔力を灯し、今、鏡合わせのように向かい立つ。

 

 第二ラウンドのゴングはない。

 デッキを駆ける足音を止め、やがて刃と刃を重ね合わせる。鉄を打つ鋭い剣音を響かせ、二振りの荒ぶる火が激しく混ざり合った────。

 

 

 

 

 

 

 ぶつかり交わる二つの火刃が、作り上げるのは今晩の料理ではない。鋭い鉄が火を纏いながら、互いの肉を切らんと鎬を削り合っていた。

 

「ただの玉ねぎのために命を捨てるのかい。変わり者だね」

 

「……ただの玉ねぎじゃねえ。俺の料理は、これがないと始まらねえんだよっ!」

 

 ただの玉ねぎに対して異様な執念を見せる料理人ペコロ。練度の高いレイピア使いを相手にも慄くことはなく、不退転の覚悟でそのナイフを必死に振るい食らいついていた。

 

「フゥン、でも、生のままでは辛くて好きじゃないね。少し、──アげていくよ」

 

「あぁ、骨までカラッと焼いてやるから安心して切られやがれッ!」

 

 鳴らしつづける鉄の音と火の音が、取り巻く海の波音さえもかき消した。

 

 アキトとペコロ・ココットは、揺らめく不安定な甲板上で切り結びつづける。

 

 再び始まった被りの食材を賭けた、危うい危うい剣劇勝負。

 一度火のついた二人の刃はもう消えることなく、ぶつかり火花を咲かせながら、荒ぶるその激しさをさらに増していった。

 

 

 

(お相手のギフトも気になりますが……一体どういうからくりなのでしょう。雷に今鏡合わせのように起こした火、そして風の盾……私の目で確認できるだけでもこれまで三つの属性ギフトを彼は用いたことになります)

 

 彼女の目にとても遠くに映る黒髪と飴色髪がとても近くでぶつかり合い、力強いステップを踏みながらもつれ合っていく。

 

 コックと冒険者、男同士の二人の譲れぬ勝負。中々落ち着くことのない戦いの模様を観戦していた支部長のミタライは、その勝負の行方や優劣、過程よりも気になることがあった。

 

 そう、ただのギフトではない。冒険者アキトの持つ特異なギフトについて、歓声も上げず彼女は独り静かに心の中で考え始めた。

 

 これまで得た情報で彼が操るのは三つの属性ギフトだと判明している。リリスやタイキがそれぞれ一つの属性ギフトのみしか持ち合わせていない事を踏まえると、これだけでも異常な事だと窺える。だが彼という底の見えない人間を語る上で、考えるべき問題はさらにあった。

 

(カードに花札、そして示現した獅子の顔を模した奇妙な石円盤は……あちらで見たことがあります。つまり、そこから導き出される彼のギフトはおそらく────)

 

 彼のギフトはあまりにも多彩。

 果たして本当に手先の器用なだけの道化師なのか、それとも三属性のギフトを扱う優れた冒険者という肩書きだけなのか。

 

 ミタライは、甲板上で笑うように踊る火と、夜空のように深い黒髪の行方に目を凝らした。

 

 

 

 

 

 

 宙を切り裂き描く、互いの視界を真っ赤に染め上がる火刃、その勢いが止めどなく増していく。

 

「見せてみなよキミのギフト、一流のお味はこんなもんじゃないだろう?」

 

「てめぇの曲がった物差しで測るな! 俺は料理人だ、てめぇらイカれた冒険者のお遊びと同じにするな! 冒険者なんて海賊と同じ、誰かが死ぬまで、いや死んでも……無駄なことを追い求めてばかりの馬鹿しかいねぇ!」

 

 必死にナイフで切り結ぶ中、ペコロはそう言い捨てた。

 目の前に映る冒険者の取るレイピアと、料理人の自分の握るナイフの意味は違う。料理人として生きて来たペコロの矜持が、自由奔放な冒険者どもの汚れた剣と、真に重なり合わさることは永劫にない。

 

「あぁ、冒険者とはお馬鹿で罪深い生き物だ。いつもジブンの利しか考えちゃいないそんな粗暴な連中さ」

 

 アキトはペコロが今吠えたその考えを受け入れ、肯定してみせた。

 

「たとえ──ナイフを逆手に持ったってその事実は変わりやしないさ。フフフ、そうだろう? イカしたお馬鹿さん」

 

 しかし冒険者は同時に挑発する。順手であれ逆手であれ、鋭いナイフを今目の前で手にした、その飴色髪の料理人も同類であると──。

 

「ッ、クソ野郎がぁああああ!!」

 

 ナイフを宙に投げ上げ掴み、怒り叫んで振るった一撃。ペコロは熱された魔力と力のままに、ナイフを敵へと切りつけた。

 

 ぶつかり重なり合わさるレイピアとナイフ。

 限界まで赤熱する刃、幾合も斬り合い高めあった火の魔力が呼応し、やがて炎が爆ぜた。

 

 火刃と火刃が真正面から交差し、生まれ咲いた球状の炎。船上に今までの小火とは比較にならないレベルの爆発が生じた。

 

 行き場を失った魔力が大きく爆発した後──頑丈な甲板上に、赤い炎が妖しく揺らめく。

 

 静まり返るその只中に立ち、赤い火の粉を浴びながら向き合う二人の男がいる。

 

 海風に流れた薄煙のベール。そこに朧げに浮かび出した冒険者の顔は、そっと微笑した。

 

 対面に立つ飴色髪のコック。彼は傷だらけの体も気にせずに、じっと前だけを見る。真正面に立つ黒髪の男のことを、瞬きもせず睨みつけていた。

 

 だが、しばらくしてコックはその目を睨む冒険者から離した。

 

 するとコックは順手に握っていたナイフを逆さにし、デッキの上におもむろに屈み、それを突き刺し置いた。

 

「…………閉店だ。これ以上てめぇにやるメニューはねぇよ、薄笑いの冒険者。やりたきゃ勝手にやれ」

 

「それは残念だ。良いコックの飯にありつけなくて」

 

 冒険者の返した言葉を鼻で笑ったコックは立ち上がると、デッキ上に無造作に落ちていた玉ねぎを一つ拾い上げた。

 

 そして、無防備な背を向ける。ペコロ・ココットは戦わない。

 

 アキトが今見つめた──デッキに深く突き刺した一本のナイフは、まだとても熱帯びている。

 

 料理人はもう振り返らず、影を追う冒険者は目を逸らさない。

 

 そのままゆっくりとした足取りで橋を渡り、玉ねぎ丁ペコロ・ココットは大事な食材を片手に、揺らめく戦いの舞台から去って行ったのだった────。

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