トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
こうして、熾烈を極めた竜曜日の神技は終わりを迎えた。
気づけば浮かぶ夕暮れの海。集っていた海鳥たちもどこかへと空を飛び去っていく。
そして、カタリナ船長の指示で戦米丸からの補給を済ませた赤竜船と青竜船は、行き先の知らぬそれぞれの航路に別れて進み始めた。
遠のく船と煌めく夕暮れの海を眺めた──。神技が終わり緊張から解放されたリリスが思わず、船のへりで一つ大きな欠伸をしていた。
「ふぁ〜……ようやく終わ──あれ? なんであんたまたこっちにいるのよ?」
ふと、彼女は近づいて来る足音と気配に振り返る。そこに居たのは飴色髪のコック、先ほどゲストへ提供する料理を作ってくれた男の姿だった。
「お届け物だとさ」
「わわっ、なにこれ? てかおもっ……」
そう言いペコロからいきなり渡されたのは、一つの壺。男は軽々と抱えていたがその荷を預けられたリリスにとっては、やけに重たく感じた。
「カチュラスープだ」
「かちゅら……スープ?」
聞いたことのない料理名に、リリスは重い壺を一旦デッキの上に置きつつ首を傾げた。
「カチュラって名の火の神様はわがままでな、この世に一つしかない特別なスープを毎日日替わりで飲みたいって昔の料理人たちに、ギフトや珍しい食材と引き換えに無茶な注文を取りつけたんだと。まぁ言わば──腕の良い料理人たちが協力して作りあげる即興のスープのことだ。お前らに持っていけとさ。まぁ中には半人前もいたがな」
「へぇー。それがカチュラスープ……ありがとう! えーっとそういえば名前」
リリスはその場に屈みながら、封をされたその壺を嬉しそうな表情でかるく撫でた。
シロツメ支部を代表し礼を言いつつも、しかし、今上目遣いで目の合った飴色髪のコックの名前を彼女は思い出せずにいた。
「おいおい助手までしていて忘れたのかよ? 信じられないぜ?」
「そっ、そんなことないし! えっと、ぅー……もうちょっとで出て来そうなんだけど……」
コックの男が揶揄い、リリスが顎に手を当てて難しそうな顔で考え込んでいると──。
「確かペネロ・ペッパーだろ?」
楽しそうに話し合う二人の影に寄って来た道化師がそう、リリスの耳元近くで囁いた。
「あー、そうそう! なんかそんな感じの!」
「そうだ俺は……って馬鹿野郎! ペコロ・ココットだ! そんな口から火を吹く魔辛子野郎と間違えんな! 玉ねぎ丁のペコロ・ココットだ。二度は言わねぇから覚えとけ」
アキトの吹き込んだ紛らわしい嘘を訂正し、ペコロ・ココットは大きな声で名乗り上げた。親からもらった大事な名前なので、二回。
「あ、そっちだった……!(てか二度言っちゃってる……)」
「そう言われるとそんな名だった気がしてきたね、フフ」
「そっちだったも、そう言われるともねぇんだよ。……まったく、そんな調子で大丈夫かお前ら?」
ペコロはマイペースな彼らに呆れた様子で、そうつぶやいた。
「キミこそ単身、敵の船に乗り込んできて大丈夫かい? 今から泳いで間に合うとは思わないが?」
アキトは言葉を返すが、そんな薄笑い男の宣う冗談をペコロは相手にしない。レイピアを抜きそうなその男の素振りにも、また呆れたように目を逸らしてみせた。
「おいおい、おちゃらけた冗談はよせ。……それにここから先……お前らみたいな冒険者クランが勝ち抜いていくには、──腕の良いコックも必要だろ?」
ペコロは海風にそよぐ髪をかき上げながら、そう言った。周りに続々と集ってきたise会シロツメ支部の彼らに向けて聞こえるようにスピーチをし、共に乗り合わせたこの船でたった一人の腕の良いコックの存在をきざにアピールしてみせた。
「え? あんたそれって?」
そのような前例を、リリスは今日既に現拳流道場の美楚羅の件で経験している。
そしてペコロの口ぶりからもしやと、リリスは驚いたように目を見開いた。
「いや、そんなに」
「あーあー心配すんな。料理を実験か何かと勘違いしたお前らのごちゃついた手際は見てられねぇからな、俺が来たからに……あぁッ!? なんだと!?」
目をしみじみと閉じながら、るんるんと語っていたコックの男の口元が歪む。
アキトのつぶやいたまさかの一言に、語る夢の筋書きかは目が覚めたようだ。驚いたペコロは、その挑発的な薄笑いの男の方を振り向き睨みつけた。
「料理なんて火と食材があればニンゲン誰でもできるさ。こちらシロツメ支部の作った肉じゃがも、あながちそちらに負けていないと思うが? フフ」
シロツメ支部の肉じゃがも味は悪くない。コックがいなくても美味しい料理を作って食べる能力が、このクランにはある。
またも浮かべる平然としたその薄笑い。冗談か真かプロの料理人に張り合うアキト。
そんな見え見えの挑発に対して──。
