トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第53話 謎の島を抜け出して

 甲板上へと引き上げられ今座る、そんな新参者の彼女の傷ついた身を拾い上げたのは、いつの間にか傍らに立っていた背の高い黒髪の男だった。

 

「やぁ、いい風にノれたようだね。ご機嫌はいかがかな?」

 

「アキト? ええ、おかげで私のギフトは──」

 

 ひょいと両腕でその身を抱きかかえ微笑むアキトのことを見上げながら、ガーネットはまず彼に感謝の言葉を返そうとしたが──。

 

「おい待て。そもそもてめぇが急がなきゃ、こう調理が難しくはなってねぇはずだ薄笑い。お前が卵のお嬢を運ぶ権利はないぜ?」

 

 突然パスされた出来立ての操舵輪をその手に受け取りつつも、ペコロはふざけた黒髪の男のことを睨みつけた。そしてガーネットのことを危険に晒した張本人のマッチポンプ具合を見抜き、彼女をその腹黒の胸の中に抱え運ぶ権利はないとはっきりと言い捨てた。

 

「いや待ってペコロ、アキトは花──」

 

「彼女は思ったより高く飛べた、それだけだろ? 心配せずとも最初から殻を破る力はあったのさ」

 

 またもガーネットの言葉は途中で遮られる。そしてアキトは、まるで予め台本に書いていたかのような台詞をすらすらと吐いた。

 

「ハッ、物は言いようだな?」

 

 悪びれない黒髪の男をペコロはまだ睨みつける。結果としてガーネットは船下の冷たい水の中へと落ちずに済んだものの、全てが計算通りの味付けだと言うのならば、それはペコロにとってまだ気に食わない事であった。

 

 もちろんペコロ自身、私情は捨て、シロツメ支部に協力することを優先し選んだ。だがそれは途中で集団行動から単独で抜けたアキトが、ガーネットのことを放ったらかしにせずにいると思ったからだ。しかし裏で何か工作をしていたとしても、そのやり方はとても危険の伴うものであった。

 

 いつしかまばらに鳴っていた拍手は鳴り止み、大跳躍を成功させた歓迎ムードもどんよりと曇っていく。

 

 コックと道化師、そりの合わない二人の男が睨み合う中──。

 

「……アレっ! 私の車椅子が!」

 

 ガーネットは視界の端に濡れた車椅子を発見した。乗り捨てたはずのそれが何故甲板の上に無事あるのか、ガーネットは驚いてしまった。

 

「それなら僕が釣って来ました! 一人、必死な方がいらっしゃったので、そちらの大役は奪う気になれず。それで、高く飛ぶにはこちらも必要なのかと思い裏でこっそりと……このようなギフトで回収を。はははは」

 

 髪を濡らした美楚羅は、木床にまで垂れ下がった長いその髪をしゅるしゅるとギフトを用いて短く整えた。ガーネットの身を拾う大役はペコロに譲り、次に大事であろう乗り捨てた車椅子の回収をその【髪芝居】のギフトで回収を試みたのであった。

 

「ええ、とても助かるわありがとう! えーっと」

 

「美楚羅です。あなたを懸命に助けたコックの次でいいので覚えていてください。なんて、あはは」

 

 美楚羅は愉快に笑いながら、礼を言う金髪のお嬢様にすかさず自己紹介をする。

 

「長髪てめぇ……ハァ。厨房を見てくる」

 

 美楚羅の皮肉にも取れる言葉を聞いたペコロはやり合う気持ちが切れたのか、呆れたように息を吐き操舵輪をリリスへと預け、この船内にあるであろう厨房を探しに向かった。

 

「そろそろ森を抜けます。タイキ」

 

 森の中の水路を進む船から前方を確認したミタライはそう言うと、タイキの名を呼び指示を出した。

 

 頷いたタイキは船首に象徴として飾られた石鬼の顎に、赤い宝珠を取り付けた。すると進む船体の前方に巻き起こっていた渦潮は、何かのスイッチが切れたようにその荒ぶる流れを止めた。

 

 船首の石鬼が怪しい赤い輝きを放つ。ようやく鬱蒼の森に敷かれた水路を抜けた宝船は、渦の猛威をひそめ穏やかに凪いだ海道へと合流し直進していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 船内、調理部屋。誰もいないはずのその場に、わざとらしい拍手の音が響いた。

 

「ブラボーおおアモーレっマンマミーアッ! なんたるビッグジャンプ、マンマミーア! 拍手拍手の大喝采!」

 

 芝居がかった空々しい拍手する銀髪の男が一人。どうやら全身ずぶ濡れのその痩せた男は、船内の丸い窓から見ていた車椅子の娘の大跳躍を目にしていたようだ。

 

