トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
ペコロ・ココットの振る舞うディナーを船の上で堪能したシロツメ支部の彼ら。
そして赤から暗く紫がかってきた夕暮れの航路を3時間ほど進み、迎えた夜──。
赤竜船が辿り着いたのは名も知らぬ謎の島だった。
「おーあんたらも今着いたんかー。て、来てくれな困るんやけど? ふふふふ」
気品とどこか嫌味もある女の声が、さざめく波音に紛れて聞こえて来る。
ようやく長居した船から降りた先、急造された様子の浜辺の港で、彼らの雇い主、ise会サイカン本部のマリモ代表と再会を果たしたシロツメ支部のメンバーたち。
「なんやお友達が増えてるねぇ」
銀髪の着物姿のマリモ代表は、優雅に扇いでいた扇子を閉じ、一行に紛れた見覚えのない飴色髪のコックと道着姿の男をそれぞれ指しそう言った。
「コックに曲芸師、賑やかでいいだろう?」
「僕は曲芸師扱いなのですか? あはは」
「サーカス団への勧誘ならお断りだぞ、薄笑い」
アキトの言葉に美楚羅とペコロが反応する。シロツメ支部に協力することになった二人の新入り、彼らが仲良く談笑する様を眺めてマリモ代表は笑った。
「ふふふふふ、そりゃ随分な人たらしで羨ましいわ。──ほな、さっそく今宵もお楽しみといこか?」
新入りの確認も済んだところで、閉じられていた扇子はパッとまた咲き開かれた。
マリモ代表は今宵も待ち切れない。楽しい楽しい竜曜日のショッピングの時間へと、無事に神技を生き抜いた彼らのことを誘った。
島の浜辺から舗装された道を迎えに来た馬車で進み、一行は会場へと向かう。
しばらく道なりに行き、屋根付きの停留所に馬車が停まった。
すると一行は降りた先で、待っていた黒服の係の者たちから、2、2、4、9と数字の書かれた小さなバッジを貰った
「あれ、このバッジってもしかして?」
リリスの纏うローブには、【2】【2】【4】と数字の書かれた三つのバッジが貼り付けられている。
対してリリスとは別にバッジを貰ったもう一人、ペコロには【9】の数字が貼られていた。
もはやシロツメ支部のほぼ皆が、察しがついたところだ。今貰ったこの数字の意味も、その使い道までも。
「プロの名刺代わりだな。【10】じゃないのは、まぁ今日のところは妥協してやるか?」
胸のバッジを指で軽く弾きながら、ペコロはそう宣った。あのゲストの痩せ男が下した玉ねぎ炒飯の点数を、今になって怒りも鎮まり彼は妥協できたようだ。
「おいどうしたイチゴ助手、縮こまってるぞ?」
「リリスっ、足し算したら8点だ!」
「そうです! 伸び代のある健闘ものですよイチゴさん!」
「あんたらねぇ……ま、そうねっ!」
一流コックとは対照的に身を縮こまらせていたリリスの様子を見て、ペコロ、タイキ、美楚羅がそれぞれに言葉を投げかけ励ました。
「よく似合ってるよ」
「ありが……ってやかましいから! あんたは! なんか!」
忍び寄る後方から肩をぽんぽんと叩き、そう耳元で囁いたアキトにリリスは叫び返した。
「こらこらエントランス前ではしゃいでないで。ささ、行くで! 224ちゃん!」
「わわっー!? ってなにそのあだ名ーーっ!?」
マリモ代表は突然横から現れ、騒いでいたリリスの手を捕まえて前へと引いていく。
今宵も密かに開かれる島に秘されたブラックマーケットの会場、その暗い入り口の中へと、シロツメ支部の一行は次々に吸い込まれていった──。
月曜日は黒い大型船の中のミラールームで。本日竜曜日のブラックマーケットは、島の奥地にあるこの地下で行われるという。