「おぉ……言ったな? よし──お前らディナーはまだだな? 待ってろ、玉ねぎを脇役にしたそんな料理よりとびきりうまい飯を作ってやる。てことで、とりあえず厨房とコイツ借りるぞ」
「わわっ!? ちょっと!」
黒い裾を捲り上げ、クリーム色の瞳に火を灯す。素人に毛が生えた料理にプロが負けてはいられない。
暇をしていた赤髪の娘の腕を掻っ攫うように掴み、ペコロ・ココットは赤竜船の甲板上に備えられた調理室へと向かい歩き出した。
「とびきり美味い飯を作ってやる」──そう啖呵を切って押し入った赤竜船の調理室。ペコロはさっそく室内に取り置かれた食材の品定めを始めた。
コックが準備を進める中、一緒に引き連れて来たリリスはマジックコンロを弄りだした。ツマミが取られたこの特別なマジックコンロは、難しい火の調節を彼女の感覚と魔力を頼りに行う必要があるのだ。
ゲストからもらったままのエプロンと頭巾をきちんと纏った赤髪の彼女。その熱心な後ろ背と、コンロについた種火をじっと見つめながら、ペコロは口を開いた。
「なぁお前、この馬鹿げた祭りが終わったら……そのなんだ? 俺と店開かないか?」
「絶対ここのツマミ誰かが取ったでしょ、ふん、まったく……はぁ? 今なんて?」
コンロに手こずりかかりっきりであったリリスは、今聞こえてきた男の声に振り返る。
何か突拍子のないことを、飴色髪をしたそのコックがつぶやいていた気がした。だが聞き間違いかもしれないと、リリスはもう一度彼に聞き返した。
「お前のその火の魔力がさ。やっぱりなんか似ているんだよな」
「え、似ている? 誰に?」
「あー……ともかく、そいつは料理人向きの火だってことだ。俺と一緒に飯屋をやる件、船を降りてからでも暇なら考えておいてくれ。あ、心配するな資金援助のあてはある」
「一緒に飯屋」そんなことをペコロは平然と言う。リリスはその男のしたいきなりの提案とスカウトに驚いたが、次第にむっと開いた唇を閉じ表情を顰めた。
「あのねぇ……悪いけど私、魔術師だから。あんた専属のマジックコンロじゃないの! そんなのいきなり言われても困るって話よ。それに料理向きだなんて、あんた私の火力がショボいって思ってるわけぇ? だとしたらちょっと怒っちゃうんだから!」
返ってきた予想外の強気な彼女の返事に、ペコロは手にしていた玉ねぎを思わず一つ、ぽとりと箱の中に落としてしまった。
「お前……魔術師か……。ははは、それはすまねぇ。だが俺って、ただその火加減を褒めてんだぜ。その火があればさっきのような最高の炒飯だって作れる。単純にそれは料理人の俺にとっては、羨ましい限りのことなんだ。……そう、料理の神様に愛された火ってやつは」
ペコロは迂闊な勧誘をしたことを軽く謝罪しながらも、決してリリスの扱う火のことを悪く言ったつもりはなかったという。むしろその火の性質を神様まで引き合いに出し褒めちぎった。
「りょっ、料理の神様に……そっ、そうなの?? ななんか大袈裟ねぇ……でも私は魔術師だし、料理の神様にうんたらって言われても……」
むっとペコロのことを睨んでいたリリスは一転してその表情を驚かせ、困った様子で後ろに結んでいた赤髪の毛先を弄った。
「大袈裟なことはねぇよ。俺の料理にはこの玉ねぎと同じくらい、その火が重要なんだ」
ペコロは玉ねぎを一つ拾い上げて、コンロの前で立ち止まるリリスの方へとさりげなく詰め寄った。
「そう……って、そう言えばあんたもアイツと平たい船でやり合っていたアレ! 火のギフトなんでしょ? それこそ私なんかより自分でやればいいんじゃない?」
リリスは何故か受け取っていた玉ねぎを、彼にそのままお返しする。アキトとナイフで切り結んでいた目の前の彼が、明らかに火の属性ギフトを用いていたことを思い出したのだ。
「それもそうはいかねぇ。あー、俺の火はだな……」
彼女の火でないといけない理由がある。玉ねぎを片手に幾度か投げ上げ、ペコロが自分のギフトについての説明を渋々切り出そうとした、その時──。
『すみませーーん』
「のろ……あ? なんだ?」
澄んだようなされど芯のあるような、そんな男とも女とも取れる声が、唐突に耳に聞こえてきた。
思わぬ外野からの一声にこれから打ち明けようとした大事な話の腰を折られてしまったペコロ。彼は少々不機嫌そうな顔をしながらも、声の聞こえた戸の方に向かった。
「あーすみません。今、遠くから女の人の危うげな溜息が聞こえたもので」
呼びかけに歩いて向かったコックの目の前に立っていたのは、長い黒髪と白い道着姿の男、美楚羅だった。
調理室から漏れる女性の溜息を、その黒髪の男は聞きつけたのだという。
「あぁ溜息が出ちゃうそれぐらい俺の料理が美味いんだろうさ。ははは」
ペコロは駆けつけて来た美楚羅の要らぬ心配をよそに、平然とした口調でそう答えた。
