トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
常人の舌と胃袋では決して太刀打ちできない辛みを持つ、故郷の魔辛子。その粉末をものともせずに舐め取り味わう者がいる。
そんな緑髪の男の野蛮かつ泰然たる姿に、料理人は再び驚愕に崩れた己の表情を、今ニヤリと歪ませた。
「カッカッカ……ならばその舌焦げるまで味わえ! 五万スコヴィル──【
ぺネロ・ペッパーは背より取り出した鉄鍋に向かい口から火を吹きつけ、鍋の中に踊る火をまるで調理するかのように豪快にあおる。
そしてテニスラケットのように鍋を横薙ぎに振るい、勢いよく飛び出した鋭い牙の如き炎が、アトラに向かい襲い掛かった。
今度の炎は一味違う。そう言わんばかりの鋭き牙が、緑の獣に向かい惜しみなく振る舞われる。
だが、そんな虚仮威しの攻撃を、アトラは迷いなく真っ向から受け止めた。
右手に掴み取られたその特製の鋭い火は舌を焦がせず、喉元には届かない。
受け止め握りしめる右の手と共に、砕け散った炎の牙。
しかし火をいくら攻略しても敵は倒せない。調理された火を片手で食い破ってみせたアトラは、すかさず前へと駆け出した。
前へと突っ込む腹を空かせた緑毛の獣に対して、激丁ぺネロ・ペッパーは次の火を鍋で育ててまた繰り出そうとするが──。
突然の風が、育てた火を打ち出そうと構えた鍋を吹き飛ばした。
「分かったぞ、その力、私の火をかき消したのは風のギフトか!」
「風……ただのパンチだ」
今猛烈に吹いたのは風のギフト、それともただのパンチか。アトラの届かぬ拳が突風を吹かせ、コックが振るっていた鍋を弾き、食べ飽きたその炎の牙の注文をキャンセルした。
これ以上勝負を長引かせる気はない。一気に肉薄し、ぺネロの眼前へと現れたアトラ。
しかし料理人ぺネロは、真っ直ぐに接近する敵にも退かず。それどころか今度はなんと彼が、アトラの繰り出す手を真っ向から受け止めてみせた。
「馬鹿め、力比べならば料理人に勝てるとみたか」
「みてる」
「あぁっ、そうか馬鹿舌の若造!!!」
受け止められた前のめりのアトラの両手が、叫ぶぺネロの両手に後ろへと押し返されていく。
一体どこにそんなパワーを持っていたというのか。
マリモ御殿のエレベーターをも一人で吊り上げる、そんな力自慢の戦闘員アトラのことを、発汗しながらも料理人ぺネロ・ペッパーは凌駕する力で対抗した。
「戦士のカラネロは何も、火を自在に操りやすく味付けするだけではない。数十年熟成と乾燥を繰り返したこれを直接体内に食らうことで、魔力の底を引き上げることができる。さらに全身を伝うこの心地よく痺れる辛さは! 痛覚! 熱覚! 魔覚をも鋭く刺激し、肉体を強化する熱き戦士のベールを己に纏わせる。その時我ら一族の力は、大国の誇る百の兵士にも匹敵するのだッ! カッカッカああああ!!」
アトラの眼前のコックが、首飾りにしぶら下げられていた乾燥させた魔辛子の幾つかに、既に齧られたような痕があった。
戦士のカラネロの本領は、火を整形し操ることだけではない。己の肉体を味わうその痺れる辛さで内側から追い込み強化したぺネロは、極限のパワーを発揮し、みるみるとアトラの反る体を後ろへと追いやる。
このまま甲板の上に生意気な若造を跪かせる──。ならば、望み通りのその力比べを受けて立つ。
伝統を引き継ぐ強き戦士として、そして一流の料理人として、激丁ぺネロ・ペッパーは目の前の不遜な客を、力一杯両手を握り返しもてなしていく。