入り口からすぐのシックな黒い階段を下った先、シロツメ支部の一行を待ち受けていた景色は、まるで広々としたパーティー会場。
星空を模したシンプルながら幻想的な壁や床、怪しげな行商人が鎮座し構える出店の数々。既にそこはがやがやと騒ぐ活気のある人の声に溢れていた。
「って人が随分とたくさんね?」
さっそく降り立ったブラックマーケットの会場で、リリスが予想以上の人だかりを眺めてそうありふれた感想を口にした。
「
「え? これが全部じゃないの?」
隣のマリモ代表はその光景やシステムを知っていたかのように、悠々と語った。
そうして、リリスとマリモ代表が会場の入り口付近でしばらく立ち話をしていると──。
「確かにあのデカケツが見当たらねぇな。あいつらリタイヤ決めやがったか?」
ペコロは辺りをさっと見渡し探すが、あの肉丁の姿が見つからない。あの巨漢の料理人が居ればすぐに分かるはずだ。だがそのシルエットは今ペコロが見渡すかぎり確認はできなかった。
「恐らく成績優秀なクランのみ先乗りが許されたのでは? ふふ、僕たちはラッキーですね」
美楚羅は他の参加者たちの立ち姿を見て、そう解釈した。彼らの立ち振る舞い、佇まいから何かを感じ取ったのだろう。
「ま、引き抜かれたとはいえ、一流コックとその他じゃ棲み分けは必要だな?」
「あはは。師範によく説かれますが、過信は禁物かと?」
「あいにく、そりゃ俺の師範もだ」
「料理の師がいるのですか?」
「あぁ二人いるが……そっちの方からは、もう習うことはねぇぜ。俺が14の時にはもう、冷蔵庫をきっちり空っぽにして出て行ったさ」
「冷蔵庫を空っぽに……あはは、旅立ちの儀式か何かですか? あなたらしい。──比べて僕はまだまだですよ。だから日々、絶対に鍛錬を怠りません」
「あぁ? お前、俺が日々怠けているとでも言いたいのか?」
「いえ、その顔を見れば分かりますよ」
「あぁー、そうか? それなら俺にも分かる。あさりの酒蒸しを頼む奴は、経験上決まって何かとだらしない気質持ちだ。そのまま言われた通り、鍛錬の継続をおすすめするぜ」
「ふふ、僕の弱さを既に見抜かれていましたか驚きです。ですがあなたの教科書通りにいかない奔放さにも、どこか共感する部分がありましたから納得です」
「あ? お前、俺の料理が奔放だと?」
「そうまでは言っていませんが、何か思うところがあるのですか? 大丈夫、とても美味しかったですよ、あさりの酒蒸し」
「てめぇ、見た目と裏腹に根に持つタイプだな?」
「はい! 師範にもよく言われます」
面と面を近くに向き合わせ、コック服と道着姿で語らう二人の男がいる。
「またあの二人何やってんだか……」
リリスは船の調理室で見たような気がする二人のやり取り、そのデジャヴ感に、呆れた言葉をやんわりと投げかけていた。
「これこれそんな男の尻ばかり見てないで、ささ、いくで。買い物や買い物224ちゃん!」
「わとと!? だからその呼び方を……って尻は見てない!?」
二人の男のことを見ながら呑気に立ち止まっていたリリスの手を、マリモ代表がまたぐいぐいと先へと引っ張っていく。
【2】【2】【4】のバッジを衣服に着けた彼女を、お財布と話し相手代わりにし引き連れていく。
腕を組み店から店を見て歩く赤髪と銀髪。延々と語らうコックと道着。剣を試し振りし踊る青髪の剣士と、小道具屋でアイテムを吟味する水色髪の支部長。緑髪のスーツ姿は、肉の焼けるニオイに釣られて──。
(さて、ジブンもヤるか)
散り散りになった仲間たちの動向を後方から見届けた道化師は、そう心中につぶやくと、浮かべていた微笑をやめた。
被っていた野球帽子のツバをぐっと深く下げ、己の顔を片手でゆっくりとなぞった。
