トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
赤竜船の調理室ではさっそく、ゲストへ提供する為の、一品目の料理の準備が行われていた。
モザイク柄の頭巾を赤髪に結び直し、まな板の上に置かれた一玉のキャベツに、彼女はじっと瞳を凝らす。
本日、偏屈な金髪男からオーダーされた品は、野菜炒め。
固く握りしめた包丁を、「いざっ」緑の葉に入れようとしたリリスであったが──。
「すみません、少しメニューを変更します」
「わっとっと!?」
空気を切った包丁の刃が勢いあまり、まな板の上を打つ。
「では、今渡したその鍋に水を半分ほど加えて沸かしてください。水が沸いたら一旦火を止めて、小皿に置いてあるその分量の薬味を全部投入してください」
突然キャベツの玉を丸々回収され、慌てるリリスの胸元に、指示と共に渡されたのは底の深い一つの鍋。
「お、オッケー、支部長分かったわ! えーっと、水を入れて……ん……んん?」
急遽、メニューに少し変更があったようだ。
ミタライ支部長の新たな指示の通りに、包丁を置いたリリスは、さっそく貰った鍋に水を張りお湯を沸かそうとするが──。
リリスの右手は、自分のお臍の高さ、その手前側にある何もない虚空を指で摘み、右に捻る。そんなおかしな仕草を二度ほど繰り返した。
「ってこのマジックコンロ……ツマミが見当たらないんだけど? え、どこ?」
そう、リリスは火と魔力を調節するツマミを回そうとしていただけであった。だが今彼女が立つ目の前のマジックコンロには、おかしなことに、ツマミに当たる部分がどこを探しても見当たらなかったのだ。
「あぁそうさ。ジブンがコンロ周りを調べていた時には既に、便利なおヘソさんはいなくなっていてね。鼠にでも持っていかれたのかな?」
「あぁそうさ、って……ちょ……」
困った様子でいた彼女に今話しかけてきたのは、帽子の男、アキト。彼が調理場のコンロを最初に下見に行った時には既に、マジックコンロにツマミは無かったという。
しかしツマミが勝手に厨房を歩いたり引っ込んだりし、ましてや鼠に齧られて消える訳はない。元よりそれが備え付けられていないマジックコンロなど、リリスは今まで生きてきて聞いたことも見たこともない。
魔力を流せば誰でも同じように機能的に扱えるのが、どの家庭にも一台はあるマジックコンロのはずなのだ。
「という訳で、火加減の操作は頼んだよ?」
「お、オッケー分かっ……えぇ!?」
アキトはエプロン姿の赤髪娘の頭をそっと叩き、大事な火の管理を任せる。
「さっき集めたこの油を最後に使うのはどうかい?」
「なるほど──。では包丁をこのように入れ、芯をくり抜きそこに蒸した肉を──」
「いやはやそれはナイスアイデアだね! 是非そうしよう、ふふふ出来上がりが楽しみだ」
彼は流れるように離れた厨房に立つミタライの方へと向かい、提供するメニューの最終確認を話し合い重ねていく。
「って、はぁあ? ええ、ほんとに??」
ツマミの消えたマジックコンロの操作調節は、マニュアルで。
七曜血選運営側の不備か、はたまた誰かの悪戯か──。
魔術師そして料理番のリリスに、思わぬ試練が課せられた。