トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第39話 魔油

 一、二、三匹。銀の顎を輝かせ、黒い蛇が肥えたコックへと襲いかかる。

 

 複雑な軌道を描くこの攻撃は、そうそう見切れやしない。コンガ・リー・ダンは美楚羅の操る髪蛇に拘束されてしまった。

 

 黒い髪が四肢に巻き付き動きを封じる。髪飾りの銀の顎を開け、今にも噛み付かんばかりに黒蛇が威嚇をする。

 

「ぬぐぅ!? 小癪な……」

 

 それはまさに【髪芝居】。変幻自在それよりも高度、まるで生命を得た蛇のように苛烈に襲いかかった美楚羅のギフトは、武芸の達人でも見切ることはままならない。

 

「気を落とさなくても大丈夫です。この技を初見で見切れたのは、師範とあの方ぐらいです」

 

 美楚羅は完全に拘束したお相手に対して、そう言った。拳と同様に、自分の鍛えたギフトに強固な自信を覗かせた。

 

 銀の顎が耳元でカチカチと噛み合わせる音を鳴らしている。降参を促すような芝居仕草で、コンガに問いかけているようだ。

 

 まさに形成逆転劇。コンガ・リー・ダンの【肉質研究】も、こうきつく体を縛られては身動き一つできやしない。ご自慢の肉質を美楚羅の髪質が勝った瞬間であった。

 

「ブハッ……!」

 

「?」

 

 しかし、窮屈な拘束と蛇の威嚇に、汗を垂れ流し焦燥の表情を浮かべていたコンガは、突然ニヤリと笑い出した。

 

 その不敵な笑みの意味が分からずにいた美楚羅であったが、すぐに気づくことになった。男のかいている汗が──尋常ではないことに。

 

「ブハッハ、その表情ようやく気づいたか? これでその長ったらしく伸ばし操る髪のままごとは、満足に使えまい。今俺が体外へと分泌したのは汗ではない。俺の中で調合した最上級の【魔油(まぶら)】だ。その魔油に浸された如何なる物も、俺にしか上手く味付けできないのさ。この意味、分かるだろう?」

 

「っ!?」

 

 それは汗ではない。油であった。

 体外に分泌され垂れ流された特殊な魔油により、浸され、濡れた、美楚羅の黒髪の拘束が徐々に力とコシを失うように緩んでいく。

 

 コンガ・リー・ダンはその締め付けに抗わず、なんとも悠々と、脱出不可能に思えた髪の拘束から抜け出して見せたのであった。

 

 

「なるほどね。これは誠に素晴らしい研究の成果だ。既にジブンの魔力を帯びたしつこい油で毛先までコーティング、髪を通すお相手の繊細な魔力の流れを阻害するには、もってこいのナイスアイデアだね」

 

「……ぅぎっ! って、ちょっとあんたはさっきから、敵ばかり褒めて少しは黙ってなさいよ!」

 

「フフフ、すまないね。つい、己のギフトに研究熱心な者は敵であれ見過ごせなくてね」

 

「何なのよ、ほんとにもう……!」

 

 厳しい表情で戦いを見守るリリスをよそに、肉丁コンガ・リー・ダンの研究成果に、観戦しながらも一目を置くアキト。

 

 ぶつかる肉に対しては髪を、縛る髪に対しては油を。魔油により美しき艶髪が濡れる。そんな逆転劇に次ぐ逆転劇。

 

 まさかの防衛手段を分泌され、ギフトの機能不全にまで追い込まれてしまった美楚羅。またしても窮地に立たされた彼が、ここより魅せる一世一代の芝居とは──。

 

 赤い瞳はそれでも逸らさない。打開策を裏の背に編みながら、美楚羅は嗤う巨敵へと拳を構えた。

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