トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第5話 暗き森、それぞれのパーティー

 魔力とミラーが深く複雑に干渉する森の中では、通常の通信用のミラーツールは上手く機能しない。

 だが、冒険者の持つギフトやアイテムの中にはそういった特殊な環境の中でも、情報の伝達をし合う手段が稀にある。

 

 

 ise会シロツメ支部、その第一隊のリーダーを自ら務めるサヤ・ミタライ支部長は、冒険者としてもBBB級の一流。しかし彼女の持つ真の力はそのランクだけでは測れない。

 

「子火は燃え続け機能している、エラーはなし。四隊の足取りは予定通り、既に全体の道程の35%を消化」

 

 なんと言っても彼女のギフトである【ウィルオウィスプ】は、親火(おやび)(ミタライの魔力)と離れた子火(こび)(各隊の旗手に与えた魔力)を燃やし続けることで連動させることができる。特別な魔力を持つ火の光のギフトだ。

 

 クランを示す旗に憑いていた子火が燃え緑の光を放ち続け、森中を進む離れた各隊の行方を案内し、行軍コースを都度微調整しながら指示を出しているのだ。

 

 そして、今ミタライが広げた使い捨ての一枚の魔法の地図には、各隊の進んだその経路が焦げ跡を付け、足跡として表示されていた。

 

 魔法の地図のアイテムと、ギフト【ウィルオウィスプ】。この併用により、ミタライは魔の森の中でも離れたクランメンバーへの精度の高い指示出しが可能であった。

 

 ギフト【ウィルオウィスプ】は、まるで森の案内人。まさにise会シロツメ支部のクランマスター(支部長)に相応しいギフトである。

 

 

 そして、今マルチタスクをこなしながらも、森中を進み遭遇した魔物との戦いでも彼女のギフトは──。

 

「【クラップキャット】!」

 

 急に目の前にぼわっと灯り現れた、火と火がぶつかる。刹那──視界を眩く染め上げた緑の怪火に、本能的に驚いたウッドコングは、冒険者たちへと向けて突進しようと駆けたその足を止めてしまった。

 

「シイナ、アイナ、ハイナ!」

 

「……っし!」

 

「あいっ!」

 

「はいなっ!」

 

 

 三方向からテンポ良く放たれた矢が木々の間を縫った。

 ミタライの発した号令で、弓師の三人娘より放たれた一斉射。謎の火に驚いている間にも、その無防備な姿勢を蜂の巣にされたウッドコングは、反撃の機会もなくその巨体を沈めた。

 

「ふむ……仕留める矢数が一本多いっ」

 

 光の粒子となって消えていく魔物のことを見つめ、ミタライがそう言い小さく息をつく。

 すると、ミタライの背後から、身を寄せ合う弓娘たちの騒がしい囁き声が聞こえてきた。

 

(だれだし、へそ曲げのアイナ?)

(私じゃないっ、呑気なハイナでしょっ?)

(シイナだよシイナーっ、早撃ちのシイナーっ)

 

 誰が急所を外したか、あるいは誰が余分な矢を放ち攻撃したのか。三人は筒抜けの声を漏らしながら、責任を押し付け合っていた。

 

「……静かに、森を出るまでに三人で射撃精度の微修正を頼みますっ。もっと手際良く仕留められたはずです」

 

(げ、支部長怒ってる?)

(怒ってはなくない? いつもより?)

(てか頼まれてる……?)

 

 シイナ、アイナ、ハイナ整列する三人娘はお互いに一瞬目を合わせ黙り、またごにょごにょといつもの囁き声で騒ぎ出した。

 

 そんな賑やかなやり取りを背に、ミタライは再び広げた地図に刻まれる四つの焦げ跡を見据える。

 

 灯る四つの火が、インクの染みた地図の上の森を、枝分かれし燃やしていく──。

 

 薄い焦げ跡が僅かに濃くなる。そんな突出した一つの火の揺らぎを、ミタライはその湖のように澄んだ青い眼に映し出した。

 

 澱みないその瞳が、緑の光に薄らと妖しく色づいていく。

 

 ミタライ支部長が率いる第一パーティーは、全隊のバランスをコントロールし気を配りつつも、着実に魔物を間引き、森のさらなる深部へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東の森ウッドフット。そこは人の住む都市と隣り合う、魔物たちの棲む不浄の地。

