トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
そして調理開始から40分後、ようやく完成した一品目。厨房から運ばれた大皿の上に置かれたキャベツ料理が、舌の肥えたゲストの待つテーブル席へと提供された。
しかし、注文の料理を待ち侘びていたゲストは、既に手にしていたフォークとナイフを静かに机上に置き直した。
「ふざけているのか。腹を空かせた客の前に未調理のキャベツを丸ごと持ち出して、お前たちはこれを料理と言い張るのか」
そう、大皿の上に乗せられていたのは一玉のキャベツ。それも見るからに火を加えられていない生のまま。これを提供する一品目の料理と言い張るには、随分と度胸のあるコックである。
そんな静かな怒りを込めたゲストの放った冷静な言葉は、もっともである。
これはとても料理とは言えない。そう、このままならば──。
「おっとすまない忘れていた。では、──特製の油をかけさせてもらうよ。後ろから失礼」
アキトはゲストにいつの間にか紙エプロンを被せる。そしてゲストの男が座る椅子の後ろから、まるで花に水を与えるように、一玉のキャベツに向かい熱した油を躊躇なく回しがけていく。
すると、白煙を上げ開いていく、鮮やかなグリーンに色づいたキャベツの花が。
「【紅茶鶏の繚乱キャベツ
「ゴマダレ、辛味噌(コチュジャン風)、ポン酢、塩とごま油、ブルー岩塩、酢醤油、タルタルもどき、ご用意したこちらの七種類の調味料、どれでもお気に召す物を付けながらお召し上がりください」
「キャベツで鶏を包んで食べる料理さ。本当は千切りなんだけどね。今回は野菜が王様というリクエストがあったということで、特別さ」
熱され、包丁を入れた通りに花開いたキャベツの中には、蒸し鶏がまるでその花の蕾のように隠されていた。
吹き出す湯気と共に、茶葉の香りが辺りにほんのりと漂い出す。
アキトに慣れた手つきでほろほろと解されていく蒸し鶏。大皿の前には、ミタライの用意した七種類の特製調味料が小皿に入れ並べられていく。
「ふむ……」
しばらく眺めていたゲストの男は、フォークとナイフに手をつけずに、自らの手でキャベツの葉を千切りだした。
そして身の解された中央の蒸し鶏を、その葉で包み、タレをくぐらせ口の中へと詰め込んだ。
シロツメ支部の皆の見守る中──ゲストの男は、七度同じように料理を包みそれを己の口へと運んだ。そして丁度七種の調味料、全ての味を試し終えた男は、自前のハンカチで油のついた口元を拭った。
「これは野菜炒めとは言えない。しかし、この鶏肉の柔らかさ、おそらく茶葉で煮たことでついた独特の風味が肉の臭みを短時間で上手く打ち消している。油を回しがけた演出、その妙はただの見世物だけにあらず、旨味を増す風味づけと野菜の繊維を残したまま火を通す役割を果たし、後のタレの味が絡みやすくもなっている。さらに、この酢の入ったゴマのタレとフルーティーなポンズ、希少なブルー岩塩の料理との相性は──及第点だ」
ゲストの男は、すらすらとこの一品目のキャベツ料理に対する品評を述べた。的確にも聞こえたそれは最後に「及第点」と言い放ち、まずまずの評価を獲得したように思えた。
「やったなベタ褒めだぞリリス! 合格だぞ!」
「う、うん! まぁほとんど支部長とアイツがやってくれたんだけど……」
居合わせたタイキが、そう元気に隣のリリスの肩を叩く。
張り詰めた空気の中、見守っていたリリスもようやく肩の荷が降りたのか。ほっと息を吐き、揺らされる肩のリズムに乗り頷いた。
「よって、2点だ」
「や、やっ……てぇ!? に、にてん!? それってまさか10点中??」
聞き間違えたのだろうか。
今耳に入り、リリスが喜ぼうとしたその点数は、なんと〝2点〟。
及第点が2点──そんなことはあり得るのだろうか。リリスは一転し慌てた様子で、もう一度確認のため問い返す。
「当然だ。これは野菜炒めではない。甘く見積もっても3点。注文通りではない、それにキャベツの鮮度・品質も極めて悪い。よって──2点」
リリスのことを睨み返したゲストの男は、この点数に至った理由を淡々と述べていく。
「フッフ、手厳しいね」
「鮮度なんてこっち関係ないし無茶でしょ……」
アキトは伸びない採点と辛辣な品評に思わず微笑し、リリスは消え入りそうな小声で落胆の愚痴をこぼす。
シロツメ支部の提供した一品目の料理の評価は、なんと10点満点中の2点。皆の浮かべていた甘い予想を裏切る、辛い結果に終わった。