「だがしかぁしィ、この船に乗ったのがウーんの尽き! テメェらのサーカスタイムは終了だ。さぁ待たせたなお友達ども、ここからはこのコットン・シルバーお兄様の大逆転劇をお楽しみくださァ〜い!!」

 

 叫んだ銀髪の男は逆手に握った針をまな板に、トンと突き刺した。

 スーパーコットン団のコットン・シルバーお兄様は超絶無敵の不滅。しぶとくも宝船へと忍び込んだ銀髪の狂人は、逆転の青写真を描きながら企むその舌を舐めずった。

 

 しかしコットンがいつもの高笑いをしようとしたその時、こちらへと近づく足音が聞こえてきた。

 

 するとコットンは慌てた様子でまな板から針を抜き、せっせと何かを縫い始めた。

 

 やがて、木のドアが開く軋む音が鳴る。探していた調理部屋へと辿り着いた料理人のペコロは、さっそく気持ちを切り替えて食材を探すことにした。

 

 だが、鼻歌混じりに食材を探していた途中、厨房の片隅に謎の大きな熊のぬいぐるみが一つあることに気づいた。脈絡のないツギハギの熊と遭遇したコックは、怪訝な表情でそれを見つめた。

 

「さぁて玉ねぎ玉ねぎ、オニオニおに、おっ? ……なんだこのぬいぐるみ? 薄笑いの趣味か?」

 

 ペコロはますます眉間に皺を寄せ、熊のぬいぐるみに縫い付けられた赤と緑の可愛らしいボタンの目を見つめた──。

 

 

 

 

 

 

 船の見張り台から一本のロープは垂らされた。そしてロープに何重にも縛られた銀髪の男が、今、甲板の上で高々と逆さに吊るされて揺れている。

 

「って、な、なんでこれがいるわけ……?」

「どさくさに紛れ船内に忍び込んでいたのでしょう」

「密航者……ですか?」

「どうもそういうことらしいですね? あ、ガーネットさんは心配せずとも大丈夫ですよっ! 自分も新参者ですが、皆さん優しいので、ふふっ」

「それは、ありがとうミソラ……」

「あはは、やぁまた会ったねワタアメくん。キミってとってもしぶといんだね、あははは」

 

 捕らえられた逆さの密航者のことをシロツメ支部の皆が見上げながら、好き勝手なことを宣っている。

 

「チクショー縄をときやがれ! 誰がワタアメくんかっ、コットンお兄様だぞ! チィッ……そうだそうだ! ごっ、午後のスペシャルティータイムの方はどうしたんだお友達の三枚目ぇ!? そこのクールな黒髪のお兄さん!! ワタァシのお友達!!」

 

 身を捩り必死の抵抗を続けていた密航者コットンであったが、急に態度をころりと変えた。そして眼下にいた黒髪の男に対して、目を見開いたうるさい笑顔をつくり、あたかも友達であるかのようなアピールを開始した。

 

「僕? あいにく銀髪の友達は存じあげませんが?」

 

「え、じゃあ? あんたっ、お友達なのアレと?」

 

 美楚羅は困ったように首を振り、リリスが残った黒髪の団員であるアキトへと怪訝な顔で尋ねた。

 

「オ・ト・モ・ダ・チ? うーん、はて? そう言われればそんな気も? でもでもまだ友達と言うよりは、うーん……あ、ごめん。ジブン他に好きな人がいるから。ペットから始めるならいいよ?」 

 

 アキトは悩み考え込む素振りをするも、そうあっさりとデタラメな理由をつけ彼と友達であることを否定した。その代わりにペットからのお付き合いの良心的なプランを、微笑を添えて提案してみせた。

 

「ぺ、ペットォオ!? ってフザァァけるな! 誰がいつキサァマに乙女チックに告白などしたぁ! 貴様を再三苦しめたこの大敵コットン・シルバーお兄様のことを忘れたなどとは言わせないぞ! 分かったならさっさと一旦この縄をとくんだっ! そうだそうだッどのみちワレェらの行き先は同じっ、即ち利ガァーいは同じっ、このお兄様と一度大人の交渉をしっ──」

 

 その時──ジュッと肌と綿を焼く音が鳴る。銀色に輝く鋭い何かが、綿の詰まった耳たぶを恐ろしく速く掠めた。

 

「黙れワタガシ野郎。今度くだらねぇことばかり喋りやがったら、コイツをもう一本ぶち込むぞ!」

 

 見張り台から見下ろし監視するペコロの指の間には、火を灯した熱々の鉄串が数本。

 

 神聖な調理部屋を綿埃で荒らされて穏やかでないコックのご機嫌と面相に、ロープに吊るされたままのコットンは冷や汗を垂らした。

 