 

 組織的な夜狩りが行われたそんな騒ぐ魔の森の中へ身を投じる冒険者の中には、クランに属さず、変わった目的を持つ者もいた。

 

 

 

 樹上で騒ぐのはミラーエイプの群れ。集団で狩りを行う狡猾な猿たちは、今、一人の迷い人を取り囲み、木にぶらさがりながら歓迎していた。

 

(今までにないほどに水晶が強く示した光っ──。新たな運命は、確かにこのバークローズ王国の森の中に集い潜む…………ラミ様の為、イダイヤ王国に帰るまでここでやられるわけには!)

 

 異国からの旅人の女、ウーナは、魔宝石の杖から水の魔法を鋭く噴射させた。

 

「【アクアスナイプ】!!」

 

 尻尾で枝にぶら下がり、逆さになり手を叩いていたミラーエイプたちを、魔法石から練り絞った水の矢が次々と射抜く。

 

 鍛え上げられた彼女の魔法は、AA級のミラーエイプにも通用する威力を誇る。だがAA級、それはミラーエイプ個々の力を示すもの。多勢になったミラーエイプたちは手段を選ばない。仲間の猿の死さえ利用し、次々に地にいるウーナへと襲いかかった。

 

 ウーナはもしもの時に仕込まれたそのかろやかに舞うような杖術で、かかって来たミラーエイプたちを殴打し、弾き返した。

 

「これほどの数がっ──っ!?」

 

 しかし多勢に無勢。今、飛び降りて仕掛けた一匹のミラーエイプの攻撃により、地に押し倒されたウーナ。

 

 必死に手持ちの杖で、のしかかる猿の爪と牙を押さえ込みながら、ウーナは耐える。

 

 そして、魔力を込めた杖から水を噴射させ、ウーナはその握る杖ごと手放した。ロケットのように飛び出した水の杖が、のしかかっていたミラーエイプを押しのけ、吹き飛ばした。

 

「はぁはぁ……っ!!」

 

 乱れた紫の長髪、汗の滲む褐色の肌、土に汚れた白き外套。地についた両手で後ろ返りしながら跳ね起きたウーナは、呼吸を整える。

 

 だが、それもまた生じた隙。狡猾なミラーエイプは見逃さない。木の葉の音を立てず忍び寄っていた影が、今飛び降りた。

 

 死角から様子を見ていたミラーエイプが、樹上から飛び降り牙を剥いた。

 

 ウーナはぞわりと背を伝った邪悪な気配に、天を振り返るも──獰猛な猿は止まらない。

 

 鋭い爪と牙が、今にも彼女の身を素速く抉ろうとしたその時──。

 

 飛んできた一筋の光が、ウーナのことを後ろから襲っていたミラーエイプの臍を射抜くように貫いた。

 

 「今起こったのは何事か」──死角を取られたミラーエイプが急に息絶え沈んだ、一瞬の事態。

 頭で分からずともウーナは、今地にどさりと落ちた猿の屍から、暗がりに光り続けるその小さな煌めきを抜き取り、己の手に取った。

 

 そして仲間の死に乗じてまた性懲りも無く仕掛けて来た猿の魔物を、彼女はその煌めく武器を振り、返り打ちにした。

 

 断末魔が響く。今、鋭い切れ味を見せたその一振りの刃。そこに宿る良質な魔力に、ウーナは驚いた。

 

「これは……まさかミラーナイフ!? それに、先ほどから光る……あしらわれたこの文様(もんよう)は──?」

 

 暗がりの中で光り続ける銀のナイフ。その刃や柄にまであしらわれた柳の葉のような文様は、とてもチープにも贋作にも思えない。今振るった一本のナイフを手にしたまま、ウーナは思わず息を呑んだ。

 

『返せっ』

 

 その時、前方から声が聞こえた。若い男の声だ。一体のミラーエイプを、踵に刃のついた仕込み靴で踏んづけ仕留めた、グレーの外套の少年。

 

 少年は地に落ちていた杖を放り投げ、交換でその握る銀のナイフを返すように、彼女に命令した。

 

「は、はいっ!」

 