黒髪の道化師は、会場の人だかりに向かいただ真っ直ぐに星空のタイルを歩き始めた。
どことも知らぬ島の地下空間で開かれたブラックマーケット。今宵もずらりと立ち並ぶ出店には、普段お目にかかれないような珍しい品ばかり。
しかし買い物をする側も、売る側も普通ではない。普段は裏世界に潜む者、あるいは表世界で名を轟かし活躍する者たちがここには集っている。
異様な雰囲気に染まる会場が、がやがやと群れて賑わいだした、その時──。
「──さぁ、お集まりの皆様。どうも、大盛況ブラックマーケットの司会を務めさせていただきます、ヤジマです」
突然、奥にある壇上に現れた黒服の男ヤジマ。声量を増幅し反響するストーンマイクを持ってご挨拶する、そんなオールバックの男に、参加者たちの視線が次第に集まり始めた。
「今宵は葬魔七曜血選を勝ち抜いてきた皆様に、この太古の歴史の中より復活した催しを、共に盛り上げる数々のスポンサーのご厚意と許しを賜りまして……特別な品を、一目お見せしようとご用意いたしました!」
会場中に響き渡るヤジマの仰々しい物言いに、注目はなおも引き寄せられていく。
「これこそが──【
司会のヤジマが真っ白な手袋をはめて、両手と堂々と天に掲げたのは──大きな皿のようなものだった。
国中にクランが乱立していた遥かなる大開拓時代。とある王家の執り行った葬魔七曜血選の元となった七大クラン、その一団を率いた伝説の英雄にして、月曜のガージョが用いた神器こそが、この【円月】であると古い文献には伝えられている。
「まじかよ? それっていくらで買えるんだ?」
「単純な奴め。注目を引きたくて見せびらかしているだけだろ。……これから何か始まるのか?」
「ただの薄汚れた皿じゃねぇか。けっ、何が円月だよ」
「あんなのきっとレプリカだろ。俺の目には分かる!」
「興味ねぇな」
「よくも恥ずかしげもなくそんな安い皿一枚掲げれるな」
「何がブラックマーケットだ、フリーマーケットに改名しやがれっ」
「一皿300ニーゼなら、犬の餌皿用に買ってやるぜぇ?」
「はははは、いっちょアレを叩き割ったらおもしろ──むぐぐっ!?」
「な、なんか、えらく良さげに見えてきたなーーっ!」
「おっ、おぅ! こう見えて骨董品への造詣は深いんだ! あ、あれはいいものだぜ!」
重なるスポットライトを煌々と浴びて、壇上に浮かぶ古ぼけた皿のようにも見えるそれは、とても価値があるらしいが参加者たちの反応はあまりよろしくない。辛辣な野次まで飛び交う始末だった。
「あの皿、いいな……!」
「あんたが言うと、なんでか違う意味に聞こえるんだけど……」
ペコロが顎に手を当て、高々と浮かぶその骨董品の皿に目をつける。そんな料理人の妙に真剣な横顔を覗いて、リリスは静かにツッコミを入れておくのだった。
「パスタ……いや、カルパッチョにも映えそうだな──」
「もう完全にその気じゃないのよ……はぁ」
飴色髪のコックはまだまだ顎をさすりながら、壇上に見える一枚の皿のことを吟味する。さらに妄想を深め、何の料理を盛り付けるかの段階に入ったようだ。
リリスが呆れた目で、お得意の溜息をついていると──。
「リリスーっ、この剣どうかな?」
「イチゴさん、このブローチ飾りだけじゃなくて魔力を通すと光るみたいですよ! 目潰しに使えそうです! ほらっ」
タイキはどこで手に入れたか分からない大剣を嬉しそうに片手で振るい、リリスに向けて謎のアピールする。
美楚羅の方はというと、黒髪にじゃらじゃらと括り付けた数多のブローチを、彼女へと髪を躍らせながら見せつけた。
