トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第40話 玉ねぎ炒飯

 徐々に浸水が始まった青竜船の待機室に、三人の黒服のコックが雪崩れ込んで来た。

 

 水音を湿った床に跳ねさせながら、今料理が運ばれていく。ゲストの待つ食卓に、熱き鉄板の上に焼き置かれた肉らしき物が並べられた。

 

「肉丁コンガ・リー・ダン特製の【鯨肉のスパイシーソテー】だ。こちらの半人……ッ、濃厚玉ねぎソースもお好みでつけてッ! さぁ、お熱いうちに召し上がれ!」

 

 肉のスペシャリストである彼、肉丁コンガが焼き上げたその肉の見栄えは、とても美味しそうだ。

 

 真っ赤なスパイスの化粧をまぶされ、熱された鉄板の上で焼き音をジュージューと上げている。その弾ける耳触りの良い音は、脂の乗っている上質なお肉の出す音に似ている。

 

 小さな器に入った濃厚玉ねぎソースもぐつぐつと煮えながら、肉に合うであろうとても良い香りを醸し出している。

 

 さっそく出された肉料理の匂いを嗅ぎ出したゲスト。ミーシャ・クーポは丹念に鼻を鳴らすが、ツンとするスパイスやしつこい魔油、フルーティーな玉ねぎなどの複雑に絡まり合う匂いに、首を傾げていた。

 

 そして、既に切り分けられていた肉の一つをミーシャがおそるおそる口の中へ運ぶと──。

 

「ナッ──ナナナナナなんだこれはぁーーーーっ!! 臭い!! 辛い!! 不味いのだーーっ!! おまけに……ぺっぺっ……味も濃すぎて訳がわからないのだ!! しかも、てんでコンセプトがバラバラ!! ミーの繊細な舌の細胞を全て殺す気なのか!! 肉質もブヨブヨで硬くて最悪!! ミーのお肉レコードのワーストを更新しそうなのだ……。うぇぇ……まだ口の中が樹海……いや深海……孤島・混沌!? まったくここはどこのだ……!!? 水みずみずぅーー、ぷへぇ……このままではミーの舌が死んでしまうのだ……。むむむむとにかくッ、早くこれを下げるのだ三流コックども!!!」

 

 ミーシャ・クーポはその一口に驚愕し、怒鳴った。とても濃い悪臭の漂う混沌とした味付けに舌をやられたゲストの彼は、コップに入った水を全部飲み干した。そして即刻この料理未満の物を下げるように立ち並ぶ三流コックたちにきつく言い放った。

 

「いいから黙って食え! わがまま野郎!」

 

 しかし、ペコロは即座にゲストの小太りへと怒鳴り返す。ゲストが投げ捨てたフォークを拾い、分厚い鉄板上の肉へとドンと突き刺した。

 

「ひぃっ!? なっ、何を言うのか! ミーはお肉しか死んでも食べない! これはお肉とは呼べないのだ! 何がスパイシーで鯨肉だ、きっと腐った深海魚か何かで偽装しているに違いないのだ! ミーの鼻は誤魔化せてもこの繊細な舌は誤魔化せないぞぉ!」

 

 だがゲストのミーシャ・クーポは脅されようとも首を横に振り、その料理を拒んだ。これが鯨肉の肉質と臭みと味な訳がない、その自慢の舌から得た情報で、三流コックどものお肉の偽装を逆に疑ってかかった。

 

「うるせぇ死ぬのはてめぇ一人にしろ!」

 

「半殺しにしてから腸詰してボイルするぞこら!」

 

「今だ、そっちを押さえろ! やむを得ん、口を掻っ捌いてでも食べさせろ!」

 

「「応!!」」

 

 もはや、やむを得ない。そんな背に腹はかえられぬ状況で。三人のコックたちは協力し、荒々しくも椅子に押さえつけ拘束したミーシャに鉄板の熱々の肉を食べさせようとする。

 

「やめろはなせえええええミーは死んでもこんなもの食べないのだーーーーミーはドーラ王国の第六王子だぞおおおおお」

 

「大して偉くねぇ!」

「聞いたこともねぇ!」

「死んでからでも食べさせる!」

 

 喚き必死の抵抗をする小国の第六王子だが、そんな事は露知らず、三人のコックたちはその行為を続行する。

 