「そうですか、では僕にも一つ味見をさせてくれませんか。一流コックと名高いあなたの作る料理、どんな種類の溜息が出ちゃうのか、とても気になります。ふふ」
陽気に微笑するペコロに対して、美楚羅はその料理の味見をさせてもらえるように願い出た。
「おっと悪いが、そんな石鹸の匂いをぷんぷんさせたままここに入られちゃ困るぜ。俺の仕事場だ。料理ができるまで外でお待ちを」
「あはは、面白い方だ。あっ、ならイチゴさんをこちらに呼んでくれませんか、少しその石鹸のことで話があるので」
「イチゴさんだと? はっ、良い名前じゃねぇか。でも悪いがこっちはそのイチゴさんと、これから振る舞うディナーの相談をしているんだ。世間話や営業なら後にしてくれると助かる」
互いの面を睨み合い牽制し合う二人の男がいる。調理室のドア前で起こった道着姿とコック服の謎の口撃と攻防、その珍妙な様子を厨房裏からひょっこりと顔を出し、リリスは気になり窺っていた。
「なな、何いつまでも突っ立ってやってんのよこの人たち……ってだから私はイチゴじゃないって言ってるでしょ! リリスよリリス・アルモンドっ!」
イチゴはあいつが勝手に名付けただけ。耳にはっきりと聞こえた一人歩きするそのニックネームを、彼女は即座に本名に訂正する。
厨房から飛び出した赤髪が、油を売る仲間たちに向かい元気に指を差した。
時刻はまだ赤い海の流れる夕暮れ、船に搭載されたマジックポールが淡い魔光を放っている。
そして今、出来上がったばかりの料理の数々がずらずらと大皿に盛られ運ばれて来た。竜曜日の神技を生き抜いた皆が待ち望んだ、甲板上での豪勢なディナーが始まったのだった。
「どうだ。一流コックの作った飯は」
全ての料理を提供し終えて、今ようやく調理室から出て来た黒服のコック。ペコロ・ココットは自分の料理に夢中な様子の彼らの食いっぷりを眺め、少しきざにもそうつぶやいた。
「あぁ滅茶苦茶美味しいよペコロ!」
「そうか、そりゃ良かったけどチキン両手にそんなに詰め寄りやがるな。ははは」
赤い目を輝かせてコックへと近寄って来た男子。タイキが大変良いリアクションで、チキンを両手に頬張りながら味の感想を言う。
「この煮物は隠し味に黒酢を入れたね」
「あーそうだぜ。よく分かったな」
シロツメ支部の肉じゃがに対抗してか一流コックが作った煮物。その鉢を片手に食していたアキトは、用いられた隠し味を言い当てた。
「このチキンの焼き時間は」
「だいたい8分だな。じっくり焼きすぎても食感が硬くなっちまう」
「漬け込んだソースとぱりぱりの皮にかけたソースは、また別物ですか」
「そうだぜ。よく見ているな。漬け込んで肉を柔らかくするためのものと、食感をあえて残した玉ねぎソース、二つを使ったぜ」
「なるほど。ではソースの材料と分量の一部を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「この煮物、隠し隠し味にカレー粉を入れているね?」
「この卵、殻の中に色々詰まってるけどどうやって中身を取り替えたんだ? すごいな!」
「僕があさりの酒蒸しを好きなのを知っていたんですか? とても良い香りがします! ぜひ作り方を指南してもらいたいです!」
「ン──肉……おかわり」
ミタライはしきりに秘伝のソースの材料と分量を聞き出そうとし、アキトは一人クイズ大会でもしているつもりなのか煮物の隠し味を何度も言い当てようとしている。タイキは卵料理の細工が気になったのか両手を卵に持ち替えて、美楚羅は絶賛するあさりの酒蒸しのレシピを教わろうと目を輝かせた。おまけにチキンを食い尽くしたアトラに、油のついた指でコック服の袖をちょんちょんと引っ張られ──。
「おいおいちょっと待てお前ら……。コックの俺のことを、たった今ここで丸裸にでもする気か!?」
ぞくぞくと集り出した連中に対して、最初は余裕げに受け答えをしていたものの、ついに脳の処理がパンクしたペコロは思わず叫んだ。
「あぁ、もちろん。味付けの黄金比さえ分かれば自分たちでも作れるだろう? 同じものを? フフ」
一流コックが途中で抜けてもレシピさえあれば大丈夫。アキトはそうとでも言いたげに、コックをまたいつもの微笑を浮かべて挑発をした。
「お前人のことをレシピ本か何かだと……はぁ……いいぜ。──そんなに知りたきゃ教えてやる。二度は言わねぇから、よぉく味わって聞いておけよ!」
同じ料理に同じ味。別に真似されたって構わない。むしろ真のプロならば、自分の味を隠さずに誰でも味わえるように広めていく。彼の母もそうであったように──。
職人気質なプライドを刺激されたペコロは、自慢の料理のレシピと技術の一部を、囲うise会シロツメ支部の彼らに、一段高い赤い船のデッキの上から堂々と語ったのであった。