「って、あんたら私に聞いてどうすんのよそれ……ぶしっっ!?」
急に発光した色とりどりのブローチの思わぬ眩しさに、目をやられるリリス。
「何を遊んでんだお前ら……まったくそんな調子で大丈夫かこのクラン?」
いつの間にか妄想から正気に戻り、そんな光景を細目で見つめたペコロ。乗り換え乗り掛かったこのおちゃらけた船が果たして大丈夫なのかと、ペコロが呆れの台詞をやわく吐き捨てていると──コック服の黒い袖が横から急に力強く引っ張られた。
「おいコック、こっちだ。肉焼き機……」
横から不意に現れた緑髪のアトラが、コック呼びしたペコロのことをぐいぐいと、古物商の元へと引っ張っていく。
「なんだお前いきなり、男が近所のガキみたいに袖を引っ張るなよ? この丸椅子みたいなのが肉焼き機だと……はぁ……魔力伝導率は、──ん? 良いな。しかし温度上限は低い……この火力だと生焼けだぞ。付属にあるこのペラペラの剣みたいなヘラはなんだ……肉を返すのか?」
すると目の前にはアトラが肉焼き機と言い張る物が一つ。それは頼りない三脚に丸い鉄の板を乗せた、料理人のペコロもあまり見たことない珍妙なフォルムをしていた。
さっそく、触れた機器に魔力を流し試したものの、目に見えるような火は付かず、なおかつ鉄板の温度は家庭用のマジックコンロに比べてもそれほど上がりきらない。
隣で眺めるアトラからさりげなく受け取った肉のブロックを、その鉄板の上で焼き、付属のヘラで返してみるものの、ペコロにはあまりしっくりくる感覚はなかったようだ。
「いや、待て違うぞ。おそらく三脚のあるコイツは野外向けの折りたたみ式か……それにこの高すぎない均一な温度設定、何かもっと平らで薄いものを焼くためのものに違いない。このぺらいヘラの使い道も、──おっ、何故だか今イメージが湧いてきたぞ! なになに商品名は【ダンクレー2号】……なにっ、6ポイントか…………よし、買いだな!」
「っぅ……もうミソラなにしてくれ──って買わないの! そんなへんてこ!」
ブローチの眩しさにくらんだ目を擦る。
視界を元に復活させたリリスは、へんてこな機器を高ポイントで買おうとした飴色髪のコックの姿を見つけ、無駄遣いをやめるように即座に叫んだ。
「では次に、使用参加ポイントは2、最低金額を1000万ニーゼから、この商品の壇上オークションをスタートします! なお、参加に使用したポイントは途中で入札を辞退されましても手元には戻りませんのでご注意を!」
司会のヤジマの高らかな宣言と共に、次に用意された商品の壇上オークションはスタートした。
やはり掲げられたあの伝説と噂される一枚の皿は、このオークションを開催するための客引き要素であったようだ。
そんな骨董品の皿のことも忘れてか。壇上に向かい次々と挙手する客の声が上がり、恐ろしい額の金額が乱れ飛ぶ。2000万、2900万ニーゼと刻みせり上がっていく数字の中、ひときわ凛とした涼やかな声が、今繰り広げられている小競り合いを嘲笑うかのように響き渡った。
「5500万ニーゼ」
「おっと、これは良い鈴の音が響いたか? 他に入札はございませんか? ──では、5500万ニーゼ。そちらの銀髪の淑女方、【古代エレベーターの設計図とパーツセット】……お買い上げです!!」
司会が豪快に振るう小槌が、ぶら下がる鈴を幾度も打ち鳴らす。
「ふふふ、当然」
いつまでも力強く鳴り響く勝利の音色を耳にして、マリモ代表がパッと黒い扇子を広げ、涼しげに笑う口元を隠した。
「あの紙切れと鉄テツが、ごせん……すっごいわね……」
高価なインテリアや絵画は故郷で何点か目にしたことはあるが、古ぼけた紙切れの設計図とおまけの鉄のパーツがそのような値を張るとは思わなかった。
