トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第46話 謎のスイーツ

 アキトのことを睨んでいたその視線を外し、料理人の男は動き出した。

 

「おやおや、そんなにバナナがお好きかい。ふふ」

 

 そんな戯言には見向きもせず、ペコロは机上に置かれていた一房のバナナを見つけ、それを一つ手早くもぎ取り──食した。

 

(チッ、これはどこをどう食べても普通のバナナだ……! じゃあさっきのは料理人の俺の舌を欺いたってのか、一体いつ用意してすり替えやがった……。船上のディナーで俺が作った、中身を抜いて殻を後で接合させたサプライズエッグとは訳が違うんだぞ。皮付きのバナナで中身を変えるなんて出来る訳がねェ! ──ギフトかッ! いや、そもそもコイツのギフトは俺と同じ火じゃねぇのか? なんだ、何をしやがった……あり得ねェ……)

 

 この一房のバナナの内の一本を、バナナの食感を維持したままりんご味に変える。そのような事は、いかなる腕前を持ってしても不可能。そんな品種のバナナが存在するとは聞いたこともない。

 一流のコックとしてそんなバナナの存在も芸当を認める訳にはいかなかった彼は、ギフトの仕業を疑った。

 しかし、あの黒髪の冒険者のレイピアに灯したギフトは自分と同じ火属性。竜曜の神技で彼と戦ったペコロ・ココットは、確かにそう、網膜に焼き付けて記憶している。

 

「あり得ないことなんてあり得ない。これは初級編、ジブンには簡単なことさ」

 

 眉間に皺を寄せ、難しい表情で固まったコックの心を見透かしたように、アキトはペコロに向かい呟いた。

 

「どんなギフトと調味料を使ったかは知らねえが……そもそもだからなんだってんだ!」

 

 一本のおかしなバナナにかけられたのが、ギフトの仕業であれなんであれ、それが何を意図するというのか。

 喋る事に為す事に回りくどい匂わせばかりをするアキトに対して、ペコロはまた声量を上げ叫んだ。

 

「お嬢様のギフトは、まだなんにでもなれるということさ」

 

「あぁ? なんだと?」

 

 今度、奴の口から出てきたのは仰々しい一言。ペコロが短く返し威嚇を続ける。

 

「卵料理にだって色々あるだろう?」

 

「そりゃある! ……サニーサイドアップ、ターンオーバー、オムレツ、キッシュ、炒飯、カルボナーラ、TKG、メレンゲにスイーツだって作れる! それでなんだ!!」

 

「ジブンはサニーサイドアップ派さ」

 

「その面しっかり、ターンオーバーにされてぇのか薄笑い?」

 

 ペコロはどこからか取り出した鉄製のフライパンを片手に振るい、びゅんと風を切る。

 とんちんかんな連想ゲームを続けて本題をはぐらかそうとする、そんな目の前の男の黒い前髪を、扇ぎ送った強烈な風に揺らした。

 

「私のギフトが……なんにでも? アキト。私は何をすればいいのでしょう?」

 

 道化師が宣った思いがけない言葉に、ガーネットは首を傾げない。ただただ深く疑いもせずに、その黒髪の彼に両手を広げて問い返した。

 

「もちろん、ジブンがコックを怒らせたこのバナナの真似をしろとは言っていない。お嬢様なりの形ある答えを既に渡したはずさ。キミは、そこに何を浮かべる?」

 

「形ある……答え? そこに──」

 

 車椅子の横に取り付けられた収納ポケットを指をさすアキト。お嬢様は指をさされたポケットをまさぐり、手に薄い何かを掴み取った。

 

 挟んだ彼女の指の間には、一枚の札。

 柳の葉と赤い袴の人が映るあの花札だった。だが、「そこに何を浮かべるか」と彼に問われて──どこかまだ彼女の目には、余白のあるようにも感じたその一枚。

 

「という訳で、メインディッシュはまだ早い。先ずはじっくり作ろうじゃないか、お待ちかねのスイーツを。卵はまだまだ、ここにある」

 