 ここはise会シロツメ支部の支配する宝船の甲板上。大逆転劇もお友達作戦も失敗した密航者コットン・シルバーの運命や如何に────。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ火属性のギフトを持つ者同士、葬魔七曜血選を勝ち抜いていくにつれて、ミタライとリリスはこうして二人で話し合う機会も多くなってきた。

 

「ほんと支部長ってなんでも器用に形にできちゃうんだからっ」

 

「形にできれば強いという話ではありませんよリリス・アルモンド。私があなたの魔術には及ばない所もあります」

 

「そ、そう?」

 

「はい。距離と火力とコントロール、この三つの要素を一つ一つ分けて考えれば分かることです。私のギフトは一度何かに火を預ければその感知距離は灯した数の分、拡大します。増大した火の数の分、魔力のコントロールはより難しくなりますがそこは慣れ次第ですね。これが私のギフト、火光の案内人とも言えるウィルオウィスプの長所です。しかし、その反面それほど火力に優れているとは言えません。その証拠にほら、今魔力を高めて示現させたこのケットシーでさえもあなたの編んだ質の高い火球には迂闊に触れることはできません。真っ向からの撃ち合いでは、かき消えてしまうことでしょう」

 

「距離と火力とコントロール……なるほど……って、なんかこれ猫が遊んでいるだけのような……?」

 

 距離と火力とコントロール。ミタライは三つの要素に分けてギフトを分析し説明した。

 説明しながら披露した、変幻自在のギフト【ウィルオウィスプ】の化けたもう一つの姿である【ケットシー】。緑の火を宿し示現した一匹の猫が、リリスが杖の上で練り上げた小さな火球を、何度も前足や尻尾でちょんちょんと弾きながら遊んでいる。

 

 二人の女が寄り合いするそんなおどけた危険な火遊びを、横目にじろりと目を細め見ていたのは、この男。コットン・シルバーであった。

 

 逆さに吊られながらもした必死の説得の甲斐があってか、一旦ロープを切られ甲板上へと荒く下ろされた銀髪の密航者。

 

(ふぅ〜。逆さ吊りにされながらもアタァーマに血が上らない冷静な判断と達者な口車、さすがコットンお兄様。しかし……まだ厄介なギフト使いが三人、いや四人……冒険王オーズからも恐れられた俺様と言えどギフトの相性が悪い天敵が四人もいちゃ強行突破は困難だ。やはりここはコイツらの油断を誘うようなクレバーな作戦でいくしかあるまい……)

 

 いくら超絶無敵のコットンと言えど綿の体に火をつけられれば、ただでは済まない。

 

 すると、こちらを尻尾を揺らしながら興味ありげに見つめてきた緑の化け猫を、「しっし!」と必死に顔面を縦に振り銀髪の男は威嚇する。

 

 彼が睨む猫を追い払おうと必死になっていたところ、ふと、左の耳の方から風を切る鋭い音が聞こえてきた。同時に左の頬にもビリビリと何かひりつく悪寒が迫る。

 

 素振りの音、いやそれはとても不吉な音。一人の剣士が青髪を踊らせデッキの上で披露する剣舞は、その刃に鮮やかな青い雷電を纏っていた。

 

(五人目の二枚目ェ!? な、なんだコイツらぁ、俺を殺すために派遣されて来たってのかぁ!?)

 

 おののくコットンの目に映るのは、二枚目の剣士タイキ。その爽やかな容姿とは裏腹に、可愛げのない雷属性のギフトを所構わず振り回している。

 

 まだ火遊びをしながら世間話をする女ども、自分を捕らえた性格の悪い飴色髪のコック、これみよがしに試し切りをする二枚目の青髪の剣士、そして不気味に佇む三枚目の黒髪の道化師。

 

 五人もの天敵に囲まれた逃れられない船の上。奇しくも出航した一隻の宝船に同乗した男コットン・シルバーは、吊るされ吹かれた海風で乾きつつあったその綿の身を、また流れる冷や汗に湿らせていく。

 

 

 

 

 

「へぇー遊んでいるわけじゃなくて、私の魔力にある弱点を探っているのね」

「ふふっ、この子すごく賢いのですね」

「ええ、ケットシーは私自身の意思や命令だけでは完結していません。ギフトの示現とはどうやら、それぞれに異なる性格と性質があるようです」

 

 ミタライが示現させた緑の猫ケットシー。リリスとガーネットが並び、その猫が赤い火の玉を何度も前足の肉球で撫でる様を感心しつつ観察していると──。

 

 なんと、あろうことか緑の猫がちょっかいを出していた赤い火の玉の中に、すっぽりと入ってしまった。

 