 そして今ようやく、わがままばかりを宣う口を差し込んだ指で強引にこじ開けた。暴れた末についに横転までした椅子。三人のコックが仰向けにした小太りの第六王子の口内に、無理やり熱々の料理を詰め込もうとした、その時──。

 

「……あのぉー、肉じゃが作りすぎちゃって? はは」

 

「「「はっ??」」」

 

 怒声を上げ慌ただしくしていた三人のコックは、今開いたドアの方を一斉に振り返る。今全員の耳に聞こえた緊張感の欠片もない声に、同じように口を揃えてリアクションして見せた。

 

 開かれたドア前のそこには、どこかで見た気しかしない青髪の剣士の姿が苦笑しながら立っていた。

 

 敵側の青髪の彼が剣の代わりに持っていたのは、小ぶりの鍋。こんもりと山盛りに詰めた肉じゃがを手にして。

 漂い出した淡い煙と落ち着く素朴な匂いの先、三人のコックの視界には宝石のようにも見えた赤い瞳が今、誘い笑うようにギラついた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの光景は、まさに圧巻の一言だった。

 赤竜船から使う予定のなくなった大量の肉を〝お裾分け〟された青竜船の料理人たちは、そのプライドにかけて凄まじい手際と確かな技量で腕を振るい始めた。タイキの持ってきた肉じゃがを前菜代わりに、次々と運ばれてくる絶品肉料理の数々。

 

 限界まで腹を空かせていたミーシャ・クーポは、先ほどのこともあってか最初こそ警戒していたものの、一口食べればその美味さに何度も大きく頷き、次々と目の前の肉メニューをわんぱくに平らげていく。

 

 ゲストの胃袋が満たされるにつれ、『ゴゴっ……』と音を立てて青竜船がその船体を海面へと再び浮上させていく。船首の青竜が口から吐き出していた海水の勢いも、次第に細く、穏やかなものへと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

「これって、いわゆる『敵に塩を送る』ってやつか?」

「塩じゃねぇだろ? 俺たちが今運んでるのは肉だぜ?」

「たとえだよ、たとえッ。チキュー人がよく言う」

 

 戦米丸の船員たちが赤竜船から送られてきた食材を、橋渡し役をし、青竜船へと運び出しながらガヤガヤと楽しげに騒ぎ合っている。

 

「ただゲームを楽しんでいただけか。喰えない奴め。──フッ」

 

 肉を喰らい、海の藻屑にならずに済んだ一隻の船。

 

 器に盛られた冷めたジャガイモをフォークに刺し、一つその味を見た。カタリナ船長は、海上に堂々と浮上していく青竜船の生き生きとした様を、甲板上に吹く爽やかな海風と共に眺めた。

 

 

 

 

 

 

 一方、赤竜船では──。

 飴色の髪が、火の迸るマジックコンロのそばで鍋を豪快に振るい揺れている。何の気まぐれか、青竜船に乗っていたはずの料理人ペコロ・ココットが赤竜船までやって来て、こちらのゲストに振る舞うための料理を一品作り始めた。

 

「出来たぜ! これこそ一流シェフの作る【玉ねぎ炒飯】だ」

 

 お玉で掬いドンと机に置かれた、皿の上に艶めき光る完璧な黄金色の炒飯。

 

「おっ、おお……! 凄い手際! って──ちょっと待って、野菜炒めは!?」

 

 マジックコンロの火を管理し料理の助手を務めていたリリスが、そのあまりの見事な出来栄えに感心しつつも、すぐに我に返って鋭いツッコミを投げかけた。

 

 オーダーの品は炒飯ではなく野菜炒めなのだ。どれだけ見事な一品でもそれは別の料理ではないのかと、そのコックのことを疑いかかる。

 

「気じゃねぇな」

 

 ペコロは頬を指でかきながら、ぶっきらぼうにそう言った。

 

「気じゃないって、あんたねぇ……」

 

 またしても、オーダーの野菜炒めは完成しなかった。もはや様式美と化したその展開に、リリスは軽い溜息を吐いて諦めた。

 

「おっと仕上げを忘れていた。──よし、持っていってくれ!」

 

 リリスは目を見開いて頷いた。最後に芳しい特製のソースをかけたその料理を、言われたように待機部屋へと運んでいく。

 

 

 

 さっそく待機部屋へと提供された出来立ての一皿。部屋内に居合わせたシロツメ支部の一行は表情を引き締めて、食卓にてゲストの行う審査の行方を見守っていく。

 

