トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第45話 そんなまさかのオーダー

 ロングスカートを無惨にも裂かれ、剥き出しになった奇怪な石の足。

 だが、お嬢様は冷静な面持ちで静かに手を挙げ、アキトに向けられていたメイドたちの武器を下げさせる。

 

 メイドたちは不承不承ながらも、悠々として隙のないその謎の男から、ゆっくりと暗器を元の袖の内へと収めていく。

 

 そして、皆が見つめる張り詰めた緊張の走る静けさの中、彼女は語り始めた。

 

「あれは、私がまだバークローズの王立学校に通っていた十六歳の時でした。異変が起こった最初の頃は、小石か何かにでも躓いただけと思いました。ですが徐々に……違和感はほんの小指の先から始まり、やがて無視できぬほどに私の目に見えて染まっていき──。今となっては……この足が石のように、いえ石の足となり動かなくなっていったのです」

 

 健康だった彼女の両足が石の足になるまでの経緯が、冷静にそして漠然と語られた。

 

「なんだと……! おい……それじゃあ、言っていたギフトってのは? まさか?」

 

 その話を受けて考えるペコロは、また眉間に皺を深めた。

 

「はい、その事については、自分でもまだ多くは調べられておらず分かりません……。ですが私はこれが、今まで発現せずにいた、己の身に宿ったギフト。その副作用なのだと、もう思わざるを得ないのです……」

 

 ガーネットは問うペコロの目を真っ直ぐに見つめ返し、そう答えた。

 

 そして、そんな彼女の横顔を覗いていたアキトは、「やはり」と言った様子で首を縦に頷いてみせた。

 

「うん、やはりさっきの発言もその場限りに吐いた嘘ではなかったということだね。症状の進行はご覧の通り──なおも止まらないと。だからキミは奇妙なそれを身体的というよりは超常的な何か、つまりギフトの仕業だと断定し結びつけたのだね」

 

「おいおい本当に本当か……奇病か何かじゃねぇのかよ? そうだ! 一流の料理人もいるんだ、優れた医者もこの祭りのどっかに隠れているんだろ? ソイツを探して再診してもらえば」

 

 超常的なものよりも身体的な要因を探し、料理人はまだ疑りかかる。そして、この葬魔七曜血選にも紛れて参加しているであろう、もっと良い医者に、その足のことを再診してもらうように彼女に提案しようとしたが──。

 

「足が石のように固まる──そのような症例は見たことがないと、これまで紹介を重ね診てもらった多くの医者の先生方も、皆、口を揃えてそう言いました」

 

 しかしガーネットは既に、バークローズを代表するような名高い医者たちに、自身の石の足を診てもらっていた。

 

「まじかよ……ヤブ医者じゃねぇのか?」

 

「……ありがとうペコロ。ですから私はここに──」

 

 ガーネットお嬢様は熱心に食い下がったペコロに対して、首を静かに横に振った。

 

 もはや表の世界では解決しない、だから裏の世界へと彼女は飛び込んだ。

 そんな尋常でない覚悟と、どこか寂しさが同居したような表情を彼女が浮かべていると──。

 

「一つ、方法がないことはない」

 

「え?」

 

 重苦しい空気にも構わず、道化師は、そうつぶやいた。

 

 思わずガーネットは浮かべていた真剣なその表情を崩し、今、呆気に取られたように驚いてしまった。

 

「おい、なんだそれは薄笑い! もったいぶらずに言いやがれ!」

 

 階段の段差に腰をかけていたペコロは立ち上がり、アキトの方へと詰め寄り銀のホイッパーを向けた。

 

「そのギフトを放棄することだ」

 

 向けられたホイッパーをマイク代わりにするかのように、また道化師が何食わぬ顔で爆弾発言を放った。

 

「放棄? ……ですか?」

 

「放棄だと……そんなのどうやって?」

 

 ギフトを放棄するなど聞いたことがない。ガライヤの世界で生きてきたお嬢様も料理人も、そのような方法を耳にし共有したことなど一度もないのだ。

 

「魂に干渉できるうちの支部長のギフトなら、それが可能だろう」

 

「魂に干渉……そんなギフトが、あの青髪の女に……ならっ!」

 

 ペコロは、それが水色髪のミタライのことを指していることに気づいた。調味料の分量を、しつこく聞いてきていたあの女だ。

 

「その前に、ここから先は企業秘密、できればあまりネタバレはしたくない」

 

「──この方と話があります。皆、下がっていてください」

 

「ですがお嬢様! このような素性の知れない胡散臭い男の言うことなどッ」

 

「ハリエ、下がりなさい」

 

「はっ、はい……!」

 