「「「あ?」」」

 

 女子三人は思わず声をそろえて驚いてしまう。赤い火玉の中から緑の尻尾だけがユラユラと揺れている。

 

 リリスは恐る恐る持っていた古杖をそっとその尻尾に近づけた。すると猫は杖の先端に尻尾を巻きつけ、リリスが杖を引き上げると、また火玉の中からぽすんと音を立て緑の猫の全身が現れた。

 

「な、なな、なにこれ……?」

「いたずらっ子なのでしょうか?」

「んー……日向ぼっこかと」

 

「「日向ぼっこ……あ」」

 

 するとケットシーは三人が話し合っている間にも、また火玉の中へと自ら飛び込んでいった。赤い火玉からはみ出た緑の尻尾が一本。日向ぼっこと言うにはあまりにも斬新かつ珍妙な光景であった。

 

 いつまでも揺らめく尻尾を見つめながら、ミタライは顎に手を当てながら真剣に考える。支部長の彼女の目には示現した己のギフトが、リリスの火玉に宿る魔力に馴染んだようにも見えたのだった。

 

 

 

 そしてかれこれ時刻は、世間話も賑わい始めた午後の2時55分。謎の島を出航し大海原を漂う宝船に、待望のティータイムがやってきた。

 

 団員たち各々に合わせて勝手に厳選したティーカップへとアキトが優雅に注ぐ芳しい紅茶の匂い。この役だけは優れた料理人相手にも譲れないらしい。

 そして、ただいま船内から現れた黒服のコックが運ぶ三段のケーキスタンドが、デッキの上へと食欲をそそる甘くフルーティーな匂いを漂わせる。

 

 団員たちが淹れたての紅茶とできたてのケーキの匂いに誘われて、航海を続ける船上に築かれた簡易テーブルの元へと集まってきた。

 

「むっ、ワタァシにもか?」

 

 がやがやと騒ぎくつろぎ始めたシロツメ支部の八人のことを睨みつけていると──。そんな椅子にロープで縛り付けられた銀髪の密航者の元にも、ケーキの取り分けられた皿と紅茶のセットが運ばれてきた。

 

「誰だって生きてりゃ腹はすきやがる。コックは客を選ぶが、料理は客を選ばねぇ。それだけだ。てめぇの好き嫌いまでは面倒見れねぇがな」

 

 飴色髪のコックは自身の矜持を語るようにそう言った。たとえ悪人、密航者、ムカつく奴であっても腹は空くもの。コックの語る言葉にはどこか、今その場で考えた言葉ではない重みがあるようにコットン・シルバーの耳には聞こえたようだ。

 

 料理を提供するに至ったコックの理由に納得したコットンは、せっかくなので出されたケーキをいただくことにした。

 

 綿の身の前では意味をなさないロープから両腕をすっぽりと抜け出し、添えられていたフォークとナイフを使いながらそれを口に運んだ。

 

「ぬぅ……なぁるほど。……うまっ! このバァーバオぉおラム! 手荒いくせになかなかのものじゃないか!」

 

「ババオラムだ。誰が手荒いってんだよ」

 

 コットンが思わず褒めたケーキの名は、ババオラム。酒とオレンジのシロップがパンに染みた少し大人のデザートだ。

 

 「手荒い」は余計だ。妙な癖をつけて喋る銀髪の変人男の言葉を訂正しながら、ペコロは淡々とそう返した。しかし、同時にふと、その「ババオラム」という言葉に引っかかりを覚えた。

 

「──あっ、てめぇ? 何故知ってやがる? こいつは俺が放浪中、その地の宮廷料理人から教わったスイーツだ。まだそんなに世に浸透しちゃいねぇ。なんでてめぇみたいな薄汚いワタガシ野郎が知っている?」

 

 ババオラムと言えば宮廷で提供するような格式高いデザート。とても目の前の銀色の鼠風情が、知っているような代物とは思えない。街のそこかしこで作られているような食べ物ではないのだ。これはむしろガーネットお嬢様を歓迎するために、ペコロが特別に作ったデザートであった。

 

 ナイフとフォークの持ち方まで細々と覗き、ペコロはコットンへと怪訝な目を向けた。

 

「ぎぃーーく!? そ、それは、コットン・シルバーお兄様だからさ!」

 

 両手を広げ舌を出しておどけてみせる銀髪の男がいる。それはとても気品のある男の姿には見えない。ダメな男のニオイしかしなかった。

 

「あぁ? 何ふざけたこと言ってやがるてめぇ……」

 

 ただの変人か、訳ありか。謎の多い男コットン・シルバーはどうやらお酒の匂いのする大人のデザート、ババオラムが好物らしい。

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