トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
「聞いたところ貴様のクランは、舞踏円月で奴らと一対一の試合を仕掛けた末に、その争いに敗れ、此度の七曜血選を早々に脱落したそうだな」
自分の船だと言わんばかりに、髪を濡らし悠々と湯に浸かる女船長。
彼女が何を宣うかと思えば、昨日月曜に行われた神技、舞踏円月で激突したise会シロツメ支部と現剣流道場、両クランの争いに関することであった。
「──! ……はい、それで間違いはありません。師範たち道場の皆も、悔いはないと清々しい顔を並べおっしゃっていました。勿論、僕も彼らに負けたならばとそのつもりでしたが……ふふ」
いきなりの踏み込んだ問いかけにも、美楚羅はその敗北を事実であると恥じることなく認めた。
しかし語り終わりに笑みをこぼす美楚羅。それはただの敗者が浮かべる表情ではない。
「フッ。じゃあ貴様はひとり、本来属するクランを離れてまで何故奴らに協力する。闇市で何か欲しいものでもあるのか? 魔大陸産の珍妙な品々や、錆びついた古代武器、失われた書物。望めば何でも手に入ると連中は謳っているが……そういえば、とんでもない目玉商品が近々披露されるとも耳にしたぞ?」
カタリナは、今、美楚羅の浮かべたその笑みの裏側を探ろうと、運営側しか知り得ない情報の断片を織り交ぜつつまた問いかける。
「……いえ、これ以上欲しいものは特にありませんよ。ただ強くなりたいと望み、単身背中を押され、ここまでやって来た次第です」
だが、カタリナが得意げに語った「とんでもない目玉商品」などの小出しの情報には、彼は食いつかなかった。
「仲間たちの同意の上か。すると、今は鞍替えをした強きクランの腹の中を探り、いずれそれらを乗りこなし上から喰らうという算段か?」
カタリナはそれでも裏を探ろうとする。耳障りの良いことばかり言う美楚羅の返答が、彼女はまだどうも腑に落ちないようだ。
「はは。道場の為そういった意味合いも完全にないとは言えませんが、──はい、それだけではありません」
「何っ?」
「純粋に惹かれたんです。彼らの持つその強さの根源に。僕はそれを……知りたいのかもしれません」
眼光を鋭く細めたカタリナに対して、美楚羅はそう、迷いながらも何かさらに一歩踏み込んだような答えを返した。
あくまで「強くなりたい」、その「強さ」に関しての答えを、ise会シロツメ支部の彼らに見出そうとしていると言う。
まるで彷徨う武の求道者のようだ。曇りなき赤い眼が、カタリナのことを見つめ返した。
「フフフ。そうか、だが覚えておけ。……帽子男、奴のことだけは信用しすぎるな」
その答えにようやく腑に落ちたかのように思えたカタリナであったが、彼女は髪を味わうようにかきあげると──「帽子男」と、突然その男のことに言及した。
「帽子男……?」
今彼女が、あえて名を言わずに呟いたその男が何者であるのかは分かっている。
美楚羅は、一転し不穏な空気を纏い出したカタリナに訝しむ表情を向ける。
「奴はこの神技のルールの〝底〟を、おそらく一目にして既に見抜いている。そのような意地の悪い奴が、果たしてまともだと思うか?」
「底……あの被りの肉のことですか?」
また直接表現することを避ける言葉をカタリナは並べる。
〝底〟とは一体何なのか。一瞬戸惑った美楚羅であったが、おそらく両陣営が食材選択の被ったあの二つの〝肉〟の事が関連していると気づいた。
「あぁ……。かつて、七曜を制した我が父デル・ゴルドン。奴はとんでもない奴でな。他人の持っているものがどうしても欲しくなる、その癖強引に奪ったあげくに冷たく興味を失う、そして腐ってしまった余分なものは使えないと判断し、容赦なく切り捨てる。そんな屑であった。──奴からはどことなく、ソイツに似た匂いがした」
被りの肉と、今突飛にも語られたカタリナの父の話が一体どんなリンクをしているというのか。何故、彼女は父デル・ゴルドンと帽子の男を似た匂いと判別したのか。
「……! 何故そのことを僕に?」
左についた頬の傷を怪しげになぞりながら、思いがけぬエピソードを思い出したように語るカタリナに、美楚羅はますますその赤い目を細めた。
「あのような闘いを演じた優秀な戦士を失うのは、この世界の損失だ。七曜の運営の端くれとして、その身の曇った行末を案じたまでだ。我々はなにも参加者を無下に殺めるために、この神技を執り行っている訳ではない。よってこれは当然の気配りと言えるだろう。……もっとも、そんな危険なニオイのする奴を咎める権利は我々には一切ないがな。死神、竜、悪鬼──血の選別を進めた先に何が産まれ出てこようとも、その暴威がもたらす結末をただ粛々と受け入れるしかない」
参加者の身を案じた末の発言。デル・ゴルドンという遠い昔の父の影を引っ張り出してきたのも、その帽子男の危うさの度合いの忠告をする為だと彼女は言う。
そして、葬魔七曜血選は本来無法。各曜日の神技の内容に沿った行為であれば何をしても許される。その七日間の儀式の中でたとえどんな化物が産まれて出て来ようとも、運営は勝手に横槍を入れそれを罰することはできないのだ。
「だが、私の勘は外したことはない。いかなる天候いかなる船上でも、危うい風を読むのが私の仕事だ。もっとも公正を保つ為に口にはしないがな。……ただし、こうして湯船に浸かっている間は、自ずと〝愚痴〟もこぼれる──いい加減のプライベートな時間と言うわけさ。フフフ」
彼女はまるで確信したような目で、そう告げる。
そして、二人がこうして同じ湯船に浸かる今この瞬間だけは、業務時間外であると不敵に笑ってみせる。
最後に、今まで長々と語った全てをただのいい加減な愚痴であるとも付け加えた。
全てをその耳に聞いた美楚羅は、彼女の気の利いた忠告と最後の種明かしに、思わず己のおでこを打ち笑い上げる。
「ははは、とてもただの愚痴には思えませんが……ご忠告は感謝します」
そう笑い礼を言いつつも、おでこから手を離した美楚羅の目付きが鋭いものに変貌した。
「──ですが、やはり僕はこの自分の目で彼の底を覗いてみることにします。あなたが船上で不吉な風やニオイを読むように……あの時、月明かりの石舞台の上で誰にも邪魔されず……互いの魔力を通して命を削り戦った僕には分かるんです。きっとあなたが見抜けなかった
「ふふっ……立派なものだ」
水音を勢いよく跳ねさせ、戦士は浸かる湯から立ち上がる。
白煙の中に勇み立つ黒髪の戦士は拳を握りしめ、炎のように赤い瞳で、愚痴をこぼす女船長に訴えかける。
伝播する熱意と、滾る魔力、波打ち逆立つ黒髪の威容に──カタリナ・ゴルドンは左の傷を撫でながら、静かに微笑った。