 飛んできた自分の杖を受け取り、即座にナイフを投げ返したウーナ。少年はナイフを手元に納め、身をそのまま回転させながら後ろから来たミラーエイプをまた一体仕留めた。

 

「そこの方、お名前は!」

 

 草地を駆け、近寄ったウーナは助けられた彼に問う。

 

「俺は…………ユウ。ここの魔物はゼンブ……俺が倒す。ヤツを倒す為に──」

 

 彼の名は、ユウ。鋭く黒いその吊り目で、痺れを切らし降りて来た魔物たちのことを睨みつける。

 

 新たな光は思いがけない突飛なところから現れる──。水の巫女ウーナは、とてつもない覚悟を感じた彼の背に、くるりと背を向けた。

 

 暗い森の中で、背中合わせ。女は握る杖の底から魔力を練り上げ、闘争心を増した少年は、その眩き銀のナイフを片手に構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東の森ウッドフットの深部。これまで緑に灯る旗の導きに従い、順調に魔物を間引きつつ、その道程を進んでいた第二パーティー。

 

 注意深くも着実に森の奥へと歩を進めていた一行であったが、今──短く響いた一筋の悲鳴と、一瞬暗がりに瞬いた微かな光に、思わず足を止めた。

 

「今の声……っ!」

 

 もう聞こえなくなった声と光の方へ、いち早く駆け出したタイキに残りの四人も続く。しかし、彼らが急ぎ辿り着いた場所には、人の姿らしきものはなかった。

 

「妙だな。さっきの悲鳴らしき感じのものは、確かにこの辺りから聞こえたはずだが……」

 

 そう言うとアジバが周囲を警戒し、すっと背から斧を手に取り構え直す。

 

「ふむ、魔物の気配もないね。まるですり抜けてしまったかのようだ」

 

 立ち止まったアキトが三つ編みの髪を弄ぶ。そしてレイピアを腰のホルダーに納めたまま、意味深に笑う。

 

「なんなのよぉ、いったい? 幽霊の類いならできればお断りなんだけど……」

 

 リリスが眉間に難しそうに皺を寄せ、首を軽く傾げた。その時だった──。

 

「わわっ!?」

 

 突然の閃光。視界が真っ白に染まり、立っていた足場の感覚を失ったリリスが無様に尻餅をつく。

 

「いたたた……ちょっと何これ!? 何が起こったわけぇ……?」

 

 謎の光にやられぼやけた目を擦りながら、リリスがふと顔を上げると、そこに広がっていたのは森の景色。だが、リリスが尻餅から立ち直ったその場所には瞭然とした違和感があった。

 

 青々とした葉、見たことのない色とりどりの花、しかしどこか霧がかったようにモヤついた空気。

 

 つい先ほどまで自分たちを包んでいた夜の闇が消え失せ、僅かだが、天を覆う木々と葉の間から陽光が降り注いでいた。

 

「え、もしかして……晴れてる?」

 

「おや。これはこれは見たことのない世界だ。ふふ」

 

 アキトが感心したように周囲を見渡した。そこはやはりウッドフットの森とは植生の異なる、未知の森の中だった。

 

「ここは……。どこに?」

 

 倒れていたリリスに手を貸したタイキが、不思議そうにそう言った。

 

「どこかと問われれば……それはウッドフットではないどこかだ。つまり、がらりと変わったここは異空間、〝ミラールーム〟だな」

 

 今皆に説いたアジバの声には、驚きと同時にどこか隠しきれない興奮の色が混じっていた。

 

「え、ミラールーム!? これが? クランハウスにもある、あの酒場みたいな部屋のことじゃないの? ここはただの森のようだけど?」

 

 ミラールームと聞いてもリリスは信じられない。彼女の知る、ise会シロツメ支部のクランハウスで管理している【緑の騎士の酒場】のような空間と、ここは実に違う。

 クランハウス内にあるミラーの欠片が埋め込まれ飾られたドアを、合言葉と共に開けば、その異空間の酒場には辿り着ける。

 

 だが対して、森中にある無秩序なこの地が、あの酒場と同じミラールームだと言い張るのには、彼女が違和感を覚えて当然だ。まだ慣れ親しんだウッドフットの晴れた森の中にいるのだと言われた方が納得できる。