 アキトは笑うと、ボールの中にあった卵を一つ手に取った。

 

 そして躊躇いもなく卵の底を、平面な木の机の上に叩き置いた。

 

 ひび割れながらも、卵は平然と立つ。

 「あり得ないことなんてあり得ない」──そう言わんばかりに直立する机上の卵。

 

 やがて、手に取り見つめていた一枚の光札の空白から彼女は目を離した。さらに、彼が耳元で囁いた「スランプ中」であるという言葉の真意が、雨道を歩く赤い袴の人物に重ねて、何故か分かったような気がした。

 

 そして、覚悟と認識を改めたガーネットの青い眼光が、もう一度、机の上に次々と並べられた白いターゲットを射抜いた──。

 

 

 

 

 

 

 

「……アキト、私は上手くやれていますか?」

 

「うん。大丈夫、ほら──完全に注文通りだ」

 

 【3】、【6】。

 お嬢様の方へと今回転させ裏返した二つの卵、机上に並べられたそれぞれの殻には、マジックでそう数字が書かれていた。

 アキトが指定した通りの番号の卵が、お嬢様の行使するギフトにより、その頭頂に当たる部分を正確に割れていたのだった。

 

 ガーネットお嬢様は額から汗を流しながらも、照らし合わされた目の前にある確かな達成感に、次第と笑みを浮かべた。

 

「なら、もう一度お願いするわ!」

 

 気づくとガーネットはもう一度、アキトにこの卵を使ったギフトの訓練の継続を求めていた。それほどに、彼女自身が手応えを感じていたのだろう。

 

 もちろんアキトも、彼女のとどまらぬ熱意と、自らの疲れすら吹き飛ばしたように見えたその笑みに、水を差すという選択肢はあまり考えられなかった。

 

 アキト自身、彼女の身を蝕みつつも内に混在するその特異なギフトに興味があった。果たしてその石の殻を破り、一体何が形を成し生まれ出るのか、抱く興味は尽きない。

 

 微弱だった彼女のギフトが、短時間でここまでコントロールできるまでのコツを掴んだのだ。前のめりに志願する彼女の気持ちは良く分かる。

 

「うーん。そうだね、素晴らしい好奇心と上達ペースだが……おや?」

 

 アキトが迷いを楽しみつつ、汗を流す彼女の笑みを値踏みするように見つめていると──。

 

 天井から継続的に響いていた鉄のかち合う音が、突然ぴたりと止んだ。

 

 その音の変わりように耳を立てていたアキトは、おもむろに、椅子に掛けられていたタオルを一枚手に取った。

 

「慣れないギフトの行使で疲れの色が見える。今日のところの講義はここまでにしよう。外のメイドたちも待っていることだろう」

 

「そうね……分かったわ。ありがとうアキト、とても励みになったわ」

 

 車椅子に掛けるお嬢様の元へと、そのタオルを投げ渡したアキト。お嬢様はありがたくそれを受け取り、汗を拭きながら頷いた。

 

「どういたしまして。ジブンもこうして珍しいギフトの研究ができて楽しかったさ。これから訪れる困難にも、その持ち前のケンメイさで打ち勝つことを願うよ」

 

「ええ。決して怠らないわ」

 

 礼には及ばない。

 アキトはそう丁寧な口調でささやかなエールを送り、ガーネットお嬢様もとても熱意のある返答をした。

 

「では、ジブンはこの辺でお暇させてもらうとするか」

 

『待ちやがれ!』

 

 今日のところはもうここに用はない。

 アキトがログハウスの中から去ろうと、緑のマントを翻したその時──上階に向かう階段の方から叫ぶ男の声が響いた。

 

「一流コックのスペシャル【三不粘(サンプーチャン)】だ。別腹は十分に空いただろ?」

 

 上階のキッチンエリアから階段を降りて来たのは、飴色髪のコック。

 

 手に乗せた平皿の上には、黄金色に平たく輝く謎のペーストが、熱い湯気を放っている。

 

「そう言えば、食後の紅茶を淹れ忘れていた」

 

