トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
天から一隻の船へと降った鮮烈な青い雷が、暗い劇場を染め上げた。
正面の巨大なスクリーンに映る──処刑台に張り付けられていた一人の海賊が、焼け焦げたデッキの上に沈んでいく。
「CC級の
葬魔七曜血選を盛り上げるために密かに用意された〝箒〟と呼ばれるモノが、名も知らぬ青髪の剣士に狩られ、あっさりと焼け折れた。
今、特等席からその青い雷光を浴びた黒い指輪の男は、まさかの波乱に驚きの表情を浮かべた。そしてすぐさま、部下である紫服のコック帽の男へとその者の名前を尋ねた。
「──タイキ・フジ。ise会シロツメ支部に所属、BBB級の冒険者。ここにある情報では、どうやら彼はチキュー人のようです」
ギルドなどでも使われる魔導の情報端末、ミラーパッドを操作したコック帽の男は、そう上司へと答えた。
「あぁチキュー人か。どおりで強いギフトを持っているな。ダカかかか! 命を惜しまぬあの爽快な戦いぶり、まるで冒険王オーズのようだ」
黒い指輪の男は笑った。冒険王オーズ、この世界ガライヤでその偉大な名を知らない者はいない。生涯、未知の魔大陸を渡り歩いた伝説の冒険者の名だ。
「かの有名な冒険王を引き合いに出すとは、高く買いましたね。よければ連れて来させましょうか?」
「いや、いい……。さっきの一撃に〝獣〟が垣間見えた、アレはまだまだ餌をやれば肥えそうだ」
「そこまで……?」
「俺はだらだら生きている奴より、あぁいう覚悟のある攻め方をする奴が好きだ。だがまだ、お呼びじゃねぇさ。それに……どうやら手紙は〝全て〟破かれていたようだ。ダかかかか……!」
黒い指輪の男は、座る椅子の肘掛けに指をリズム良く突き鳴らす。右手の小指にはめられた黒い指輪が、小刻みに妖しく震え出した。
「なるほど。とするとあの青髪の子の魔力量は中々のものですね」
「そうだな、あの雷のギフトの威力を見ても分かるさ。……ん──今あのクリーム髪のコックと突つき合っている奴はなんだ?」
黒い指輪の男は、肘掛けにリズム良く鳴らしていた指をぱたりと止めた。そして暗がりの空間に光るスクリーンに映った、謎の黒髪の男のことをまた部下へと問うた。
「同じくise会シロツメ支部に所属、BB級の冒険者、アキトという名の男だそうです。おや……最近クランを移籍したようですよ彼? 大手クランの引き抜きですかね?」
また手元のミラーパッドを覗いたコック帽の男は、その場に突っ立ちながら淡々と答えた。
「アキト……このレイピア使いがBB級だと……ステアハハ! 見ろ、こりゃ勝負にならねぇぞ」
「はて? 私の目には互角のように見えますが?」
「ダかかかか、コック同士の身内贔屓はよせ。冗談だろ、──嘘つきめ! ステアハハハハ」
黒い指輪の男はその大きな右手を突っ込み、容器に入ったブラッドストロベリー味のポップコーンを片手に鷲掴みにする。
掴み上げた赤い粒が、粉々になって散っていく。
暗い謎の空間、明滅を繰り返すスクリーンに映るのは微笑を浮かべるレイピア使い。火炎の中に平然と佇むその姿。
黒い指輪の男は、手に細々と張り付いた甘い赤を舌で舐め上げ、席を立ち上がりニヤリと笑った。
『何を楽しそうに騒いでやがる』
その時──渋い厚みのある声が、今興奮気味に立ち上がった黒い指輪の男の耳に聞こえてきた。黒い指輪の男はその声のした方向に振り向き、歯を剥き出しに見せにんまりと笑った。
「ッ……おお! 来たか友よ!!」
誰も寄りつかない地下深くの暗がりに現れたそれは、黒い指輪の男の懇意にしている友人の一人であった。
「はは。こんな暗いところでこそこそと何をやっている? ブラックバンクのトップとあろう奴が」
「ダかかかか、まぁそう言うな。──そうだ、せっかくだお前も席に着け友よ。駄作かと思えば盛り上がってきたところだ、これからもっと面白いものが見れるぞ」
両手を大きく広げて子供のようにはしゃぐ。
ガライヤの巨大金融機関ブラックバンクのトップ、今友人が呼んだそれが黒い指輪の男の持つもう一つの肩書きと姿。
愉快な笑い声を絶やさぬ黒い指輪の男は、はるばる遠くからここへ訪れた友にも席に掛けるように促した。
「面白いものだと……。あぁ、そんじゃあ、ハハ……」
忍び寄ってきた紫のコック帽の男に、友人の男は土産のウイスキーのボトルを預ける。
そして、黒い指輪の男の一つ開けた隣、臙脂色の座席に深く腰を掛ける。スクリーンに映る赤い船の航海シーンを見つめた。
「じっくり観させてもらおうか。ドラハハハ……」
紫帽のコックにより、二人それぞれの片手に握る透明なグラスに注がれたウイスキー。
赤い雷光と虹色の魔力が、グラスに反射し衝突する。なみなみに注がれた琥珀色は小さな器から揺らめき、溢れる。
並び座る巨悪と巨悪は、乾杯の音を打ち鳴らす。
ここは、黒い階段の先にある小さな劇場。誰も覗けぬ寄り付けぬ、秘密の暗がり。
飲み干されたグラスに透かして見える、微笑と嗤い。スクリーンの中で踊る道化師は、滑稽にも何も知らずに────。