 提供された美しい炒飯を、しばらく無言で眺めていた痩せ男のゲスト。

 彼は慎重にスプーンを運んで一口目を口に含むと、その瞬間に目を大きく見開いた。そこからはそれまでの静けさが嘘のように、ガツガツと食べるスピードを上げスプーンを動かし始める。

 

「強火で一気にコーティングされた米粒の素晴らしいパラパラ感……それでいて、玉ねぎのシャキシャキとした瑞々しい食感が一切損なわれていない。野菜の扱い方を熟知している証拠だ。さらに、この真ん中の山の窪みに落とされた飴色の玉ねぎソース──これを崩し混ぜることで、料理のコクが爆発的に増す。炒飯の可能性……いや玉ねぎの可能性を計算され尽くした完璧な味変だ……!」

 

 ゲストの痩せ男の見せたその見事な食いっぷりと最高の批評に、ペコロは「見たことか」と言わんばかりに、隣に立つリリスの脇腹を静かに肘で小突いた。

 

 やがて、ゲストの痩せ男は息を整えてスプーンをまっさらな皿の上へと置いた。

 

「……よって、この料理は9点だ」

 

「えええっ!? 9点!?」

 

 リリスは驚愕のあまり声を裏返した。オーダー違いの料理を出したというのに、この【竜曜の神技】において、これほどの高得点が叩き出されるなど夢にも思わなかったのだ。

 

「すっ、すっ、す──」

 

 初めて貰えた高得点にリリスが溜めた喜びの感情を解き放とうとした、その瞬間──。

 

「すかしてんのかお前ッ!!」

 

 ペコロが突然、猛烈な勢いで机に手のひらを叩きつけ、激昂した。

 

「これのどこが9点だ! 言ってみろ!!」

 

「えええ!? ちょっとあんた、なんでこんなに高得点もらってキレちゃってるわけよ!?」

 

 慌ててその場に割って入るリリス。しかし、ペコロの料理人としてのプライドは衰えるどころか、なおさら激しく燃え上がっていた。

 

「なんでもこうもあるか! 俺は今日、間違いなく最高の玉ねぎ炒飯を作った! 10点満点以外、認められるかよ!」

 

「えええ……そ、そうなの? ハードル、高めっ……」

 

 リリスはペコロの見せたこの料理に対する予想以上の熱気と感情の勢いに押し切られ、それ以上余計な言葉で介入することはできなかった。

 

 しかし、怒り、凄む、睨む、そんなペコロの並々ならぬ気迫を前にしても、ゲスト痩せ男はそうしているのがおかしなほど一切動じることはなかった。

 

 そして静かにどこか遠くを見るような目で、椅子に掛けた痩せ男は語り出した。

 

「……イーラ島。昔、これよりも美味い。すこし小ぶりの玉ねぎを使った、炒飯を作る小さな店があった」

 

「──!」

 

 今ひっそりとつぶやかれたその言葉を聞いた瞬間に、怒りを滲ませていたペコロの表情が豹変した。納得のいく9点に至った理由を問い詰めようと、食卓に張り付けていた不遜な手が思わず離れていく。

 

「まさか、お前……」

 

 ゲストの痩せ男は、静まるその席から今ゆっくりと立ち上がった。

 

「彼女によろしく伝えておいてくれ」

 

 纏う衣服の裾を整え、出口へと歩き出そうとした男の背中。しかしペコロはそれに目を逸らし、俯き気味に声を絞り出した。

 

「……いねぇよ、もう。少し遅いぜ、常連さん」

 

 投げかけられた言葉に、男の足がピタリと止まる。

 

「……そうか。それは残念だ」

 

 哀愁を帯びた少し悲しげな背中は振り返り、男はとても静かに言葉を返した。

 

「また……近いうちに伺おう」

 

 今度こそゲストの痩せ男は振り返らず、そうあやふやな約束を言い告げて、待機部屋を去っていった。

 

 出てきた一皿の炒飯に、思わぬ久々の出会いがあった。

 

 されど、痩せ男の知るその島の小さな店はもうこの世界には存在しない。

 

 9点──まだまだ母の味には及ばない。ペコロ・ココットは机上に残された一枚の皿を手に取った。

 

 冷たい空気が開いたままの戸から吹き抜ける。米粒一つすら残されていない完食された皿だけが、彼の手の中にあった────。

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