 立ち込めて来た甘い香りに誘われて、振り返るアキトは口角を上げニヤリと笑った。

 

 勝手にお開きには、させはしない。

 一流コック、ペコロ・ココットが鍋を幾度も打ち仕上げた、その謎のスイーツの正体とは──。

 

 

 

 

 

 

「出てくるスイーツが三不粘とは。なかなか通じゃないか。ジブンも初めていただくよ」

 

 コックの手により丸く成形し取り分けられた黄色いペーストを、アキトは箸に摘みながら興味津々な様子でそう言った。

 

「あぁ、俺が十四の時、憎たらしいオヤジの店を出て行った時に作った卵のスイーツだ。こいつが上手く作れる事こそが、一流のコックの証だなんて言われていた」

 

 母のいたイーラ島から離れ、流れ着いたとある街の料理店。大鍋をお玉で叩いていると、紆余曲折あって拾われたオヤジの店のことをペコロは思い出す。

 一流のコックになるために、また認められるために、その店ではまず避けては通れない試練のようなもの。三不粘とはそんな卵黄、油、片栗粉、砂糖を用いた誤魔化しの利かない、コックの腕前が最も試されるスイーツであった。

 

「この香り、この弾力、この舌触り……こんなにシンプルな見た目なのにすごく奥深くて美味しいわペコロ」

 

「あぁ、通常ならばラードを使うところを俺は自家製のオニオンオイルを使った。だからだろうよ。物足りないなら、白身で作ったそのメレンゲチーズアイスを乗せて食ってみろ」

 

 一口、二口食べた後、感嘆した様子でお嬢様の口から放たれた味の感想を聞いて──。

 ペコロは頷き、平皿の縁に飾られていた淡雪のようなペーストと、今度は一緒に食することを勧めた。

 

「うーん。並々ならぬ気合いが入っているね、これは。料理を通しても伝ってくるよ」

 

「当たり前だ。気合いを何度も叩き込むそういう料理だからな。舐めて休んでいると、こんな風に上手くできやしねぇ」

 

 これまでいくら鍋を叩き、いくらお玉を折ったものか。まさに火中の鍋に気合いを叩き込み、一人のコックが己と食材と戦いながら作り上げたそんな一品であった。

 

 当たり前の感想を述べたアキトへと、鋭く握るお玉を向けたペコロ。一欠片の食材も、その輝く銀色の器具には付着していない。

 

「美味しい……本当に、美味しい……っ」

 

 ガーネットは、まだ湯気立っている黄金色のスイーツを口に運び続ける。

 ペコロの魂がこもった本物の味が、口内に広がる優しい甘さと豊かな香りが、噛めば噛むほどに身に沁みていく。

 

 幻のスイーツ三不粘。幾つも割られた卵の黄身も白身までも余さず用いられ、何度も叩き上げられたその料理は、まさに今の彼女に相応しい。そんな特別な一品だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は、すっかり深夜。まだ明かりの点くログハウスから暗がりの外へと出て来たのは、二人の男たち。

 

「おい、何が狙いだ。お前が手を貸すんだ、俺の時のように何か見返りの契約があってのことだろう?」

 

 今日はもう店仕舞い。ペコロは大鍋を担ぎながら、ふと、森の道を歩いていた黒髪の背へと向かい問いかけた。

 

「冒険者アキトは、白と黒の中だけでは動かない。見返りなぞあまりいらないさ。ただ、彼女にはジブンすら惹きつける〝才能〟があった。それだけだろう? もちろんキミも──」

 

 背を見せたまま振り向いた、冒険者アキトはそう告げた。

 

「──おい薄笑い。俺の飯を食いたきゃ、煙草は吸うな」

 

「フッフ……以後気をつけよう」

 

 コックの言い放った思わぬ忠告の一言に、アキトは軽く手を挙げ返事をした。

 

 静かな風にはためいた緑色のマント姿が、分かれ道を進み夜の森の中へと消えていくのを、ペコロはその場でじっと目を凝らし見届けていった──。

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