トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第48話 地獄直行

 爽やかな泡粒が海風に乗り、晴れ渡る青い海原の上をぷかぷかと浮かび去っていく。

 

 戦米丸の広いデッキの清掃が終わり、次の食材選択の時間が訪れた。

 

 一品目の反省会と試食会をしていた調理場から、案内人のラカンに呼び出され、赤竜船の甲板上へと揃って出て来たシロツメ支部のメンバーたち。

 

「ちょっと、今度は何にしたの? ちゃんと野菜を選ん──って……! あっ、あんた……またこれぇ……」

 

 リリスがアキトの選んだ食材が気になり、紙のリストを横から覗き見ると──彼女は表情を思わず驚きで歪ませた。

 

「食事はバランス良く。これでいいさ。──おっと」

 

 アキトが懲りずに微笑を浮かべていると、今度は左側から横を通り過ぎたアトラが、アキトの手にしていたリストを急にかっさらっていった。

 

「ええ!? ちょっとちょっとアトラあんた、どこ行くのよ。って、なんであんたも美楚羅みたいなことして……?」

 

「ふふ。本日のストレス発散タイムかな」

 

 その黒スーツと緑髪の背はリリスの呼びかけにも振り向かず、何も告げずに淡々と、前方の橋を渡っていく。

 

 そして、赤竜船、青竜船の両側から戦米丸のデッキへと今、食材の運び役に志願・抜擢された戦士たちが足を踏み入れていく。

 

 やがて立ち止まり、向かい合わせで対峙する黒いコック服と黒スーツ。

 一人、一人と平らな甲板の上に乗船し睨み合うその流れは、先ほど争い合った美楚羅とコンガ・リー・ダンのやり取りと似たデジャヴを引き起こされるようだ。

 

「カッカッカ。地獄の火炙りコースと天国の激痛コース、──お客はどちらがお望みカッ?」

 

「……」

 

 まるで流れ通りにキザな挑発の台詞を吐いたコック帽の男を、アトラはただ、じっと黙ったまま睨み返す。

 

 険悪なムードはのっけから。

 挟まれた両者から食材選択のリストを受け取ったカタリナ船長は、その両方の紙を見比べた末に──またいつかと同じように口元を笑い歪めた。

 

「──フッ。貴様らはまたしてもか。やはり私の勘というものは衰えぬばかりか冴え渡っているな。……いいだろう、被りの食材は二つ。つまり────勝手に奪い合え!」

 

 カタリナはブーツで踏んづけ張っていたロープを、今、剣で勢いよく断ち切った。

 

 ロープで縛られた食材が、赤竜側の戦士と青龍側の戦士それぞれが立つ背後に落ち、宙に吊り下げられた。

 

 被った食材は争い奪い合うべし、それ以外の道理はない。

 そして、そんな身勝手で威勢の良い開始の合図が、女船長の手により知らされたのと同時だった。コック帽子の男は、大きく息を吸い上げて膨らませた口から、いきなり火を吹いた。

 

 睨み合っていたアトラの面へと向かい、コックの口から吹き出した火炎。突然の熱き猛威が襲い掛かる。

 

「ぬえっ!? アイツいきなりっ!?」

「カッカッカぁーのあっぷっぷぅ〜。──火まで垂らして独特な笑い方だね、彼?」

「って笑って火を吹く訳ないでしょ! そんな笑い事じゃ……!」

 

 アキトの冗談を隣で耳にしたリリスは、戦米丸の甲板上に激しく吹いた火を驚き見つめる。

 

 笑い事ではない。笑って火を吹く人間などいない。口に含ませていた不意打ちの悪意が、アトラに向けて嘲る唾を吐き捨てるように放たれたのだ。

 

 ロープが千切れた開始の合図と同時、あるいはフライング気味にも放たれた先制攻撃は、危うく誘う地獄の火炙りコース。

 しかし今、前方一面を赤々と荒ぶり彩った必殺の火炎を目にし、浮かべた黒いコックの悪顔とその笑みは、驚愕と共にすぐに砕け散った。

 

 吹き荒れる赤い火炎を、風穴を開けるように押しのけた右の手形。

 前へと突き出された右の手のひらが、纏わりつく火を破り、一瞬にして消し飛ばした

 

 赤い火を蹴散らし現れたのは、妖しく揺らぐ緑髪に綻び一つない黒のスーツ、その姿。

 

 火炙りにしてはぬるすぎた。遊びにしては熱すぎた。

 

 突き出した手のひらをグーにし、前方に立ち竦む黒いコック帽子の敵を握りつぶす。

 

「……地獄……直行」

 

 甲板上の戦いはもう始まっている。アトラはスーツに降りかかった火の粉を払い、静かに、胸の闘争心に火を付けた。

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