トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
船員たちの威勢の良い掛け声と、足音、デッキブラシの音が進む廊下の天井に鳴り響く。まるで今船内を歩く、この船の偉大なる船長の耳に聞かせるように、船員たちはまだ熱心に働いているようだ。
そんな清掃中の戦米丸のデッキを降り、同じような階段を三つ降った先──。
ゲストの美楚羅が行きつき案内されたそこは、とても海上に浮かぶ船内の施設とは思えない。そんな大浴場と呼ぶに相応しい広壮な空間が、彼の眼前にはひろがっていた。
ここの浴場の湯は元は濾過した海水であるが、マジックポールと呼ばれる船の帆柱から放射される魔熱を利用し、現在ちょうど良い温度に温められているようだ。
この世界ガライヤの船舶には欠かせない、魔力を効率よく船の動力源に変えるマジックポール。その太い大黒柱を三つも大型船の戦米丸は有しているからこそ、こういった贅沢な大浴場を沸かし稼働することも可能なのだ。
貸切の浴場を遠慮なく頂くことになったゲストの美楚羅。彼はさっそく一人、立ち込める白き湯煙のなか、浸かる湯船の淵で自身のギフトを見つめ直していた。
「決して血を捧げずに魔力の制御だけで、これを正しく扱えるようになること。それがあの方から頂いた裏のお題……」
三つに束ねた黒髪が、それぞれ海蛇のように湯の中を蛇行し泳いでいく。美楚羅は毛先に付けた三つの銀の髪飾りを器用に操り、Uターンさせ自分の手元へと集めた。
「改善した魔力操作の流れを試したところ、三つまでは血の供物を無しでも操れる。しかし、この頂いた八つ目の髪飾り……果たして今の僕にそこまで扱え切れるかどうか……。血粧髪飾りの代償を踏み倒すなんて、随分と先のことを考えているのですねあの方は……ははっ」
外した銀の髪飾りを三つ、そして新たに手に入れた黒い髪飾りを、両手で掬う器に浮かべる。
これで計八つ。美楚羅は特別な髪飾りを所持している。だが、実戦で試したのは七つまで。それも羅黄師範の許可がなければ扱う事を禁じられていた諸刃の剣と言える物。
彼の両腕には幾つもの傷跡がある。改めてそれは未熟者の証であると言われているように、美楚羅は思わずにはいられなかった。
血を捧げずに己の魔力のみで八頭の蛇を御するのは、やはり並大抵の難易度でないことを美楚羅は思い知る。
「はぁ……おっといけない。イチゴさんの溜息を止めると言っておいて、僕がついているようでは、ははは」
思わずつきそうになった溜息を、喉の奥へと飲み干してみせるように引っ込める。
美楚羅が一人、師範譲りの豪快な笑い声を真似して響かせていると──。
白い湯煙に紛れ現れた、女の如きシルエットが、近くの湯の中に長い両足を一つ一つ沈めていった。
ゆっくりとかきあげるブラウンの髪。一糸纏わぬその姿は、先ほどまで彼をこの自慢の浴場に案内していた女船長、カタリナ・ゴルドン本人であった。