トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第40話 渦八卦

「貴様のコースメニューはもう終わりか? なら俺様から行かせてもらおうっ! 【油層回走肉車(ゆそうかいそうにくぐるま)】!!」

 

 魔油を纏い、回転運動を始めた肉の塊が突っ込んで来る。

 

「まるで重戦車だね」

 

「あいつの体どうなってんの!?」

 

 アキトとリリスが目にした敵の姿は、空をボールのように飛び跳ねるだけではない。今度は地を蹂躙しながら、肉の重戦車と化したコンガが前進し美楚羅を襲い始めた。

 

 デッキの上を物凄い勢いで前進し、回転を続ける肉車。美楚羅は襲い来るそれを避けつつも、なんとか横腹に拳を合わせ叩き込む。

 

 だが踏ん張りを利かせていない合わせただけの拳では、大したダメージにはならない。逆に美楚羅の右の手の皮が擦り剥ける。

 

「素人が素手で触れるんじゃねぇ! 肉丁様が、調理中だぞっ! ブハッハーーーー!!」

 

 姿勢バランスを制御しながら、勢いを止めることなく肉車は美楚羅に向けて突進を繰り返し、なおも襲い続ける。

 

 どんどん滑りが良くなりスピードを増していった。まるで温まり油の潤沢に馴染んだ鉄板の上を不自由なく転がるように、甲板の上を肉車は縦横無尽に蹂躙し続ける。

 

 「このままでは──」負傷した右腕を庇いながら、勢いの衰えぬ肉車の圧に追い詰められる道着姿。

 

「俺にこの技を出させたことは褒めてやる! 絶賛・絶品・絶妙っっ、──終わりだ! 満腹絶倒肉車!!!」

 

 肉車は油の道を滑り走る。高速回転し迫る必死の攻撃に、絶体絶命のピンチに陥った美楚羅は──。

 

 臆せず構えていたその拳を解き、ぐっと赤い目を前へと凝らした。

 

 そして、道着の背・裏に隠していた細い木の棒を今勢いよく剣を抜き出すように取り出した。

 

 美楚羅は三つ編みに編まれた黒い糸を投げ放ち、天よりしならせた木の竿で、床板を釣り上げた。

 

「ナニぃっ!!?」

 

 白い道着の背から前触れなく飛び出した黒い糸の釣竿で、突然めくれ上がった甲板。

 直進を仕掛けていた止まれない肉車が、コースを変えて宙へと投げ出されるように板の上を跳ねた。

 

「うまいっ!」

「はいっ。独立した道具として用いれば魔油の影響は受けません。いざという時の対策で、事前に準備をしていたのでしょう」

「──見事な背水の構え。彼のギフトは釣竿にもなるか……フフフ、魅せてくれるね」

「釣った!? 床を!?」

 

 美楚羅は己の髪で編んだ小道具を、ここぞのタイミングで上手く使い、追い込まれた背水の状況を一気に覆した。

 

 逆に誘い出されてしまい仰天するコンガは、回転する眼下の景色を見つめる。

 

 ──このままでは、船の外に弾き出されてしまう。海に落ちては負ける。

 そう思ったコンガは機転を利かせ魔油を口より噴射し、前へとついた勢いを相殺しようと試みた。

 

 必死の甲斐あってか試みは成功し、なんとか船のへりに体を残し、着地したコンガであったが──。

 

 その重い足音を立てる着地の隙を逃さない美楚羅ではない。髪蛇がまたコンガの無防備な巨体を、手際良く拘束した。

 

「……なぜ! 俺の魔油(まぶら)を受けて!?」

 

 魔油に濡れた髪を、何故また彼は不自由なく動かせているのか。息を乱しながら取り乱すコンガは問う。

 

「あいにく先日。もっと上質な魔力に手痛くも、この技の未熟さを教えられましてね……対抗手段は予習済みです! そしてェ!!」

 

「なんだ!? 魔力の流れが!? 逆に!? ぅぐっ! これしきっ!!? ──ンナッッ!?」

 

 伸縮自在の髪芝居。

 相手の身と自分の頭を繋げた髪を巻き取るように、美楚羅の体はかっ飛んでいく。

 

 絡めた三つ編みを解きながら、回転し進む美楚羅は、肉薄したコンガのことを殴りつけた。

 

 繰り出した掌底。今、回転力をつけながら放った、その必中の拳の威力は計り知れない。

 

 現剣流拳術【渦八卦(うずはっけ)】。威力・魔力渦巻く体の内部から破壊するこの一撃に、貫けないものはない。

 

「ブヘァ!!?」

 

 大きな腹肉の正中を、今度こそ穿った美楚羅の拳。悶絶必死の一撃に大きく揺らぐ肉の鎧はついに耐えきれず、巨漢のコンガが、船外へと大きく弾け飛んでいった。

 

「質を上げれば問題はないはずです」

 

 肉丁コンガ・リー・ダンを倒したのは、現剣流道場の八番弟子、美楚羅。

 

 ギフト、小道具、拳。そして貫く強き意志をもってして、見事に体躯に勝る難敵を打ち倒してみせた。

 

 一進一退であった戦闘の余熱はまだ冷めない、だが忘れてはいけない物がある。

 勝者は転がる食材を両脇に抱えて、戦米丸から赤竜船へとつづく橋をゆっくりと渡っていく。

 

 

「ハァ……溜息は止まりましたか? ──はは」

 

 

 今デッキに上がり肩の息を整え、美楚羅はニコリと笑う。

 

 降り注ぐ昼の陽光が集う彼らを明るく照らし、とても艶めいた黒髪の戦士は、道着の裾で流す良い汗を拭った。

 

 ルールの詳細も謎めいた竜曜の神技、『ハンガー・アンカー』の運び役に名乗りを上げた一番手。

 電撃参入した美楚羅が、見守っていたシロツメ支部の五人の前に、完全なる勝利と、最高の食材を無事に届けたのであった。

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