 メイドの一人ハリエが食い下がる。だが向けられたお嬢様の鋭い視線と冷徹な声に、狼狽えるような返事をし、前に出過ぎていた足を後ろに下げた。

 

 耳を貫いた厳格なるお嬢様の一声で、メイドたちはぞろぞろとログハウスの中を去っていく。

 

 飼い主の見せた素晴らしき威厳に、道化師は小さく拍手を送る。

 そして、やんちゃな料理人の向けたホイッパーから口元に飛んだ白いメレンゲを、ゆっくりと伸ばした舌に舐めずりながら──。

 帽子の影に潜む怪しい黒い眼を、車椅子に掛けた金髪のターゲットへと光らせた。

 

 

 

 

 

 

 ログハウスを歩いていた足音が遠のき今止んだ。

 逃げ道を塞ぐように周囲を取り囲んでいたメイドたちを下がらせ、これでお望み通りに人払いは済んだ。

 アキトとガーネットお嬢様とペコロ、三人だけが食卓のあるそのリビングに残っていた。

 

「おい、で、お前の言うあの青髪の支部長さんなら本当にそんなことができるのか? なら寝ちまう前に俺が呼びに──」

 

「あぁー、たぶんそれは無理だ」

 

 さっそく本題に移ろうと、発端の人物アキトへとペコロは無駄を削いで話しかけた。

 

 だが、アキトから短く返って来た言葉は先ほど自らが豪語していた事と、全くの正反対であった。

 

「なんだとお前? 話が違うぞ薄笑いッ、そうやって人様を舐めてかかるのも!」

 

「ちなみに君も他人事じゃない」

 

「俺が? だと……」

 

 ペコロは怒った様相でふざけた事を言ったアキトへと突っかかった。だが、その途中──何かを看破するような鋭い視線を添えて、思いがけない一言を返された。

 

「ジブンには見える。彼女は悪魔に足首を掴まれている」

 

「悪魔……だと!?」

 

 アキトは車椅子に掛けるお嬢様の石の足を見つめて、そう言った。

 

 確かにそれは悪魔の仕業だとも言い張れる。

 麗しい金髪の娘が患った、決して美しいとは言えないその石色の足元は、奇病や怪奇現象だけでは片付けられない。

 

 そして、ペコロも、自身のギフトにも思い当たる節がない訳ではなかった。料理人の彼は、ギフトが恩恵だけではなくデメリットが存在することを知っている。魔術師のリリスと比べて、自分の放つ火が、厄介な火力と性質を持っていることを──。

 

 ガーネットもまた、アキトが「悪魔」と発したその一言を呑み込んだ。自身を足裏の底から蝕むこの現象を悪魔の仕業呼ばわりされても不思議はなく、仕方がないことだった。

 彼女は狼狽えずに、ただアキトの目を見てその先の話を真剣に傾聴していく。

 

「このまま支部長に頼んでも、彼女の魂までノーダメージとはいかないだろう。お嬢様とそのギフトを完全に切り離すことはもう難しい。その石化した足の具合を見れば分かるだろう?」

 

 結局、「無理」と言った最初の言葉に帰結する。

 人間の魂とギフトその密接さを、研究好きのアキトはよく知っていた。そして、やはりその石の足を覗けば、ギフトが彼女の制御下を離れ、お嬢様の体を勝手に支配しつつあるのは一目瞭然であった。

 

 つまり、ミタライ支部長の魂を焼く光火、ウィルオウィスプを持ってしても、ギフトとお嬢様の身・魂までを別個に分けて切り離すのは〝難しい〟という結論に至った。

 

 向けられた矢印はギフト側からの一方的なものながらも、それほどまでに、ガーネットお嬢様の本来持つ魂と後から芽生えたギフトが複雑に絡み合っているように、観察したアキトの目には見えていたのだ。

 

「っ……じゃあどうしろってんだ?」

 

 悪材料ばかりをだらだらと羅列されても、事態は何も改善せず前へと話が動かない。

 

 結局この薄笑いの冒険者は何を言いたいのか。まさか、ただのもったいぶった冷やかしな訳はない。

 疑いながらもそう思ったペコロは、結論を急かすように両手を広げてその男に問い返した。

 

「あぁコック。すまないがその前に、バナナを一本ここに持ってきてくれないか? 小腹が空いたようだ」

 

 返された鋭い視線、黒い眼光から放たれたまさかのおどけた注文に、ペコロ・ココットは片眉を引き攣り上げた。

 

 

 

 

 

 

 青い瞳が目を凝らしじっと見つめる先、机上のエッグスタンドに置かれた一つの卵が、今、『チッ──』と小さな音を立てた。

 

