トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
野菜に拘りのあるゲストの腹はまだ満たされていない。赤竜船の待機部屋に二品目の料理が運ばれて来た。
「【冷やしトマトの活け造り】、そしてこちらが【炙りトマトのカプレーゼ】」
シロツメ支部の者たちが皿をテーブルの上に静かに置いていく。
出された料理は二種のトマト料理。冷やした生のものと、炭火で火を通し間にチーズを挟んだもの。どちらもなんともシンプルな調理法であった。
ゲストの痩せ男は、しばらく提供された皿を睨んだ末に、フォークを手に取りそれらを口に運び始めた。
しかし生のトマトを一口食した際にゲストの男はすぐに手を止め、フォークを置き言い放った。
「2点」
「ってぇ、またぁ!?」
「トマトの鮮度が悪い。甘味酸味ともに生食向きには不適格。とても活け造りなどとぬかし食えたものではない。冷やし方も不十分、さらに用意されたソースの味にトマト自体がついていけていない、これでは水風船にタレを付けて食べているのと変わらん。0点、よって間を取って2点だ。あと野菜炒めを持ってこい」
またも総評は辛口の2点。ゲストの痩せ男は、活け造りの不出来さを辛辣に評した。
これにはリリスも押し黙る。もっともらしく聞こえた男の詳細なレビューに、ぐうの音も出なかったのだ。
「なるほどね」
「なるほどじゃないでしょ……はぁ……」
顎に手を当て呑気に頷くアキト。しかし今更なにか気づきを得た振りをしても遅い。
やはり野菜炒めを出さない限り高評価は得られないのか。予想通りとも言える低評価をもらってしまったリリスは溜息をついた。
▼
▽
一方、シロツメ支部の皆の乗る赤竜船と、首を並べて海に浮かぶ青竜船の船内では──。
「【風のソルトコーンスープ】と、【火のOKAKA豆腐ハンバーグ】だ熱いうちに食え」
飴色の髪をしたこちらのコックも二品を提供。テーブルクロスの敷かれた机上に配膳されていく。
さっそくゲストの太った男は、器に盛られたなめらかなコーンスープの匂いを嗅ぎ、鉄板皿にジュージューと音を鳴らす白いハンバーグをむすっとした表情で見つめる。
しかしその心踊らない音を聞くだけでこの料理が偽物であることを、ゲストの太った男ミーシャ・クーポが見抜けない訳がない。
「むむぅ……むむむむむむむっっ、こんなもの食えるかあああ!!! いいかげん、ミーのお肉はまだなのか!!」
彼がオーダーしたのは肉、お肉。この料理にはどちらも肉が1gも含まれていない。とてもヘルシーな献立に、ミーシャ・クーポは机に両手を叩きつけた。
こぼれるコーンスープを見ながら、飴色髪のコックは目を細めた。
「あぁ? 俺だってこんなもの、好き好んで作りたくねぇんだ。仕方なく作ってやったんだよ。ガキじゃねぇなら黙って食いやがれ。あんまりうるさいと船の下に叩き落とすぞ」
コック自身もこのような料理を提供したのは不本意。他に誰も料理を作ろうとしなかったので、とりあえず手に入れた二種のちんけな食材を使い、できるだけゲストの注文に従い仕上げたまでである。
飴色髪のコック、ペコロ・ココットはそんな事も知らずに喚く客に向かい、強い言葉で脅しかかった。
「ひいっ!? とにかくお肉を持ってくるのだ! この三流コック! このミーをこのような不味い料理で、いつまでも待たせられると思うな!」
「三流……?」
「三流」という聞き捨てならない言葉を聞き、船室の壁を左の手のひらが打つ。
「ッ……フフンッ! 何を言われてもミーはお肉しか口に入れとうないのだ! こんなものマイナス一兆点! ミーの繊細な口と舌が汚れるだけなのだ!」
小国ドーラの第六王子、ミーシャ・クーポは自分でも牧場を経営するほどのお肉好き。鶏肉、牛肉、豚肉、羊肉に魔物肉。この世のありとあらゆる肉料理を食べてきた肉のスペシャリストにして食通だ。
そんな彼がとうもろこしや豆腐などを己の喉に通す訳がない。その口は肉汁を満たし、その歯は肉を噛むためにあるのだ。
「チッ、このおでぶ言わせておけば。……まったく、とんだわがままなやつだな」
静かに呟いたペコロは、やかましいゲストの居座る待機部屋を出て行った。
甲板の上に移動したコックは、コーンスープを頂きながら首を傾げる。
「……なんだこれは、まるで安っぽいぜ」
出来に満足しなかったのか、彼は愚痴を吐き捨てる。
コック帽を脱いだ飴色の髪が海風に揺れる。
青竜船の帆柱にもたれながら彼がだられていると、吹く横風と共に、紙が一枚目の前を流れてきた。
ペコロは不出来なコーンスープを傍に置き、今宙に流れてきたそれを手に取った。
「どれどれ……次の調達リストか。────チッ、また玉ねぎはねぇのかよ。これで俺に料理をしろって舐めているのかこいつら! まったく……あぁっ?」
リストを眺め、凝らした目のまま顔を顰めた。
ペコロがある食材が無いことに不満の言葉を独り、ぶち撒けていると──。
指に摘んでいた紙が、視界に不意に現れた何者かの手に攫われていく。
黒い服、黒いコック帽。一枚のリストを無断で持っていったのは、同じ船に乗るコック仲間だ。
腰元にただの包丁にしては長めの何かを携えて、その男の背は橋へと向かっていく。
(……料理人の手じゃねぇ)
ペコロ・ココットはじっと、遠くなっていくその男の手を凝視する。
「俺は料理人だぜ。不味いコースはご勘弁だ」
残りの冷めたコーンスープを飲み干し、やがて立ち上がった一介のコックは、橋を渡る怪しい影の動向に注視した──。