古い魔術書を趣味で集めるリリスにも、まだまだ分からない世界がある。扇子を広げ上品に喜ぶマリモ代表の横顔を覗きながら、リリスはとても静かに感嘆するようにつぶやいた。
「なんとも清々しい入札宣言、私司会ヤジマもいつもより多めに鈴を鳴らしてしまいました! 皆様今一度、銀髪の淑女方に拍手を────ではでは、お待ちかね次の品に参りましょう! 僭越ながらこのヤジマ自ら実演を、この【ダマスカスナイフ】はどんな野菜も! あそれカボチャも! 猪肉だってすすいのすい! ギコギコしなくても大丈夫! ダマスつもりはございません! こんなに重ねたパンを切っても、ホラっ! まな板の上にはカスひとつございません! さぁさぁ、これらをおまとめ三本セットで参加ポイントを1、最低金額を300万ニーゼとし、いざ鋭くオークションスタートです!」
古代エレベーターの設計図のお次は、打って変わってよく切れるナイフ。
舞台袖から流れて来た台を足で軽やかに止め、司会のヤジマがまな板の上で様々な食材を切りその黒いナイフの切れ味を実演販売形式で披露していく。
「380万」
「383万」
「400万!」
「409万!」
「450万……!!」
「451万ニーゼだ!! おいそこのタコの素人っ! これ以上吊り上げやがったらその口蹴飛ばすぞ! ままごとじゃねぇんだこの一流コックにとっとと譲りやがれ!」
「また白熱し……ってぇ、あんたなのね!! さっきからぴーちく刻んでんの!」
刻みに刻んだ入札バトルを繰り広げていたのは、見覚えしかない飴色髪のコック。三本セットのナイフをめぐり、競合相手の男に脅しまでかけ始めたペコロに、リリスは思わず声を上げ立ち上がった。
「そこの赤髪の快活お嬢さん、いくらですか!」
「え、あ、わたしはーー、ちがくて……はは、はははは失礼いたしましたー、おほほほほ」
入札額を待ち、耳を傾け見つめる司会の男の笑みに、目立つ赤髪のリリスは取り繕うように笑いながら席を座った。
「だまれっ500万!」
「505万! おいてめぇ、後で覚えていろ!」
「フンッ……524万ニーゼ!」
「525万ニーゼ! 微塵切りがお望みか?」
「しつこいぞ叩き潰す555万ニーゼ!」
「てめぇがなデカネズミ! 557万ニーゼ!」
「1000万ニーゼ」
「「ナッ!?」」
「や、やっと静まったわね……そのお金の使い方は私にも理解できそう……」
二人の男客が罵り刻み合った三本セットのダマスカスナイフのオークションは、1000万ニーゼで落札された。
リリスは不毛な争いに終止符を打った、名も知らぬ金持ちの鶴の一声に、心の中でささやかにも感謝した。
「はぁ……ん? あれ? そう言えばさっきからアイツいないわね? こういうこと、好きそうなイメージなのに? (邪魔する方だろうけど……)」
先ほどからアキトの姿が見えない。
いつの間にかどこかへと消えたその男のことを思い浮かべながら、リリスは一人静かに首を傾げた。
「その肌、その帽子、まるで新玉ねぎのように美しい白さ! 初めまして、玉ねぎ丁のペコロ・ココットだ。先ほどはお見苦しい所を見せたな。良ければ、今購入したその最高のナイフで一流コックの作る最高の飯を食いた──」
「って、まだやってたの!?」
車椅子に掛けた真っ白なキャペリンハットを被った女性に対して、一人のコックが跪きながら話しかけ、自己アピールと売り込みをかけていた。
飴色髪のコックはどこからか取り出した玉ねぎを一つ、車椅子の女性の細い手元へと渡す。落札されたあのよく切れるナイフのことを、ペコロ・ココットはまだ諦めてはいなかったようである。