 すると、天に向けていた頂点からひびがついた卵を、ペコロは手に取り観察していく。

 

「こいつは確かにすごいが……。まさかその卵にひびをつける超能力で、ギフトだって自覚したわけか?」

 

 青い瞳を数度瞬かせ汗を拭ったガーネットお嬢様は、訝しむペコロの目を見て申し訳なさそうな声で答えた。

 

「はい、ごめんなさい……。これぐらいしかできなくて」

 

 そう、今披露されたのはお嬢様のギフト、その力。机上にセットされた卵の一つに、離れて車椅子に座るお嬢様は手を触れず、その眼力だけで卵の殻にひびを付けたようにペコロには見えていた。

 

 確かに常人にはできない芸当ながらも、お世辞にもそのギフトの能力は、石の足の対価としては、脈絡のない微弱と言わざるを得ない程度のものだった。

 

「別に謝ることではねぇけどよ。それにこれ以上する必要性もとくに──ってなに呑気に、りんごを剥いてやがる!」

 

 別に彼女の得たギフトの強さをペコロは聞いていない。

 少し気落ちした様子のお嬢様に、そう言おうとした料理人であったが──隣にいつまでも鳴っていた空気の読めない包丁の音に向かい、思わず叫んでいた。

 

「あぁ、見てくれコック。兎さんだよ? フフ、なかなかのものだろ?」

 

 楽しげにそう言い、アキトが皿に並べ見せてきたのは、兎の形を模した剥いたりんごであった。

 

「知るか! それぐらいの細工で笑ってんじゃねぇ異世界人! ──おい、てめぇまさか……アレだけもったいぶっておいて肝心の答案(レシピ)を知らねぇ訳じゃねぇよな? これはなんの時間稼ぎだ?」

 

 そのような包丁細工、ガライヤ人ができないとでも思っているのだろうか。

 馬鹿にしたように見えた黒髪の男の態度を、ペコロは怒声を浴びせあしらった。そして、赤い耳のりんごを一つ手に取りながら、目を細めてアキトのことを睨んだ。

 

 もったいぶるにも、揶揄うにも限度というものがある。これ以上の誤魔化しを許さないペコロは、そのふざけ出した男から視線を逸らさない。

 

「なんて冗談さ。レシピならこれだ」

 

 アキトはそう言うと、熱心に見つめてくるコックの男から視線を外し、食卓に置かれていたバナナを一本もぎ取り、それを突然にもお嬢様へと渡した。

 

「これが……?」

 

 受け取った一本のバナナに戸惑う車椅子のお嬢様に対して、どうぞと言わんばかりのジェスチャーでアキトは両手を広げた。

 

 しかし、何をすればいいのやら。無言で勧められるもお嬢様は分からずにいた。

 

 だが、もう一度視線を落とし手元にあるバナナをよく見ると──何故かざらざらした手触りの違和感が彼女の手に伝った。

 

 

 恐る恐る皮を剥いていく──。

 そして、金髪をかきあげその中の果実を口に運んだ時──。

 

 お嬢様は、目を大きく見開いた。

 

「……うそっ!?」

 

 何が嘘なのか。ただのバナナを食しただけで、高貴な彼女からそんな驚きの表情を引き出すことが可能なのだろうか。

 

「ちょっと貸してくれ! ……!?」

 

 いや、そんなはずはない。

 その不可思議な反応を目撃した一流コックは、まだ驚いた表情のままいたお嬢様の元に足早に近づいた。

 

 そして、ペコロがお嬢様からその問題のバナナを受け取ると、睨みながらニオイを嗅ぎ──千切った一欠片を口の中に含んだ。

 

 すると、同じように目を見開き、何かに衝撃を受けたような仰々しい顔をするコックがそこには立っていた。

 

「おい薄笑い……お前一体何を」

 

 まだコックの口の中に残っているのは、紛れもないバナナの食感。そして、鼻を抜けるチグハグな香り。舌の上の味蕾を嘲笑うように支配する、強烈な違和感。

 

「──りんご味のバナナ。それがその足に対する答案だ。先ずはこれを目指していただく」

 

 再度、睨むコックに道化師は答えた。

 齧られたその正体、一流コックの舌を欺いたそのお味は──「りんご味のバナナ」。

 

 車椅子に浮かぶ、彼女の石の足に対する謎めいた答案であった。

 

 説かれたのは奇策それとも愚策、はたまた周囲を翻弄する無意味な嘲笑か。提示された謎の答案と、コックが手に握り睨む一本のおかしなバナナ、依然呪われたように固まるお嬢様の石の両足。

 

 誰も予期できないアキトの狙いとは一体──。

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