 

「あぁ。きっとミラールームという華やかな言い方で勘違いさせてしまったんだろうが……。分かりやすく言えばこれは、ごく稀に森のトラップとして機能する自然現象の一種だ。はは、共通するのは、おたくの酒場と同じ異空間であるということだっ。──つまり何度も言ってしまうが、これは、まだ手入れされていない〝天然のミラールーム〟と定義していいっ! それも、とびきり高価な〝お宝〟だぞ」

 

 アジバが上機嫌でする長ったらしい説明に、ここが天然のミラールームでお宝であることを知ったリリス。だが、まだ彼女は納得がいかないのか、呆れたように肩をすくめた。

 

「お宝って言ったって、今は〝夜狩り〟の真っ最中でしょ? それにここが仮にその天然のミラールームなら、一体全体どうやって出るのよ? って、そういえばドアはどこ? そもそもドアなんて開けた覚え私ないんだけどっ?」

 

 ご丁寧にドアらしき所からこの場所に進入した覚えなど、リリスの記憶にはない。あったのは視界を眩く染め上げた、あの謎のフラッシュのご挨拶だけ。ともすれば彼女がまた首を傾げたくもなるものだ。

 

「だから言った、そういう意味ではトラップだと。残念ながら、俺たちは正式な手順でこの異空間に入ったわけじゃない。だが逆を言えば、ここから出られる魔力を帯びたドアが必ずどこかに存在するはずだ。それを探そうっていう話をアジバ職員はこれからしたい訳だが、──ここまで粗方、理解はできたかリリス・アルモンド女子?」

 

「り、理解自体はできてるけどぉ……あらかた……」

 

「アジバ職員の言う通りだろうね? もっとも──ドアが食べられてなければ、ふふ」

 

 アジバの説明に頷いたアキトが、ゆったりとした口調で、なにやら意味深な言葉を投げかけ微笑んだ。

 

「ドアを食べる? はぁ、何言っちゃってんのよっ? 訳わかんないんだけど……」

 

「ははは、大人の冗談は怖いなアキト氏? ははは」

 

 しばし黙り考え込んでいたタイキは、テンションのやけに高いアジバの笑い声を遮るように、閉じていたその口を開いた。

 

「それより、俺たちが駆けつけたさっきの悲鳴は一体……?」

 

「恐らく、その俺たちより先にここへ吸い込まれた冒険者がいたんだろう。尻切れトンボにも聞こえたのは、その時の残響か」

 

 タイキは合点がいったのか、アジバの語る説に深く頷いた。

 

「……探そう! まだここにいるかもしれないっ!」

 

 今返ってきた、声のボリュームを一段と上げたタイキの言葉に、アジバもまた力強く頷く。

 

「あぁ。ギルド職員としてもこういった事態は見過ごせない。もちろん迷子は探すっ……だが、ドアの探索ついでにな!」

 

「な、なんでそうなるのよおー!? この流れでぇ?」

 

「ははは。もし自分たち以外に先行する冒険者パーティーがいるなら、ここの所有権で未来揉めるかもしれないだろう? その場合っ! 先にドアに辿り着き、──こいつをかざした方が、この天然未踏のミラールームを獲得できるという……寸法だ! ご理解いただけたかな?」

 

 一段と熱を入れて語るアジバが懐から取り出したのは、ギルドの認証ミラーだった。それが、この異空間を支配するための鍵の代わりにもなるのだ。

 

「ええ、そんなルールなのっ?? はぁ……そういうとこだけ、ちゃっかりしてるんだからっ?」

 

「ははは! 現実はいつだって裏と表のあるシビアなものだ。それに、抜け目ないところがアジバ職員の持ち味だって上司にも言われているっ! さぁ、急ぐぞ! ルーキーたちっ! 迷子も宝も待っている!」

 

「そこはルーキーじゃないでしょっ!」

 

 行軍を続けていた夜の森の中に潜んでいたのは、──妖しく霞むもう一つの偽りの森。薄暗い木漏れ日の射し込む奇妙な迷宮の姿だった。

 

 先ずはその異空間にある知らぬ森の出口を求めて、あるいはこの広大な富を得る権利求めて、タイキたちise会所属の第二パーティーは今、機敏に動き出した。

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